第16話:方舟の帰還と、神聖なる牧場の拡張工事
第16話:方舟の帰還と、神聖なる牧場の拡張工事
『幻霧の樹海』の最深部から【無限の箱庭】へのポータルをくぐり抜け、最後の魔物とカイル、エレンが避難を終えると、リオンは背後の空間を閉じた。
「よしっ、これにて全員救出完了! ……って、改めて見ると凄い大所帯になっちまったな」
リオンが苦笑しながら見渡す先には、ウサギや小鳥、オークに魔狼など、数十匹に及ぶ森の魔物たちが、安全な亜空間の平原で安堵の息をついていた。
その異様な光景に、箱庭で留守番をしていたシスター・アンナ、レオ、クロエの三人が目を丸くして駆け寄ってくる。
「お、おかえりなさいリオン! って、どうしたのこの動物さんの数!?」
「おいおいリオン兄ちゃん! いくらなんでも拾いすぎだろ!」
「悪い、みんな瘴気に飲まれそうになってたから丸ごと避難させてきたんだ。レオ、クロエ、急ピッチでこいつらの居住区を作ってやってくれないか?」
「おうっ! 任せとけ!」
事情を察したレオはニカッと笑うと、平原の土に両手を突き立てた。
無自覚な神スキル【豊穣の開拓者】が発動し、地鳴りとともに木材と土が自動的に組み上がっていく。わずか数分のうちに、数十匹の魔物が種族ごとに快適に過ごせる巨大な木造の複合厩舎が完成してしまった。
「ひぃぃっ! 無詠唱の超大規模土木魔法!? この牧場の人間はどうなっているんだ!?」
樹海でのパワーレベリングで強くなったはずのカイルが、常識外れの建築速度に腰を抜かす。
「驚くのは早いですよ、カイルさん。ほら、みんな順番に並んでー!」
今度はクロエが巨大なブラシを持って魔物たちの前に立った。
彼女が【神の手入れ】を発動させて一撫でするだけで、魔物たちの毛並みにこびりついていた瘴気の残滓や泥汚れが、光の粒子となって瞬時に浄化されていく。汚れを落とされた魔物たちは「きゅぅん……」とうっとりした声を上げ、あっという間にピカピカのもふもふ集団へと変貌した。
その光景を穏やかな瞳で見つめていた世界樹の神鹿ルミエルが、ふと一歩前に出た。そして、透き通るような美しい声で嘶き、前足を大地に軽く打ち付ける。
――ポワァァァッ……!
ルミエルの足元から翠緑の波紋が広がり、箱庭の平原を駆け抜けた。
それは【大地の癒やし】。神獣の放つ圧倒的な生命の力が箱庭の大地に染み込むと、レオが耕していた畑の野菜が一瞬にして実をつけ、牧草はより青々と瑞々しく生い茂ったのだ。
「えっ!? ちょっと、ルミエル!?」
『主よ、これは私と、助けられた森の者たちからのささやかな恩返しです。この清らかな地を、さらに豊かなものにしましょう』
念話を通じてルミエルの優しい声がリオンの脳内に響く。回復役にとどまらず、箱庭の自然環境そのものを底上げしてしまう「強力なバフ効果」。潜在能力SSの精霊獣の力は、育成ゲーマーの想像すらも軽々と超えていた。
「ははっ、最高だ! よし、みんな! 野菜もたっぷり採れたし、今日はルミエルと新しい仲間たちの歓迎会だ!」
「ふふっ、任せてちょうだい。最高に美味しいご飯を作るわよ!」
アンナが【慈愛の聖母】を乗せた極上の料理を次々と大テーブルに並べる。カイルやエレンも手伝いに加わり、イグニス(竜)やノワール(狼)も交えた種族の壁を越えた大宴会が、星空の広がる箱庭で賑やかに始まった。
◇
宴が落ち着きを見せた頃。
リオンは温かいハーブティーを飲みながら、カイルとエレンを呼んだ。
「二人とも、ルミナス様に報告してほしいことがある。樹海を侵食していたあの黒い『瘴気』の件だ」
「瘴気、ですか?」
「ああ。あれは自然発生したものじゃない。もっとヤバい、何か巨大な厄災の予兆だ。……ルミナス様が会議の時に、『西の国境付近できな臭い小競り合いが頻発している』って言ってたよな?」
「はい。隣国の兵士たちの動きが最近、異様に好戦的で統率が取れていないと……」
カイルの言葉に、リオンは鋭い視線を向けた。
「もし、あの瘴気が西から流れてきているとしたら? 瘴気は魔物だけでなく、人間の精神も狂わせる。西の国境のイザコザは、政治的な問題じゃなく『厄災の瘴気』が原因かもしれない」
「なっ……! もしそうだとしたら、辺境伯領、いや国全体に関わる一大事です! 直ちにルミナスお嬢様に報告を!」
「ああ、頼む。ルミナス様には『俺たちが西に向かって元凶を叩く』と伝えてくれ」
いずれ、その脅威はこの箱庭の外の世界を完全に覆い尽くすかもしれない。
パトロンであるルミナスの領地を守り、この永遠の平和なスローライフを確定させるためには、まだまだ戦力が足りない。前衛、索敵、飛行、回復と揃った今、次に必要なのは「絶対に崩れない圧倒的な防御」だ。
(『絶望の霊峰』の生きた要塞……。あそこなら、西の国境にも近い)
「カイル、エレン。お前たちも西へ同行するか? さらなるレベリングと、辺境伯軍の支援も兼ねて」
「もちろんです! 俺たちの命と力は、リオン様と共にあります!」
頼もしい仲間たちの返事に、リオンは力強く頷いた。
育成狂いの少年の琥珀色の瞳は、瘴気の脅威を打ち払い、最強の盾を仲間にするという次なる高みを見据えて熱く静かに燃えていた。




