第43話 ブリトル
第43話 ブリトル
ブリトルの関門は、確かにウムスカークのような田舎の村とは比べ物にならない規模だった。
入り口を守る歩哨兵の数も倍はいた。
それだけに、城門を出入りする人々の調査もより徹底的に行われていた。
オーギュストがこっそりと耳打ちしてくれたところによると、以前よりも検問が厳しい理由は、おそらくリバーヒルでの出来事のせいだろうとのことだった。
検問がどのような形で行われるかはこれから見守る必要があるが、ひとまず自分たちの正体が露見することだけは絶対にないだろう。
伊達にドラゴンが魔法の最強者であるわけがない。
それに、魔法が消えたこの世界で、自らの魔法を打ち破る道具などあろうはずがなかった。
ああ、古代の遺物でもあれば話は別かもしれないな?
それも魔力を運用できる人間が触れてこそ意味があるのだから、却下だ。
当然ながら城門を通過する際、薬師とその弟子だと言うと、チラリと上から下まで一度眺められただけだった。
劇団も一度や二度城門を通り過ぎただけではないようで、気さくに歩哨兵たちと挨拶を交わす団員たちもいたことが一役買ったようだ。
城門を無事通過して現れたのは、切り立った巨大な岩壁が街を囲む風景だった。
盆地の中に位置する街は、外部からの敵を完全に遮断できる天然の要塞だった。
もちろん、絶壁の上から敵軍が攻撃してこないという保証はなかったが、ひとまずここは石が転がっている岩山だ。
誰も切り立った絶壁を登って攻撃を仕掛けるような狂人はいないだろう。
そして、ここは石の都市。
周囲に転がっているのは石、石、石。
石だらけだった。
石を削って壁を立てて家を作り、屋根を乗せ、道路を敷き……ほとんどすべてのものが石で作られた巨大な石の街だった。
そんな街に向けて爆弾でもいくつも投げ込まない限り、攻撃など全く歯が立たない都市であった。
「石がいっぱいだね」
ジアや、口に石の粉が入るぞ。
初めて見る岩山が珍しかったのか、ジアがぽかんと口を開けたまま、街の背後に広がる切り立った山を眺めていた。
ルセテリの場合、劇団が街道に沿って移動している間中、周囲をキョロキョロと見回していたため、何度かローザに注意されることもあった。
それもそのはず、道路沿いの一軒おきにレストランが立ち並んでいるほど、数多くの飲食店が自分を呼んで誘惑しているのだから!
レストランだけではない。
路地のあちこちに露天商が集まる平民街もちらほらと見え、軽く見回しただけでも、美味しそうな肉料理からジャガイモやソーセージ、トウモロコシを揚げたものを売る軽食類まで、見事に揃った食い倒れ横丁だった!
「ちょっと夢中になりすぎじゃない?」
食べ物に気を取られすぎたせいで、口元からダラダラと涎が垂れていることに気づかなかった。
涎を一滴、ポタリと、ジアの頭の上に落としてしまった。
「うむ、いや。すまん」
疑いと呆れの混ざった目で、ジアがツンと目を細めてルセテリを見つめた。
あの瞳からは一生逃れられそうにない。
自然と首が深く垂れ下がり、良心がチクチクと痛んだ。
さらにベッシーまでもがブルンと鼻を鳴らして首を縦に振るとはどういうことだ!
「怪しまれるからやめたらどう?」
「いや、俺が何をしたって? あちこちに良さそうな場所がたくさん見えたから、観光客みたいに好奇心で見て回っただけだ!」
ひどく心外だとでもいうようにルセテリがギャーギャーと叫んだが、返ってきたのは冷ややかなジアの視線だけだった。
「あれのどこが観光客なの? 完全に獲物を狙う鷹の目そのものだったけど」
「初めて来た都市だから当然だろ! お前だってさっきから不思議そうに街をキョロキョロ見回してただろうが!」
「私がルッ様と同じだと思ってるの? 私はこの岩山の真ん中に切り立った絶壁に囲まれた街が不思議で見てただけだよ。ルッ様はまるで敵国のスパイみたいに穴が開くほど睨みつけてたじゃない」
「睨みつけるだなんて……。気になって詳しく見たかっただけだぞ」
見かねたローザが割って入るまで、二人の口論は終わる気配を見せなかった。
「それでも、今日はちゃんとした場所で休むことができそうで一安心しました」
ローザは疲れてへとへとな様子が歴然とした顔だったが、目だけはキラキラと輝いていた。
「ちゃんとした場所? 宿屋でも借りるのか?」
ルセテリは首を傾げた。
それもそのはず、これほど大勢の劇団員を収容できる宿屋があるなどという話は聞いたことがなかったからだ。
渡り歩く劇団にとって宿屋は贅沢であり、どこかの空き地でも借りてテントを張ればそこがすなわち休む場所だった。
「岩石技術者たちのための建物があるんです。今は技術者が減って使われていないんですが。普段は空き地にテントを張って野宿でしょうが、こんな大きな都市のような場所では無理なので、時折使われていない家を借りることもあるんですよ」
アルも突然生き生きと蘇り、楽しそうに話し出した。
「街が形成された初期に技術者たちを連れてくるには、どうしても集団で寝泊まりする場所が必要になりませんか。だから大きな建物から優先して建てるんです。そこに技術者たちが仮住まいをしていて、徐々にそれぞれ家を構えて出て行けば、その大きな建物が空き家になるじゃないですか。その建物を借りるんです」
「宿屋より安いですし、いくら団員たちでも野宿続きではしんどいですから、街の経済のためにも利用できる時は頻繁に利用する方です」
オーギュストがローザとアルの説明を聞きながら付け加えた。
それは良いな。
どうしても野宿は色々と人目が多くて不便に思っていたところだった。
寝るのも隅っこで縮こまって寝なければならず、朝起きても体が重だるかったし。
「じゃあ、今日はゆっくりベッドで寝られるのか?」
「何人かで一部屋を共有しなければならないでしょうがね。それでも野宿よりはマシでしょう」
「じゃあ、単独行動も可能なのか?」
「ブリトルで何をされるおつもりで?」
腹黒いルセテリの質問に、ローザは驚いて振り返った。
ルセテリは返事に窮した。
まさか「ドラゴンの胃袋は偉大だから、ブリトルにあるすべての食堂と露店を回らずには満足できそうにない」と正直に答えるわけにはいかなかった。
「うむ、だから……ジアと一緒にブリトル市内の観光兼社会見学?」
ルセテリの答えに、ジアは呆れ返った。
何がブリトル市内の観光で社会見学だ。
外に出て自分が食べたいものを好きなだけ食べてから帰ってこようという、腹黒い魂胆じゃないか。
「それでしたら、我々が護衛を……」
「いや。大丈夫だ。必要ない」
きっぱりとした拒絶だった。
護衛だなんだと言って無駄についてこられでもしたら、気の向くままに食べたいものを食べながら歩き回ることもできないじゃないか。
嫌だ! 来るな!
と、口に出してしまえば、ただでさえ地に落ちたドラゴンのメンツが粉々に砕け散るのは一瞬だろうな?
「ハハ、確かに大行者様に逆らって、ただの人間が無傷で生き残ることはできないでしょうからね」
純真無垢な答えのように聞こえたが、どうもその中には「血も涙もないドラゴン」という皮肉が混ざっているような気がするのだが……。
いや、それでも、まだ今まで機嫌を損ねたからといって殺したことは一度もないぞ。
聞こえないだろうが、ルセテリは不満げにブツブツと呟いた。
ローザとオーギュストの言う通り、劇団は都市の郊外に位置する大きな建物が密集している場所に到着した。
人々が長い間使用した形跡のない建物ではあったが、少し見回しただけでも劇団員全員を収容しても余りあるほどの巨大な大きさだった。
大邸宅とまではいかないが、簡素に建てられた3階建ての建物には、階ごとに部屋が8つもあった。
部屋にはベッドも置かれており、何よりも水道が各階にあった!
「驚かれましたか?」
「水道とは、予想外だな?」
「でしょ? ここはどうしても石が豊富なので、こうして水を引いてくるのも難しいことではないみたいなんですよ」
魔法でもないのに3階まで水を引くことができるという点が、非常に斬新だった。
他の機能はなく、長く繋がれた管を伝って流れる水を、大きな石の枠の中へ流し込むという単純な構造だった。
その長い管に沿って視線を移すと、原理が容易に理解できた。
岩山から流れてくる水を、そのまま落差を利用して建物の中に引き込んでいるだけなのだから……。
それを各階へと繋いだ管が3本あった。
シンプルで良い。
ジアもまた目を輝かせ、かなり簡素に見える水道施設に興味を持ったのか、まじまじと観察しながら通り過ぎていった。
「今日の夕食は、団長特製の『豚の丸焼き石窯焼き』だそうです」
「おお、そうか? それは楽しみだな」
いつの間にか出かけて戻ってきたジュールが今日の夕食のメニューを伝えると、オーギュストが喜んで歓迎する様子がありありと見て取れた。
それにしても、豚の丸焼きは分かるが、豚の丸焼き『石窯焼き』とは一体何だ?
説明が必要だった。
じっとルセテリが見つめていると、ローザが荷解きをしていた手をふと止めた。
「豚の丸焼き石窯焼きですか……」
しばらくじっくりと考えていたローザが、どこからともなく大きな巻物を持ってきて、ルセテリの前でバサッと広げた。
その中には、豚の絵と共に石窯焼きがどのようなものかについての説明が書かれていた。
「ブリトルの豚の丸焼き石窯焼きは、丸ごと仕留めた豚の腹を裂いて内臓を取り出して別に処理し、真っ赤に熱した石を腹の中に詰め込んで、薪火で回しながら焼く料理を『豚の丸焼き石窯焼き』と言います」
「先生、それなら熱い石が豚のお腹の中でゆっくりと冷めながら、豚をあっという間に中から火を通してくれるんですね?」
「その通りです。内側から火を通し、外側からは薪火で皮をパリッと焼き上げるので、肉の中に肉汁を素早く閉じ込めることができ、皮はサクサクで脂は溶け出して肉がしっとりとするんですよ」
ローザの説明だけで、すでにルセテリの口の中は豚の丸焼き石窯焼きを一口頬張ったも同然だった。
ダラァ……。
「あ、汚い!」
ルセテリに抱かれていたジアが叫んだ。




