第39話 ありふれた劇団ではありません
第39話 ありふれた劇団ではありません
そろそろ炭火焼きの宴が終わり、お腹を満たした劇団員たちは幸せそうな表情で後片付けを始めた。
食べ物に夢中になって「通信線」について尋ねるのを忘れていたルセテリは、皆が忙しくしている隙を突いて、ローザにこっそりと尋ねることにした。
「ローザ、さっきの通信線ってどういう意味だ?」
「ああ、そうでしたね。説明するのを忘れていました」
ローザも忘れていたようで、今思い出したとばかりに手をポンと打った。
「最近、細い鉄線を編んだものを使ってエネルギーを供給することが可能になったんですよ。その鉄線の一つを利用して、遠くの音を別の場所へ伝える技術が生まれました。それを通信線と呼ぶそうです。それで、それを皇都から地中に埋めて、村ごとに重要な事項を伝達できるようにする事業が始まったと聞きました」
なるほど、通信石に似たようなものらしい。
違う点があるとすれば、これは文字通り線を繋いで使用する、通信石の下位互換といったところか。
「だから皇女が姿を消したという知らせを素早く受け取れたわけか」
「はい。まだリバーヒル周辺以外には通信線が設置されていないため、私たちの目的地であるカーディフまで知らせが届くには時間がかかるでしょう」
「だからオーギュストがカーディフまでだと言ったのか」
「そういうことです。ひとまずあそこまで行けば安心ですから」
どうやら、とっとと皇都から遠ざかれということらしい。
それでも、逃げるにしても牡蠣は食べてからにしないとな。
リバーヒルを離れる時と同様、劇団の朝は早かった。
朝日が昇る前の夜明けの川霧が晴れる頃、ウムスカークを出発するために皆が慌ただしく動き回っていた。
まだ寝ぼけ眼をこするジアを抱き抱え、ルセテリはベッシーの鞍の上に乗った。
朝早くの出発だというのに、一人でウォーミングアップでもしてきたのか、ベッシーの全身からはムンムンと熱気が立ち上っていた。
「お前、一人でどこかいい所へでも行ってきたのか?」
「ブルルルルン!」
人が多くて言葉を話せない代わりに、ベッシーは鼻を鳴らして首を縦に振った。
団員たちの間で出発の準備を取り仕切っていた団長が、ルセテリの元へ近づいてきた。
「ル先生。昨日はご苦労様でした」
「いやなに、薬師として当然の務めを果たしたまでです」
「それでも、おかげで昨日は安心して一晩休ませていただくことができました。ご存知の通り、我々のように流れ歩くよそ者に対して、こうした田舎の小さな村の人々は警戒心が強いものですから……」
確かに、こうした小規模な田舎の村では、よそ者をひどく警戒して近づこうとしないものだ。
それなのに、昨晩は団員たちが近づく前に村人の方から先に近づいてきて、あれこれと食べ物や寝床など、村で過ごすのに不便がないよう親切にしてくれた。
必要以上というよりは、何というか、心から熱意を込めて尽くしてくれているようだった。
それがすべて、昨日無料の診療所を開いて病気の村人たちを診てくれたルセテリのおかげだと団員たちは分かっていたため、皆が笑顔で一度ずつ挨拶をして通り過ぎていった。
[ルッ様、ずる賢い]
[何がだ?]
[分かっててわざとやったんでしょ]
ふてくされたジアの竜言が聞こえてきた。
当然だろ。
これから劇団にはお世話になることが多いだろうから、少しでもできる限り徳は積んでおいた方がいいじゃないか。
これからの道のりが平坦なわけでもないし、何が起こるか分からないのに、むやみに目をつけられるよりは、こうしてでも前もって歓心を買っておいた方がいい。
「オーギュスト氏から聞いたところによれば、ル先生はカーディフまで我々と同行される予定だと伺いましたが……」
「ええ。我々は北東にあるフォンテンの森へ向かいますので」
「そうでしたか。我々とずっと日程を共にしていただければ嬉しかったのですが、残念です」
長い旅路において、めったにお目にかかれない薬師との同行は劇団にとってプラスになることはあっても、決して損になることではなかった。
さらに、その薬師が並外れた腕前まで兼ね備えているとなれば、言うまでもなかった。
思ったよりも短くなった同行に、団長は名残惜しさを隠せなかった。
「ご縁があれば、またどこかでお会いすることもあるでしょう」
「そうですね。それでは、カーディフまでよろしくお願いいたします」
軽く頭を下げて挨拶を終えた団長は、甲斐甲斐しく隊列の最後尾まで気を配りながら出発の準備を確認した。
「団長はかなり几帳面だな」
劇団がゆっくりと動き出して出発すると、ルセテリはベッシーの手綱を握り、隊列の最後尾からついてきているオーギュストに近づいた。
「ええ。昨日私が申し上げた通り、ルシネル家に仕えていた封臣の一つであるヨハネスブルグ子爵家の人間です。団長はそこの執事長でした。上から下まで、何事にも几帳面によく気を配ることで有名な人物だったんですよ」
「そんな人間が、どうして劇団の団長なんてやっているんだ?」
確かに、それほど腕の立つ執事長だったのなら、他の貴族の家々から我先にとスカウトの声がかかってもおかしくないはずなのに……不思議だった。
「ミエリア皇后陛下がアルメニア帝国に輿入れされた後、帝国から派遣された総督がヨハネスブルグ子爵家を罠に嵌め、結局家は断絶してしまったのです」
「ああ」
短い返事だったが、その中にはすでに多くの言葉が込められていた。
「じゃあ、もしかしてこの劇団全体が?」
「全員ではありませんが、少なからぬ数がルシネル家のために働いていた功臣家門で仕えていた者たちです」
オーギュストの言葉はルセテリに苦いものを感じさせた。
事情はどうであれ、ひとまず表向きは、まるでミエリアが帝国に人質として連れて行かれ、ルシネル王朝が崩壊したかのように聞こえたからだ。
あの馬鹿で間抜けなジョゼフ皇帝がそんな小賢しい真似をするはずもないし、やはり公爵の仕業か。
「じゃあ、今コーセン公国にはルシネル王家はないんですか?」
オーギュストとルセテリの会話を黙って聞いていたジアが口を開いた。
母親であるミエリアの故郷でもあるコーセン公国の状況が、他人事とは思えなかったのだ。
ミエリアがアルメニア帝国に来た後、公国の状況は彼女自身にも知る由がなかった。
皇城でほとんど仲間外れに近い扱いを受けている皇后のために、自ら進み出て公国の状況について話してくれるような命知らずな人間が誰かいただろうか。
皇帝もまた、ミエリアを想う気持ちが強すぎるあまり、正確な状況を伝えてはいなかったようだ。
故郷に帰ることもできないミエリアが、恋しくなるたびにジアに聞かせていたコーセン公国についての話に、ジアが好奇心を抱くのは当然だった。
「存在はしております。現在は小さな村の村長程度の立場に過ぎませんが」
ジアを見つめるオーギュストの表情が妙だった。
分かるような分からないような、あのおぼろげでこそばゆいような表情は……ルセテリは慌ててジアの顔を手で覆った。
こらっ!
ジアの顔が擦り減っちゃうだろ!
バツが悪くなったオーギュストが、人差し指で自分の頬を掻いた。
「現在はまあ、ほぼ消滅した王朝だと見るべきでしょう。それでも、コーセン公国へ行かれれば、今の一族を率いる長くらいにはお会いできるはずです。ご高齢ではありますが、皇女様から見れば曾祖母にあたるお方です」
おばあちゃんという言葉に、ジアの目が輝いた。
生まれた頃には先帝や皇后もすでにこの世を去っていたため、一度も「おばあちゃん」「おじいちゃん」と呼べる人がいなかったジアにとって、実に親しみのこもった言葉に他ならなかった。
「おばあちゃん!」
「ええ。きっとお会いになれば、皇女様を喜んで迎えてくださるでしょう」
まただ!
オーギュストの表情が、最高に可愛い姪っ子を見る叔父の表情になっていた。
「コホン!」
警告するように睨みつけるルセテリの視線に気まずくなったオーギュストは、後頭部を掻きながら馬を進めた。
朝日が昇るや否や、劇団は昨日検問を受けた村の入り口から外へ出るため、列をなして出発の準備を整えた。
入ってきた時とは違い、大半の村人たちが入り口に集まってこぢんまりと去っていく劇団を見送るための列を作り、彼らを待っていた。
歩哨兵も入ってきた時とは違い、村の入り口に立ってただ去っていく劇団を見守るだけで、特に何も行動を起こさなかった。
劇団もそんな彼らの温かい見送りに応えるかのように、急遽ささやかな公演を披露し、名残惜しい別れの挨拶に代えた。
村の温かい歓迎に対するお礼だった。
先頭の曲芸チームは、ジャグリングをするピエロを皮切りに宙返りをし、フープを飛び越える技を披露した。
後ろからは演劇チームが村人たちに向けて演劇のセリフを投げかけ、村の娘や若者たちの心を奪って回り、歌手や演奏チームは楽器を奏でながら歌で人々を盛り上げた。
最後にオーギュストたちの番になると、一行は小さな炎の魔法と花の魔法で村人全員にささやかな贈り物をプレゼントした。
村人たちは去っていくルセテリの手に、あれこれと農作物を一つずつ抱えさせ、最後にはジアとルセテリが腕いっぱいに抱えても持ちきれないほどだった。
つられてルセテリの側にいたアルとジュールまでもが、村人たちから受け取った品を腕いっぱいに抱えていた。
「さすがはモンペリジュ子爵領です。どうか首都での出来事が、あの人たちに被害を及ぼさないことを願うばかりですが」
村を振り返りながら、劇団が見えなくなるまで手を振り続けるつもりの住民たちに向けて、ローザが心配そうな表情を浮かべた。
アルとジュールも彼女の言葉に同意するように、しきりに首を縦に振った。
「女神様のご加護が彼らにありますように」
両手を組み合わせて祈りを捧げるアルを横目に、オーギュストは考え込んだような顔で口を固く結び、黙々と前だけを見て馬を進めた。




