第34話 藁の山に針を隠す方法
「まずは、いつも通っている北の小屋へ向かうのがよさそうです。オーギュスト叔父様の劇団とも合流しなければなりませんし。とりあえず、移動しながら話しましょう」
ロアンがジアと共にベッシーの背にまたがり、急かした。
それにしても、北の小屋だなんて……いつの間にそんなことまで知っていたんだ、ロアン!
やはり帝国で最も恐ろしい人間はロアンに違いない。
ベッシーの手綱を握りしめたロアンは、再びフードを深く被ったオーギュスト一行と共に、素早く森を抜け、丘の上にある小屋へと向かった。
折しも雨がしとしとと降りしきり、四方が静まり返っているため、四人が走らせる馬の蹄の音だけがやけに響き渡っていた。
小屋に入った一行は、扉に鍵をかけると、慎重に周囲を見回す手間も惜しまなかった。
守護者であるドラゴンがいるのだから、わざわざそんな手間をかける必要はない、と言いたくてルセテリは口がむず痒かった。
安全を確認したオーギュスト一行は、深く被っていたフードを脱いだ。
「まずは私から自己紹介をさせていただきます。ルージュ家のローザと申します。皇女様と大行者様にお目にかかります」
顔にそばかすがいっぱいある赤毛の小柄な娘が、ルセテリとジアの前に片膝をついた。
「アルテュール・ナンフェールです。アルと呼んでください」
「ジュールです〜」
軽く挨拶をする他の二人は、共に濃い紺色の髪に黒い瞳を持った、どこか平凡な印象だった。
いや、平凡を通り越して全く印象に残らないのは、認識阻害魔法を使っているからだ。
二人をまじまじと見つめるルセテリを見て、アルとジュールは訳が分からないというように顔を見合わせていたが、ようやく気がついたようだった。
懐から薬瓶を取り出すと、一気に飲み干した。
認識阻害魔法を解除する薬だったのか、瞬く間に魔法が解け、二人は全く違う姿となってルセテリの前に現れた。
肩まで伸びたクセのある濃い栗色の髪を一つに束ねた、濃い深緑色の瞳の優しそうな美男子がアル、そして短い黒の巻き毛に濃い夜空色の瞳の美少年がジュールだった。
魔法が解けると確かに二人とも目立つ外見なので、隠密行動をするには認識阻害魔法が必須のようだった。
それにしても、認識阻害魔法とは……ラヴァンド家にはかなり腕の立つ魔法使いか調剤師がいるようだ。
内包しているマナ自体は大したことはなかったが、そのマナの量だけでかなり多彩な魔法を編み出しているのがすごいと思えた。
「ひとまず、我々は再び劇団に戻ります。我々がいなくなれば、皇宮騎士団や他の者たちが怪しむでしょうから」
今ではほとんど姿を消し、珍しくなった魔法使いの集団だ。
劇団の中でも目立たないようにフードを被ってはいたが、むしろその陰湿さがより一層目立つ集団であるため、その場にいなければすぐにバレてしまうだろう。
しかも、劇団で最も有名な魔法使いたちが集団で消えたとなれば、警備隊がひっくり返って彼らを血眼になって探し回るに決まっていた。
それほどまでに危険人物として烙印を押されているのが魔法使いでもあるのだから。
ルセテリはオーギュストの言葉に相槌を打つように頷いた。
「ルセテリ様はここで皇女様と一緒にいて、我々と合流するという形にするのはいかがでしょうか」
「薬剤師のル先生と、その弟子のプーとしてですね」
ロアンが途中で口を挟んだ。
なるほど、悪くない考えだ。
「叔父様が劇団に戻ったら、ルセテリ様とジア様をうちの劇団の薬師としてスカウトするんです」
「スカウト?」
ロアンの説明に、アルとジュールが頷いた。
「劇団では意外と怪我が多いので、薬師を連れて歩くのは珍しいことではありませんから」
「薬師のいない旅一座も多いですが、薬師を連れているからといって変に見られることはありません」
「ええ。ル先生とプーですからね? 薬師の先生を劇団がスカウトしたとしても不自然ではありません。それに、薬草採集を理由に城外へ出るのも自然な流れではないでしょうか?」
いやいや、ちょっと待て……。
ロアンの提案に、ルセテリは瞬間ゾッとした。
ロアンの通信網がかなり広範囲な情報を収集していることは知っていたが、まさかルセテリとジアが変装をして頻繁に貧民街に出入りしていることまで把握しているとは夢にも思わなかった。
いや、それより、どこでどうやって気づいたんだ?
完璧に騙しおおせたつもりだったのに、そうではなくロアンが気づかないふりをしていたという事実に、ルセテリは鳥肌が立った。
「センティがルセテリ様の身元保証さえしてくれれば、おそらく城門の外へ出るのも難なくいけるはずです」
センティまで知っているだと。
ああ、情報収集能力に関してだけは、ドラゴンである自分よりもロアンの方が上だった。
ルセテリはロアンを認めた。
「え? じゃあ、ロアンは? ロアンはどうするの?」
ジアが思いもよらない点を指摘した。
そういえば、今まで交わしてきた会話の中で、ロアンに関する話題はすっぽり抜け落ちていた。
ルセテリとジアが劇団について薬剤師のル先生とプーとして城外へ出る計画まで立てたのに、肝心のロアン自身の話は出ていなかったのだ。
間違いなく二人が皇宮から消えれば、アウレリア公爵がロアンから真っ先に捕まえて締め上げるに決まっているのに……。
「私はここに残るつもりです」
「一緒に行った方がいいんじゃないか?」
残るという言葉に驚いたルセテリが、ロアンの手を掴んだ。
「心配なさらないでください。意外と皇宮で私のことを覚えている人間は少ないんです」
「本当に一人で大丈夫か?」
「はい。ご心配には及びません。公爵家の人間の記憶には、『ああ、そんな子が一人いたような気がする』くらいで、どんな顔の誰だったかまで正確には覚えていないでしょうから」
ニッコリと笑って、ロアンがルセテリとジアを安心させた。
いや、いくらそうだとしても、万が一ということもあるのだから不安で仕方ないのだが……。
「誰かは残って、皇城内の状況を探る人間が必要です。私が残るのが正解です」
「ご心配なさらず、ルセテリ様。ロアンは一族の中でも最も優れた『殺し屋(刺客)』ですから」
聞いていたオーギュストまでもが、ロアンの言葉に加勢した。
え? ちょっと待て……。
聞き間違いか???
「殺し屋だと? 誰が? ロアンが?」
殺し屋のようだと思っただけで、まさか本当にそうだとは思わなかったため、予想だにしなかった単語が飛び出し、ルセテリとジアは慌てて目を丸くしてロアンを見つめた。
へらへらと笑いながら後頭部を掻いているロアンの表情があまりにも無邪気で、一発殴ってやりたかった。
「私がどうやって皇后陛下の側で長く生き残ってこれたと思っているんですか、オホホホ」
ロアン、本当に恐ろしい人間だったんだな。
ルセテリの元へポンコツ暗殺者のセンティを送り込んだアウレリア公爵よりも、ミエリアの方が一枚上手であることは明白だった。
彼女はルセテリとジアを守るために、自身の最も優秀で信頼できる戦士を二人につけたのだ。
「とにかく、ロアンに関してはご心配には及びません」
オーギュストは念を押すように信じろと言った。
「それに、ロアンも魔法使いですから、ルセテリ様が心配されるようなことは起きませんよ。むしろ向こうが、ロアン姉さんが恐ろしい人間であることを警戒しなければならないでしょうけど」
軽い口調で全く軽くない冗談を飛ばしたジュールが、肩をすくめた。
「我々にかけた認識阻害魔法の薬も、ロアンが作ってくれたものなんです」
うちのロアン、一体できないことなんてあるのか?
ローザとジュールの付け加える言葉に、ルセテリはもはや悟りの境地に達した気分だった。
ドラゴンとジアを除いた人間の中では、ロアンが最高の魔法使いのようだった。
ルセテリはロアンについて考えることをきっぱりと諦めた。
諦めれば?
諦めれば楽になる、間違いなく。
「わかった。ロアンの心配はもうしない。むしろ相手が可哀想になってくるくらいだな」
「もう、ルセテリ様ったら」
身をくねらせながら、似合わない鼻声まで出して照れたようにロアンが頬を赤らめた。
やめろ、それは。
その姿にオーギュストは身震いするように体を震わせ、ジュールとアルはもはやロアンから顔を背けてしまった。
ローザは額に手を当て、深い溜め息まで吐いて首を横に振った。
「明日の朝、夜明けの城門が開く時刻に、北の城門でお会いすることにしましょう」
急いでオーギュストが空気を変えようと、明日の計画を続けた。
「明日は劇団がリバーヒルを発つと申告しておりますので、我々と一緒に出発されればよろしいかと存じます。その方が自然でもありますから」
「ル先生は劇団について、弟子のプーを連れて薬草採集のために旅立つことにすれば、完璧に誤魔化せるはずです」
言い終えたオーギュストは再びフードを深く被り、鍵をかけていた扉の閂を外して軽く会釈をし、外へ出た。
残りのローザとジュール、アルもオーギュストに続き、名残惜しそうにフードを被ると、それぞれ乗ってきた馬にまたがった。
「それでは、また明日」
軽く挨拶を終えたオーギュストたちは、馬を走らせて再び丘を下っていった。
ロアンはベッシーの鞍に掛かっていた荷物を取り出すと、ジアの手に荷物の包みを持たせた。
「女神様の幸運と恩寵が常に満ち溢れますように」
固い決意の濃い紺色の瞳が、ジアの黒い瞳と交差した。
すべての覚悟を決めた者の眼差しだった。
「ロアンも」
「ありがとうございます」
ジアの手を固く握っていた手を名残惜しそうに離すと、ロアンは再び皇宮に向かって歩き出した。




