第54話 ホクホクで美味しいジャガイモ
「食べても大丈夫だと言ったよな?」
[ルセテリ様?]
ルセテリの背中には、冷や汗がびっしょりと流れ落ちていた。
いや、一体全体ソラレティ様は何を考えてこんなものを渡してきたんだ! と今更ながらに叫んでみたところで、ここにいないソラレティが答えてくれるはずもなかった。
ジアとベッシー、二人にどんな言い訳をしたところで、到底言い逃れはできないだろう。
「お、俺ももらったんだ。貸してみろ、精製してやるから」
素早くジアの手にある岩塩を奪い取ったルセテリが、魔法で麻痺毒だけを精製し、急いでもう一度手渡した。
「今度は間違いないよね?」
未だにジアは疑いの目を向けていた。
ドラゴンであるルセテリならあらゆる毒に対して不変だろうが、ただの普通の人間であるジアにとってはそうではなかった。
ベッシーは……ユニコーンとはいえ、毒が効かない体質なのかどうかはよく分からない。
[私が邪魔になったということですね]
「い、いや! そんなことない! 俺も知らなかったんだってば!」
ルセテリは必死に両手を振って否定した。
「分かった。分かったから、目障りだからもう手を振らないで」
その辺に転がっていた石を拾い上げたジアが、岩塩を別の石の上に乗せてコンコンと叩き割り、一部を鍋に入れ、残りは手を振っていたルセテリの手の上に乗せた。
どういう意味か分からず、ルセテリが首を傾げてジアを見つめた。
「私にはそれしまっておく場所がないから。ルッ様が勝手にどうにかしてよ? 次にそれ使わないつもり?」
確かに、次の野営でも使うつもりなら、ちゃんとしまっておかなければならない。
間違えて毒入りの岩塩を差し出した日には大変なことになる。
フォンテンの森に着いたら、すぐにソラレティ様に問い詰めてやらなければ。
よりによって毒入りの岩塩だなんて!
どう見てもこれは間違いなく故意だった。
あのソラレティ様なら、100%間違いない!
「とにかく、俺は知らなかったんだ」
「知らなかったからって、ママから教わらなかったの? 人からもらったものは、むやみにホイホイと受け取っちゃいけないって」
百回も千回もジアの言葉が正しかった。
正しかったが、俺にはママがいないんだが?
ルセテリは言いたいことが山ほどあったが、簡単には口を開けなかった。
その、ルセテリにとって母親のような立場であるソラレティが渡してくれたものが、まさか毒なんか混ざっているとは夢にも思わなかったのだ。
「分かった。次から誰かにものをもらったら、必ず鑑定することにしよう」
ジアは細い木の枝を一本拾ってきて、煮えているジャガイモの鍋にブスッと突き刺した。
木の枝は抵抗なくジャガイモの中にスッと入っていった。
「もう火が通ってる」
ジアの言葉が終わるや否や、ルセテリは素早く煮え立つ鍋の中からジャガイモを取り出した。
湯気がモウモウと立ち上る茹でジャガイモは、見た目にもホクホクに煮えて美味しそうだった。
一つだけ残念な点があるとするならば、もしここが皇城だったなら、このジャガイモの横には今、塩ではなくバターが置かれていただろうということだ。
熱い湯気が立つジャガイモを半分にパカッと割り、その間にバターを一切れ挟んで、溶けるまで割ったジャガイモをしっかりと閉じ、バターが染み込むまでしばらく待ってから、スプーンでたっぷりすくって口の中へ入れれば……!
ホクホクと柔らかく甘い風味に、スプーンが止まらなくなること間違いなしだ。
「おいひい」
[何もないこれだけでも十分に美味しいです。こんなジャガイモ、生まれて初めてですよ]
熱いジャガイモをフーフーと吹いて冷ます間もなく、絶え間なく口の中に放り込んでいるジアとベッシーを見ると、なぜだかルセテリは微笑ましい気持ちになった。
こんな言葉がなかっただろうか。自分の口ではなく、我が子の口に入るのを見るだけでもお腹がいっぱいになるという。
その気持ちが分かるような気がした。
「上顎の皮をズル剥けにしたくなければ、ゆっくり食べろよ」
「はふはふ、すぐ冷めるからへーき。塩つけなくてもおいしい」
[やはり茹でる時に塩を入れるのと入れないのとでは大違いですね]
いつの間にかベッシーも混ざってジャガイモを食べていた。
あの広々とした草原に生い茂る草には目もくれず、ジャガイモだなんて呆れた話だった。
「お前はなんで食ってるんだ? 元々草食う種族だろ」
[私たちが草ばっかり食べて生きてると思ってらっしゃるんですか? 私たちだってみんな食べられるんですよ。ジャガイモもニンジンも]
「食べ物のことでいじめちゃダメだって言ったよ」
一言言えば二言になって倍返しされるため、舌なめずりをしてルセテリは口を閉ざした。
そうさ、ジャガイモは美味しい。
美味しい。
美味しいことは美味しいが……。
「ずっと茹でたジャガイモばっかり食べろなんて、ひどすぎるじゃないか!」
とうとうルセテリは爆発してしまった。
数日間ずっと一行は道沿いに歩き続け、村はおろか通行人一人にさえすれ違わない状態が何日も続いていたのだ。
そのため持っている食糧といえばジャガイモしかなく、しかも蒸す、茹でる、焼く以外の調理法がなかったため、ひたすら同じジャガイモばかり食べ続け、ルセテリはすっかり飽き飽きしてしまったのだ。
おそらくこの旅が終われば、当分はジャガイモなど見たくもなくなるだろう。
「じゃあ、他に何か方法あるの?」
冷めたジャガイモをモグモグと食べていたジアが、ガバッと立ち上がって泣き叫ぶルセテリに向かって一言投げかけた。
意外にも今回の旅で不平不満を言わずによく適応しているのは、ジアただ一人だった。
ベッシーもいるにはいるが、ベッシーは馬なので論外とするとしても。
「ジャガイモ以外に何か違うものが食べたいんだよ、もう」
「お肉が食べたければ、ルッ様が狩りをしてきて捌けばいいじゃない」
何を悩んでいるんだと言わんばかりに、ジアは一言釘を刺した。
腹が減った者は、自分でどうにかして食べろと。
ベッシーでさえジャガイモに飽きた時は、フラリと近くの草原で草を食んでくるようだった。
一介の微小な生き物のようなベッシーでさえ自分の面倒は自分で見ているというのに、世界の均衡者であるドラゴンが自分の面倒一つ見きれずに泣き叫んでいる姿とは。
「チッチッ」
自然とため息が漏れた。
今、ジャガイモでも食べるものがあるということに感謝すべきじゃないの? 何、この贅沢な不満は! とジアはルセテリに向かって叫びたかったが、グッとこらえてみることにした。
そろそろジアもジャガイモに飽きてきてはいたが、他に食べるものもなく、ただ無理やり口に押し込んでいるところだったのだ。
生きているのだから、生き残るためにはどんなに美味しくない食べ物だとしても食べなければならなかった。
そんな人間のことを理解しろというのは、ルセテリには難しいことだろう。
チラリとジアは彼を横目で見た。
せめて牛乳やクリームでもあれば、温かいスープでも作って食べるのに。
亜空間に入れておけば腐ることもなく、いつでも絞りたての新鮮な牛乳が飲めるだろうに、ルセテリにそんな準備性があるはずもなかった。
「ここに卵でもあればよかったのに」
「卵?」
ジアとて、肉が恋しくないわけではなかった。
不足しているタンパク質に思わず呟いただけだったが、ルセテリの目が突然生き生きと輝き出した。
「どうしてその考えを思いつかなかったんだ?」
ルセテリの視線が、街道沿いの木々が鬱蒼と茂っている森へと向けられた。
時折バサバサという羽音やチュンチュンとさえずる声が聞こえてくるところを見ると、間違いなく鳥の巣もあるはずだ。
止める暇もなく、ルセテリは森に向かって駆け出していった。
「ルッ……遅かった」
[どうかされたのですか? 心配だからですか?]
「ううん、そんなはずない」
ジアは首を横に振った。
「ほどほどにしろって言えなかった。全部根こそぎ取ってこられたら、それはそれで困るんだけど」
ジアは万が一にもルセテリが卵という卵をすべて奪い取り、一帯の鳥たちを根絶やしにするのではないかと心配だった。
まさか、ほどほどにするだろうと信じきることができなかったのだ。
[私がついて行きましょうか?]
「ううん、大丈夫。すぐに戻ってくるでしょ」
不安は残っていたが、ジアはルセテリが自分とベッシーだけを残してそれほど遠くへは行かないだろうと信じていた。
いや、まあ……行ったとしてもすぐに戻ってこられる能力があるのだから、大して問題ではないだろう。
ベッシーの手綱を引き、空の水筒に水を汲むがてら、ジアはゆっくりとルセテリが消えていった方向に向かって歩き出した。
まさか一時間以上もルセテリが姿を現さないとは思ってもみなかった。
「どこへ行ったのよ、このドラゴン様は!」
「バサバサッ!」
ジアの咆哮に驚いた鳥たちが、一斉に飛び立った。
適当に水音がする方向へベッシーを連れて入っていき、休息を取ったところまではよかった。
いくら待っても卵を探しに飛び込んでいったルセテリが戻ってこないため、焦りのあまり大声を出してはみたものの、よもやと思っていた。
ここまで姿を現さないとは……
「はぁ……」
呆れ果てたジアの口からは、ため息しか出なかった。
頭はズキズキと痛み、腹の中は煮えくり返り、おまけにちょうどお腹も空いてグーグー鳴っていた。
ジャガイモというやつは本当にそうだ。
食べても食べてもお腹は満たされず、少し動いただけであっという間にお腹が空いてしまう。
救荒作物とはよく言ったものだ。
まさに、飢えをしのぐためだけの作物。
それがジャガイモだった。
[あの、ジア様]
「何?」
額に手を当てて悩んでいると、ベッシーがそっと近づいてきた。
[さっきから鞍についていた袋の中から、何か振動が鳴っているのですが]
「え? 振動? 袋?」
戸惑うジアに向けて、ベッシーは鞍が乗せられた自分の背中を突き出してみせた。
ベッシーの言う通り、鞍の横にジャガイモを入れていた袋がぶら下がっていた。
「ジーーーッ」
「何、これ?」
袋に手を入れたジアは、振動を発している物体を取り出した。
[ヤッホー! 久しぶり! 元気にしてた……あれ? だぁれ?]
玉のような形をした物体から真っ白な光が眩いほどに降り注いだかと思うと、やがて全身をプラチナに染め上げたような、光り輝く女の顔が浮かび上がった。
「どちら様ですか?」
[お? おお! あんたがジアだね! だろ?]
玉の中の女はジアのことをよく知っているように、金色に輝く瞳を近づけてきた。
丸いのではなく、縦に細く裂けた爬虫類特有の瞳。
「ソラレティ……様?」




