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第88話 虚勢もほどほどに

ジアの気迫に押されたカイランは、ビクッと身をすくめて叫んだ。


「な、なんで俺が!?」


唐突なジアの挑戦状に、カイランはひどく戸惑っていた。


「自信あるんでしょ。だからあんたの名前で保証したんでしょ。それなら、ここにある品物は全部あんたが確かめたってことじゃない」

「え……あ? そ、そうだな?」


視線が斜めに泳ぐカイランの答えは、どうにも歯切れが悪かった。

答えに自信がないという明白なサインだ。


「じゃあ難しいことなんてないじゃない? そうでしょ?」

「あー……う……」

「そ、う、で、しょ?」


ドンッ。

ジアの拳が正確にカイランの左耳の横をかすめて壁に突き刺さった。

パラパラと壁の破片が砂ぼこりとなってカイランの肩に落ちた。


「カイラン若君の品物を見る目は、そりゃあもうピカイチだからね」


ここでトドメの一撃。

女主人、つまりカイランがモリおばさんと呼んだ女主人がしゃしゃり出てきて釘をガンガンと打ち込み、逃げ道をあらかじめ完全に封鎖した。


カイランの背中からは冷や汗がツーッと流れ落ちた。

この抜き差しならない状況でできることといえば、ジアの顔色をそっと窺うことだけで、逃げ出すことはできなかった。


ゴクリ。乾いた唾を飲み込んだカイランは、陳列棚に並べられた薬草と香辛料を素早く見渡した。

パッと見ただけでも軽く数十種類はありそうな品数に、尻込みしなかったと言えば嘘になるだろう。


「そ、それで、品物を見るのと名前を当てるのとに一体何の関係があるんだよ……?」


言葉が終わるや否や、ジアの鋭い目がスッとカイランを射抜いた。

本当に分からなくて聞いてるの?


「じゃああんたは、自分が売る品物が何なのかも分からずに売れるって言うの?」

「いや……」

「当たり前のことをなんで聞くのよ?」


カイランの浅知恵で考えてみても、百回千回ジアの言葉が正しかった。

商人が自分が売る品物がどんな品物なのか確認もせずに売るなんて、理屈に合わない。

カイランの顔が恥ずかしさで耳まで真っ赤に染まった。


「あ、当たり前に分かるさ! 俺だって分かる。分かるってば……!」

「じゃあ問題ないわね? やりなさいよ、賭け」


ジアの挑発にまんまと乗せられてしまったカイランだった。

最初からカイランに選択肢などあるはずもなかったが、結局自分が望んでいたことを成し遂げたジアの口角がそっと上がった。


「僕が勝ったら、あんたはル先生の授業をサボったり逃げ出したりしないこと」


『なんで俺が?』という言葉が喉まで出かかったが、空気を読んでカイランは静かに口を閉ざした。


「じゃあ俺が勝ったら?」

「先生に言って、午前中だけの授業にしてあげる」

「同じことじゃねえか!」


我慢していたカイランがカッとなった。

午前中の授業だけだなんて!

勉強そのものが嫌いなカイランにとっては、この地獄もあの地獄もお互い様だった。


ジアの立場からすれば破格の提案だったかもしれないが、カイランにとってはそうではなかった。

せめて大目に見ても午前中の授業だけって……チッ!

ジアは苦い顔をして、再び脅迫の皮を被った懐柔を試みた。


「あんた、商団の後継者になりたいって言ってたじゃない? なら、最低限の知識くらいは頭の中に入れておかないと」

「そうだね。それはこの坊ちゃんの言う通りだよ、カイラン様。商売をするなら良い目も必要だけど、それと同じくらい知識も大事なものさ」


何が楽しいのか、モリおばさんは腰に手を当てたままニコニコとジアの肩を持った。


「それくらい……俺だって勉強したんだぞ!」

「じゃあ証明してみせなさいよ」

「証明……?」


またしてもカイランの瞳がキョロキョロと転がる音が聞こえた。

所々に難しい単語が出てくるたびに転がる瞳に、ジアは戻ったら算数の勉強もそうだけど、まずは本を読むことから始めさせなきゃと固く心に誓った。

基礎的な読み書きすらまともにできなくて、一体どこが……プレシア商団の行く末は明るかった。

とてつもなく明るく、どんよりとした暗雲が立ち込めている。


「ちゃんと分かってるかどうかっていうか、確認してみようってことよ」

「いいぜ、俺はバカじゃない」


それを本人の口で言うこと自体が、「俺はバカです」と認めているようなものなんだけど。

このおバカさんをどうしてくれよう。

おそらくこの言葉を口に出した瞬間、カイランの奴……またすねて逃げ出すんだろうな。


「よし、男対男の約束だからね?」

「え……? 男対男……」

「そう、男・対・男」


歯を食いしばったジアは、一文字一文字はっきりと力を込めながら目をカッと見開いた。


「ヒクッ」


ジアの殺伐とした脅しに、カイランの口からしゃっくりが飛び出した。

間違いなく自分の目にジアは男ではなく女の子として映っているのに、カイランはそれ以上何も言えなかった。

最大の長所である『空気を読む力』が発動した瞬間だった。


「いいよ。私がお眼鏡にかなってあげるよ。勝った方には特別に、あの先の路地のグラブジャムン(※インドの激甘スイーツ)でもおごってあげようかね」


二人を見守っていたモリおばさんまでもが景品を懸けて、この唐突な対決に参加することになった。


「さあ、うちの店が誇る最高級の薬材と香辛料だよ」


あらかじめ準備でもしていたかのように、モリおばさんはジアとカイランの前に薬草と香辛料が少しずつ盛られた小皿をいくつも手際よく並べた。

パッと一目見ただけでも、キラキラと艶のある良い品物だった。

もちろんいくつかの場合、少し品質が劣るものも見受けられたが、だからといって大きくケチをつけるほどのものではなかった。

たまに品物を運んでくる過程で発生するやむを得ない変数は、常に存在する法なのだから。


それに比べてカイランは、最初の問題から難関にぶち当たっていた。

威勢よく断言したものの、今は目の前がぐるぐると、頭の中はクラクラと……。

大パニックもいいところだった。

カイランの目には、いくら目を皿のようにして見直しても、右の皿に置かれた品物と左の皿に置かれた品物とで大して違いがあるようには見えなかった。


『いったい何が違うって言うんだ?』


まさかモリおばさんがジアと結託して自分を陥れるために罠を仕掛けたのではないかと、ふと疑いすら抱くほどだった。

もちろんその確率は限りなくゼロに近いだろうが。

無駄にプライドを張ったばかりに、元も子もなくなりそうだった。


「当てられるよね?」


あの皮肉めいた口調の中に、ジアが自分を全く信じていないということをカイランは分かっていた。


「あ、当たり前だろ」


答えがどうにも歯切れが悪いんだけど?

ジアの片方の眉尻が吊り上がった。

動物のように皿に飛びついてクンクンと匂いを嗅ぎまくるカイランを見て、ジアは小さいため息をつき、「やっぱりね」というようにただ見守るだけだった。


「えっと……あー……だから……」


そうよね……あんたがいくら鼻が良かろうが目が良かろうが、見分けることができたとしても、それが何なのかまで分かるはずがないじゃない……。

あまりにも分かりきった話だった。


「これ、どっちもミンティアだよ。でもこっちはアップルミンティアで、こっちはスウィートミンティア」

「は? どっちも同じミンティアじゃないのか? ただ香りがちょっと違うような気はしたけど……」


やっぱり。

同じ科の別種という概念そのものが、ハナから頭の中に入っていなかった。

いくら目だけが良くても何になるっていうのよ。

ならず者の鼻にくっつけた、見掛け倒しの代物ね。


「そうさ。正解だよ。まだまだだね、カイラン若君は」

「そんなのあるかよ。ミンティアなら全部同じミンティアだろ……」


正解を当てられなかったカイランはブツブツと文句を言った。


「問題がちょっと難しかったかい? じゃあ今度は難易度を少し下げて……ほら」

「……」


今のカイラン、完全に苦虫を噛み潰したような顔をしてるんだけど……?

その表情に、ジアはプッと吹き出しそうになるのをなんとかこらえた。

私ならチラッと一目見ただけで何の薬草かすぐに当てられるけど、果たしてカイランは?


「あ、うーん……これはティムス(タイム)? いや、ウレオガ(オレガノ)?」


こんな体たらくじゃ……勝負はすでに決まったと見てもいいんじゃないの?


「そうだ。これはマギオラナ(マジョラム)だ! 間違いない!」

「ブッブー。ティムスが正解だよ」

「え?? ティムスだって?」


ほとんど正解の近くまでいっていたのに当てられなかったカイランが、哀れな表情でモリおばさんを見つめたが、間違ったものは間違ったもの。

容赦なかった。


「じゃあおチビの坊ちゃん。坊ちゃんはこれが何だと思う?」

「プーって呼んでください」


実はさっきからモリおばさんがしきりに坊ちゃんと呼ぶのが、慣れなくてむず痒かったのだ。


「そうかい? じゃあプー。今度はあんたが当てる番だよ」


皿が一つ、ジアの前に突き出された。


「リモネグラスじゃないですか?」


パリッとした葉の表面からリモネの香りが漂ってくるのが、見るからにリモネグラスだった。


「卑怯だぞ! プーにだけ簡単な問題を出して」


卑怯だなんて。

香りだけ少し嗅いでみても区別がつくのに、それができないからって八つ当たり?


「モリおばさん! あそこにあるの、僕が全部当ててみてもいいですか?」


珍しくムキになったジアが、モリおばさんが準備しておいた皿の数々を指差して尋ねた。


「あのたくさんの量を一度にかい?」

「これでも薬師の弟子ですから。あれくらいも当てられないようじゃ、どこへ行っても顔向けできませんよ」


袖をまくり上げ、ジアが目を光らせて飛びかかろうとした時だった。

誰かがジアの肩を掴んで囁いた。


「おいおい。ゆっくり、ゆっくり。思い知らせてやりたいなら、軽くからかいながら煽ってやるのが正解だろ」

「ルッ……ル先生?」


ジアが顔を向けてみると、そこにはルセテリが立っていた。

顔いっぱいに怪しげな笑みを浮かべ、ルセテリがゆっくりと屈めていた上体を起こした。


「俺がお前たちを探し回っている間に、面白いことを始めてたな?」

「うっ!」

「それで……プーに出した問題が簡単すぎたのが問題だって言うんだな?」


なんだか不吉な予感がするんだけど……?

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