第48話 みんなで味わう極上の味
「そう言われてみればそうですね。上手く活用すれば良い宿屋を作れそうです」
「そうだよ。私が勉強したところによると、この辺りは花崗岩の土地だから山から流れてくる水も澄んでいて冷たくて、涼みに来る人が多いって聞いたよ」
「ほう。そうですね。この辺りにこれほどの規模の建物はありませんから」
「各階で、あの山から流れてくる水を中で使えるっていうのも不思議だった。これを上手く噂にすれば、ここにはたくさんの人が集まると思うな」
ジアの提案は、団長の商人の血を騒がせるものだった。
噂が広まる前に先手を打っておけば、大儲けするチャンスになるだろう。
団長の目が、興味深そうにプーの姿をしたジアへと向けられた。
「良い着眼点です。もちろん、この建物を買い取れるだけのお金があるという前提での話ですがね」
やはり最大の難関はお金の問題だった。
何か事を始めるためには、元手となるお金が必要なものだ。
この大きな建物を買い取るための資金を、まだほんの子供に過ぎないジアが持っているはずがなかった。
「なんとか方法はありませんか?」
「コホン!」
ジアの切実な頼みに、罪のないオーギュストばかりがしきりに空咳を繰り返した。
もちろん、彼が劇団にある程度投資をしているのは事実だが、だからといって金銭的に十分な余裕があるとは言い難かった。
実際、劇団の台所事情はかなりカツカツで運営されていたのだから。
皇室での公演でまとまったお金が入ってきはしたが、それだけだった。
多くの団員を管理しながらあちこちを移動して回るというのは、決して簡単なことではない。
たとえ今手元に大金があったとしても、出費は抑えるに越したことはなかった。
『確かに良い機会なのに、惜しいな』
団長は未練がましそうに唇を舐めた。
拠点を一つ構えれば、ずっと放浪し続ける必要はなくなる。
おまけに副収入もそれなりに見込めそうだし……。
団長はチラリとオーギュストを見た。
彼だからといって、これといった解決策があるわけではないだろうが。
オーギュストの申し訳なさそうな表情をもう一度確認しただけだった。
「それで、いくらなんです?」
「え?」
「この建物、いくらするのかって聞いてるんだ」
「うわあああっ、ちょっとお待ちを」
耐えきれずしゃしゃり出ようとするルセテリをオーギュストが遮り、人のいない場所へと彼を引っ張っていった。
理解はできなかったが、ひとまずルセテリは大人しく従い、オーギュストがわざとそんなことをしたわけではないと考えた。
「なんで止めるんだ?」
「いくらなんでも目立ちすぎます」
「何、俺が? それがどうした?」
「貧民街で活動されているル先生じゃありませんか。突然大金を出して建物なんかを購入したら、怪しまれるに決まってるでしょう」
オーギュストの指摘は間違っていなかった。
彼が止めず、そのままルセテリが建物を買い取ると言い出していれば、間違いなく『貧しい貧民街の薬師がどこに巨額の資金を持っているんだ』と追及されるところだった。
ほんの少しの間、今の自分の立場を忘れていたのが災いした。
「うーん……そうだな。じゃあ、お前は金ないのか?」
「私がですか?」
「結構でかい商会のトップみたいなもんじゃないのか? なら金はたくさんあるだろ」
いくらなんでもトップだなんて、ルセテリ様。
言いたいことは山ほどあったが、あえて問い詰めるのは諦め、口を固く結んだ。
「それが、私の個人の商団ではなく……少々お待ちください。失礼します」
いい大人の男が耳打ちするために近づいてくると、ルセテリは飛び上がって驚き、後ずさりした。
いくらなんでも、俺はそういうドラゴンじゃないぞ?
驚愕するルセテリの姿を見て、オーギュストは額に手を当て、深いため息をついた。
「そういうんじゃありませんよ。ちょっとルセテリ様にだけお話ししたいことがあったからなだけで、そんな目で見ないでください」
オーギュストは、どういうわけかたった数時間でごっそりとすべてのエネルギーを消費したかのように、言葉では言い表せないほどの疲労感に一気に襲われた。
団長が怪しむ前に、早くルセテリに用件を伝えて戻らなければならないのに……空気が読めないのか、それとも本当に分かっていないのか。
「実は、ラヴァンド自体がコーセン公国独立連合なんです。私はただの広告塔。団長も知らない事実ですから、どうかご内密にお願いします」
愛想よく、似合わない声で囁くオーギュストの息がくすぐったかった。
それにしても、団長でさえオーギュストの正体を知らないとは、新たな発見だった。
「じゃあどうする? 目の前にある黄金の山を諦めるのか?」
「惜しいですが、仕方ありません。私には本当に金がないんです」
「俺には金があるんだぞ?」
「だったら、ルッ様がお金を出して、オーギュストさんがラヴァンドとして建物を買えばいいじゃない」
二人の言い争う声を盗み聞きしていたジアが、たまらず割って入った。
最初に建物の話を持ち出した時から、実はこれを狙っていたのだ。
このもどかしくて頭の回らない二人のおじさんには、直接こうやって突っ込んで、口まで運んでやらなきゃいけないんだから。
二人に気づかれないよう、ジアは口の中で舌打ちをした。
「え……そうなのか?」
「その手がありましたね」
おバカコンビか。
少し考えれば答えが出ることを、この二人はまるで新世界でも発見したかのように、目をキラキラと輝かせてジアを見つめた。
「お腹すいた。早く解決してご飯食べようよ。もう豚の丸焼きがほとんどなくなっちゃいそうじゃない」
豚を焼いていた中庭を指差すと、あんなにたくさんあった豚が消え、残り数匹しか残っていなかった。
信じていたローザとアル、ジュールでさえ、口に肉をいっぱい頬張ってモグモグとすでに食べていた。
「そうだな。ひとまず食べてから話すことにしよう」
今日、あの豚の丸焼き石窯焼きというものまで食べて、ようやく豚のフルコースが完成するのだ。
見逃すわけにはいかない。
ルセテリは、最後に残った一匹が解体されてしまう前に急いで駆け出した。
幸い、先ほど二人の男が切り分けてくれた希少部位が盛られた彼の皿は、誰も手をつけずにそのままだった。
「あばら肉も少し差し上げましょうか?」
大きなフォークを両手に握って肉をほぐしていた男が、戻ってきたルセテリに向けて尋ねた。
言わずもがな、当然のことだ。
ルセテリは空の皿を一つ、彼にスッと差し出した。
男は、あばら骨から削ぎ落とした肉を器に山盛りに積んでくれた。
その上にはさらに、お腹の脂とパリパリに焼けた皮がついた部分も切り分けてくれた。
皮の部分に包丁が当たる時、サクサクと崩れる音がなんとも心地よく響いてきた。
薪の火で長時間焼かれた皮はサクサクとしてお菓子のようであり、熱した石を中に入れて焼いたせいか、中の肉は豚の脂が溶けて肉汁がたっぷりと閉じ込められ、柔らかくほぐれた。
お腹の中で長時間蒸すように焼かれたおかげで、ローズマリーのブーケの芳醇な香りが完璧に肉の臭みを消し去ってくれたのは、まさに神の一手だった。
さらに、豚肉と相性抜群のリンゴもたっぷりと詰め込まれており、リンゴの甘みが肉を柔らかくしっとりと潤していた。
一口サクッと噛み付くと、口の中で肉が柔らかく弾力を持って歯茎を弾き、食道へとスルスルと溶けていく感覚が幻想的だった。
「ル先生。先生が買ってきてくださったこの串焼きも、すごく美味しいです」
無我夢中で肉に食らいついているルセテリのところへ、団員の中で空中曲芸を担当しているリンビンが串焼きを一口かじって幸せそうな顔をしながら近づいてきて、隣に陣取って食べ始めた。
チリソースを塗った豚バラ肉の串焼きは、ピリッとした辛さが脂っこさを抑えており、魚醤ソースの独特な後味は好みが分かれるだろうが、旨味が独特で美味しかった。
最も人気があった塩と胡椒のシンプルな味付けは、ギリギリの限界まで染み込んだ塩気が豚バラ肉本来の味を上手く引き立てており、誰もが満足する味だった。
「それにしても、この豚皮の揚げ物ってやつ、本当に独特ですね。サルサっていうこのソースにつけて食べると脂っこさもなくて、自然とエールを呼ぶ味がつまみに最高だと思うんですが?」
すでに甘く酔いが回ったのか顔を赤くした、空中曲芸担当の一人であるイェンパが、大きなジョッキになみなみと注がれたエールをルセテリに差し出した。
ちょうどエールが飲みたいと思っていたところだったが、この二人……良い奴らだ。
幸福な笑みが、自然とルセテリの顔に広がった。
豚にはやっぱりエールだよな!
なかなか味が分かっているらしい二人に、ルセテリは関心を示した。
「そんなにパクパク食べちゃったら、プーがせっかくもらってきたおやつがなくなっちゃうじゃないですか。プーの分も少しは残しておいてあげなきゃ!」
「おっと、そうだった。美味しくてつい」
一手二手と少しずつつまんでいたはずが、リンビンが止めるまでイェンパは手を止めることができず、あっという間に皮の揚げ物一袋をほとんど平らげようとしていた。
同様に、サルサも半分以上空になっていた。
案の定、減ってしまった豚皮の揚げ物を見て、ジアの顔は泣き出しそうというか、しょんぼりとしていた。
「あとで美味しいおやつを見つけたら、また買ってやるよ」
「はい、ル師匠」
しょんぼりとしてうつむいているジアの頭に手を乗せ、ルセテリがなだめた。
ありふれた種類のお菓子ではないので残念な気持ちは十分に理解できるし、実はルセテリ自身も急激に減った揚げ物の袋を見てひどく名残惜しかったのだが、分け合うことも知らなければならない。
ジアの肩はガクッと落ちたが、すぐに立ち直り、目の前に置かれた豚の丸焼きをしっかりともぐもぐ食べ始めた。
まだ七歳なのだから、世の中に出たついでに、もっと多くのことを見て学ばなければならないことで溢れている。
ジアの良いところは、こういうことで簡単に挫けず、理解しようと努力する点だろう。
その温かさが世界を変える日が、きっと来るはずだ。




