第14話:異常な経験値効率と、幻霧の奥で瞬く光
第14話:異常な経験値効率と、幻霧の奥で瞬く光
辺境伯領の北部に広がる『幻霧の樹海』。
一歩足を踏み入れれば方向感覚を失う濃密な霧と、Bランク以上の凶悪な魔物が跋扈する死の森である。
「ひっ……! 前方から、凄い殺気が……っ!」
若手騎士のカイルが、ガチガチと歯の根を鳴らしながら剣を構えた。背後では新人魔法使いのエレンも杖を握る手を震わせている。
彼らの視線の先、濃霧を裂いて現れたのは、四本の腕を持つ巨大な猿の魔物――『四腕の森猩猩』だった。鋼のような筋肉を持ち、歴戦の冒険者パーティーですら死闘を強いられる強敵だ。
「よし、予定通りいくぞ。ノワール、足を奪え! シズクは目隠しだ!」
「ワォォォッ!」
「キュイッ!」
リオンの的確な指示が飛んだ瞬間、従魔たちが風となった。
『神速』を発動したノワールが黒い残像を引きながら猿の背後に回り込み、強靭なアキレス腱を鋭い爪で正確に切断する。巨体が体勢を崩したところへ、シズクが高圧の水球を放ち、猿の顔面にクリーンヒットさせて視界を完全に奪った。
戦闘開始からわずか数秒。Bランクの強敵は、手も足も出ない瀕死のサンドバッグと化した。
「今だ、二人とも! トドメを刺せ!」
「は、はいっ! うおおおおっ!!」
「い、いきます! 『炎の矢』!!」
カイルの渾身の斬撃が猿の首筋を裂き、エレンの放った炎の魔法が傷口を焼き焦がした。
ドサァッ……と、巨大な猿が光の粒子となって霧散していく。
その瞬間だった。
『ピコンッ!』
「な、なんだこれ!? 体の奥から、とんでもない力が湧いてくる……っ!」
「視界が、すごくハッキリ見えます! 魔力が……頭の中に直接流れ込んでくるみたい……!」
カイルとエレンの全身が淡い光に包まれた。
通常、格下の人間がこれほど上位の魔物を倒せば莫大な『経験値』を得るが、彼らには神が与えたチートスキル【導かれし成長】が付与されている。本来の十倍という常軌を逸した経験値が、彼らの筋肉、反射神経、魔力回路をゴリゴリと強引に書き換え、文字通り「次元の違う強さ」へと進化させたのだ。
「す、凄いですリオン様! いつもなら三日は寝込むほど魔力を消費したのに、今はむしろ力が溢れています!」
「よし、その感覚を忘れないうちに行くぞ。森の浅い階層を狩り尽くす!」
「「はいっ!!」」
そこからの光景は、もはや狩りではなく「作業」だった。
リオンの従魔たちが敵を無力化し、カイルとエレンがトドメを刺す。
一体倒すたびに二人の動きは見違えるように鋭くなり、十体を超える頃には、エレンの魔法は詠唱を省略できるほど洗練され、カイルの剣筋は迷いなく敵の急所を捉えるようになっていた。
――そして数時間後。樹海の中層に差し掛かる頃には、決定的な変化が起きていた。
「――シヤァァァッ!!」
頭上から奇襲を仕掛けてきた大蛇『猛毒の森蛇』に対し、カイルはノワールの援護を待つことなく、自ら一歩踏み込んだ。
「遅いッ!」
カイルの剣が閃き、大蛇の牙が届くよりも早く、その頭部を綺麗に両断してみせたのだ。
同時に、周囲の茂みから飛び出してきた別の魔物たちを、エレンが放った巨大な『炎の防壁』が一瞬で焼き尽くす。
朝の時点では猿一匹の殺気に怯えていた新人が、今や中層の魔物と単独で渡り合えるほどに覚醒していた。異常なまでのパワーレベリングが、彼らを一騎当千の戦士へと育て上げたのである。
「すげえ……二人とも、もう立派な一軍戦力じゃないか」
育成ゲーマーとして、キャラクターが爆速で育つ光景にリオンはホクホク顔だった。
と、その時。リオンの頭に乗っていたシズクが「ピィッ!」と微かな反応を示した。
「ん? シズク、どうした。敵か?」
リオンが視線を向けた先。
木々の隙間、濃密な霧の向こう側に、淡く、神秘的な『翠緑の光』が瞬いていた。
目を凝らすと、四つ足の獣のような美しいシルエットが見える。その獣が歩くたび、足元の枯れた大地から色鮮やかな花が咲き乱れ、先ほどの戦闘で傷ついていた野鳥が、光の粒子に包まれて元気に飛び立っていくのが見えた。
「あれは……」
「リオン様、どうされましたか?」
カイルの声に獣がビクッと反応し、霧の奥深くへと瞬く間に溶けて消えてしまった。
しかし、リオンの瞳には、かつてイグニスを見つけた時と同じ――いや、それ以上の強烈な好奇心と情熱の炎が灯っていた。
「……間違いない。ルミナス様が言っていた、怪我人を癒す幻の精霊獣だ」
どんな傷も癒やす、最高の回復役。
育成狂いの少年の胸が高鳴る。
「みんな、今日はここまでだ。十分に強くなったし、明日はあの光の主を絶対にテイムするぞ!」
リオンの力強い宣言に、見違えるほど逞しくなった若手たちと従魔たちが、力強く応えた。
幻霧の樹海の最深部へ向けた、彼らの真の探索がいよいよ始まろうとしていた。




