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第59話 君、九九も言えないの

「うちの商団の香辛料は品質が良いことで有名だからな! これくらい妥当な値段だろ!」


誇らしげに腰に手を当てて笑うカイランの虚勢は堂々としたものだった。


「ああ、すまない。うちの商団主の息子は少し夢が大きくてね」


見かねたアークが近づいてきてカイランの肩に手を乗せ、そのまま引きずって遠くへと離れた。

そのままカイランの虚勢が続いていたら、おそらくジアが口を挟む前に、怒りに燃えるルセテリの直撃弾を食らっていたかもしれない。

幸いその前にアークが彼を引き離すことができたが、この後に起こる出来事については何も予測できなかった。


食べ物に対するドラゴンの渇望は、想像以上に深い深淵だった。

その深淵に触れた者の末路とは……何を想像しようともそれ以上になるだろう。


「何言ってんだよ! この等級なら10倍は取れるって言ってるだろ?」


カイランがもどかしそうに叫ぶと、隠れていた一行の中の一人の男が近づいてきて、突然経済の授業を始めた。


「お父上がいつもおっしゃっていたではありませんか。急激な大幅な価格の引き上げはインフレを引き起こし、最も重要な庶民の生活基盤を根こそぎ揺るがすことになると」

「たくさん稼げばいいじゃないか?」

「何度申し上げたら分かるのですか。庶民の生活が揺らげば、真っ先に打撃を受けるのは我々のような商団だということです。庶民の経済が潤ってこそ、我々の商売も繁盛するのです」

「ちぇっ、たくさん稼げばいいのに。どうせそんなもん、大した差はないだろ……」


カイランは唇を尖らせて文句を言った。

いくら頭をひねってみても、カイランの頭では到底理解ができなかった。


お金というのは、多ければ多いほど良いものではないのか?


「いつも申し上げておりますが、お金は虚像です。幻惑されては絶対にいけません」

「分かったよ」

「ずっとこのような態度でしたら、シェイク様にもご報告いたしますよ」


男の叱責にカイランはしょげたように肩を落としていたが、驚いたように目を丸くした。


「ダメだ! それは……」

「大人しく我々について回るとお約束したではありませんか? ずっとそのような態度でしたら、私もどうしようもありませんよ?」

「頼むよ、ナビル。俺が悪かった」


カイランは半泣きになりながら膝をついて懇願した。

ナビルと呼ばれた者は、ごく平凡な茶髪を綺麗に後ろで結んだ冷たい印象の男で、カイランを説教しながら眼鏡を押し上げた。

そのせいで眼鏡に日光が反射し、冷たい印象をさらに冷ややかに見せていた。


[ほう、なかなか?]


ルセテリは、ナビルという者の商業の本質に対する態度がかなり気に入った。


富というものはそういうものだ。

一般的な人々は、お金は持てば持つほど良いものであり、それがすべてだと考えがちだった。

お金が多ければ当然その富を誇示し、さらにあくせくと集めるために執着するのが普通だった。

それなのに、お金は虚像だとは……。

久しぶりにしっかりと芯のある商人に出会った。


[チポラの商業論だね]


魔法で強化していた木の枝をヒュッと森へ投げ捨てながら、ジアがルセテリの横に近づいてきた。


[あれを読んだのか?]

[パパが作ってくれた書斎にあったから読んだことがある。みんな理想論だと言っていたけど、かなり印象深い本だったよ]


あの本、七歳の子供が読むには分厚すぎる専門的な経済書ではなかったか。

ルセテリの視線に気づいたジアが、彼に向けてニッコリと笑った。


[恐ろしい子……あれを読み切るとは]

[当然じゃない? あれくらい読めなくてどうするの?]


ジアよ、言葉でドラゴンをボコボコに殴るんだな。

ジアの知識に対する渇望、いや……あれはもはや執念に近かった。

あれほどの厚さの本を読むのに、ルセテリは3年という時間を費やさなければならなかった。

それなのに、まだたった七歳の子供がそれを読んだだなんて……反省でもすべきか? それとも挫折?

ルセテリは気まずそうに唇を舐めた。


「場所の特殊性を考慮して、2倍というのはいかがですか?」


ジアがナビルに近づいて交渉を始めた。

しばらくカイランを叱っていたナビルは、ジアをまじまじと見つめた。


「2倍ですか? どんな香辛料が必要なのですか?」

「どういった種類があるんですか?」

「色々とありますよ。現在最も多く持ち合わせているのが胡椒、パプリカ、カイエン、ガーリックパウダーですが、この種類でしたら必要な分だけ十分にお分けすることができます」


ナビルの答えを聞いたジアは、しばらく考え込んでいるようだった。


「我々の商団で売っている香辛料はどれも品質が良いものばかりですから、ご満足いただけるはずです」


ナビルは荷馬車を点検していた商団の者たちに近づき、何かを頼んでいるようだったが、袋をいくつか持って戻ってきた。


「危険に陥っていた我々を見過ごさず助けてくださったのですから、これくらいはタダで差し上げるべきでしょう」

「ナビル! だからって胡椒は……!」

「カイラン様はその口を閉じてください!」


雷のような一喝に口を開きかけていたカイランは、キャンと口をつぐんだ。


「人が恩を受けたなら、当然報いるのが道理です。私がそのように教えたではありませんか。たかがはした金で人間性を売るおつもりですか?」


袋の中に胡椒もあったのか。

ジアは少しばかりカイランの気持ちも理解できた。

高価な物であるだけに、損だと考えることもあるだろう。

ジアはナビルが差し出す袋を受け取りながら、カイランの様子をうかがった。


「そこまで助けたわけではないと思うんですけど」

「いいえ。これくらいはさせてください。あの馬鹿も、命の価値くらいは学んでおく必要があります」


もっともな言葉ではあった。

命の価値はお金では計り知れないほどだと、ジアも学んできたのだから。

袋の中に入っている香辛料はかなりの高品質で、単に金額で計算しただけでも相当な値がつくものがぎっしりと詰まっていた。

このままもらうだけというのも、良心的に負担になるほど質の良いものばかりだった。


ジアの肩越しに状況を見守っていたルセテリが口を開いた。


「もしかして、ここがどこかご存知ですか?」

「ああ、道に迷われたのですか? ここはテランカナの近くです。我々もテランカナへ戻る途中だったのですよ」


ルセテリは心の中で快哉を叫んだ。

実は、自身の方向感覚のなさに挫折していたところだったのだ。

この商団にさえついて行けば、無事にテランカナまでは迷わずに行けるということで顔色が明るくなった。

ついでにジャガイモばかりの食事からも解放されるのではないかという希望も共に。


「よろしければ、テランカナまで同行させていただけませんか?」

「商団の他の者たちと相談は必要ですが、構わないでしょう。むしろ我々こそ護衛の人員が増えるのですから、歓迎すべき提案です」


どういうわけか、ナビルという者の表情も非常に明るく見えた。

そんなナビルの様子に、カイランはひどく機嫌を損ねた。


「おい、お前ら何なんだよ?」


悪意をそのままむき出しにするカイランの言い方に、ジアは眉をひそめた。

初対面からこんな口の利き方だなんて……誰かさんのように見込みがなさそうに見えた。


「見れば分からない? ただの通りすがりの平凡な薬師の一行だけど?」

「平凡な薬師? 平凡な薬師が木の枝で灰色狼をあんなにボコボコに殴るのかよ? 本当の正体は何なんだ?」


いや、正体を聞かれたところで……。


「本当に薬師だってば。騙されてばっかり生きてきたの?」


ジアは心の中で悪口を思い切り浴びせかけてやりたいのをグッとこらえた。

第一印象からして本当に。

ジアは心の中で舌打ちをした。


「薬師が剣術も得意なのかよ?」

「薬師だから剣術を習っちゃいけないって法律でもあるわけ?」

「こいつ、見てれば俺の方が年上みたいなんだけど、いちいち口答えしやがって!」


ジアは哀れむようにカイランを見つめた。

よっぽど対抗する手段がないのか、今度はとうとう年齢を持ち出して喚き始めるのか?

なんだか少しばかり可哀想に思えてきた。


「九九は分かる?」

「なんだよ? それくらい当然だろ?」

「3かける7は?」

「24?」


うむ……ただの単細胞なんだな?


「それがどうして24になるのですか?」


二人の会話を聞いていたナビルはため息をついた。

十歳にもなって九九を未だに覚えられず、それで商団の後継者がどうのこうのと言うなんて、恥ずかしくて顔を上げられなかった。

すべての教育的責任はナビル自身にのしかかる重みであるため、なおさら負担でしかなかった。


「では、3かける8はいくつか分かりますか?」

「3かける8は24だろ」


何を堂々と頭を真っ直ぐに上げて鼻息まで荒くしているんだか!


「あんた、さっき3かける7は24って言わなかった?」

「おう! 言ったぞ!」

「何かおかしいと思わないの?」

「何が?」


何が間違っているのか理解できないというように首を傾げているのは、もはや天然の馬鹿ではないか。


「3かける8が24なのに、3かける7も24なのはどうやって説明するつもり?」

「あ……だから3かける8は24で、3かける7は……あれ?」


そこでようやく何かおかしいことに気がついたようだった。

突然故障でもしたようにカイランはしばらく立ち尽くし、指を握ったり開いたりして混乱している様子だった。


「掛け算はどうしてやるんだ?」

「どうしてやるのかって、それは計算する時に必要だからやるんじゃないのか?」

「なら、数字を足しても計算はできるのに、どうしてわざわざそれを掛けて計算する理由があるのかってことだ」


見かねたルセテリが、ジアが投げ捨てた木の枝を持って現れた。

そうして地面に3つずつ丸を描き始めた。


「同じ数を連続して何度も足す数と、こうやって束にして掛け算という規則を使って計算する数が同じだから、掛け算という数式があるのだ。それで、3かける7はいくつになる?」

「ああ、なるほど。じゃあ3かける8が24だったから、3つの束を1つ引けば21ってことか?」


馬鹿でも分かりやすいように掛け算について説明するルセテリだった。

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