第50話 指名手配ですって?
誰もが手に串焼きを一本ずつと皿を持ち、ワイワイと楽しく飲み食いして盛り上がっていた。
中庭の方へ、鎧を着た数人の兵士が入ってくるのがジアの目に入った。
あまりにも騒がしいので自警団から見回りにでも来たのかと思ったが、何か紙の束のようなものを持っているところを見ると、そうではないらしかった。
豚の石窯焼きを焼く時に薪に入れて焼いたジャガイモを口に入れてモグモグと眺めていると、団長がすでにそちらへ向かっていた。
「ひょっとして、夜分に私たちが騒がしすぎましたでしょうか?」
愛想の良い団長の態度に、兵士の態度も幾分和らいだ。
全くトゲのない顔で、団長に紙を一枚手渡した。
「他の用事があるわけではなく、首都から緊急の手配書が回ってきましてな。お前さんたちはあちこちを渡り歩いているだろうから、伝達しに来ただけだ」
「手配書ですか?」
団長が手配書という紙に目を通した。
「どこのどいつか、不届きにも皇女様を誘拐して逃げたそうだ。それで、その者に対する指名手配が下された。万が一移動中に見かけるようなことがあれば、必ず近くの検問所に通報してくれ」
「ブフッ」
兵士の言葉にルセテリが動揺し、思わず飲んでいたエールを吹き出してしまった。
幸い、兵士たちの視線はルセテリの方を向いていなかったからよかったものの、危うく怪しまれるところだった。
隣に座っていたローザだけが、こっそりとルセテリに口を拭くタオルを渡してくれただけだ。
「名前は……ルシア・イルミナ。年齢はおよそ40代後半から50代くらいの女で、身長は160ゼタ、銀髪に近い髪色だそうだ」
指名手配書に書かれた人相書きを、劇団全体に向けて大声で読み上げた。
「皇女殿下は今年で7歳、身長120ゼタの黒髪に黒い瞳をされているそうだ。間違いなく人目を引く容姿であるから、この二人を見た者は誰であれ、すぐに近くの検問所に通報してほしい」
同行した兵士たちが団員たちに手配書のビラを配った。
ルセテリの手にも手配書が渡された。
やはり手配書が回るだろうとは思っていた。
予想よりは早かったが。
「通報して犯人逮捕に貢献した者には、アウレリア公爵殿下から謝礼金10億ベラが支払われることになっている。万が一犯人を見かけたら通報してくれ」
ゲッ!
10億ベラだと? あのドケチ公爵が?
ちょっと驚きだな?
ルセテリはジアと目が合った。
いくら公爵が手配令を出したところで、ポリモーフ(変身)で姿を変えたルセテリと、魔法で姿を変えたジアを見つけ出すことはできないだろう。
手配書のビラをいくら撒いたところで無駄なことだ。
10億ベラに目が眩む奴らがいるかは分からないが、少なくとも周りにはいない……はず?
ジアがアルとジュールをじっと見つめると、二人はビクッと驚いたように体を震わせた。
アルとジュールは、兵士にバレないように素早く首と手を左右に振った。
伝説のドラゴンの雷に打たれて死ぬのだけは真っ平ご免だった。
ジアの後ろで目を光らせているドラゴン一匹が見張っているというのに、帝国の兵士風情がなんだというのだ。
「皆、手配書をよく見て、帝国の為に尽力してくれ」
言うべきことをすべて伝えた兵士たちは、再び入り口に向かって建物の外へ出て行った。
飲み食いしてせっかく楽しんでいた劇団の晩餐は、冷や水を浴びせられたように静まり返ってしまった。
どうも、再び盛り上げるには無理があるようだな?
ルセテリが周囲を見回したが、やはり皆突然変わってしまった空気に白けてしまったのか、ごそごそと周りの片付けを始めていた。
「えー、久しぶりにいい雰囲気だったのに、台無しにして帰って行っちゃったよ」
「イェンパ」
「はいはい」
さっきまで故郷の話で盛り上がっていた二人も、食べていたものを片付け、素早く撤収の準備を進めた。
「せっかくジエンについてお話しできる方を見つけたのに、残念です」
リンビンの名残惜しそうな挨拶に、ルセテリも同感だった。
せっかく重要な情報を聞いていた矢先に、突然現れた兵士たちのせいで中断されるとは……非常に残念でならなかった。
古文書にも載っていないような重要な情報収集の機会だったというのに。
「では、ル先生。夜の安らぎと共に安息に至られますよう。また明日お会いしましょう」
恭しく両手を合わせたリンビンが、古めかしい夜の挨拶の言葉を交わして宿舎へと戻っていった。
リンビンの後ろでは、イェンパがしきりに頭の上で大きく手を振りながら、リンビンに首根っこを掴まれて引きずられていった。
「私たちもそろそろ片付けて部屋に戻ろうよ、ルッ様」
すっかりお開きモードになり、席からグズグズと一向に立ち上がる気配を見せないルセテリをジアが急かした。
ちぇっ、こういう豚の丸焼きっていうのは、大勢で集まって食べるから美味しいっていうのにな。
皿を持ってブツブツと文句を言いながらも、ルセテリは文句も言わずにジアの言葉に従った。
いくら変身魔法で姿を変えているとはいえ、油断は禁物だ。
おそらくオーギュストもそれを念頭に置いて慎重に行動しているのだろうから。
ルセテリは食べていた皿を持って、ジアについて部屋へと戻った。
「ルセテリ様、少々よろしいでしょうか?」
ジアとルセテリが滞在している部屋に、オーギュストとローザ、アルとジュールが訪ねてきた。
深刻な表情を見るに、どうやら重要な話でもあるらしかった。
「どうした?」
周囲に誰もいないことを確認したルセテリが、四人を部屋に招き入れて尋ねた。
「アウレリア公爵の動きが予想より早いです。すでに指名手配書がブリトルにまで回ってきているのは、尋常ではありません」
ローザの説明で通信線のことについては知っていたが、確かに手配書のビラまで配られたのは予想外の展開だった。
それに、ジアではなくルセテリに対する手配書だとは。
間違いなく何かあるに違いない。
「どうしてジアじゃないんだ? 反逆に成功したなら、間違いなく火種になりそうなジアから探すはずだろうに」
「私もその点が疑問なのです。アウレリア公爵が今、皇位を簒奪したというなら、真っ先に探すのはジア様の首のはずですが」
順序立てて考えればそうなるはずだった。
反逆によって皇位を簒奪したなら、その次に行うべきこと、それは後々の憂いを絶つこと。
絶対にそうするはずだった。
[私だってジェレミアの首を撥ねてやろうって飛びかかるだろうしね]
おチビちゃん、なんて恐ろしいことを。
いや、俺もそう思ったけどな。
今のジアの表情は、まるで獲物を前にして唸り声を上げる捕食者のようだった。
少しでも隙を見せれば、すぐに首筋に食らいつきそうな眼差しだった。
そんなジアの前に置かれたアウレリア公爵の予測不能な行動は、ジアの好奇心を増幅させていた。
アウレリア公爵が皇帝の冠を被ったなら、間違いなく自分を反逆、あるいはそれに準ずる逆賊の娘に仕立て上げ、その首に懸賞金をかけたはずなのに、そうではなかった。
ルセテリを誘拐犯に仕立て上げ、皇女が誘拐されたと公然と広めている。
「オーギュストおじさん、おじさんは何も聞いてないの?」
「おそらく、それについてはロアンから知らせがあるはずです」
「ロアンが?」
オーギュストの代わりにアルが答えた。
おじさんという言葉に、オーギュストは完全にストライクゾーンを撃ち抜かれ、感激に震えていた。
それにしても、ロアンは無事でいるだろうか。
「ご心配なさらずとも、ロアンはロアンですから、上手くやっているはずですよ」
ジアの心配を読み取ったのか、ジュールが片目をつぶってウィンクし、不安を和らげてくれた。
心配というよりは、ロアンが皇宮をどんな風にかき回しているのか、その部分が気になっていた。
もちろん心配ではあるが、あれほどの隠密術を使える彼女なら、絶対に見つかることなく上手くやっているだろう。
「今考えられるのは、おそらく公爵は皇女様が必要になったということでしょう」
「私が? どうして?」
「皇帝になるための3つの聖物と関係があるのではないかと思うのですが……」
「ピュィーッ」
突然アルが部屋の窓を開け、空に向かって長く口笛を吹いた。
「到着したみたいです」
オーギュストが安堵したような表情で長く息を吐き出すと同時に、猛スピードで部屋の中に何かが飛び込んできた。
「ワシ!」
ワシにしては小柄な体格からして、鷹のようだった。
本物のワシを見たことがなく、本にある挿絵しか見たことのなかったジアには、その二つを見分けるのは少し難しかったようだ。
鷹は部屋をぐるりと一周すると、手を伸ばしたアルの元へと飛んできて、肩の上で羽を畳んだ。
「子供の頃に親に見捨てられたやつを育てたんです」
くちばしで優しく肩にすり寄る鷹に、アルは焼く前に残しておいた生の豚肉を与えた。
アルの褒美が気に入ったのか、鷹は喜んでガブッと一口で飲み込んだ。
ジアは初めて見る鷹に、公爵の心配などどこかへ吹き飛んでしまった。
「アル、アル。私、一回触ってみてもいい?」
ジアの視線が、アルの肩で餌を美味しそうに食べている鷹から離れる気配がなかった。
「ちょっと待ってくださいね。今はお食事中なので、食べ終わったら触っても大丈夫ですよ」
優しくアルは先にジアに断りを入れてから、鷹の足に結びつけられた小さな筒を開け、小さなメモを取り出してオーギュストに渡した。
メモの内容も気にはなったが、ジアの視線はすっかり鷹に釘付けだった。
「やはり、少し問題があるようですね」
メモを読んでいたオーギュストの表情が歪み、それをルセテリへと渡した。
小さな面積にゴマ粒のような文字でどれだけびっしりと書き込んであるか、さすがはロアンだった。
「アウレリア・ルロワ連合皇城鎮圧、皇位簒奪失敗?」




