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第35話 さよならリバーヒル、いざ! カーディフへ!

ロアンから渡された包みの中には、ジアが昼間に身につけていたサファイアのティアラやネックレスのような宝石がぎっしりと詰まっていた。

おそらく、逃亡資金としてすぐに換金できるように、あらかじめ準備しておいたものなのだろう。

これらを一つ一つバラして売ったとしても、旅の費用としては十分すぎるほどお釣りがきそうだが、おそらくミエリアがジアのためにしっかりと準備してくれたようだった。

中身を確認したジアは、ルセテリに包みを差し出した。


「ル先生が持っていてください」


貧民街で働く薬師が持ち歩くにはあまりにも華やかで高価な品であるため、どう考えてもルセテリの亜空間にしまっておくのが安全だと判断したためだった。


わざわざこんな風に準備してくれなくても、資金なら十分足りているのだが……。


今回の遊戯(お忍びの旅)に出るためにルセテリが用意してきた金額だけでも、すでに亜空間には有り余るほど詰まっていた。

ドラゴンが伊達にドラゴンと呼ばれているわけではない。

ジア一人くらい養うには十分すぎるほどだが、ミエリアが特別に気を配ってくれたのだろう。


包みを受け取ったルセテリは、何も言わずにそれを受け取り、亜空間にしまい込んだ。


早朝、まだ夜明けの川霧が晴れ切っていない時間。

朝が早かったため眠い目をこするジアをベッシーに乗せ、オーギュストと約束した北の城門へと向かった。

城門の前には、早い時間にもかかわらず、すでに出発の準備を整えた劇団がルセテリたちを待っていた。

夜明けの霧の中をパカパカと馬蹄の音を響かせながら近づいてくるルセテリを見ると、劇団の中からシルクハットとフロックコートを身に纏い、上品に挨拶を交わしていた中年の男が彼らに近づいてきた。


「ル先生ですね? オーギュスト氏からお話は伺っております。ラヴァンド劇団の団長です」


自らを団長だと名乗った中年の男は、手を差し出して握手を求めた。

濃い口髭が実に印象的な男だった。

差し出された手も、どういうわけかただの一般人の手ではなく、只者ではないような気配が感じられた。

握手を終えた団長は、ルセテリとジアを劇団の行列の最後尾に陣取る魔法使いたちのいる場所へと案内した。


コンセプトなのか何なのかは分からないが、ルセテリとジアをチラリと見たオーギュストたちは、フードを深く被ったまま二人に向けて無言で一度だけ頷き、静かに前だけを見つめていた。

ルセテリとジアもまた、不自然にならない程度に彼らと目配せで挨拶を交わすと、ベッシーの背に乗って無言で行列が動き出すのを待った。

むやみに城門の外に出る前から波風を立てたくはなかった。


ルセテリが無事に行列に合流したのを確認した団長が前に進み出て、団員たちの隊列を整えた。


「さあ、そろそろ出発することにしよう」


団長の言葉を合図に、劇団はにわかに慌ただしく動き出し、出発の準備を急いだ。


徐々に日が昇り、朝霧が晴れ始めた。

劇団は隊列を維持しながらせっせと城門へと向かい、完全に霧が晴れて朝の陽射しが眩しく降り注ぎ始めた頃、城門の前に辿り着いた。


劇団の行列が近づいてくるのを見た門番が、城門の中から外へ出て近づいてきた。


「予定より早く街を発つようだな」

「ええ。稼げるだけ稼いだので、他の街へ行ってみようという意見が多く出ましてね」


軽く頭を下げながら、団長は劇団の確認にやって来た門番に応答した。

門番は劇団の先頭から鷹のような鋭い目でざっと見渡した。

劇団員たちの顔を窺い、荷物もめくりながら入念にチェックした。

最後にオーギュスト一行がいる場所までやって来ると、フードを被って顔を隠している彼らをしばらく見つめていた。


「ああ、我々が連れ歩いている魔法使いたちです。大した魔法ではありませんが、場を盛り上げるのにはこれ以上のものはいないんですよ」


団長が門番に歩み寄り、愛想の良いお世辞交じりの会話を始めた。


「ああ、魔法か。それなら我々も見物したかったんだがな。偉そうな貴族様が連れて行ってしまったせいで、お目にかかれずじまいだった」

「そうさ。皇女様の誕生日だからって連れて行かれちまって、俺たちはこれっぽっちも見られなかったんだからな」

「いやはや、そうでしたか。大した芸ではありませんが……」


団長が素早くオーギュストに目配せすると、ローザが前に出て手を前に差し出した。


「フルール」


昨日とは異なり、ローザが伸ばした手の中に、小さな花が一輪そっと現れた。


「おお、こりゃ不思議だ!」


その様子が不思議で感嘆の声を連発する門番に対し、ローザは無言で花を門番に差し出した。


「ほう、これは本物の花じゃないか!」

「そうでしょう? 大した芸ではありませんが、雰囲気を盛り上げるのにはうってつけなんですよ」


団長の気分の良い応対に気を良くした門番の目が、ルセテリと交差した。

もしかして劇団の一行ではないとバレて通過できないのではないかと緊張のあまり、手綱を握る手に力が入った。


「ル先生とプーじゃありませんか?」


顔見知りの門番だったようだ。

思わずルセテリの口から安堵の溜め息が漏れた。


「こんな朝早くから、城外へ薬草採集にお出かけですか?」


人懐っこく笑いながら近づいてくる門番に向けて、ルセテリは穏やかな微笑みを浮かべた。


「ええ、こちらの団長さんにお誘いいただきましてね。今回は劇団について少し遠出してみようかと。近辺では手に入らない薬草も手に入るかと思い、同行することにしました」


万が一、事がこじれるといけないと思い、緊張の糸は緩めなかった。


「そうでしたか。ル先生が調合してくださる薬がこの辺りでは一番だったんですがね。しばらくの間、残念になりますよ」


記憶にはなかったが、彼もル先生を頼りにしていた患者の一人だったらしい。

幸い、薬師としてこの辺りでかなり顔が知られていたおかげで助かった。

城外へ出る薬師にとって、薬草採集は最も都合の良い口実だった。

劇団の荷物を調べていた門番は、特に疑うこともなく検査を終えると、仲間に向けて大きく手を振って合図を送った。

その合図に合わせて、重々しい跳ね橋がゆっくりと下り、城門が開き始めた。


ゴゴゴゴーン。


大きな音を立てて下りていった跳ね橋が、完全に対岸に到着する音が聞こえた。


「それでは、お気をつけていってらっしゃいませ」


劇団に続いて橋を渡るルセテリとジアに向けて、門番は親切にも手まで振って見送ってくれた。


朝ということもあり、城門が開くのを待っていた人々が押し寄せ、入り口はかなり混雑していた。

ベッシーの背に乗ったジアとルセテリは、ゆっくりと旅一座の後を追って橋を渡っていたが、対岸の茂みの中に、かなり目つきの鋭い集団が身を潜めているのが目に入った。

劇団を探っているのかと思いきや、正確には城門と跳ね橋を通り過ぎる人々を監視しているような様子だった。


「奴らがルロワ伯爵家の精鋭騎士団でしょう」


いつの間にか団長がルセテリの側に近づき、囁いた。

突然の団長の出現に肝が冷えたが、オーギュストが無言で頷いているところを見ると、団長もすでにルセテリとジアのことを知っている様子だった。


「そのようだな」


ミエリアと皇帝の言葉に従い、昨日城を抜け出して朝早く出立したのがどうやら正解だったようだ。

少しでも時間がズレていれば、ジアはおそらく城を抜け出すどころか城内に閉じ込められ、身動き一つ取れなくなっていた可能性が高かっただろう。


何食わぬ顔で通り過ぎたが、茂みの横を通り過ぎる時、知らないふりをするのに苦労した。

幸い、彼らは流浪の劇団などには興味がないようで、門を出入りする人々を監視するのに余念がなかった。


「今日が決行日のようですな」


城門から遠ざかると、オーギュストが団長と共に近づいてきた。


「本当に遅れなくて何よりでした。実のところ、我々も万が一失敗したらと、どれほどハラハラしたか分かりません」

「団長殿の先見の明で、早めに行動を起こしたおかげですよ」


オーギュストと団長の会話から、大体の状況が掴めた。

確かに、オーギュスト単独でルセテリとジアを連れて城外へ脱出するのは無理があった。

当然、劇団の団長に事前に了承を得ていただろうとは思っていたが……。

会話の流れからして、団長もルセテリとジアの正体をある程度知っている様子だった。


「団長も我々の味方です。かつてルシネル家に仕えていた封臣家門の執事として働いていた者です」

「ジア皇女様にお目にかかります」


団長は馬上であったが、帽子を取り胸に手を当てると、略式ながらも綺麗にお辞儀をしてジアに敬意を表した。


「助けてくださって、ありがとう」

「とんでもございません。皇女様をお守りすることは、我々コーセン公国の意志。当然の務めを果たしたまでです」


決意に満ちた瞳で、団長はジアを見つめた。


「ルセテリ様に関しては、ジア様をお世話する『ベビーシッター』だと伝えてありますので、あまり無礼だと思わないでください」


ルセテリにピッタリと寄り添ったオーギュストが、こっそり耳打ちしてくれた。


街中に向かって「俺はドラゴンだ!」と言いふらして歩いたわけでもないので、当然の処置だった。

ただ、特異点があるとすれば、ベビーシッターとは……。

普通、皇女の側に男がついていれば、シッターではなく護衛騎士か何かだと思うんじゃないか?

だからなのか、どうも団長がルセテリを見る目が意味深長だと思ったら、こういう理由があったのか。


城を出た劇団は、そこそこの規模があるせいか、かなりゆっくりとした速度で移動していた。

オーギュスト一行と共に劇団の最後尾で動いているルセテリとジアの二人も、足を早める必要もなく、のんびりと劇団の後に付いていっていた。

行列の最後尾というのは、いざという事態が起きた場合に、真っ先に逃げやすいポジションでもあった。

ベッシーに乗ってゆっくりと歩いているルセテリに、オーギュストが近づいてきた。


「我々はこれから、ブリトルを経由してカーディフへ向かう予定です」


カーディフ!

オーギュストの言葉を聞いたルセテリの胸が、激しく高鳴った。

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