第73話 カルダモンを手にギュッと握りしめれば
「伴読? 一体どんな子供だからといって、ナビル、お前がそんな提案をしてくるほどなんだ?」
人を評価する上で非常に厳しいナビルが、これほどまでに口を極めて称賛を惜しまない人物が、ミルザは気になった。
「ああ、その子供、体術や剣術にも相当な見識があるようでした。ただの平凡な平民の子供のようには見えませんでした」
アークまでもが。
二人の行動は非常に見慣れないものだった。
その点がミルザの好奇心にさらに火をつけているのだ。
「平凡な平民の子供ではないとすれば?」
「どこかの貴族の隠し子だとか?」
ミルザの考えでも、あり得そうな推測だった。
ナビルが口を滑らせるほどの知的レベルに、アークが感嘆を漏らすほどの武力の持ち主。
平凡な平民が身につけたと見るには、並大抵のレベルではないことは明らかだった。
ミルザの好奇心が強く発動し、人差し指はトントンと素早く彼の顎を叩いていた。
「それほどだと?」
「はい、間違いなくカイラン若君にとって良い刺激になるはずです」
バカ息子に少しでも役に立つというのなら、やらない手はないだろう。
今すぐにでも飛び出していって確認してみたい衝動に駆られ、体がウズウズした。
「しかし先生ならナビル、お前もいるではないか。二人も必要か?」
「私としては力不足だということを実感していたところだったのです。まず私は、アークさんのような体力がありませんからね」
そうだった。
生涯を本と書類だけ見て過ごしてきたナビルが、毎回勉強が嫌で逃げ回るカイランを捕まえに走り回るには、体力がどれだけあっても足りなかった。
だからといって、ナビルが虚弱だというわけでは決してない。
たとえ剣術に才能があったわけではなくても、コツコツと修練を積んできたおかげで体力は人並みにあった。
ただ、カイランの祝福された生まれ持った体には及ばず、ナビルがいちいちついて回るには手に余ったというだけだ。
とはいえ、毎回アークの助けを借りてカイランを捕まえてくるのも一回や二回ではなく、そろそろナビルの忍耐力が限界点に達しつつあったのだ。
ちょうどタイミングよくルセテリに出会っていなければ、教育もへったくれもなく道端にカイランを捨てていたかもしれない。
「このルという薬師は違いました。知識も豊富に見えましたし、何よりカイラン様を一撃で制圧する腕前は只者ではないと間違いありません。ひとまずあのカイラン若君を大人しく従わせたことだけ見ても、並の薬師ではないことが分かりました」
その先生にしてその弟子ということか?
顎を撫でていたミルザの指がピタッと止まった。
「今その二人、どこにいる?」
「そうじゃなくても城の中へ入ろうとしなかったので、ひとまず無理やり連れて入っては来ました」
「無理やり?」
「はい。シェイクとお会いするのを負担に感じている様子でした。ひとまず、道中で商団が助けられたのだから恩を返させてくれと言って引き留めておきました。今頃中庭で荷運びでも手伝っているかもしれませんね」
考えれば考えるほど不思議な一行だった。
勘の鋭いナビルは時折二人から奇妙な感覚を受けたが、アカンの報告によれば間違いなく皇都の貧民街で活動していた薬師であることは確実だった。
そうでなければ、身元も不確かな二人を一行として受け入れず、その場でお礼をして終わらせていたはずだ。
「私が出て確認し、連れてまいります」
「いや、俺が直接出ていって確認した方が早そうだ」
「シェイクが直接ですか?」
結局、抑えきれない好奇心がミルザを動かした。
「うむ!」
突然、冷ややかな寒気がルセテリの背筋を伝って流れ落ちた。
荷車からカラカラに乾いたメイズがいっぱいに詰まった麻袋を運んでいたルセテリは、地面に袋を下ろして辺りをキョロキョロと見回した。
間違いなく面倒なことに巻き込まれそうな予感が後頭部を激しくえぐってくるのだが……。
「ル先生、どうしたの?」
「いや、確かに何かが……」
乾燥チリの袋を運んでいたジアは、辺りをキョロキョロと見回すルセテリを怪しげに見つめた。
もしかしてサボろうとしているのではないかという監視の意味を込めてだった。
「何もないわよ。早く運びなさいよ」
ジアの小言のような小言に、ルセテリは再び麻袋を担ぎ上げたが、未だに感じる不吉な予感が彼の足首を引っ張っていた。
そうだ、ジアの言う通り早く手伝うこと手伝って、こっそり外へ抜け出して市場の見物でもしなきゃな。
ルセテリの足取りが急に早くなった。
自分を追い越して前を歩いていくルセテリを、ジアは不満げな目で睨んだ。
間違いなく今の頭の中は、仕事を早く終わらせて外へ出て食べることでいっぱいになっているに違いない。
「ル先生、分かりやすすぎない?」
「おっと。新しい場所に来たなら当然最初に見て回る場所があるだろうが」
「市場?」
「そうさ。当然市場を先に見物して、この辺りはどうなのか民生から探るのが最初だろ」
ルセテリの口から民生という言葉が出るなんて。
今日太陽は西から昇ったんだっけ、東から昇ったんだっけ……。
なんだか楽しそうなルセテリの後ろ姿を見ながら、ジアはずり落ちそうになるチリの袋を握り直そうとした。
「女の子が持つにはちょっと大きいな」
後ろからヒョイと、ジアが持っていたチリの袋を奪い去った手があった。
サッと振り返ってみると、ジアの後ろにジアから奪い取ったチリの袋と自分の背丈ほどあるメイズの袋を肩に担いだカイランが立っていた。
「私のどこを見て……それくらい私だって持てるんだけど?」
「お前は、これでも持ってろ」
カイランは小さな袋を一つジアに差し出した。
「これ何?」
カサカサと鳴る紙で作られた袋の口を開けると、細かな緑色の種のようなものが入っていた。
レモンのように清涼感がありながらもナツメグのようにツンとくるスパイシーな香りが、優しく鼻先をかすめていった。
「カルダモンだ」
「これが?」
「気をつけて持っていけよ。こう見えてもその一袋で25万ベラはするんだからな。そこらへんの庶民の1ヶ月分の生活費だ」
値段を聞いたジアは、思わず袋を地面に落としそうになった。
「こ、これが25万? ぼったくりじゃないの?」
高価な香辛料の一つだということは知っていたが、ジアが見たところ大体15万ベラくらいでも十分にお釣りがくる量なのに、25万だなんて。
聞き間違えたのではないかと思い、呆れた目でカイランを見つめても何も変わらなかった。
むしろカイランが口の形で正確に「ニ・ジュウ・ゴ・マン」とパクパクさせているだけだった。
「もしかして……グリーンカルダモン?」
「ふっ、初めて見るだろ? そうだ。グリーンカルダモンだ」
よく使う薬材ではなかったが、時折ルセテリの亜空間で気管支や心血管の薬を調合する時に一度見たことはあった。
その時はこんな緑色ではなく黒色だったので、本の説明でしか見たことのなかったグリーンカルダモンは初めて見るものだった。
それだけ貴重で手に入りにくい品物だった。
そんなグリーンカルダモンが一掴みいっぱい、ジアの手に握られていた。
「お前はそれ持ってついてくればいいからな」
ジアの分まで荷物を背負ったカイランが、大股で前を歩いていった。
ジアは前を歩いていくカイランの赤くなった耳たぶと首筋を見て、首を傾げた。
荷物がそんなに重いのかな?
全く訳の分からないカイランの行動に、ジアは仕方なくカルダモンが入った袋だけをぶら下げてその後をついて行った。
閉鎖的な皇城とは違い、プレシア城は広々とした開放的な構造だった。
外側の庭園には、中央の丸い屋根が印象的な宮殿へと続く道の両脇に、蔓とライオンの顔が彫られた柱がズラリと並んでいた。
その間を通り抜けながら、ジアはその雄大なスケールに圧倒され、口をポカンと開けたまま見物するのに夢中になっていた。
そのおかげで、顔を真っ赤にしながら何かをずっとブツブツと呟きながら前を歩いていくカイランの姿など、目に入りもしなかった。
空がひときわ青かった。
その間から照りつける日差しは強烈で、ジアの目を眩ませた。
眉の上で手のひらで日差しを遮りながら、ジアはその目が痛くなるほど青い空をしばらく見つめた。
「おい、何してんだよ?」
いつの間にかカイランはすでに城の倉庫の入り口の前まで行き、ジアを待っていた。
「今行くわよ」
「とろくせえな……いや、それが当然なのか」
ジアには聞こえないと思ったのか、拳を握った手でカイランは口をモゴモゴと動かしたが、ジアの耳にははっきりと聞こえてきた。
「当然って何が?」
「あ、いや……だから、り、理解してるって」
何をしてるの? 理解?
さっきの朝ごはんで人間が食べちゃいけない毒キノコでも食べたのか、カイランの状態をジアはひどく怪しんだ。
一言で言えば、こいつ急にどうしたの? だった。
「なんでそんな格好で出歩いてるのかまでは聞かないでおいてやる」
「何?」
「あのさ、お前あれ知ってるか? このカルダモンっていうの……」
こいつなんでこんな言い方して、しきりに勿体ぶるわけ?
ジアはもどかしかったが、一度は見逃してやることにした。
次もまたこんな調子なら、その時に顔面に一発お見舞いしてやっても遅くはないだろう。
我慢強く、ジアはカイランの言葉の続きを待ちながらゴクリと唾を飲み込んだ。
「ただ南部に伝わる風習みたいなもんなんだけど……こうやってグリーンカルダモンを……」
モジモジとしながら、カイランはジアが持っていたカルダモンの袋に手を入れて取り出した。
「手にギュッと握りしめて、好きな人の前で告白すれば結ばれるっていう伝説があるんだ」
「あ、そう?」
思ったよりあっさりとしたジアの答えに、存在しないカイランの子犬の耳と尻尾がだらんと垂れ下がったように見えたのは、ただの錯覚だろう。
しかしそれも束の間、真っ赤に熱くなったカイランは両拳を固く握りしめると、キャーッと大声を上げた。
「俺、お前のこと好きだ!」
はあ?




