第71話 シェイク・ミルザ・ナセル・ビン・プレシア
引き締まった筋肉の下にある南部特有の銅色の肌、黒檀のように黒い癖毛と鋭い眼差し、頑固そうに固く結ばれた一文字の唇。
今、シェイク・ミルザの機嫌は非常に悪かった。
人差し指でコツンコツンと額を叩きながら、今回の商行に同行させたアークとナビルから、現在の皇都に関する報告を受けているところだった。
「結局、アウレリア公爵が反逆を起こしたということだな?」
「はい。現在、皇城は彼らによって占拠されている状況です」
「皇帝は軟禁され、皇妃は自殺したと?」
「北宮の塔から墜落する場面を目撃したという証言があったそうです」
ミルザの口から長いため息が漏れた。
「とうとう事を起こしたか。それで皇女はどうなったと?」
「皇女様は現在行方不明とのことです。どういうわけか、アウレリア公爵側が八方手を尽くして探しているという噂ですが……」
「来る途中の衛兵所で聞いた話ですが、皇女様のお世話をしていたシッターに指名手配令が出されたそうです」
「シッターに?」
「はい。シッターが皇女様を連れ去ったのだろうと、誘拐を理由に手配令が出されたそうです」
アークとナビルが交互に現在の皇都の状況を報告した。
報告を聞いていたミルザの額のシワは、さらに深く刻まれていた。
アウレリア公爵が近いうちに事を起こすだろうという予想はしていた。
ミルザは、アウレリア公爵が皇位を簒奪して自ら皇位に就くものと推測していたのだが、展開は思いがけない方向へ流れていた。
皇帝は地位を維持したまま軟禁されており、皇后は自殺、皇女は世話をしていたベビーシッターに誘拐されただと。
すべての事が計画通りに進むわけではないということはよく分かっていたが、今回の件には予想外の変数が続きすぎていた。
「ある意味、中立を維持していたことが有効に働いたと言えるかもしれません」
「その通りです。アウレリア公爵側からいつ圧力がかかってくるかは分かりませんが、主な災難は避けられたと見ることができます」
ナビルとアークはミルザの機嫌をうかがいながら、慎重に話を切り出した。
「そうは言っても、北部の田舎者どもだ。やれるものならやってみろ。我々プレシア公国を敵に回すとどうなるか、知りたいのならな」
カイランと同じ黒曜石のような瞳に、ゾッとするような閃光が走った。
「確かに、容易にこちらを狙えるような立場ではありませんね」
帝国にペシャワール港を奪われ、王国から公国へと降格させられたものの、豊かな南部の農作物を元手に交易を広げていき、いつの間にか帝国経済の半分以上を占めるほど経済的な勢力を大きく育て上げた。
その結果、帝国は今やあらゆる経済的な部分においてプレシア商団を通さなければならないほどの状況にまで至ったのだ。
そんなプレシアを、一体誰が狙えるというのか。
アウレリア公爵が狂気でも起こさない限り、絶対にあり得ないことではあった。
「それで、その皇女とかいうのに関する情報はこれ以上ないのか?」
「残念ながら、これといった情報は聞いておりません。もともと外部に露出されたこともなく、今回の誕生祭が初めての外部活動だったにもかかわらず、すぐにアウレリア公爵が反乱を起こしましたからね」
「私はこのようなものを入手いたしました。城門で配っていたものです」
アカンが頭を下げたままミルザの前に進み出て、一枚の紙を差し出した。
まさにルセテリの身元が書かれた指名手配のチラシだった。
チラシを受け取ったミルザがチラリと内容に目を通したが、特別なことのない平凡な内容だった。
果たしてアウレリア公爵が本気で皇女を誘拐した犯人を捕まえたいと思っているのかさえ疑問に思うほど、粗末な内容が書かれていた。
「名前、ルティア・イルミネタ。年齢30から50歳と推定。小柄な背丈に銀青色のまとめ髪。これで誘拐犯を捕まえるだと? アウレリア公爵は本気で犯人を捕まえる気があるのか?」
冗談でも言っているのかというように、ミルザの口角が冷ややかに上がっていた。
愚かにも程がある。いくらなんでも公爵ともあろう者が、こんな紙切れ一枚で犯人を捕まえられると疑いもしないのか。その頭の中をカチ割って見てみたいほど、彼の愚かさには呆れ果てた。
「頭がおかしくなりそうだ」
傲慢に吐き捨てるミルザの一言は、ナビルとアカン、二人の肝を冷やした。
果たしてこの後、またどんな険悪な言葉を吐き出すのか……。
「予想通りに進んでいることが一つもないじゃないか。アウレリア公爵は皇位に関心があったのではなかったのか? それなのに何が代理聴政(摂政)だ、代理聴政とは。そうでなければ、自分の息子を皇女と政略結婚させて皇帝にさせようとしていたのではなかったのか」
とうとうミルザの握りしめた拳が座っていた椅子の肘掛けに叩きつけられ、見事に木で彫刻されていた部分が砕け散った。
「私もそのように考えて動いていたのですが、どうやら我々が見落としていた部分があるのではないかと疑わしいのです」
「見落とし?」
「そうでなければ、あのアウレリア公爵の性分で皇位を簒奪せずに皇帝を軟禁する程度で終わらせたというのは辻褄が合いませんから」
「それで、我々が見落とした部分とは何だというのだ?」
「それを新たに調べる必要があるのではないでしょうか」
ナビルの説明に、焦って苛立っていたミルザの怒りが少し収まり、落ち着きを取り戻していくように見えた。
「これは非常に重要な事案だぞ、ナビル」
「はい、シェイク。よく承知しております」
「アウレリアが皇城を占拠したこの機を逃せば、プレシアが再び独立する機会は永遠に来ないかもしれない」
そうだった。
プレシアは帝国からの独立を企てていたのだ。
だからこそ、アウレリア公爵が皇城を討つために貴族たちをかき集めていた時も、シェイク・ミルザは口を閉ざし、耳を塞いで動かなかった。
多くの貴族が彼を取り込むためにあらゆる甘い言葉で誘惑してきた最中にも、彼はむしろ固く城門を閉ざすことまでして中立を守り抜いた。
アウレリア公爵側としては、非常に残念な思いが大きかったはずだ。
南部の経済圏を握っているプレシア公王家が彼らの味方につくだけで、容易に帝国を手に入れることができたはずだからだ。
ある意味、今のアウレリア公爵の半分だけの勝利はすべて、プレシア公王家が合流しなかったからだという声も大きく上がることは間違いない。
「問題は皇女の行方か……?」
もしミルザ自身が簒奪を狙っていたなら、皇女の存在は目の上のたんこぶのように思えたことは間違いない。
皇女の首に懸賞金をかけても足りない状況で、わざわざ皇女のベビーシッターが皇女を誘拐したとでっち上げて指名手配するとは。アウレリア公爵がそれほどのバカではないはずなので、間違いなく何かあるのは確実だった。
何だ?
肘掛けに腕を乗せたミルザは顎に手を当て、見落としている部分はないかと考えを巡らせた。
今回のアウレリア公爵の反逆には、ミルザが考えもしなかった予想外の変数があちこちに潜んでおり、飛び出してきていた。
すべての変数を考慮して計画を練っておいたはずだったが、このような展開は全く意図しない方向へ事件が流れており、ミルザの焦燥感を煽っていた。
「もう少し慎重に動く必要がありそうです。東部の民心も穏やかではないという報告がありました」
アカンが言う東部とは、フォンテンの森の向こう側にあるコセン公国を指すものだった。
まさにルセテリとジアが向かっている場所でもあった。
「東部なら、コセンの側でか?」
「はい、民乱の兆しが見えるそうです。現在あちらには公王がいらっしゃいませんから。帝国から送られた総督という者も、どうせろくでもない奴でしょう」
「民心は目に見えていますね」
「最初から意図して芽を摘もうとしたのではありませんか。ルシネリ家に服属していた貴族たちを切り捨てた時から予見されていたことでしょう」
ナビルの核心を突く言葉に、ミルザは同調するように頷いてみせた。
彼の言う通り、コセンは皇帝が皇后を連れ去った瞬間から、順を追って公国を属国にするための段階を一つ一つ踏んできていた。
最初はルシネリ公王家に忠誠を誓った家臣たちからだった。
あれこれと罪を着せて貴族の地位を剥奪していき、公王の手足を切り落とし始めると、やがて皇帝の命令だと言って公王を補佐する総督として、アウレリア公爵家の人間をコセン公国へ送り始めたのだ。
彼らの目にコセン公国の民が映るはずがなかった。
文字通り収奪が行われ、民たちは食べていくために地べたを這いずり回らなければならなかった。
それだけでも飽き足らず、総督という者は自身の私腹を肥やすために中央に送られる物資を横領し、公王のいない公国で王様気取りでいた。
民心が良くなるはずがなかった。
自然と地位を剥奪された貴族が秘密裏に集まり、「独立連合」というものを作って活動しているという話は、かねてよりシェイク・ミルザの耳にも度々入ってきていた。
そんなコセン公国で民乱とは……。
目に見えているが、独立連合がその中心で動いていることは間違いなかった。
その首長という人物に一度会ってみるべきだろうか?
ミルザは素早く頭を回転させながら、計算機を弾き始めた。
果たしてどちらの味方につくことがプレシアの利益になるかは、会ってみて判断しても遅くはない。
決心を固めたように、肘掛けを握っていたミルザの手に力が入った。
「独立連合の首長との極秘会談はどうだ?」
ミルザの言葉が終わるや否や、ナビルの眼鏡がキラリと光り、一歩ミルザの前に進み出た。
「悪くないと思います。ただし……」
「ただし?」
「問題が一つあります」
「何の問題だ?」
「誰が独立連合の首長なのか、知らされていないのです」
「ん?!」




