第56話 怪しい、怪しい
魔力爆発。
使い道がなく行き場を失ったマナが魔力のある場所へと集まり、限界まで達した時に生じる現象。
当然、マナはマナを食べて生きる魔獣たちの周囲へと集まるものであり、魔獣たちは主にフォンテンの森に生息していた。
ソラレティのレア(巣)を中心に張られた結界が魔獣と人間を分離しており、フォンテンの森は最も危険な場所であると同時に、マナを使用する者たちにとっては最も安全な場所でもあった。
それはあくまでも、マナが安定している時にしか言えない言葉ではあったが。
今のように使い道のないマナがやたらと集まってくるのは、良い現象ではなかった。
結局、使われなかった余剰分のマナは圧縮に圧縮を重ね、いつかは大爆発を引き起こす問題となるだろうから。
ソラレティの言葉を聞いたルセテリは、深刻な表情になった。
「深刻なんですか?」
[私があなたにまで助けを求めるようなことがあると思う? うちのおチビちゃんが来る途中で危ない目に遭いそうだから、ゆっくり来なさいって言ってるのよ]
「ゆっくり……ですか?」
[そう、ゆっくり来なさい。あなたの好きな食べ物もたっぷり食べて]
ん? なんだかどこかひどく胡散臭そうなソラレティ様だが?
急になんでこんなに親切になったんだ?
「ソル様?」
[ん、ん、え? なあに~?]
ほら、なんだか胡散臭さがプンプンと匂ってくるじゃないか。
「本っ当にジアが危ない目に遭うかもしれないから、ゆっくり来いって言ってるんですよね? そうですよね?」
[そ、そうよ? アハハ]
怪しい、怪しい。
どうにも怪しい。
頭まで掻いているところを見ると、ますます怪しい。
[いや、実はね……フォンテンの森の湖の近くに住んでたユニコーンの子たちがいるじゃない。あの子たちが最近おかしいのよ]
「ユニコーン?」
[ユニコーンとおっしゃいましたか?]
近くで草を食んでいたベッシーが、ユニコーンという言葉に耳をそばだてて近づいてきた。
その姿がソラレティにも見えたのか、突然玉の画面に顔をぴったりと押し付け、まるで画面の中から飛び出してきそうだった。
[あれ、ユニコーンなの? フォンテンの森の外にユニコーンがいたの?]
[おお、あの方がかの有名な太陽のドラゴン様でいらっしゃいますか]
[あらあら? あの子、ユニコーン族の中でも百年に一度生まれるかどうかという金色のユニコーンじゃない? あの子がどうしてそこにいるの?]
[お目にかかれて光栄です、太陽のドラゴン様]
それぞれが好き勝手に喋り出すものだから、ひどく耳障りだった。
頭がズキズキと痛むほどに。
ルセテリが片方の額を押さえていると、ジアがそっと近づいてきて彼の袖口を引っ張った。
「それで、今どういう状況なの?」
どういう状況かって……魔力爆発とユニコーン族の間、そのどこかで問題が起きたんだろう。
「どうやらベッシーが何か重要になったみたいだな?」
「ベッシーが?」
「金色のユニコーンだとか」
「角のない金色のユニコーンだけどね」
ジアの指摘で、ルセテリはようやくベッシーの角がまだ生え揃っていないことを思い出した。
かなり時間が経っているにもかかわらず、額のあたりを触ってみるとまだポコッと盛り上がっている状態のままで、不思議に思っていたところだったのだ。
「じゃあ、あの角があれば解決するんじゃないか?」
[角がないの?]
首を傾げるジアを見たソラレティの声がハイトーンになった。
「角が……重要なんですか?」
[ユニコーンに角が重要かって、戦争に行く時にうっかり剣を置いて出かけたっていうのと同じことよ。でもあの子、角がないの?]
[はい、折れました。それで一族から追放され、フォンテンの森から逃げ出すしかありませんでした]
ベッシーの答えに、それまでふざけ半分だったソラレティの顔に真剣さが宿り、緊張感が走った。
「何か問題でも?」
ルセテリの質問にも、ソラレティはなかなか口を開こうとしなかった。
代わりに手で顎を支えたまま、しばらく思索に耽る様子を見せた後、吐き出した第一声はこれだった。
[これで少し分かったような気もするわね。そうそう、ならそういうこともあるわね]
なんだかソラレティ一人で納得して結論を導き出したようだが……。
そうなると、向こう側にいる二人と一匹がどんな内容なのかさらに気になるだろうということは、念頭に置いていないということだろう。
[ああ、そういうことよ。気にしなくてもいいわ]
気にしなくてもいいだなんて……かえってそっちの方が気になるんだが?
「ベッシーの角と関係があるんですよね? じゃあベッシーの角が全部生えたら解決するんですか?」
ソラレティとの会話を聞いていたジアが、好奇心を抑えきれずに口を開いた。
特にベッシーの角の有無についてひどく気にしているようなソラレティの反応から推測したのだ。
[あらあら、うちのおチビちゃんはそんなこと気にしなくていいのよ。おばあちゃんがやらなきゃいけないことだから。うちのおチビちゃんはルッさんについて行って美味しいものをたくさん買って食べて、おばあちゃんのところにはゆっくり来ればいいの]
「じゃあベッシーは?」
[そのユニコーンも、今は特に必要ないわ。うんうん、来なくていいわ]
「じゃあこの子の角が生えたら行ってもいいですか?」
急いで通信を終わらせるために玉の中の画面から消えようとしていたソラレティを、ジアが呼び止めた。
隣にいたベッシーの手綱を引っ張って玉に近づけ、指で額を指差すことまでした。
久しぶりに戸惑ったようなソラレティの表情を見て、ルセテリは快哉を叫んだ。
くぅーっ、これだよこれ。
ソラレティ様も一度くらい戸惑ってみるのもいいんじゃないか?
ルセテリはジアの味方だった。
[え、ええ。そうね]
もちろん、答えの正誤に関係なく、ルセテリの表情は腐った古木のように見えたが。
「約束しましたよ。すぐに会いに行きますからね!」
[ええ、すぐにまた会いましょうね]
ソラレティは渋い表情を消すこともできず、通信を切るしかなかった。
「これでいい?」
通信石をルセテリに返すジアの顔から、無邪気だった表情はすでにすっかり消え失せていた。
いつ笑ったのかと言わんばかりに、無愛想な表情がいつもの姿に戻っていた。
「今までも生えてこなかったベッシーの角が、いつ生えると思ってそんなこと言ったんだ?」
ルセテリは不思議だった。
今まで毛の先ほども生えてこなかったベッシーの角が生えてくる確率は、極めて低そうにしか見えなかった。
それなのに、すぐに生えてくるだろうと保証するかのようにソラレティの約束を取り付けたジアの根拠が何なのか、全く見当もつかなかったからだ。
「今まで生えてこなかったんだから、すぐに生えてくるかもしれないって考えたことないの?」
「だから、いつ生えるって保証がないじゃないか」
「原因を探せば、どうやって生やすのかも分かるようになるでしょ。違う?」
ジアの反論に、ルセテリはつい言葉に詰まってしまった。
可能性が全くない話ではなかったからだ。
「そうだな。まあ、それはゆっくり考えることにしよう」
今はそんなことどうでもよかった。
ソラレティ様が通信石で連絡してきたから我慢していたが、ずいぶん前からルセテリの腹の虫は大合唱を繰り広げている最中だった。
今の状態なら、道端に立っている名も知らぬあの木でさえもバリバリと噛み砕いて食べられそうだった。
ルセテリは、先ほどジアが卵を入れた袋を取り出した。
続くジャガイモの饗宴の中で不足しているタンパク質を補うには、卵ほど適した食品はなかった。
狩りをした肉を解体する自信もなく、かといって料理が得意なわけでもないが、よほどのことがない限り失敗することのない卵は最高だった。
少し欲張りすぎたかと思うほど無我夢中で集めたせいで量は少し多かったが、問題ない。
余れば茹でて食べ、焼いて食べ、煮て食べることもできた。
「ルッ様、でもこの辺にあった卵を全部持ってきちゃったら、鳥たちはどうなるの?」
ジアは周辺の生態系がひどく心配になった。
「いや、そこまで根こそぎ取ってきたわけじゃないんだが……」
「自信ある?」
「たぶん……? それに、もう手をつけちゃったのは仕方ないだろ」
気に入らないとでもいうようにジアの眉が容赦なくピクピクと動いたが、もう後戻りはできなかった。
小さくため息をついたジアは、気乗りしない様子で木の枝を拾うためにベッシーを連れて森へと入っていった。
実はルセテリは、ジアの指摘に胸がチクッとしなかったと言えば嘘になる。
卵を食べることで頭がいっぱいになり、見つける端から卵を拾いはしたが、ジアの言う通りこの辺りの鳥類を絶滅させるつもりがあったわけではなかった。
ただ腹を空かせた一匹のドラゴンがいただけのことだ。
ジアの心配のように、近くの鳥たちが根絶やしになることはないだろう。
うむ……たぶん?
繁殖期が今回だけというわけでもないだろうし。
ジアが植え付けた心配を頭の中から振り払いながら、ルセテリは亜空間からごそごそとジャガイモと卵を煮るための道具を取り出した。
茹でたジャガイモばかり食べ続けていたため、温かいスープも飲みたくなってきた。
問題は、スープを作るためのクリームもバターも牛乳もないということだった。
そんな時ふと、ソラレティがくれた岩塩を精製しながら卵のことを思い出した。
簡単かつ素早く味を調えることができる材料なので、ジャガイモと一緒に入れて煮込めば、簡単にスープが作れそうだった。
専用の鉄の帽子鍋に水を張り、ザクザクとジャガイモを切って入れた。
そのままでは味気ないだろうと思い再び亜空間を探してみると、ジャガイモとよく合いそうな、なかなか使えそうな薬草を一つ見つけ出した。
タイムという薬草で、ともすれば卵から出そうな生臭さを抑えてくれ、爽やかな香りで免疫力増進にも良いので、ジャガイモともよく合うはずだ。
下ごしらえがほとんど終わる頃、木の枝を拾いに森へ入っていたジアとベッシーが戻ってきた。
あとは火を起こして煮立てた後、卵を溶き入れて塩で味を調えるだけの簡単な料理だった。
ホクホクのジャガイモに塩気のある味付けを加え、香ばしい卵から出た出汁が胃袋を温かく満たしてくれた。
一歩間違えれば卵の生臭さが出汁を台無しにする可能性もあったが、タイムの香りが生臭さを抑えて香りをプラスし、ジャガイモと卵の調和を生み出すポイントとなった。
思ったより美味しいスープの味に、スプーン一杯のスープを口に運んだジアの目が丸くなった。
「美味しい!」
この一言が、ドラゴンを実に微笑ましい気持ちにさせるんだよな。
穏やかな笑みが、ルセテリの口元に広がっていった。




