第95話 ラジスタンの宝
村の状況は全く予測通りに進んでいなかった。
男たちも農具を手に持つ村人たちを見て、次々と月刀を抜き警戒しているようだったが、未だに状況を理解できていないのか戸惑っている様子だった。
「わしはな、お前らのような奴らを一度や二度見たわけじゃないんだ」
「そうだ。でたらめなことを言ってここへ押し入ってきた奴らは、お前らだけじゃない!」
「そんな中途半端な小芝居に騙されるほどバカじゃないからな!」
想像以上に辛辣な批判が男たちへと浴びせられた。
確かにあんなおかしな小芝居に騙される人はいないように見えたが、ついに……。
「ハッ、だからって俺たちが引き下がると思うか? こんな烏合の衆どもに」
「それは見てみれば分かるんじゃないか?」
男の言葉が終わるや否や、さっき縛られていた男たちまで加勢し、一斉に月刀を抜き放った。
かなり脅威的に見えたが、村人たちも侮れなかった。
後ろに下がるどころか、子供たちまで手にそれぞれ農具を持ち、徐々に男たちに向かって一歩ずつ踏み出しさえした。
すでに人数の面から劣勢だった男たちは、村人たちに完全に包囲されたまま後ずさりし、顔に恐怖が漂い始めた。
「ど、どうするつもりだ!」
「どうするも何もない。お前らみたいな奴らを警備隊に引き渡したのは一度や二度じゃないからな」
馬に乗っていた男の前に、村の中でもかなりがっしりとした体格の十代の少年のように見える若者が、鋤を前に突き出して叫んだ。
「お前ら、やっちまえ!」
「おおーっ!」
少年の合図で、村人たちが一斉に村を襲撃した男たちに飛びかかった。
修羅場が展開されると予想されたが、意外にも村人たちはまるで訓練でも受けたかのように一糸乱れぬ動きで男たちを瞬く間に包囲していった。
馬に乗っていたボスのようだった男と、その男と小芝居を打っていた者以外は、あっという間に制圧されて次々と捕縄で縛り上げられていった。
この二人の男の剣術の腕前はやはり本物だったのか、何人かの少年や老人たちが相手をするには手に余るように見えた。
お互いの間合いを測りながらなかなか攻撃に踏み込めず、あちこち牽制し合っているため、決定的なカウンターの一撃が足りなかった。
幸いと言えるか、今のところ大怪我につながるような攻撃はなく、村人の中に怪我人は出ていなかった。
だからといって、あんなかすり傷程度の攻撃が続いていてはキリがなさそうだが……と思った瞬間、先ほど先陣を切って叫んでいた若者が、鋤を持ってボスのようだった男へ気合いの声を上げながら飛びかかった。
『あれは危なそうだけど……』
緊張感に、ジアは爪を噛んでいた。
無防備に晒された上半身を、ボスのような男が見逃すとは思えなかった。
案の定、ボスの月刀は弧を描き、少年の腰を真っ二つに切り裂く勢いで振り下ろされた。
「危ない!」
ジアの叫びと同時に、後ろでポップコーンでも頬張っていそうだったルセテリとカイランが前に飛び出した。
「ガキンッ!」
ルセテリは瞬時に少年に防御幕を張り、カイランはその前に飛び出してボスの刀を自分の月刀で受け止めた。
「何だ、テメエらは!」
突然飛び出してきた二人に驚いたのか、ボスが剣を収めて一歩後ろへ下がった。
「何って、通りすがりの旅行客さ」
「旅行者です」
間違いなく朝まではあの二人、仲が良い方ではなかったはずなのに……いつの間にか息がピッタリ合ってるんだけど?
「なら大人しく行くべき道でも行けばいいものを、なぜ首を突っ込む?」
「なぜって……困っている人がいれば助けるのが当然じゃないですか?」
「俺の弟子だが、いいこと言うだろ」
弟子? いつかは面倒くさいって全部丸投げしたくせに?
ジアは呆れ果てて、今すぐにでも飛び出してルセテリの胸ぐらを掴みたかったが、我慢することにした。
「弟子? 子供の遊びじゃあるまいし。切り刻まれる前に、その目障りな子供でも片付けたらどうだ?」
はっ、そんなことをルセテリに言うなんて……あのボス、無事に歩いて帰ることはとっくに諦めたらしい。
案の定、ルセテリの額にはキレたように青筋が浮かび上がった。
「月刀をなかなか上手く扱うところを見ると、どこかプレシア騎士団所属の下っ端でもやってたようだな?」
ビクッ。
奴の剣先が一瞬揺れたのを、ジアは見逃さなかった。
まさか、本当に?
適当に投げた言葉のように見えたが、意外と図星を突いてしまったようだ。
戸惑っているボスの表情を見ただけで答えが分かるようだった。
「そ、それをどうして……!」
「本当に未熟極まりない盗賊団だな、こりゃ」
肩をすくめながら、ルセテリは動揺する盗賊のボスの状態をチラリと見て、カイランに小さく囁いた。
「お前、見覚えはないか?」
「え? 誰がですか? あの男?」
「ああ、プレシア騎士団だったなら、お前が見たこともあるかと思うがな」
「ええっと……どうでしょう……?」
盗賊のボスの反応を見る限り、間違いなく以前プレシア騎士団にいた奴であることは確かなようだが……カイランはしばらく考え込んだ。
「あ! そういえば、俺が小さい時に騎士団の訓練から逃げ出した訓練生がいたって聞いたけど……じゃあ?」
言い終えたカイランが、盗賊のボスの顔を穴が開くほど見つめた。
その鋭い視線に、盗賊のボスの首筋はじっとりと濡れていった。
あの男の子が一体何者で、自分がこんなにも緊張しているのか原因が分からず、余計にそうさせた。
「テメエがそれをどうして知ってる!」
「どうしてって、見たから知ってるんだろ」
男の質問に、カイランは呆れたように首を傾げた。
「見た……だと?」
「ああ、俺はお前を見た。訓練場でアークに飛びかかってこっぴどくやられて、お漏らしして逃げ出したお漏らし野郎」
「……ブッ!」
周囲でカイランの言葉を聞いていた人々が、次々と爆笑し始めた。
数ある中で、よりによってお漏らし野郎とは。
草むらに隠れて聞いていたジアでさえも笑いをこらえきれず、唇の間からクスクスと漏れ出た。
「ククッ、ククク……お漏らし野郎?」
答えを聞いたルセテリに至っては、思い切りゲラゲラと腹を抱えて笑うのに必死だった。
顔を真っ赤にして、目尻には少し涙まで浮かべるほど面白い話だったようだ。
「嘘だ! よくもそんな嘘を!」
泣いているのか怒っているのか、顔を真っ赤に染めた男はフーフーと鼻息を荒くしてカイランを睨みつけた。
まるで隠しておいた秘密がバレた時に見せる、典型的なしらばっくれだった。
「嘘だなんて……誰がそんなことで嘘をつくってんだ?」
わあわあと大声を張り上げる男の呆れた反応に、カイランは開いた口が塞がらなかった。
「子供相手にそんなムキになって大声出す必要ないだろ?」
「このガキが! 俺にいつ会ったってそんな根も葉もないことをぬかしやがる!」
ああもう……ギリギリと歯ぎしりする音がここまで聞こえてくるくらいだけど、歯の健康は大丈夫なのかしら。
おまけに月刀を握ってこっちに向かって走ってくるんだけど……おっと。
カイランが反撃する前に、ルセテリが指を一度パチンと鳴らした途端、盗賊のボスが突然石にでもつまずいたように前に転び、地面と顔面からキスをした。
「ふむ、こいつがそう簡単に忘れるような顔じゃないんだが……? いくらなんでも、仕えるべき主の顔も覚えていないようじゃダメだな」
「何? 主?」
「そうだ、主だ。プレシアの犬が主も分からずに吠え立てるなんて、確かに追い出されるのも無理はないな」
「何だと?」
盗賊のボスがカッとなって地面に突っ伏したまま拳をギュッと握りしめ、ルセテリを睨みつけた。
どうやら犬という言葉に傷ついたみたいね?
[いくら獣だと言っても、自分の主くらいは見分けるものなんですけどね]
ベッチーがブルルッと鼻で笑いながら、ジアの肩に頭をすり寄せてきた。
やはり面白い場面は老若男女、そして種族を超えるもののようだ。
[メイズポップコーン食べる?]
ジアはベッチーと仲良くポップコーンを分け合いながら、状況をもう少し見守ることにした。
どうやらまだ、自分が出る幕は見当たらなそうだから。
「この顔、どこかで見た覚えはないか? 本当に?」
「何を言って……!!」
執拗な追及にカッとなって怒鳴り散らすばかりだったボスは、ルセテリが手と腕でカイランの顔を額縁のように丸く囲んで強調するように見せつけると、突然言葉を失ったように目を丸くした。
「シェイク・カイラン……!」
そこへ来てようやくカイランに気づいたボスの顔が、白紙のように真っ青になった。
南部プレシア公国を治めるプレシア公爵のただ一人の嫡男、カイランであるという事実に遅ればせながら気づき、全身がヤマナラシの木のようにガタガタと震え始めた。
「いや、ここの村人たちもみんな気づいてるのに、かつては騎士団だった奴が気づかないなんて理屈に合わないだろ」
ルセテリの言葉通り、村人のほとんどがカイランに気づいて軽く会釈をしたり、手を小さく振ったりするなどの様子を見せていた。
盗賊のボスは両目をギュッと閉じた。
これは明らかに計画が失敗したというサインだった。
今更大人しくなかったことにして引き返すこともできなかった。
「どうしてシェイクなんかがこんな田舎にいるんだよ……」
はあ、シェイクなんかとは……そんな大問題になる言葉を。
チッチッチッ、ルセテリは舌打ちをした。
「いや、来ることもあるだろう。それをまるで運が悪かったとでも言うように言う必要はないだろ?」
「テメエさえいなけりゃ!」
ボスは悔しそうに叫んだが、続いて発せられた村の老人の一言にすぐに絶望した。
「この方々がいらっしゃらなくても、お前さんたちはすでに十分に我々に押されておったがな」
我に返ったように周囲を見渡すと、地面に転がって呻き声を上げている奴、村人たちにボコボコにされた奴、すでにパンパンに腫れた顔で縛られている奴まで様々だった。
「このラジスタンで泥棒を働くとは、いい度胸をしているな」
間違いなく力もなくよろよろしていた老人だったはずが、杖をタンッと振り下ろした地面が深く抉れた。
「ヒッ」




