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第7話 陰口もたいがいにしろ

ジアは言葉を失った。


生まれて初めて出会ったドラゴンの前には今、とんでもない高さでプルプルと揺れるプリンのようなスフレパンケーキが2段に積み重なっていた。

パンケーキの中には紫色の実がゴロゴロと入って果汁を絞り出しており、黄金色の液体が染み込んでいて、その黄金色の液体がとろりと横を伝って流れ落ちていた。

一番上にはふわふわの白いクリームがたっぷりと乗せられており、濃い赤紫色のフルーツで作られたコンポートが白いクリームの横でコントラストを成していた。

パンケーキの高さは……おそらく、少なくとも自分の背丈の2倍くらいはあるんじゃないだろうか?


一度開いたジアの口は、塞がることを知らなかった。


『ロッ様、これ全部食べられしゅの?』


どう見ても、自分の前に座っている、白いものが混じる髪をきちんと後ろに流して結んだ小柄な中年女性が食べるには、恐ろしい量だった。

普通なら、の話だが。


『ジアは僕の元の姿を全部見ただろ?』


ジアは昨日、ルセテリと初めて会った時のことを思い出した。

ポリモーフをする前、空を飛んでいた巨大な黒いドラゴンは、城楼に上がって彼を待っていた太陽の光を遮るほど巨大だった。

彼が羽ばたいて城楼に着地した時、その突風で吹き飛ばされそうになったほど、片翼の大きさだけでもとてつもなく大きかった。

自分の百倍くらい?

ルセテリの実際の大きさを思い出したジアは、自分でも気づかないうちに頷いていた。


優雅にフォークとナイフを持ったルセテリは、一気に大きなパンケーキを切り分け、素早く口の中に押し込んだ。

あまりの速さに、目で追えないほどだった。


ジアもルセテリに倣ってフォークとナイフを持ち、一口分のスフレパンケーキを切り分けて口に入れた。

温かいブルーベリーコンポートの甘酸っぱさが冷たい生クリームと合わさり、スルスルと舌の上で溶けて消え、続いてくるパンケーキの中に入ったリコッタチーズの香ばしさとふわふわした食感が舌を優しく包み込んだ。

ママのパンケーキはいつでも最高だったが、今日はさらに格別に感じられた。


『うわぁ、おいちい!』

『だろ? コンポートの中に入ってるブルーベリーがリコッタチーズとよく合って、甘酸っぱくて香ばしくて美味しいんだよ』


目にも止まらぬ速さでシャカシャカとナイフを振り回し、目の前に置かれた巨大なスフレパンケーキをルセテリはあっという間に平らげていった。


ゴロゴロゴロ、一人のメイドがトローリーを引いて、ジアとルセテリが食事をしている温室の中に入ってきた。


「そろそろパンケーキをほとんど召し上がった頃だろうと、皇后陛下がお遣わしになりました」


メイドは恭しくルセテリとジアに腰を曲げて挨拶をした後、トローリーの上にあった皿で二人の前に置かれた空の皿を交換した。

新しく置かれた皿の上にも、新鮮な野菜サラダと鮮やかなピンク色のスモークサーモン、そして宝石のようにきらきらと輝く色とりどりのフルーツが盛り付けられていた。

野菜サラダを見るなり、ルセテリの眉間がシワシワになった。


「美味しいものを召し上がったのですから、残りもバランスよく召し上がるようにと、皇后陛下からのお言葉でございます、ルシア様」


露骨に嫌そうな表情をしているルセテリを見ても、メイドは瞬き一つしなかった。

ルシアとは、帝国で過ごすためのルセテリの数ある偽名の一つだった。

まさか女性型の名前を使う日が来るとは夢にも思わなかったが。


『うぇ、お野菜きらい』

『ママが、好き嫌いしないで何でもバランスよく食べなきゃいけないって言ってたよ』

『サラダの上に乗ってる、あのクマトが一番嫌いなんだよ』

『クマトが健康にいいから、絶対に食べなさいって言ってたもん』


ジアはフォークを持ち、サラダボウルに入った丸いクマトをプスッと刺して口の中にすっぽり入れ、一口で噛んだ。

パチンと皮が弾け、クマトの青臭さが口いっぱいに広がった。この青臭さがサラダの新鮮さを一層引き立ててくれるのだが、どうやらルセテリにはその味がわからないようだった。


大人と子供が入れ替わったかのような状況に、メイドの目は一瞬丸くなったが、すぐに平常心を取り戻し、ルセテリに秘伝のソースが入った瓶を下ろした。


「サラダの風味を増してくれるヴィネグレットドレッシングでございます」


まさか、私を暗殺する気で渡したんじゃないだろうな?

渋い表情を浮かべながら、ルセテリはメイドをじっと見つめた。


「皇后陛下が、ルシア様のお口に合うように、キウイという果物の果肉をすりおろしてソースに混ぜて甘みを出したとおっしゃっていましたので、召し上がってみてはいかがでしょうか?」


ニコリと微笑みながら、自らサラダボウルにソースをかけてみせ、ルセテリが逃げる隙さえ与えなかった。

ひどく嫌そうな顔でサラダボウルを眺めていたルセテリは、恐る恐るフォークでキュウリを一切れ刺して口に入れた。

シャキシャキとした爽やかなキュウリに、少し酸味のある青々しい果物の香りが合わさって、それなりに食べられる味だった。

だからといって、クマトを刺す勇気はなかったが。


「ミエリア皇后陛下から、今後ルシア様のお手伝いをしてジア様にお仕えするようにと遣わされました、ロアン・ロゼッタと申します」


恭しく前で手を組み、二人に頭を下げたメイドをルセテリは注意深く観察した。

濃い焦げ茶色の髪、黒に近いが同じ色の瞳、下には小さなそばかすまで……際立って特徴的な容姿ではなかったが、どことなくルセテリは違和感を覚えた。


『ロアンはね、ママと同じコセン公国から来たの』


ロアンから視線を外さないルセテリを見て、ジアは口いっぱいにフレーズを頬張りながら言った。


コセン公国。


その時ようやく、ルセテリは違和感の正体に気づくことができた。

なるほど! 染色魔法を使ったのか!

不思議だった。

確かに魔法はこの世界からほとんど姿を消して伝説扱いされているのに、魔法を使う人間にお目にかかるとは……驚きだった。


「目立つのは少し慎重になりたくて」


言い終えたメイドは、ルセテリに向かって片目をつぶってウィンクまで送ってきた。直感的にルセテリは、このメイドがただのメイドではないことに気づいた。


『ママが、ロアンなら信じられるって言ってた』


ジアもわかっていた。大人たちは何も知らないと思ってジアの前でペチャクチャと喋っていたが、ジアも空気で全てを察していた。

母であり皇后であるミエリアが、力もない属国の小さな公国出身であるということを不快に思っている貴族たちが、自分のことをどう思っているのかをだ。

この皇宮にいる人間の中で、二人の味方をしてくれる者は誰もいなかった。同じ公国出身のロアンを除いては。


『それでもクマトはちょっと……』

『それが一番健康にいいんだって、ママが言ってたよ。男の人には一番大切なところに効くんだって』


ゴホッ。

参考までに、ドラゴンにとって性別は無意味なものである。うんうん。

そういうことだ。


ジアは、ママがどういう意味で言った言葉なのかわからずに、きょとんとした目でルセテリを見つめていた。


「お食事が終わりましたら、皇后陛下が、皇帝陛下が皇女殿下のためにご用意してくださったお部屋へご案内するようにとおっしゃっておりました」

「部屋?」

「はい。ついでにルシア様にもお部屋を差し上げなければならないので、以前から陛下がご用意してくださっていたお部屋へご案内するようにとのお言葉がございました」

「あ、はい。そう。わかりました」


ルセテリの視線は目の前に置かれたサラダへと移った。


『それ全部食べて、サーモンも全部食べて、フルーツも全部食べてから行こうね』

『あ、うむ。そうだな』


ルセテリはジアの言葉に、フォークを再びサラダボウルへと運んだ。


「あら、皇女様がもう4歳にもなられるのに、まだ言葉が話せないですって?」

「そうなんですよ」

「帝国には立派なシッターがいくらでもいるのに、ご自身で育てられるなんて。やはり未開な田舎の公女出身だから仕方ないみたいですね」

「模範を示すべき皇室で、どうしてこんな恥ずかしい姿を……やはり、一日も早く皇妃でも迎え入れるべきですよ」


ロアンの案内に従って本宮へ向かう途中、聞こえてくる貴族夫人たちの噂話がルセテリの耳に痛く突き刺さった。

天気が良いせいか、本宮へと向かう中庭には何人もの夫人たちが集まって散歩を楽しみながらおしゃべりしていた。

間違いなく彼女たちの目にも、本宮へと向かう回廊を歩いている皇女が見えているはずだ。

それなのに、あんな言葉を平気でベラベラと喋っているなんて……ルセテリはジアの耳を塞いであげたかった。


『私は大丈夫だよ、ロッ様。いちいちあんなの気にするのは、小者がすることだって言ってた』


いつもあった日常の一部だったジアは、何とも思っていなかった。

もちろん最初はママのところに駆け寄って泣きじゃくっていたが、今はもうわかっていた。


『前に出る勇気もない臆病な犬が、うるさく吠えるものなんだって』


長い付き合いのミエリアだったが、やはり辛口なところは変わらないものらしい。

ルセテリが知っているミエリアと、ほんの少しも違うところはなかった。


『うるさく吠える犬か……チワワ?』

『チワワ? どんな形してるの?』

『パッと見ればわかるよ。体も小さいし、目が丸く飛び出てて臆病そうな顔してるんだ。それに本当にキャンキャンうるさい』


ルセテリの手をぎゅっと握ったジアの手に、ぎゅっと力が入った。


『そうだね。臆病な奴らほど、絶対うるさいに決まってる』


回廊を通り過ぎる間ずっと、口数の多い臆病な貴族の女たちの視線は、ロアンの後を追う二人から離れることはなかった。

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