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第6話 ドラゴン様はブルーベリーパンケーキがお好き

眩しい光に包まれたルセテリは、泣く泣くポリモーフの外見を変えた。

女性型、それも年配の女性型に変えるのは、自身の美学に反するため気が進まなかったが、仕方がなかった。

銀青色の長い髪を持つ美しい美青年から、白髪交じりの灰色の髪をきちんと結わえた温和なおばあちゃんの姿へと、ルセテリは姿を変えた。

ドラゴンに特定の性別があるわけではないが、個人的に好む姿というものがあるため、ルセテリはひどく虚無感に襲われた。


「毎朝、ルセテリ様が一番お好きなパンケーキを焼いてさしあげますから」


ルセテリの気分を察したミエリアは、彼を優しく宥めた。

誰がそんなパンケーキになんか釣られ……釣られ、ううん……釣られるしかないじゃないか。

ミエリアが焼いてくれるパンケーキなんて、ハッチリング時代にはパンケーキを食べる日を指折り数えて待っていたほどなのだから、当然の結果だった。くぅっ。


「生のブルーベリーにしてくれるんだよな?」

「もちろんです。ルセテリ様がお好きなリコッタチーズを入れて、スフレにしてさしあげますね」


深く濃い青色の瞳は、期待感でいっぱいに膨らんでいた。


『うん、ママのパンケーキは世界一だよ』


そうとも、その通りだ。

目の前にありありと浮かぶパンケーキを思い浮かべながら、ジアの言葉に同意するように目を閉じて頷いた。


いつの間にかポリモーフを終えたルセテリの姿は、経験豊かなシッターの姿、まさにそれだった。


コンコン。


誰かがドアをノックする音に、ソファに座っていたジアがガバッと立ち上がった。

トコトコと歩み寄ってドアを開けると、ドアの外には皇帝が一人で立っていた。


「世界の代行者様にお目にかかります」


皇帝はルセテリを見るなり、恭しく礼を尽くして挨拶をした。


世界の代行者。

それはドラゴンであるルセテリとソラレティの二柱だけが持つ地位であり、ドラゴンに認められた二つの家門においても、継承者にのみ秘密裏に伝えられる彼らの地位だった。

二つの家門の継承者の一人である皇帝が、ルセテリに礼を尽くして挨拶をするのは当然のことだった。


「帝国の主人に感謝の意を表そう」


皇帝に対しては遺憾に思うことが山ほどあったが、礼を尽くして丁重に接してくる相手を面罵するわけにもいかず、ルセテリもまた丁重な返事を返した。

歳月の流れとはなんと儚いものか。イケメンとか好感の持てる外見とまではいかなくとも、それなりに見栄えのした皇帝は、歳月の流れとともに頭頂部がうっすらと涼しげになっていて、妙に気の毒になった。

頭に冠を被っているから目立たないと思っているようだったが、その冠を境界にしてツヤが光っていることを自覚していないようだった。


「お前、なんで……」


いたたまれなさに、ルセテリは指で皇帝の頭を指差したまま言葉を続けられなかった。

隣からジアがルセテリの脇腹をツンツンと突っついてきたからだ。


『うちのパパ、からかわないで』

『うむ、わかった。すまない』


帝国貴族たちが皇后と皇女の外見を見て差別していると聞いた直後に、皇帝の外見を指摘するのは確かに少し違ったな。


ルセテリの視線がどうしても皇帝の冠の内側の光り輝く頭にいってしまうのは仕方のないことだったが、自制しようと努力した。

抜け毛はドラゴンの魔法でも治せない病気なのに、どうしたものか。

代々、アルメニア家の男たちの頭がひと際輝いていたという事実を思い出したルセテリは、慌てて口を手で覆った。


「このような形でお迎えすることになり申し訳ありません。すべて私の不徳の致すところで、代行者様への待遇が疎かになってしまいました」

「ああ、全くだよ。お前、俺と約束したじゃないか。ミエを連れて行ったら贅沢させてやるって」

「はは、それが……一生懸命やっているつもりではあるのですが……」


まともに言い訳する気もないのか、皇帝はミエリアを見つめて切実に助けを求める視線を送りながら、そわそわしていた。


『ロッ様、めっ! 自分より弱い人をいじめちゃダメって言ったでしょ』


小さな手でしきりにルセテリの脚をペチペチと叩いているジアの目には、何の理由もなくパパをいじめているように見えて、ルセテリが憎たらしく思えた。

パパだってママを大切にしていないわけじゃないし、周りの悪い貴族たちのせいでどうしようもなかっただけなのに、理解しようともせず頭ごなしに怒るルセテリが嫌いになりそうだった。


『いじめてるんじゃないよ。ただ、友達を奪っていった君のパパが憎くて、少しからかってやろうと思っただけさ』

『それでもロッ様、嫌い。私のパパだもん』


ジアの可愛いけれど筋の通った抗議に、ルセテリは言葉を失った。

その言葉通り、ジアのパパでありミエリアの夫だった。せめてその純愛が変わっていないように見えるのは幸いと言うべきか。


「ジアに感謝するんだな。全くもう」


言いたいことは山ほどあったが、これくらいにしておくべきだった。

ドラゴンである自身にとっては短い瞬間も同然だろうが、ミエリアが自分のもとを離れていた時間はルセテリにとって決して短い時間ではなかった。それだけ積もり積もった恨み言は多かったが、ここで全てぶちまけてしまっては、あそこで拗ねているジアを二度と抱きしめられなくなりそうだった。


「はは、感謝いたします」


やはりハハと人の良さそうな笑みを浮かべる皇帝だった。

あちこち振り回される皇権の弱い皇帝だったが、あの人の良さ一つを信じてミエリアを送り出したのだ。

トーンダウンするルセテリを、ミエリアが優しい眼差しで見つめた。


「そうですよ。皇帝陛下はいつでも私を一番に想ってくださる方ですから」

「皇后おおぉ〜〜〜」


ミエリアの一言は、ルセテリの前でタジタジになっていた皇帝を一気に救ってくれる救いの一言だった。

一瞬で皇帝を泣きそうにさせるとは、意外と帝国の隠れた実力者は皇后ではないだろうか。


「それで、二人はここで俺にどうしてほしいって?」


不本意な老婦人の姿をしたルセテリは腕を組み、二人に確かな答えを聞きたかった。

状況を見るに、単にジアのシッター役を頼んでいるだけではない様子だったからだ。


ルセテリの一言に、ミエリアと皇帝の表情が硬直した。

二人はチラリとジアの顔色を窺うように見えたが、やがて決心を固めたように表情が真剣になった。皇帝とミエリアの視線が絡み合ったかと思うと、口を開いたのはミエリアだった。


「ルセテリ様がご覧の通り、ジアは竜言しか使えません。現在、竜言が使える者は私と、ドラゴンであられるルセテリ様かソラレティ様くらいしかいないではありませんか?」


目を閉じたルセテリは、ミエリアの言葉に頷いた。


「皇宮内で私の立場がそれほど良いわけではないので、ジアにつけてあげる良いシッターを探すのも難しくて。コセン公国であれば当然、ドラゴン様たちのレアがあるフォンテンの森に送れば解決する問題ですが、それも容易ではない立場ですし」


確かに、帝国の皇女をフォンテンの森に送るなんて、当然おかしな話ではあった。

魔物がうようよいる森の中に帝国の唯一の血筋を送ってしまうなんて、いくら冷遇されている弱小公国出身の皇后から生まれた皇女だとはいえ、唯一の後継者だった。


「それでソラレティ様にご相談したところ、コセン公国に良いシッターがいると誤魔化して、ルセテリ様をお迎えしてはどうかと言われまして」


ソラレティ様は俺に誘拐してこいって言ってたぞ?

その言葉だけ言って外に追い出したくせに、シッターだなんて。

フォンテンの森に帰ったら、ソラレティ様には絶対に抗議してやる。


ルセテリはなんだかとても悔しかった。

ソラレティ様は嘘つきだ、ぐすん。

おそらく、今のこの場面もすでに見守っているんじゃないか?


「人間たちは本当にどうでもいいことを気にするものだな」


ミエリアや皇帝が間違っているというわけではない。ただ単に自分たちと外見が違うという理由一つだけで、群れから追い出そうとする帝国臣民たちが、ルセテリとしては理解できないだけだった。

ドラゴンである彼から見れば、みんな等しく取るに足らない生き物だった。


「俺がシッターとしてジアのそばにいたとしても、事情は大きく変わらないと思うが?」


最大の問題点はこれだった。

人々の認識というものは、一瞬で変わるような性質のものではなかった。

ミエリアと皇帝もまた、その問題に関しては同じ考えなのか頷いていた。

どうやら、1、2年いたからといって解決する問題でもなさそうだ。

その言葉はつまり、今この有能なおばあちゃんシッターの姿をいつまでしていなければならないのか、保証がないということだった!


「生のブルーベリー・スフレパンケーキ2枚」


いつの間にか指を2本立ててみせるミエリアは、ルセテリに向けて交渉を試みていた。

作るのが大変だからといつもスフレパンケーキは1枚しか焼いてくれなかったのに、2枚だなんて!


ごくり。


唾を飲み込むほど魅力的な提案だったが、それだけではまだ全然足りなかった。


「シロップたっぷりに、ブルーベリーコンポートと生クリーム追加で」


まだ褒美をもらったわけでもないのに、まるで目の前に広がっているかのように美味しそうなブレックファーストの食卓が用意されていた。


俺はそんな安いドラゴンじゃないのに……じゃないのに、じゃなくもない。

ふわふわで柔らかいパンケーキの上に散りばめられたコンポートと、しっとりするほどかけられた甘いシロップ、そして豊かなミルクの味がする冷たいクリームの誘惑には耐えられなかった。


「乗った!」

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