第38話 野菜の盛り合わせ炭火焼き
夕食への期待を胸に広場の中央に設けられた焚き火の近くへ行くと、すでにいくつかの七輪で炭火が熾こり、下ごしらえを終えた野菜たちが焼かれていた。
ジュージューと音を立てて焼けていく濃厚な野菜に、上質なオリーブオイルを塗り、塩と胡椒を振って焼き上げるだけでも、口の中いっぱいに涎が溢れるほど食欲をそそる匂いが漂っていた。
さらに隣には、炭火に乗せてバターを塗って焼いたもの、塩を振ったもの、チーズパウダーにパプリカやチリパウダーを混ぜたもの、砂糖など、山盛りのトウモロコシが様々なトッピングで焼かれ、ルセテリを誘惑していた。
七輪の周りに集まっていた団員たちは、ルセテリ一行が近づくと皆一様に微笑み、感謝の意を表した。
「ル先生のおかげで、美味しい食事ができそうです。ありがたくいただきます」
「先生、美味しいです! ありがとうございます!」
うむ、まあ。悪くない奉仕だったな。
皿いっぱいに山のように盛られた新鮮な野菜の盛り合わせ焼きを口に運びながら、ルセテリは幸福感に浸っていた。
よく見ると、トウモロコシやジャガイモ、カボチャだけではなかった。
アスパラガスやパプリカ、ズッキーニといった夏野菜が山のように盛られていた。
どれも新鮮さが命の野菜ばかりで、炭火に乗せるや否や、ふっくらと野菜が含んでいた水分が滲み出し、この上なく凝縮された旨味が立ち上ってきた。
ここに動物性の食材が加われば最高なんだが……残念ながら、こんな田舎で肉にお目にかかるのはそう簡単なことではない。
「野菜も美味しいよ。好き嫌いするのは良くないって言ったでしょ」
案の定、アスパラガスをシャキシャキと頬張るプー姿のジアが、ルセテリに向けてチクリと釘を刺した。
「いや、それにしてもこれはいくらなんでも野菜ばっかりじゃないか」
「何もないよりは、野菜だけでも食べられることに感謝しなさいって言ったはずだよ」
「クソ女神め」
どういうわけかルセテリの口から不敬な言葉が飛び出したが……。
一緒に集まって食事をしていたアルとジュール、そしてローザは、二人の言い争いに静かにフォークを動かしながら顔色をうかがっていた。
「カボチャもあるしジャガイモもあるし、美味しいじゃない」
「誰が食べないって言った? あまりにも野菜ばっかりだから言ってるんだ」
「だったらルッ様が狩りにでも行って、何か捕まえてくればいいじゃない!」
うーん、それは恐ろしい提案だな。
皇都に近いせいか、周辺の森から感じられる気配といえばリスやウサギといった小動物ばかりだった。
偉大なるドラゴンの胃袋を満たすような代物ではなかった。
「焼いて召し上がっていただこうと、チーズを少し持ってまいりました」
声がした方へ顔を向けると、気まずくなった空気の中で団長が頭を掻きながら、手にチーズを持って立っていた。
「チーズ! 良いですね。パンもありますか?」
ルセテリの目がギラリと光った。
まるで美味しそうな獲物を狙う鷹の目だった。
「チーズを焼いてパンの上に乗せて食べても美味しいですが、このチーズはこうして溶かした部分をジャガイモの上に乗せて食べても絶品ですよ」
自ら炭火で溶かしたチーズをジャガイモの上に乗せ、ルセテリに手渡した。
少しツンとする匂いがして、炭火でトロトロに溶け、ジャガイモの上に滝のようにとろりと伸びるのを見ると、ラクレットチーズのようだった。
「ラクレットですね!」
「おお、さすがはお目が高い。チーズは良質なタンパク源なので、種類別に用意しております。必要な時はいつでもおっしゃってください」
団長、良い人だったんだな。
ルセテリの目がキラキラと尊敬の眼差しで団長を見つめた。
その姿にジアは首を横に振り、一度や二度経験したことではないとばかりに、黙々と自分の分のジャガイモにチーズを乗せた。
「美味しい!」
「ね? 美味しいだろ?」
最初は匂いのせいでとても食べられそうにないと思ったが、火に炙られてホクホクに焼けたジャガイモの上に乗せると、ツンとした匂いが柔らかいジャガイモを包み込み、まろやかに絡み合って旨味を爆発させた。
一口、口に入れるや否や、ジアの唾液腺を狂ったように刺激した。
その様子に、団長が満足げな笑みを浮かべた。
「子供の頃はよく食べることが大事です。たくさんお食べなさい」
誰も気づいていないようだが、団長が持ってきたラクレットは馬車の車輪の半分ほどの大きさだった。
大きさもさることながら、重さも相当なものだったはずなのに、何食わぬ顔でこれを持ってきた団長も只者ではないようだった。
「ジャガイモ以外にも、他の野菜に乗せてもこれ美味しいですよ?」
ジュールが巨大なチーズの断面を炭火で溶かし、様々な野菜の上に乗せた皿を皆に勧めた。
「本当だ。アスパラガスやカボチャの上に乗せても美味しいね?」
「適度に炭で燻された風味もあって、自然に塩気もつくから、もっと満足感がある気がします」
「なるほど。これならパンの上に乗せて食べても美味しいだろうな」
ローザの言葉を聞いたオーギュストが、懐から硬くなったパンを取り出し、炭火で軽く炙ってから上に溶けたチーズを乗せ、一口かじりついた。
「これもいけますね。溶けたチーズから出た脂がパンに染み込んで、味気なかったパンがあっという間に香ばしくなりました」
オーギュストが残りのパンをすべて切り分け、炭火で焼いた後、溶けたチーズを乗せて全員に配った。
「おお、硬くてパサパサで美味しくない黒パンが、こうやって食べると美味しいですね?」
アルが目を丸くした。
「これなら毎日食べろって言われても食べられるな」
ジュールもオーギュストから渡されたパンをあっという間に平らげ、指をチュパチュパと吸っていた。
どうやらもっと食べたがっているようだった。
ジアは自分の分として渡されたパンをじっと見つめた。
炭火で焼かれて熱々のパンの上に、脂が溶け出したチーズがパンを柔らかく潤し、適度な艶が食欲を刺激した。
口に入れて一口かじりつくと、ホクホクとしたジャガイモとは違う食感のサクサク感が、まず聴覚を刺激した。
程よくチーズの脂で溶けたパンの表面が、硬さとは違うサクッとした食感と溶けたチーズが絡み合い、異なる二つの食感が同時に口の中で踊っているようだった。
さらに、チーズの脂をたっぷりと含んだパンがもたらす満腹感も格別だった。
「これも美味しい」
「だろ、だろ? やっぱり脂が少し入ってないと食べた気がしないよな」
皆が一口食べている間に、ルセテリは目にも止まらぬ速さでいくつも口の中に放り込み、口の中をパンパンにしてモグモグと咀嚼していた。
皇宮でジアに礼儀作法を教えていたあのルセテリと同一人物なのか、大いに疑わしいほどにガツガツと平らげていた。
「ルッ様、パン屑がついてる」
ジアが自分の口元を指でトントンと叩いて教えてあげたが、お構いなしにルセテリの手はジャガイモからチーズへ、パンからチーズへと忙しく動き回るのに余念がなかった。
本当に自分の知っているあのルセテリ様なのか?
「おお、これも美味しいな!」
いつの間にかルセテリは、パンの上にクマトのソースを乗せ、その上に野菜と溶けたチーズを乗せていた。
クマトの酸味がチーズのくどさを中和してくれ、これならいくらでも食べられそうだった。
「ジ……いや、違った。プー、鞄の中にバジルあるか? それちょっと出してくれないか? あ、そうだ。オレガノも」
突然の薬草の要求に、全員が首を傾げた。
その中でジアだけが慣れた手つきで薬草の鞄を開け、ルセテリの言ったものを取り出した。
生の薬草じゃないのが少し残念だが、仕方ないか。
ルセテリは乾燥した薬草を手で細かく砕き、クマトソースを塗ったパンの上に振りかけた後、チーズを乗せた。
乾燥した薬草から漂う独特の香りがチーズのツンとした匂いを覆い隠し、全く違う香りを漂わせた。
「あの、これどこかで見た覚えがあります。帝国南部半島にある『ピッツェ』という料理に似ているような気がするんですが……」
「そう、それに似ているだろうな。南部にあるシチェーレという場所にあるピッツェに似てるのは間違いない。クマトで作ったソースがこのバジルとすごく相性が良いんだ。上に乗せたオレガノがチーズの独特な匂いを消しつつ、風味をさらに引き立ててくれる」
ルセテリが手渡したピッツェなるものを一口食べた後、全員の口から小さな感嘆の声が漏れた。
そのせいで、他の七輪で野菜を焼いて食べていた劇団の団員たちが動きを止め、ぽかんとルセテリ一行を見つめていた。
「あ、のう、我々もそのピッツェというものを食べさせてもらえないでしょうか?」
劇団員の一人が勇気を振り絞って近づいてきた。
「材料さえ持ってきてくれれば、いくらでも」
自分はそこまでケチなドラゴンではない。
満面の笑みを浮かべた彼の横では、言われずともジュールがパンを切り、ローザが炭火に乗せて適度に焼き、ソースを塗り始めていた。
オーギュストとアルも、持ちやすい大きさに切ったチーズの塊を炭火で溶かし、パンの上に乗せるのに大忙しだった。
気がつくと、診療所で診察をしていた時のように、今度は劇団の団員たちで埋め尽くされた行列ができていた。
ピッツェを手に取った団員たちも、一口かじりつくとあちこちから感嘆の声が上がった。
美味しそうに食べている彼らの姿を見ると、ルセテリもつられて幸せな微笑みが自然と顔に浮かんでくるようだった。
「ルッ様、そんなに嬉しいの?」
「当然だ。美味しいものを食べるってことが、どれだけ幸せなことか」
「私はてっきり、ルッ様があの人たちに分け与えずに全部一人で食べちゃうのかと思った」
「俺はそんな意地悪なドラゴンじゃないぞ?」
「食べ物のことしか頭にない時は、まさにそう見えるけど」
グハッ、それはいくらなんでも直球すぎないか?
ジアの攻撃はストレートにルセテリの精神に突き刺さった。
いくらなんでも、世界の大行者と呼ばれるドラゴンなのに、扱いがひどすぎやしないか。
「食べ物に目がない爬虫類にしか見えない」
畳み掛けるような攻撃も容赦なかった。
頭を抱え込んだルセテリは、そのままその場にペタンと座り込んでしまった。
あまりにも骨身に染みるな?
「でもさ、あんな幸せそうな顔をしてたら、美味しいものを食べさせてあげたくならないか?」
ルセテリが言わなくても、ジアの目にもピッツェを手にワイワイと幸せそうにしている姿が映っていた。




