第37話 薬師ドラゴン様
「そのようですね。そのセンティという奴、思ったより能力が高いようです」
ああ、それは認める。
それにしても、どうしてオーギュストたちはセンティのことを知っているんだ?
気になったルセテリは、オーギュストの方へ顔を向けた。
「ロアンが教えてくれました。元々は公爵が使っていた下っ端だったのを、ルセテリ様が拾い上げたと……」
ローザがオーギュストの代わりに質問に答え、親切に説明まで付け加えてくれた。
ああ、なるほど。
さすがは信頼度100パーセントのロアン通信だ。
しばらくルセテリの近くをうろついていた村人の一人が、様子をうかがいながらおずおずと彼に近づいてきた。
「あの、その、ここに薬師の先生がいらっしゃるという噂を聞きまして」
最初は公爵側が送り込んだ回し者かと思い、全員がガチガチに緊張して警戒したが、蓋を開けてみれば薬師を探しているただの平凡な村人Aだった。
「もしよろしければ、うちの母親を少し診ていただけないかと……」
村人Aは、得体の知れないフードを被った人間たちが警戒しながら自分を取り囲んだため、怯えたように周囲の顔色をうかがっていた。
男が大きくゴクリと生唾を飲み込む音が、ルセテリの耳にもはっきりと聞こえた。
「分かりました。薬師として、病人がいるというのに見過ごすわけにはいきません」
ルセテリ、いや、ル先生がニッコリと笑って村人Aを安心させた。
[ルッ様、急にどうしたの?]
[何がだ?]
[腹黒い悪党みたいな顔してる]
ルセテリはドキッとした。
大したことではない、ただちょっと何か見返りでももらえるんじゃないかと思っただけなのだが。
チラリと自分を見つめるジアの顔色をうかがった。
ジアの鋭い観察眼からは逃れられなかったようだ。
村の入り口に入った瞬間から、ルセテリの視線が青々と育っている畑の作物から離れていなかったという事実を、ジアは見逃していなかった。
そういうのはちょっと、気づかないふりをしてやり過ごしてくれないか……。
「ああ、ありがとうございます。うちの母親ももう歳なもので、ずっと関節が痛むと言っていたのですが、以前村に立ち寄ったセンティが先生のことをあんなに自慢していたものですから」
おっと、センティが有能だと言ったのは取り消さなきゃならないな。
一体何をどれくらいどうやって言いふらして回ったんだ!
「いやはや、そうでしたか。それほど自慢できるような腕でもないのですが、センティさんも全く。エヘン!」
ルセテリはわざと空咳をして、すべてをセンティのせいにするということにした。
ついでに、村人Aについて行き、ル先生の役割に忠実に徹してみることにした。
心配になったのか、オーギュストがついてこようとするのが見えた。
余計な誤解を招いてはいけないと思い、ルセテリはオーギュストに向けてそっと首を振り、ついて来るなという合図を送った。
ここで他の人間がしゃしゃり出てついてくれば、むしろ不自然な状況になるのは目に見えていた。
ルセテリの目配せに、立ち上がろうとしたオーギュストは中腰のまま再び席に座り直すしかなかった。
村人Aについて行ったルセテリとジアは、小さくてみすぼらしい小屋に到着した。
みすぼらしくて何もない小屋だったが、それなりに綺麗で清潔な環境に見えた。
家の中には、椅子に座って咳き込みながら野菜の下ごしらえをしている老人がいた。
「母さん、薬師の先生をお連れしたよ」
「なんだって?」
「く・す・り・し・の先生が来たって言ってるんだよ」
村人Aは大声で一文字ずつはっきりと、老人の耳に向かって叫んだ。
体だけでなく、耳もかなり遠くなっているようだった。
「ハハ、申し訳ありません。ああ見えても、うちの母親は今年で93歳になるものでして」
おお、93歳とは。
人間の中では珍しいほどの長寿だ。
それなら、特別に診てやれるようなこともないような気がするが。
困ったように頭を掻くルセテリを見た村人Aは、すぐに申し訳なさそうな顔をした。
「歳が歳なもので、それでも生活するのに不便がないようにだけ助けてやってくだせえ」
ルセテリの考えを読んだように、男はハハハと笑いまでした。
そういえば、この村人Aの髪の毛も白髪交じりで顔にはシワも見え、こちらの年齢もかなりいっているようだが。
ルセテリは老人に近づき、背中を一度さすってみた。
「お母さん、咳の他にどこか痛むところはありますか?」
大声を出さなくても、一文字一文字はっきりと正確に話すだけで、老人たちはよく聞き取れた。
「歳だから膝が悪くてね。腰もちょっと痛いし」
年齢の割には心拍数も正常だったし、咳が出るのは気管支が少し乾燥しているためらしい。
膝や腰に関しては、まあ歳なのだから仕方がないか。
診察を終えたルセテリが立ち上がると、ジアが気を利かせて鞄を持ってきて開けた。
「ありがとう、プー」
他の人の目には見えないだろうが、鞄は亜空間へと繋がっており、整理された必要な物品をいつでも取り出すことができた。
ひとまず、咳に効き体を温めてくれるロスコの根と、咳や痰を鎮めてくれるコヘイン、そして関節炎用にはティトルとアキランテスがいいだろう。
ルセテリは村人Aに頼んで、包丁とまな板を借りた。
ロスコの根とコヘインは薄くスライスしてガラス瓶に入れ、蜂蜜をたっぷりと注いだ後、蓋を閉めてしっかりと密閉した。
ティトルとアキランテスはよく乾燥させたものを薬研に入れてすり潰し、粉末にしたものを一回分ずつ包んだ。
「ガラス瓶に入っているものは一週間ほど寝かせた後、お湯に大きめのスプーンで一杯ずつ溶かして飲めば、咳と痰が少し楽になるはずです。そして粉薬は一日二回、スープに振りかけるか蜂蜜に混ぜてお召し上がりください。ご高齢なので完全に治すことはできませんが、痛みを和らげる助けにはなるでしょう」
「いやあ、ありがとうございます。ル先生」
「いえいえ。薬師として当然のことをしたまでですよ」
小屋を出るルセテリとジアの両手には、村人Aが感謝のしるしだと言って持たせてくれた野菜や食べ物がずっしりと重く抱えられていた。
おかげでルセテリは、唇の両端が天高く舞い上がるのを抑えきれずにいた。
[これを狙ってたんでしょ?]
[世の中、タダというものはないんだよ。フフフフ]
門を出ようとした瞬間、ジアは足を止めなければならなかった。
予想だにしなかった事態が起きていたからだ。
小屋の前には、いつの間にか人々でごった返し、長い行列までできていた。
確かに、この田舎では病人は多いが、医者や薬師が常にいるような場所は稀だった。
ルセテリは深いため息をついた。
他人の家の前でいつまでも人々を診察するわけにもいかないため、ひとまず彼らを連れて劇団が滞在している空き地へと向かった。
突然ルセテリが大勢の村人を引き連れて現れたため、劇団の人々は目を丸くしたが、すぐに状況を理解した。
慌ただしく体を動かしたかと思うと、あっという間に空き地には手作りの臨時診療所が設営されていた。
公演をしながらあちこちを渡り歩いている人々であるため、これくらいはお茶の子さいさいのようだった。
瞬く間に完成した診療所の前には、村人全員と言っても過言ではないほどの人々で溢れ返っていた。
「はぁ……これでやっと一息つける」
終わらないかと思われた行列が、最後の村人を診終えることで、ル先生の臨時診療所はついに店じまいすることができた。
それでも途中で劇団の人々がルセテリを助け、必要であれば天幕を張り、水も汲んできてくれたからよかったものの、そうでなければ疲れ果てて倒れるところだった。
思っていたほど村に深刻な患者はいなかった。
大半が軽い風邪や関節炎、捻挫のような、日常生活でよく起こりうる程度の疾患がほとんどだった。
皇宮を抜け出し、貧民街で少しずつ作り溜めておいた薬草で十分に賄うことができた。
もちろん、村人たちはそれだけでも涙を流して感謝し、帰っていったが。
「でも、これお金取らなくていいんですか?」
長時間待たなければならない人々のために用意した箱を運び、後片付けを手伝っていたジュールが、ふと思い出したようにルセテリに尋ねた。
もちろん、いいわけがない。
本来なら、この薬代だけでもざっと20万ベラくらいは軽く稼げただろうに。
「ル先生にはすべてお考えがあってのことだろう」
オーギュストがジュールの後頭部にコツンと拳を落とした。
「おかげで村人たちが劇団に接する態度がすっかり変わりましたよ。最初も親切でしたけど、さっきから色々と村の人たちがやって来ては差し入れを置いていったんですよ」
「ほう、そうだったのか?」
村を一周見て回ってきたローザとアルだった。
「劇団の前に、村人たちがジャガイモやらトウモロコシやら、カボチャみたいな野菜を山ほど積んでいったんですよ」
アハハ……。
労働力をすり減らして、救荒作物と物々交換しましたか。
ポロリ、ルセテリの目から涙が一滴こぼれ落ちた。
「がっかりしないでください」
いつの間にかルセテリの側に近づいてきたジアが、彼の背中をトントンと叩いて慰めていた。
「良いことしたじゃないですか」
良いこと……ではあるな。
最初から大金を望んで始めたことでもないし、ただ少しでも疑われずにやり過ごそうとしただけなので、それだけでも御の字とすべきだった。
ルセテリは少し虚しそうに、ハハハと力なく笑った。
「野菜だからってがっかりしないでくださいよ。食事の担当者の話だと、採れたてですごく新鮮だそうですよ。これを炭火で焼いて食べたら最高に美味しいだろうって、大喜びしてました」
ローザの一言は、ルセテリを再び生き返らせる魔法だった。
野菜の炭火焼き!
肉がないのは少し不満ではあるが、採れたての野菜をなんと炭火で焼くとは!
それなら話は変わってくる。
採れたての野菜こそ、水分をたっぷりと含んだ最高の新鮮な状態でゆっくりと熱を伝え、甘い野菜のエキスを引き出して一口ガブッと噛めば、その野菜の汁がジュワッ……と口の中に溢れ出すのがたまらなく絶品なのだ。
『炭火焼き』という言葉は、死にかけたドラゴンをも蘇らせる妙薬の一言だった。




