第47話 豚の丸焼き石窯焼き
「お帰りなさいませ。ちょうど今、肉を切り分けようとしていたところ……って……どなた……?」
嬉しそうにルセテリとジアを出迎えに出てきたローザが、見知らぬ者たちを発見して言葉を濁し、後ろから来るオーギュストに向けて、どういうわけかと目で尋ねた。
「いや、プーがさ……」
「プーがですか?」
ローザの視線がさりげなくジアへと向かった。
「この二人の働き口を探してやってほしいって言うもんで……」
「働き口をですか……」
今度はジアの隣に立っている二人の男が、今にも泣き出しそうなウルウルとした顔でローザを見つめた。
何事? 今この状況?
いくら勘の鋭いローザであってもすぐには事態が飲み込めず、つい口ごもってしまった。
「どういうわけか、こんなことになっちゃった。団長はどこにいる?」
「団長なら、そろそろ中庭の石窯焼きを焼いているところに出てこられるはずですよ。もうほぼ仕上がりの段階ですから」
ローザの言葉がなくとも、空気中に漂ってくる豚肉が焼ける香ばしい匂いが、先ほどから食欲を刺激してやまなかった。
クンクンと匂いを嗅ぎながら、ルセテリは持っていた食べ物の入った袋をオーギュストとローザに押し付けた。
香ばしく肉が焼ける匂いの中にハーブの焦げる匂いも漂っているところを見ると、自分の助言通りに肉を焼いたようだ。
そう! これだこれ!
匂いに誘われ、自然と足は石窯焼きが焼かれている中庭へと向かっていた。
パチパチと薪の上に豚の脂が滴り落ちて燃え上がる音が、実に美味しそうに響き渡っていた。
巨大な薪の山の上で、何匹かも分からないほどの豚が長い串に刺され、ぐるぐると回っていた。
その周囲に集まった団員たちは、どこから持ってきたのかエールを樽ごと運んできてはコップに並々と注ぎ、ワイワイとちょっとしたお祭り騒ぎになっていた。
すでに何匹かは焼き上がったのか、数人の団員たちが群がり、豚を取り出して腹を裂き、石の塊を取り出していた。
「ふむ、この匂い」
ルセテリは深く息を吸い込んだ。
「あっ、ル先生、いらっしゃいましたか? 先生のおっしゃる通り、豚のお腹の中と表面にローズマリーの葉を刻んで入れたら、臭みが全くしないんですよ! しかも焼いたら匂いがもう……最高ですね!」
周囲に群がっている団員たちに肉を切り分けて配っていた団員の一人が、ルセテリに向けて包丁を持った手を振りながらウィンクを送った。
臭みがないため、肉の臭みが嫌いで食べなかった団員たちまで押し寄せ、配るのにてんてこ舞いな中であったにもかかわらず、ルセテリの姿が見えるとはっきりと嬉しそうな顔をした。
さすがだ。
薬草を一つ加えただけで、反応が全く違うじゃないか。
さっき出かける前、豚の丸焼き石窯焼きを準備している団員たちにローズマリーで作ったブーケを渡し、お腹の中に入れて一緒に焼けば美味しくなるだろうと言って渡しておいたのだが、その効果は絶大だった。
「グゥゥゥゥルル」
そんな中、お腹の中に餓鬼でも飼っているかのような二人が同時にけたたましい音を鳴らし、周囲にいた全員の視線を引き寄せた。
気まずくなった二人は後頭部を掻きながら、互いに気まずそうに顔を見合わせた。
「申し訳ありません。俺たち、丸二日何も食べていないもので……」
「水だけ飲んで根性で持ち堪えていたんです。へへっ」
ジアに続き、今度はルセテリまでもが二人に哀れみを感じた。
二日間も水だけ飲んでどうやって持ち堪えろというのだ?
ルセテリならとっくに身動きも取れずにぶっ倒れていただろう。
「こいつら、一緒に食べても構わないか?」
「ええ、まあ。食べ物はたくさんあるので構いませんが……」
ローザは両腕に抱えた紙袋の中をチラリと覗き込んだ。
まだホカホカと湯気が立つ豚バラ肉の串焼きがぎっしりと詰まっていた。
その他にも、あちこちの露店で売っていそうな鶏肉やお菓子のようなものが山ほど入っていた。
「これ、いくらなんでも多すぎませんか? 団員たちに全部配っても食べきれない量に見えますけど?」
ローザもオーギュストと同じ言葉を彼の耳元で聞こえないほどの小声で囁いた。
おそらくオーギュストがずっとルセテリやジアと行動を共にしていたと思っているのか、さりげなく小言を並べようとするローザに対し、オーギュストは心外だった。
自分はただ最後に荷物を持たされた罪しかないというのに、ローザの小言は「止めずに何をしてたの」と言わんばかりで、彼としては少しばかり理不尽に感じたかもしれない。
「これを一人一つずつ配ったら、残るものなんてないぞ。後でご飯を全部食べた後、もう一回りしてこようかとも考えてるんだが」
ドラゴンに向かって食べ物が余る心配だなんて、無用な世話だった。
ここにある食べ物を全部平らげても、少しはお腹が満たされる気配があるかどうか分からないというのに。
「俺の胃袋の大きさがどれくらいだと思ってるんだ。たったこれっぽっちの量で腹の足しになると思ってるのか? 食べられる時に食べておかないとな。お前らが食べる量なんかじゃ到底足りないぞ」
大股で歩き出し、すかさずジアを連れて、すでにルセテリは配給の列に皿を持って並んでいた。
そこでようやくルセテリの本来の姿がドラゴンであったという事実を思い出したように、ローザは納得した顔で頷いた。
これまでずっとポリモーフ(変身)した姿ばかり見てきたせいで生じた不祥事だった。
「あの、もしよろしければ、俺たちも少し手伝わせてもらえないでしょうか?」
ルセテリが連れてきた二人のうちの一人が、いつの間にか肉を切り分けている団員に近づいていた。
「肉の扱いには慣れているのかい?」
「食っていくために、色んな仕事をしてきたもんで……」
肉を切っていた団員は、面白半分に手に持っていた短剣を男に渡した。
男は手に馴染まない道具であるにもかかわらず、スッと包丁を一太刀入れただけで豚の腹が左右にパカッと真っ二つに割れるという、離れ業とも言える神がかった包丁捌きを披露した。
芋虫にも転がる芸があるとは言うが、こういう時に使う言葉だったのだろう。
大きな豚をヒーヒー言いながら切り分けていた団員に比べ、速度が飛躍的に上がり、列があっという間に短くなった。
「どこかの料理屋ででも働いたことがあるのか?」
「いえ。その……肉屋で働いてたんですが、体がひょろひょろに痩せっぽちだからって追い出されちまったんです」
「そりゃあ」
確かに、筋肉はこれといって見当たらない痩せこけた体型だったが、包丁捌きだけは天下一品だった。
ルセテリの皿の上に、瞬く間に豚の中で最も美味しい希少部位ばかりが次々と積み上げられていったからだ。
こういった部位を見分けて切り出せるというのも、並外れた目利きのなせる技だろう。
仕事が見つからなかったという言葉が信じられないほどだった。
「全くだな。こういう豚の鼻や耳、頭の肉の部分は、見分けて骨から外すのが並大抵の難しさじゃないんだが」
「おお、団長。これが分かるのか?」
「帝国内では部位も気にせずぶつ切りにして食べるが、フォンテンの森を越えた東にある国では、肉を細かく部位ごとに分けて食べるという話を聞いたことがありましてね」
団長、なかなか肉の味が分かっているじゃないか!
ルセテリは嬉しくなり、皿の上に乗っていた鼻先の肉を一切れ、団長の皿の上に乗せてやった。
一匹につき数切れしか取れない超希少部位だったが、やはりこういうものは味の分かる人間と分け合って食べるほど美味しいものだ。
「ありがとうございます。これは本当に貴重な部位ですね」
「だろ? これの価値が分かる人間はほとんどいないんだがな」
「お二人はそれをどうやってご存知で……」
団長は丁寧な口調で二人の男に質問を投げかけた。
「以前俺たちが働いていた肉屋の主人の師匠って人が、東から来た異邦人だったって聞きました」
「そうそう。帝国の奴らは肉の食い方を知らねえって、よく文句を言ってたって聞いたぜ。俺たちを雇ってた肉屋の主人も、そういう希少な部位は別にしておいて、こっそり自分たちだけで食ってたんですよ」
二人の答えは団長の興味を惹いたようだった。
もう少し背中を押してやれば、何か出てくるんじゃないか?
「最近、こういう技術を知っている人は珍しいですからね」
ルセテリはわざとらしいほど深刻なふりをして目を閉じ、頷きながら隣に立っていたオーギュストの足を軽く小突いた。
「ああ、このお二人が今、働き口を探していらっしゃるそうなんですよ」
「ほう、そうなんですか?」
よしよし。
よくやった、うちのオーギュスト。
「この村で仕事を見つけるには、どうしても体格が小柄なもので簡単ではないとおっしゃっているようでした」
「俺たち、肉屋だけじゃなく色んな仕事をやってきたんで、どんな仕事でも自信があります」
「ええ。言われたことなら何でも!」
二度とない機会を逃すまいと、二人の男は必死に自己アピールに熱と誠意を込めて吐き出した。
「なるほど。事情は分かりましたが、うちの劇団でこれといってやってもらえそうな仕事は見当たらないのですが……」
団長の一言に、二人はガクッと項垂れた。
いや、そりゃそうだろ。
特別劇団で披露できるような芸があるわけでもなく、せいぜい肉を部位ごとに器用に切り分けることくらいしかできないのだから。
劇団で肉の解体ショーを披露するわけにもいかないし。
それに、二人がどんな人間なのか身元も定かではないじゃないか。
どこかのスパイかもしれないし。
どんな意図を持って近づいてきたのか、逆さ吊りにして水責めにでもしない限り白状するはずもないだろうし。
二人を連れてここまで来たのは、あくまでジアの頼みがあったからだ。
「あのさ、この建物。これ、劇団のものじゃないって言ってたよね?」
ジアが建物を指差して団長に尋ねた。
唐突に建物の所有者をどうして尋ねるんだ?
ルセテリはジアの質問を訝しく思った。
「ええ、我々がここに滞在する間、少しの間村から借りているのです」
「じゃあ、ちょっともったいなくない? この村はこんなに美味しくて珍しい見世物もたくさんあるのに。お水も綺麗だし」
「なるほど」
ジアの言葉に、髭をいじりながら団長が頷いて同意した。
確かにこの村は石材加工で有名な村であるため、珍しい石材加工品が多く、見どころが満載だった。
石窯焼きという珍しい調理法もここでしか見られない方法だったし、切り立った岩山の中に都市があるのも他にはない特異な地形だった。
「ここもずっと空き家にしておくよりは、ここを訪れる人たちのために綺麗に飾り付けてあげた方が、この家も喜ぶんじゃないかな?」




