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第32話 時には逃げることも正解です

[ふむ、コーセン公国側のルシネル家の血筋なら、そうかも……?]

[ルシネル家って、ママの家系ですか?]

[そうだろう?]


帝国貴族たちの偽善的な姿に目を細めていたジアの瞳が、キラキラと輝いていた。

魔法という言葉が、彼女の好奇心を刺激したようだった。


ジアがルセテリと竜言で会話を交わしている間に、フードを深く被った魔法使いと思しき者たちがゆっくりと歩み出てきた。

彼らは一定の間隔を空けて並ぶと、やがて一つの大きな円形の陣を作り上げた。

その中心に、年配の中年の男がスッと立った。


瞬間、彼らを見てひそひそと囁き合っていた人々のざわめきが一斉に消え、静まり返った。


男はゆっくりと空に向かって手を伸ばし、静かに叫んだ。


「プティフレム」


すると、男の指先から生まれた小さな火花が空へと飛び立ち、やがて小さな花火となって、色とりどりの炎の華を咲かせ始めた。


「エクラブッシュ」


男の炎を合図に、陣に立っていた他の魔法使いたちが宙に小さな水滴を浮かべ、様々な形を作り出し始めた。


「トリュビュオン」

「リトルクリーチャー」


魔法使いたちの呪文に呼応して、多種多様な魔法の数々が人々の目の前に現れた。


風と土の魔法で作り出された小さなゴーレムたちが、楽団の演奏に合わせて踊り出したかと思えば、風に乗って宙を舞い飛んだ。

ゴーレムといっても手のひらより小さいサイズだったが、魔法を初めて見る者たちにとって、これらすべてが神秘そのものであった。


魔法使いの頂点とも言えるドラゴンであるルセテリの目から見れば、彼らの魔法は足元にも及ばない塵のような小手先の芸に過ぎなかった。

しかし、生まれてこのかた魔法というものに一度も触れたことのない人々の目には、彼らの魔法はまさに万華鏡のようにクルクルと回る、不思議で見世物であることは間違いなかった。

ついさっきまで、平民が見るような安っぽい見世物だと見下していた貴族たちの口がポカンと開いたまま塞がらないでいた。


「フルール」


いつの間にか炎が消えた天井から、炎の代わりに小さな花びらがひらひらと人々の頭上に舞い降りて散っていた。

短いショータイムに、人々はひどく名残惜しそうな様子だった。

アウレリア公爵は、人々のこのような反応が完全に予想外だったのか、顔に困惑の色が過るのをルセテリは見逃さなかった。

劇団に魔法使いがいるという事実を事前にチェックできなかった公爵家の失態だった。


期待していた反応が得られず、公爵は顔をしかめ、プイッと顔を背けた。


「そなたたちの公演、しかと見届けた」


公演が終わったと見て、皇帝が前に進み出て、最初に挨拶をした男の側に歩み寄った。


「我々のような身分卑しき者に機会を与えてくださった皇帝陛下に、深く感謝申し上げます」

「皆、そなたたちの公演を存分に楽しんだようゆえ、そなたたちの労をねぎらおう」


皇帝は指を鳴らして侍従長を呼んだ。


「彼らに一千万ベラを下賜し、別室を用意して食事を振る舞うように」

「仰せのままに、陛下」


皇帝の命令が下ると、侍従団は劇団を引き連れて宴会場を後にした。


「ジェレミア公子のおかげで、なかなかに珍しいものを見せてもらったな」

「ありがたき幸せ、皇帝陛下」


期待した反応が得られず、渋い顔をして公爵の顔色をチラチラとうかがってばかりいたジェレミアは、皇帝の言葉にも上の空で答えていた。

皇帝は、そのざまあみろと言わんばかりの様子をわざと気づかないふりをしてやり過ごした。


「皆、残りのジア皇女の生誕宴を存分に楽しむがよい。良き公演であったぞ、アウレリア公爵」

「とんでもございません、陛下」


ひどく苦い顔をしたアウレリア公爵は、しきりに舌打ちをしながら大人しく引き下がらざるを得ないこの状況が、全く気に食わなかった。

しかし、何かアクションを起こすのも難しい状況であったため、大人しく引き下がることにした。


公爵から体を向き直ったジョゼフ皇帝は、ミエリアとジアを連れて宴会場を見回り始めた。

皇帝の前では、貴族たちは公爵の顔色をうかがいつつも、皇帝を前にして挨拶をしないわけにはいかなかった。


バルコニーへ続く階段の脇の奥まった場所でロアンと共に立っていたルセテリは、彼らの様子を一人一人つぶさに観察していた。

一目見ただけで、誰が皇帝派で誰が公爵派か把握できるほどだった。

さらに、公爵派と思しき貴族の中には、皇后であるミエリアとジアに向かって挨拶すらしない者もかなりいた。

その者たちの顔は、ルセテリが目を光らせて一人残らず記憶に刻み込んだ。


後でロアンに確認しながら、痛い目を見せてやる日が必ず来るだろう。


すべての貴族と漏れなく挨拶を交わし終えると、皇帝はミエリアと何やら視線を交わした。

皇帝は侍従長を呼ぶと、少し休息を取ると告げ、ジアとミエリアを連れて宴会場を抜け出した。


階段の下でロアンと待機していたルセテリも、彼らと共に階段を上がり、バルコニーに通じる扉から出た。

扉が閉まるや否や、ロアンがジアを抱き上げると同時に、皇帝とミエリアは足早にスピードを上げた。


「皇后陛下?」


ルセテリは訳も分からぬまま、急いで彼らの後を追った。


「とりあえず、今は走りましょう」


ドレスの裾を握りしめ、ミエリアは皇宮の廊下を走り出した。

誰にも気づかれないよう、しばらく走り続けた四人は、皇帝の寝室へと飛び込んだ。

最後に部屋の中にジアを下ろしたロアンが、扉の外をキョロキョロと見回してから素早く扉を閉め、内側から鍵をかけた。


「事前にお話できず、申し訳ありません、ルセテリ様」

「ん? いや、はあ?」


皇帝の突然の告白に、ルセテリは当惑した。


「ロアンはすでにルセテリ様のことを存じております。私たちの味方です」


ロアンを気にしている様子のルセテリに向かって、ミエリアはひとまず彼を安心させた。

ロアンに手で合図を送ると、素早く動き出したロアンは、あれこれと何か荷物をまとめるのに余念がない様子だった。


「彼らが今日到着するとは夢にも思わなかったため、事前に説明できず申し訳ありませんでした」

「彼ら? 誰のことですか? あの劇団?」

「魔法使いたちのことです。実は、彼らがコーセン独立連合なのです。私たちを助けるために帝国に潜入してきた者たちです」

「コーセン独立連合?」


初めて聞く団体の名前に、ルセテリは首を傾げた。


「現在、アルメニア帝国に属しているコーセン公国を独立させるために、フォンテンの森周辺の領地が結成した連合の名前です」


ジアが着ているドレスを脱がせながら、ミエリアは慌ただしく手を動かした。

ロアンもまた、ミエリアの隣で渡される装飾品を受け取っては袋に詰め込んでいた。

まるで、どこかへ急いで逃亡する者たちの姿だった。


腰から剣を抜いた皇帝は、鍵をかけた扉の横で、ずっと皇宮の廊下の気配をうかがっていた。


「コーセンを背負うルシネル家の娘は皆、ソラレティ様の元へ行かなければなりません。ジアも同じです。そうしなければ、マナの暴走を引き起こしかねませんから」


ルセテリは頷いた。

ルシネル家の娘たちがソラレティの元へ送られる理由、それは人間には抱えきれないほど膨大なマナを持って生まれるからだった。


「私たちの使命でもありますが、アルメニアの血を引く者でもあるジアを、奴らがおめおめと生かしておくはずがないと考えています」

「奴らとは……アウレリア公爵のことですか?」


ミエリアは無言で頷いた。


どうやって気づいたのか、ロアンはジアと共に皇宮の外へ抜け出す時に愛用していた服を取り出し、ジアに着せていた。

やはり、この皇室で一番恐ろしいのはロアンだな。


外の様子をうかがっていた皇帝が、剣を構えたまま警戒を解かずにジアとミエリアの側に近づいてきた。


「公爵派の動きが怪しかったため、連合からの連絡を待っていたところでした。まさか直接動いてくるとは予想外でしたが」

「じゃあ、あの魔法使いたちが連合の人間だってことですか?」

「ええ。『フルール』。それが私たちの定めた暗号なのです」


なんだ、じゃああれは単なる魔法の呪文じゃなかったってことか?


皇帝がベッドの横の壁に掛けられた絵画に手を触れた。

皇帝の手が触れるや否や、絵が掛けられた壁がスルスルと動き、隠し通路が姿を現した。

おそらくこれが、皇帝の寝室から北宮へと繋がる秘密の部屋なのだろう。


再びロアンがジアを抱き上げ、その通路へミエリアとルセテリ、そして最後に皇帝が入るや否や、嘘のように扉がスルスルと閉まった。

同時に壁に掛けられた松明がボワッと燃え上がり、暗い通路を照らし始めた。


「フルール、炎は私たちの家門を象徴する紋章なのです」


ジアを抱いているにもかかわらず、ロアンの足取りは信じられないほど早かった。


「世界の大行者様については、幼い頃から耳にタコができるほど聞いて存じておりました。直接お会いできるとは夢にも思いませんでしたが。皇后陛下が教えてくださるまでは気づきませんでした」


汗一滴すら流さずにヘラヘラと笑うロアンを見て、ようやく理解できた。

ロアンもまた、ルシネルの系譜を継ぐ娘の一人だったのだ。

ロアンの通信が早く正確な理由があったというわけだ。


「ロアンはコーセン公国の中でも、最もルシネル家に忠誠を誓っていたロゼッタ家の出身なのです。だからこそ、誰よりも安心してジアを任せられたのですよ」


ルセテリのために、ミエリアが補足説明を加えた。


「へへっ、ありがとうございます、皇后陛下」


ロアンのヘラヘラした笑みは、迷路を抜けて北宮に到着するまで消えることはなかった。

実に、ロアン……彼女がこの帝国で最も恐ろしい存在であることは間違いなかった。

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