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第55話 ソラレティ様

直感で、玉の中にいる人物が世界のもう一人の調停者であるドラゴン、ソラレティだということに気がついた。


[あら、あら、あら。この子見てよ! 可愛くて死んじゃいそう!!]


玉の中のソラレティは、かなり騒々しかった。

それに、ドラゴンにしては非常に軽い(?)印象で、本当に……ドラゴンなのかという疑いさえ湧いてきた。


[私、ソラレティで間違いないわよ? あら、このふっくらしたほっぺた見て。母親の子供の頃にそっくりだわ、そっくり]


玉の中とはいえ、すでにソラレティの目からは黄金色の蜜がポタポタと溢れ落ちそうだった。


「ママですか?」

[そう、あなたのママ。ミエリアと瓜二つよ]


今のジアの姿は、ルセテリの魔法によって茶色い髪の平凡なそばかす少年「プー」の姿だった。

それを見破り、ジアの本来の姿を見抜いたということは、


「ソラレティ様!」


息を切らした悲鳴のような声が聞こえてきた。

ジアが後ろを振り返ると、そこには両腕いっぱいに卵を抱え込んだルセテリが立っていた。

いや、本当に! このドラゴン様は!! この周辺にいる鳥たちを全滅させるつもりなのか?

とてつもない卵の数に、ジアはポカンと口を開けた。


「今まで一度も連絡がなかったというのに、どんな風の吹き回しですか?」

[いや、そろそろ出発した頃かと思って]

「2年ぶりですよ?」

[あれ、もうそんなに経ったの? いやー、日付がいつ過ぎていくのかも分からなくってさ。てへっ]


バキッ。


どこからともなく聞こえてきたけたたましく砕ける音に、ベッシーとジアは辺りを見回した。

ジアは地面でキラキラと光っている何かを見つけて拾い上げた。


『歯?』


尖った形をしており、まるでトカゲの奥歯のようだった。


「俺にソラレティ様がしでかしたことの後始末を全部押し付けておいて、どこへ遊びに行ってたんですか?」


よく見ると、ルセテリの片方の額に青筋が立っているのが見えた。

本当に久しぶりのルセテリ様のマジギレした姿だ。


静かにジアは、ルセテリが腕いっぱいに抱えていた卵をジャガイモが入っていた袋へと移し替えた。


[あら、遊ぶだなんて……私があなたと一緒だと思ってるの? 私だってそれなりに忙しいのよ?]

「そのお忙しい方の背後で、今何か爆発してるんじゃないですか?」


ルセテリの鋭い視線は、小さな玉の画面に映るソラレティの背景で火花が散っているのを見逃さなかった。


[ん? 何が?]


人当たりの良さそうな笑みを浮かべた顔が画面に近づいてきた。


「そんなに隠そうと必死にならなくても、もう全部見ました」

[そう?]

「全部見えてますよ。何をしてたんですか?」

[たいしたことじゃないわ。外で花火をちょっと……?]

「はい? 花火ですか?」


花火というには、少し火力が大きすぎるように見えるんだが?

ルセテリは、もしかして見間違いではないかと目をこすりながらもう一度画面を見た。


[こらこら、気のせいよ、気のせい]


ソラレティ様が画面を自分の方へ固定してしまったため、それ以上確認することはできなかったが、うむ。


「後ろで何かがバンバン爆発してるみたいだけど?」


ジア、よくやった!

どうにかして逃れようと考えていたようだが、そうはいかない。

ジアの鋭い観察眼からは、いくらソラレティ様とはいえ逃れられそうになかった。


[私から見てもそのように見えますが]


ベッシーまで証明してくれたとなれば、もう言い逃れはできないな。


「ソラレティ様? まさか……?」

[あ、まさか、何? 何よ? こっちは気にしないでって言ってるでしょ?]

「俺には人間の歴史に介入するなって言ってたじゃないですか」


ルセテリの目が細くなり、ソラレティを胡散臭そうに見つめた。

自分に言った言葉と行動が違うソラレティを見て、少しばかり自己嫌悪に陥りそうだった。

あれほど絶対に介入してはならないと言っていたくせに、自分より派手にやっていればやっているで、大人しくしているようには見えないが……。


[こらこら、そういうのじゃないから]

「はいはい。そういうことにしておきましょう」


最後まで意地を張るソラレティに、ルセテリはそのまま見逃してやることにした。

これ以上問い詰めても事情を話しそうにもないし、こういう時はひとまず見逃してやるふりをするのも処世術だ。

特にソラレティを相手にする時はな。


「それで、唐突に何の用事なんです?」

[うちのチビちゃんの顔でも見ようかと思って]

「今になってですか?」

[いや、その……今になって時間ができたから……]

「時間はたっぷりあるでしょう。言い訳が貧弱すぎるとは思いませんか?」


ルセテリは皮肉を言った。

今になって連絡してきたソラレティに対する、ささやかな復讐だった。


「それで、この方がソラレティ様?」


二人の言い争いを後ろで見守るジアの表情は妙だった。

なんだかママであるミエリアから聞いていたソラレティ様のイメージと、少し? いやかなり? 違うような気がするんだけど??

ジアの首が左右に傾いた。


ミエリアから聞いたソラレティは、常に正義感が強く、慎重な性格で行動力あふれる方だという話を聞かされてきたのに……あれは溢れるどころか、お祭り騒ぎになっているじゃないか。

見間違いかな? 見間違いだろう。

ジアはさりげなく大丈夫なのかルセテリの顔色からうかがった。


[あらあら、おチビちゃん、おチビちゃん。そうよ。私がソラレティよ]

「本当に……ソラレティ……?」


疑いの眼差しを向けるジアに対し、ルセテリはできることなら否定したい気持ちをかろうじて抑え込み、静かに一度頷いた。


「ジア・イル・アルメニア、世界の大行者であらせられるソラレティ様にお目にかかります」


ジアはルセテリから教わった通り、ドレスを着ているわけではなかったが両手を広げて片膝を軽く曲げ、玉に向けて挨拶の作法の定石を披露した。


[あらあら、あらあら。この子ったら! 私にまでそんなことしなくていいのよ。突き詰めて言えば私があなたのおばあちゃんみたいなものなんだから、おばあちゃん~って一度呼んでくれない?]


ルセテリにとっては全く馴染みのないソラレティの反応に、思わず眉がピクッと動いた。

おばあちゃんだなんて、その言葉を聞いた瞬間、ルセテリはソラレティが腹でも壊したのではないかという考えが頭をよぎった。

そうでなければ、あんなデレデレした姿……ルセテリの竜生で初めて見るソラレティの姿だったからだ。

狂ったのかと一言言いたくて、ルセテリは口がムズムズした。


「おばあちゃんだなんて、どうしてソラレティ様がジアのおばあちゃんになれるんですか? え?」

[なんだか言葉に棘があるわね、あなた?]

「ドラゴンハートに手を当てて少し考えてみてくださいよ。俺にはどういう扱いをしたか」


この世に二匹しかいないドラゴンではあるが、間違いなくドラゴンという種族は厚かましさが標準仕様であるらしいことは確かだった。

あれほど平然と、何を言っているのか分からないという顔で肩をすくめれば済むと思っているのだから。


[あなたこそ、外で好き勝手に満喫してる最中じゃないの? 私にああだこうだと小言を言える立場じゃないと思うけど?]

「そうだよ。ルッ様、食べすぎ」


棘のあるソラレティの一言にジアがさらに追い討ちをかけたせいで、余計なことを口走って倍返しを食らってしまった。


[やっぱりそうだったの? あれ、亜空間に『帝国美食紀行』の本をしまい込んでいた時からそうなると思ってたわ]


やはり、そこまで最初から把握していたのか。

そうしておきながら、本人は違うふりをしてしらばっくれて外で遊んでいるのが丸見えだというのに、今更違うと言うとは……皮肉なものだ。


「お互い様じゃないですか? ただ俺には常に世界の大行者、女神の使いとしての立場を忘れるなとあんなに強調された方がそうおっしゃるのですから」

[こら、私はただ見物してるだけよ]

「はいはい、俺もただ見物してただけで手は出してませんよ」


言い終わったルセテリは、まだ何も知らないジアに向けてチラリと視線を投げた。

あそこで万が一ルセテリの翼の先がほんの少しでも触れていれば、結果は大きく変わっていたはずだ。

後悔しているわけではないが、やはり名残惜しさが残るのは仕方ないとしても、ソラレティのように振る舞うのはちょっと……。


[すべては女神デメステル様の御心なのよ]

「はいはい。俺はデメステル様の御心に従って何もしてませんよ」


皮肉っぽく聞こえるのは気のせいだ。


[それでも無事なところを見ると、手遅れにはならなかったみたいでよかったわ]

「知っていたなら、少し耳打ちでもしてくれればよかったんじゃないですか?」

「面倒なのに私がどうしてそんなことしなきゃならないの? あなたが自分で上手くやるでしょうに」


やはりソラレティはすべて知っていたに違いない。

それを知っていながら何も言わずに自分を送り出したのは、ただ自分が慌てふためく姿を見たかったからに違いない。


[それでも、おかげであなたも鬱憤を晴らす時間が十分にあっただろうし、これまで溜め込んでいた欲望を解き放てたんじゃない? そうじゃなかったら、よくもまああちらへ足を向けたわね?]


確かに、帝国の皇女を誘拐してこいという唐突なソラレティの命令がなければ、皇都の近くに足を踏み入れることすらなかったルセテリだった。


最初、ミエリアがジョゼフの求婚を受けて帝国に嫁ぐという話を聞いた時の裏切られたような気持ちを考えれば、当然ではないか。

皇帝の顔なんか見たくもなかったのだから。


[あなた、一体それを何十年根に持ってるつもりなの? ドラゴンたるものが、そんなに心が狭くてどうするの……]

「あ、もういいです……それで何の用事なんですか」


前置きが長すぎる。

はっきり言っておくが、ただの安否確認で連絡してくるようなソラレティではなかった。


[この子は本当に人情味がないんだから]

「だから、俺が出てきてからずいぶん経ってから連絡してきた理由は何だって聞いてるんですよ?」


らしくもなく返事を勿体ぶるソラレティがひどく怪しかった。

何かあるのにそれをしきりに隠そうとしているような感じ?

何百年とその傍で見守ってきたルセテリの目は誤魔化せなかった。


[フォンテンの森の魔物たちの動きがちょっとおかしいの。すぐにここへ来なさいとは言ったけど、こっちの状況が片付くのを見てからゆっくり連れてこなきゃならないみたい]

「魔物たちの動きがですか?」

[うむ、まるで魔力爆発でも起こしそうな雰囲気なの]

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