第53話 ジャガイモ、ジャガイモ、ジャガイモ
「そうするつもりだったんでしょ?」
腰に手を当てたジアの頬がプクーッと膨らんだ。
これといってそうするつもりだったわけではないが……いや、ほんの少し、ごくわずかに考えてみなかったわけではないが……七歳の子供に多くを望んだりはしなかった。
簡単にお湯を沸かして火を起こし、包丁で切った材料を入れて煮るくらい?
一度もやったことはないが、それくらいならできそうな気もした。
問題は、このドラゴン様が何もできないということだ。
「いや、うむ……」
いやも何もあるか、すでにその気でいっぱいだったくせに。
ジアの鋭い目つきがルセテリを射抜いた。
ジアのその態度に、ルセテリは気まずくなり言葉を失った。
あまりにも核心を突かれてしまったせいで否定もできないが、かといって肯定することもできない状態とでも言おうか?
できることといえば、後頭部を掻くことくらいだった。
「それでも、しばらくは街の見物も難しそうだし、どうしろって言うんだ」
さりげなく言い訳のような一言を投げかけてみたが、ジアには全く通じない言葉だった。
「さっきオーギュストおじさんが、袋いっぱいに食べ物を詰めてくれたじゃない」
そこでようやくルセテリは、オーギュストから何かを渡された記憶を思い出した。
受け取ったはいいものの、城門の兵士たちの検問が厳しかったあまり、慌てて亜空間に突っ込んでそのまま忘れていたことに気がついた。
「ああ、あれがあったな」
周囲に誰もいないことを確認したルセテリが、ガサゴソと亜空間を開き、オーギュストが渡してくれた袋を取り出して開けてみた。
意外とずっしりと重く嵩張るため、かなり期待に満ちた顔で袋の中を覗き込んだルセテリの顔が、土気色になった。
彼らしくなくがっかりしたようなその姿に、ジアが怪訝な顔をした。
「どうしたの? 食べ物じゃないの?」
あんなにガックリと肩を落とすほどがっかりした姿を見ると、オーギュストが用意してくれたのは食糧ではないのかもしれないとさえ思えた。
そうでなければ……
「ジャガ……」
「ん?」
「ジャガイモだ。これ全部」
ジャガイモ…… え?
「ジャガイモしか入ってない」
今にも泣き出しそうな顔になったルセテリが、ジアに袋を開けて見せた。
ルセテリの言葉通り、袋の中はジャガイモでいっぱいだった。
心配するなと言わんばかりの、到底食べきれないほどの大量のジャガイモが。
[ジャガイモで山が作れそうですね?]
いつの間にか近づいてきたベッシーまで、袋の中を覗き込んで一言口を挟んだ。
それほど大量だった。
それにしても、最初にオーギュストから受け取った時は、こんなに大量ではなかったような気がするんだが?
ジアが首を傾げた。
確かにあの時の袋のサイズは、自分の身長の半分くらいの大きさだったのに、今は二人が入っても余るくらいの大きさに膨れ上がっていた。
「通りすがりに団員たちが何か一つずつ渡してくれたんだ。それを受け取って一つ二つと入れてるうちに……」
どうりで通り過ぎるたびに、何か一つずつこまごまと受け取ってしまっていると思った。
でも、それが全部ジャガイモだなんて。
「ルッ様、ルッ様の亜空間には何もないの?」
ジアの質問がなくとも、ルセテリは亜空間に何をしまっておいたか記憶を辿ろうとしていたところだった。
昨日買った豚皮の揚げ物や豚バラ肉の串焼きなど、当然残っているはずもなかった。
あえて食べ物を亜空間に貯め込んでおこうなどとは全く考えていなかったルセテリなので、その中には本が一冊と、大陸で使うための貨幣や宝石が入っているだけだった。
お菓子を買うためのお金は十分に持ち歩いておかないとな。
「うむ、何もない」
「昨日買ったやつの中で残ってるのないの?」
何か疑わしいとでもいうように、ジアは目を細めた。
まさかあんな大量の食べ物を?
[ルセテリ様はドラゴンでいらっしゃいますから]
「昨日あんなにたくさん食べておきながら、それでも足りなくてまた出かけていって、露店の食べ物を全部買い占めてきたんでしょ? いくらドラゴンでもポリモーフ(変身)すれば減るんじゃないの?」
[そう言われてしまえば、私からはこれ以上申し上げる言葉がございませんね]
ルセテリのために必死に弁解してやろうとしていたベッシーが、ジアの勢いに押されて先に降伏の旗を振った。
ベッシーが考えてみても、やりすぎだという気はした。
ブリトルにある露店をことごとく食い尽くし、亜空間にしまい込むのを確かにこの両目でしっかりと見たというのに、その間にすべて消えてしまったというのだ。
ざっと見ても、優に数百人分はある食べ物だった。
「いや、俺の本体は元々ドラゴン……」
「いくらドラゴンでもそれは反則でしょ。帝国にある食べ物を全部一日にして食い尽くしそうな勢いで食べてたじゃない。やりすぎだと思わないの?」
容赦なくジアはルセテリの言葉を遮り、真顔で言った。
そこまで言われると返す言葉もなくなったが、少しばかり理不尽な気もした。
カーディフに行けなくなっただけでも悔しいのに、ルセテリは七歳の子供に小言まで言われるとは思ってもみなかった。
「自分のお金を出して自分が食べるって言ってるのに、なんで……」
「私、てっきりルッ様が私たちの旅のために、食べ物を前もって準備しておくために買ってるんだと思ってた」
「あんなの、いくらもしないだろ……」
「昨日の夜、ルッ様が全部買い占めちゃったせいで、あの通りにいた人たちみんな手ぶらで帰ったじゃない。露店が材料切れだって早く店を閉めちゃって」
ジアはルセテリが口を開こうとするたびに、理路整然と反論の余地のない言葉ばかりを浴びせかけ、いかなる言い訳もできないように遮断した。
「とにかく私はできないからね、料理。だからルッ様が勝手にこのジャガイモで何とかしてよ」
ジアがルセテリの前にジャガイモが入った袋を突き出した。
成り行きでそれを受け取ってしまったルセテリは、悩み始めた。
果たしてこのジャガイモでどんな料理を作り出すことができるだろうか。
しばらく考え込んだ末、ルセテリは最も基本となる茹でジャガイモから作ってみることにした。
火を焚くための薪は、ジアとベッシーが森で落ちている木の枝を拾ってくることになった。
その間にルセテリは亜空間をひっくり返して探し回り、鉄でできた帽子(?)のような代物を見つけ出した。
中央部分が頭に被るようにくぼんだ形をしており、平らで広いツバの部分を囲んでいた。
中央部分に水を入れてジャガイモを茹で、ツバの上で肉を焼いて食べれば美味し……そうだ。
肉が一つも残っていなかったな。
舌なめずりをしてから、ようやく昨夜すべて食い尽くしてしまった自分を責めてみたが、後の祭りだった。
こんなに恋しくなるなら、少しでも残しておけばよかった。
袋からジャガイモを取り出し、水を張った鍋の中にポチャンポチャンと入れていると、木の枝を両手いっぱいに抱えたジアとベッシーが近づいてきた。
「茹でジャガイモ?」
[塩はございますか?]
「どこか亜空間の奥底に突っ込んであるはずだ」
「本当に?」
ルセテリは疑いの眼差しが自分に向けられているのを感じながらも、なぜだか平然とした態度だった。
それもそのはず、
「ああ。レアから百年くらい出てこなかったから、ソラレティ様が置いていってくれたのがあるはずだ」
[えっ、それ大丈夫なんですか?]
百年ほど前だなんて、ジアとベッシーにとっては驚愕すべき時間だった。
もちろんまあ、百年前の塩でも塩には違いないから問題はないだろう。
それに亜空間という特殊性を考慮すれば大して関係はないだろうが……。
「引きこもり?」
「本来、ドラゴンとは孤独なものなんだ」
答えはそうだったが、この世に二匹しかいないドラゴンなのに、比較対象がソラレティしかいないからか? 良心という名の針がルセテリの心臓をチクチクと刺してきた。
これまで忘れていた存在を久しぶりに思い出したせいか、胃がキリキリと痛んできた。
いや、これはお腹が空いているからかもしれない。
ジアとベッシーが持ってきた木の枝に落ち葉をかき集めながら、ルセテリはソラレティに関する考えを追い払おうとした。
魔力を調節して指を軽く弾くだけで、パチッ、火花はすぐに落ち葉に燃え移り、瞬く間に燃え上がった。
「よく燃えるね」
「それで、お塩は?」
少しは忘れてくれればよかったものを、ジアはルセテリに向けて手のひらを差し出した。
「ああ、そうそう。ほらよ、塩」
ルセテリは再び亜空間を開いて探し回り、塩を取り出してやるしかなかった。
おそらく、レアに閉じこもって一歩も外へ出ない時に、死にはしないだろうがミネラル不足になって脱水症状を起こしてはいけないと、岩塩の塊のようなものをソラレティ様が投げ置いていってくれたのがあるはずだ。
まさか、人間が食べられない毒が混ざっているとか、そんなことはないよなと一瞬不安がよぎったが……まあ、いいか? 毒に当たったら治してやればいい。
少しの躊躇はあったものの、ルセテリはジアの手に岩塩の塊を一つ置いた。
なんだか怪しげなルセテリの行動に、ジアはジト目になった。
「これ、変なものじゃないよね?」
「そんなはずないだろ」
「……本当に?」
「ああ、本当だ。鑑定でもしてやろうか?」
執拗に続くジアの質問にも、ルセテリは堂々と叫んだ。
まさか、ここまで言っておいてやってくれとは言わないだろうと思っていたのだが。
「うん、やってみて」
本当に突き返されるとは思わなかった。
渋い顔になったルセテリが岩塩を手に取った。
「イベルイエ(鑑定)」
初めてルセテリは魔法を使いながら、口に出して起動語を唱えた。
わざわざ声に出す必要なく魔法を使うことに問題はなかったが、あえてそうした。
そうすれば二人の前で、今ルセテリの目の前に見えている岩塩の鑑定結果を一緒に見ることができるからだ。
ジアは目の前に突然現れた謎の透明な文書にびっくりしたが、何食わぬ顔で声に出して読み始めた。
「最上級ラタニエ産ピンク岩塩。ミネラルが豊富に含まれていることで有名である」
幸い特に変わった点はなさそうなので、ルセテリは胸を撫で下ろした。
そのすぐ後に続いて、ジアが鑑定結果を読み進めさえしなければ。
「微量の麻痺毒が含まれているため、摂取する際は精製して使用すること」
「ゲホッ、ゲホッ!」
ジアと共にベッシーまでもが、鋭い視線で彼を睨みつけ始めた。




