第78話 ドーサとチャツネ、そしてサムサ
露店の主人は愛想よく、ジアとルセテリに向かって下心たっぷりの笑みを浮かべながら両手をもみ手した。
「何になさいますか?」
まるで二人のポケットをすべて空っぽにしてやろうと言わんばかりに、恐ろしく目を光らせていた。
「えっと、あの子と同じものを……」
ジアが指でカイランの皿を指差した。
「アハ、ドーサですな? お一つでよろしいですか?」
「一つで足りるわけがない……。いくつまで可能だ?」
案の定、ルセテリが不意に割って入り、露店の主人に向かって尋ねた。
「いくつとは? うちでは注文を受けてからすぐにお作りしておりますので……」
「だから、今日はいくつまで商売できるかって聞いてるんだ」
露店の主人が故障でもしたように突然動きを止めた。
息を吸ったり吐いたりしているところを見ると、息が止まったわけではなさそうだ。
数秒が過ぎた頃か、ルセテリの言葉の裏の意味を理解した露店の主人は目を丸くし、突然手を忙しく動かし始めた。
「ああ、ありがとうございます! カ……いや、お客様!」
それにしても、ここテランカナでもカモ(ホグ)扱いだなんて……。
ジアは鋭い目でルセテリを睨んだが、ルセテリは意に介さず、露店の主人が焼いているドーサというものに夢中になっていた。
ジューッ。
水っぽいオリッジャの生地というものが熱い鉄板の上に触れるや否や、白い湯気を立ててあっという間にパリパリの皮になった。
長い棒で露店の主人が生地の底をそっと剥がし、素早く裏返すと、反対側もカリッと焼き上げ、真ん中にマサラを混ぜたような黄色い具を乗せ、羊皮紙を巻くようにクルクルと巻いた。
あっという間に一枚を完成させた主人は、皿の上にホカホカと湯気を立てるドーサを乗せ、小さな銀色の小皿にソースのようなものをよそって渡した。
「このクルクルと巻いたものがドーサというもので、これを手でちぎってこのチャツネというものにつけてお召し上がりください。こちらは甘口、こちらは少し酸味があるもので、こちらの青いのはミンティア味ですので、お好みに合わせてつけて召し上がれ」
香ばしくてサクサクとした、そして強烈なカレーの匂いが漂った。
美味しそうな見た目に、ルセテリは露店の主人に金貨を一枚差し出した。
「帝国の硬貨は受け取らないだろう?」
「ここは南部公国領ですから当然です」
露店の主人は金貨を素早く受け取ると、慎重に端っこを噛んでみた。
「間違いなく金ですね」
いや……それ、必ず噛んでみないと分からないの?
ジアは呆れ返った。
「金は柔らかいからね。万が一ってこともあるだろ?」
忙しくドーサを焼いている露店の主人の横に積まれていた皿を、カイランがこっそり盗もうとした。
その瞬間を見逃さず、ルセテリの容赦ない手がピシャッとカイランの手の甲をひっぱたいた。
「どこへ!」
「たくさんあるじゃないか! 一つくらい持っていってもいいだろ!」
うん、ダメ。
ジアは首を横に振りながら、ルセテリに抗議するように食ってかかるカイランの肩を掴んだ。
おこがましくも食べ物のことでルセテリに盾突こうとするなんて……。
命が九つあっても足りない状況だった。
少しばかりカイランが可哀想になったジアだった。
「諦めな」
「たくさんあるじゃないか。一つくらい平気だろ。あれを一人で全部食べるって言うのかよ?」
いや、平気じゃない。
それに、あのたくさんの量を全部食べられるのがドラゴンなの。
さすがにジアはルセテリがドラゴンだとは言えなかったが、そうでなくても十分に証明することができた。
すでにルセテリの横には、ドーサの皿が山積みになっていた。
露店の主人が焼き上げる端から、あっという間に平らげてしまったからだ。
短い時間で積み上がっていく皿を見たカイランは、ポカンと口を開けた。
「何だ……あれ。胃袋に穴でも開いてるのか?」
いくらなんでもあれはちょっと……。
ドーサの上にチャツネをかけて一口で飲み込んでいたルセテリは、顔をしかめた。
「ハハハ。うちのドーサがそんなにお気に召しましたか?」
露店の主人が頃合いを見計らって口を挟んだ。
そうでなければ、おそらく今日の夕飯のおかずにはカイランが上がるところだった。
「このチャツネの中で、特にこの酸っぱいヤツが絶えず食欲をそそるな」
「そのチャツネがうちの特製なんですよ」
片目をつぶってウインクしながら、露店の主人が親指をグッと立てた。
「他のものも独特な味がありますが、この酸っぱいソースがドーサを飽きさせることなく食べ続けさせる立役者なんですよ」
「いやあ、お客様。よくご存知ですね。それが商売繁盛の秘訣ですよ」
「甘いチャツネも美味しいです。特にこの黄色いのが甘くて良い香りですね」
「お嬢ちゃん、君も味がよく分かるね? マンギペラっていう木の実で作るんだけど、少し甘酸っぱい味もするだろ?」
ジアが頷きながらドーサをちぎり、一口いっぱいにその黄色いチャツネと一緖に口に入れた。
爽やかで濃厚な風味が口いっぱいに広がった。
ただ甘いだけでなく、甘酸っぱくて異国的な食感が食欲をそそるのに一役買っていた。
緑色のミンティアの葉が細かく刻まれた方は、スーッとする感覚が口の中をさっぱりさせ、再び繰り返させるような役割を担っていた。
ルセテリが絶賛した酸っぱいチャツネは、露店の主人が言った通り秘密兵器のように、口に入れた瞬間舌がジンジンと痺れるほどの酸っぱさが、ガラムマサラで味付けされたマッシュポテトと交わり、酸っぱくてスパイシーで重厚な一撃を食らわすかのようだった。
脂っこさを一発で吹き飛ばす強烈な酸っぱさは、果てしなくドーサを胃の中へと送り込ませた。
「ふう、ごちそうさま」
結局ルセテリは、座ったまま今日一日の商売用の品物をすべて食い尽くしてから、ようやくお腹をポンポンと叩いた。
その様子を、カイランは呆然と見守っていた。
口をパクパクさせながら、指でルセテリが築いた山のようなドーサの皿を指差した。
「あの……量を、本当に?」
騙されてばかり生きてきたのかしら。
「じゃあ次は、サムサとかいうのを食べに行こうか」
再び食べ物を求めるルセテリに、カイランは驚愕を禁じ得なかった。
「ハハハ。兄ちゃん、大したもんだね? サムサを食べてみたいって?」
「テランカナじゃ、朝食にドーサとサムサを食べるって聞いたんだがな?」
ルセテリが顎でカイランを指した。
「そうだね。ここでは朝食としてよく食べる料理だよ。サムサならすぐ横の路地を入ったところにある、アヒムさんの店が美味いよ」
今日一日分の材料をすべて使い切ってしまった露店の主人パラパは、ニコニコしながら商売道具を片付けていた。
最初に受け取った金貨の他にも、ルセテリは彼に「ドーサが美味かった」と言ってもう一枚金貨を渡した効果を存分に発揮していた。
快く、カイランでなくてもパラパはルセテリにサムサの露店に関する情報も教えてくれた。
「横の路地だな?」
膨れたお腹を叩きながらルセテリが席を立った。
「あそこの羊肉で作ったサムサが美味いから、ぜひ食べてみなよ」
「羊肉か……。それはまた涎が出るな」
「ハッハッハ。兄ちゃん本当に凄いな。おかげで今日は店を早く閉められたよ、ありがとな」
「これからもちょくちょく世話になると思うが、よろしく頼むぜ?」
「なら、こちらこそよろしく頼むよ」
露店の主人がルセテリに手を差し出し、握手を求めた。
ルセテリはその手を拒むことなく握り、ニヤリと恐ろしい笑みを浮かべた。
カイランはゾワゾワと全身に鳥肌が立つのを感じた。
「俺はお腹いっぱいなんだけど……」
「あんたがお腹いっぱいだろうがどうだろうが、ル先生はまだなのよ」
すっかり慣れっこになったジアは、横の路地へと消えていくルセテリを見失う前に急いで後を追った。
「いらっしゃいませ!」
しばらくドーサを食べていたせいか、サムサの店の前は人でごった返していた。
ドーサの露店の主人パラパが推薦した店だけあって、やはり人気のある店であるようだった。
「羊肉のサムサが美味いと勧められて来たんだが……」
「羊肉のサムサですね? おいくつにしましょうか?」
大きな鍋の前でグツグツと煮えたぎる油に三角形の生地を入れて揚げながら、露店の主人の顔からは朝から滝のように汗が流れ落ちていた。
「あるだけ全部」
「はい?」
サムサの露店の主人は、自分の耳がおかしくなったのかと思った。
「おいくつですか??」
「今ある羊肉のサムサ、全部くれと言ってるんだ」
網杓子でサムサをすくい上げていた主人の手がそのまま固まった。
主人だけではなかった。
食堂の中にいるすべての人の視線がルセテリへと向けられた。
「ああ、置いておいて後で召し上がるおつもりですね? うちのサムサは冷めても美味いですよ」
氷のように固まっていた主人の手が、再び忙しく動き始めた。
何か別の意味で理解したようだった。
「それなら、揚げたての熱いヤツはもっと美味いってことだな?」
「そ、そうですね?」
サムサの主人はかなり戸惑っているようだった。
「じゃあ、羊肉以外にどんな種類があるんだ?」
「野菜と牛肉、それから鶏肉もありまして……」
「ふむ、なるほど」
サムサを前にして深刻な表情のルセテリは悩みに陥った。
ドーサの店とは違い、人が多いサムサの店では、いくらなんでも買い占めるのは控えるべきかと思ったからだった。
それなら、果たしていくつ買うのが適当なのかが悩みの種となった。
「ル先生。ほどほどにしておきましょうか?」
ジアがそっとルセテリに近づき、万が一にもドーサの店のように暴走するのではないかと思い止めた。
さっき食べたドーサですでにお腹は膨れていたが、揚げたての揚げ物の匂いは我慢しがたかった。
それにカレーの匂いは反射作用なのか、口いっぱいに涎を溜めさせた。
「それじゃあ、とりあえず羊肉を20個に、牛肉と鶏肉でそれぞれ10個ずつにしてみるか」
一度に合計40個のサムサの注文がドッと降り注いだ。
「ハハ、お客様。太っ腹ですな? お包みしましょうか?」
「全部食べていくけど?」
大きな袋を取り出そうとしていた主人の手がピタッと止まった。
もしかして自分の聞き間違いではないかと思ったのだ。




