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第3話 ひよっこのくせに

「おい! 間抜けな皇女!」


後頭部を強く殴る小さな拳に、床で本を読んでいたジアは前のめりに倒れ込んだ。

周りには幼児室を守る侍女や従者たちの多くの目があったが、誰一人として止めに入ろうとする者はいなかった。


「バカのくせに本だって?」


紅葉のような小さな手でジンジン痛む後頭部を撫でながら、ジアは泣きもせず、表情一つ変えずに静かに立ち上がった。

周りを見渡すと、一群の子供たちが自分を嘲笑いながら取り囲んでいるのが目に入った。

落ちた本を拾い上げ、パンパンと埃を払いながら、ジアは小さくため息をついた。

その小さな集団の中で、自分が王様にでもなったかのように、金髪に黄色の目をしたぽっちゃりとした男の子が肩で風を切り、先頭に立ってジアを見下ろしていた。

男の子は、表情一つ変えないジアが気に入らなかったのか、顔を思いきりしかめていた。


「口もきけなくて耳も聞こえないのか? このアメリア帝国で唯一のアウレリア家の公子を見たら、挨拶をするのが当然だろう!」


それが理不尽な戯言だということは、この部屋に耳がある者なら誰もが知っていた。

いくらなんでも、帝国の皇女に向かって一介の公爵令息が吐くべき言葉ではなかった。


『はぁ、挨拶はお前の方から先にするのが筋だろうが』


呆れ果てたジアは、このクソ生意気な公子にできることなら一発カウンターを食らわせてやりたかった。

礼儀作法などどこかへ放り投げてきたような、このならず者小公爵に、どうすればきちんとした礼儀というものを教えてやれるか、真剣に悩み始めた。


アメリア帝国皇族の血を引いているとはいえ、皇族の特徴である日に輝く金髪と、ドラゴンに愛されているという黄金色の目ではなかったが、白い肌にサクランボのような小さなおちょぼ口、黒檀のように美しい黒のショートヘアを持つ皇女は、実際かなり可愛い部類に入っていた。

皇族の特徴をすべて備えてはいるが、目の前でギャーギャーと戯言ばかり並べ立てるデブよりは。


「生まれが卑しい公国出身の母親の下で生まれたからか? 礼儀ってもんを知らないな」


予想した反応がなく静かだと、アウレリア公子は今度は親の悪口を放ってきた。


この甘やかされたクソガキ、マジで。


いくらバカでも、帝国の皇后である自分の母親の悪口を言われればカッとなって怒るだろう。

きっと公子はそう考え、恐れ多くも帝国の皇后を侮辱する言葉を口にしたのだろう。


本を握りしめたジアが公子に向けて視線を固定すると、スタスタと近づいていった。

どんな感情も表に出さない顔で近づいてくるジアの気迫に、公子は驚いて体をビクつかせた。


それもそのはず、ジアが持っている本にはまだ5歳にしかならない公子が読むには難しい文字が書かれていたが、これ一つだけは分かった。


本が、とてつもなく分厚い。


公子はその本で自分が殴りつけられるのではないかと恐れたのか、少し怯えた表情でジアを見上げた。

年齢はジアが1歳下だったが、身長を体重に譲った公子よりも、ジア皇女の方が一回り大きかったのだ。


「そ、それで何をするつもりだ!」


ジアは周りを見回した。

幼児室の扉の前を守る警備兵が二人、片方の壁ごとに貴族の親たちが社交をしている間、子供たちの世話をする侍女が二人ずつ。部屋の中には合わせて8人の大人がいたが、誰一人公子の行動を制止する者はいなかった。

一国の皇后を侮辱し、皇女である自分を見下してさえいるというのに。


ゆっくりとその分厚い本を持ち上げると、怯えた公子は後ずさりして自分の足にもつれて転んだ。

殴りつけられると思ったのか、腕を上げて目を閉じる姿はまさに怯えた太ったチワワじゃないか?

誰も気づかなかったようだが、冷ややかな嘲笑がジアの口元にふっと浮かんで消えた。

ジアは公子を越えて、後ろにあった本棚に手を伸ばし本をしまった。しばらく何も起こらないので薄目を開けて確認した公子は、一人で勝手に勘違いして怯えて転んだことが恥ずかしかったのか、顔を瞬く間に真っ赤にした。


「この間抜け皇女が!」


自分の怒りを抑えきれなくなった公子の手が、ジアの頬に向かって飛んできた。

実際、ジアはあんなのろまなビンタ攻撃など避ける自信があった。

カウンターを食らわせる能力も十分にあったし、たとえ4歳でも5歳の男の子一人を取り押さえる能力くらいは十分に備えていた。

しかし、避けずに公子の振り上げた手に自分の片頬を差し出した理由。


「帝国の皇后であられる、ミエリア皇后陛下のお成りです!」


いくら自分勝手な甘やかされた子供だからって、恐れ多くも一国の母の目の前で皇女に手をあげるなんて、これ以上ないほどの大きなやらかしを白日の下に晒してくれたというわけだ。


「アウレリア公子!」


雷のような皇后の怒声が公子に向けられた。

おそらく、この状況が理解できずにボーッとしているはずだ。

せいぜい5歳の子供が放ったビンタ一発だった。

ただ頬がヒリヒリする程度だと予想していただろうに、扉が開いて部屋の中に入ってきた皇后のドレスの胸元へ、皇女の体は宙で一回転半して倒れ込んだ。見せつけるかのように。

突然公子に不利になった状況が、すぐには理解できないだろう。きょとんとしながら自分の手を見つめていた公子は、すぐに叱られるのが怖かったのか、手を背中に隠した。


「今これがどういう状況なのか、公子が説明してくれませんか?」


薄氷を踏むような冷ややかな皇后の声に、公子はブルブルと震えながら前に出て腰をかがめ、皇后に対する礼をとった。


「し、至高なる帝国の皇后陛下にお目にかかります」


いくら裏では弱小国の公女出身だと見下し貶めていたとはいえ、腐っても帝国の皇后の前だ。

部屋の中の全員が公子に続いて腰をかがめ、挨拶の礼を捧げた。


「プリンツ・ジェレミア・ド・アウレリア公子」


自分の胸元に倒れ込んだジアを起こした皇后は、頬の鮮明な赤い手形を見て眉をひそめ、公子のフルネームを呼んだ。

フルネームで呼ばれたということは、深刻な問題があるってことよね? 皇后の胸の中でジアはニヤリと微笑んだ。


「はい、皇后陛下」

「何事があって、公子は私の娘、皇女に手を上げたのですか?」


皇后は扇を握っていた手にどれほど強く力を込めたのか、粉々に砕けた扇の残骸が床に散らばっていた。


皇后の後に続いて入ってきた夫人たちの群れも、目撃した光景に言葉を失った唖者のように何も言えず、それぞれ自分の子供に向かって必死に目配せをした。


実のところ、ジアは皇后や夫人たちが幼児室に向かっていることをあらかじめ知り、タイミングを見計らっていた。

わざと時間を稼ぎ、皇后が扉を開けて入ってくることを計算し、アウレリア公子が自分に手を振り上げるまで、徹底した計算の下で作り上げられた結果。


うん、あんたアウトよ。


どんな言い訳をしようとも、皆の目の前で皇女に向かって手を上げたアウレリア公子の非が明白に目撃された以上、どんな言葉も通用しないだろう。

霜のような冷え冷えとした皇后の口調に怯えた公子は、前に出て泣きそうになりながら、くだらない言い訳を並べ立て始めた。


「た、ただ遊んでいただけなのに……」

「ただ遊んでいただけなのに、どうして私の娘の頬の上にあなたの手形が鮮明に残っているのかしら? きちんと説明してもらわなければなりませんね」


皆が見ている前で起きた暴行事件で窮地に追い込まれたと思ったのか、素早く皇后の後ろに立っていた公爵夫人が前に出て頭を下げた。


「子供たち同士で遊んでいて手元が狂ったのでしょう。まさか私の息子が尊い皇女様の頬に手をあげたりなどいたしましょうか? 子供の過ちでございますから、どうか寛大にお許しくださいませ」


この明白な状況で、公爵夫人が前に出て状況を収拾しようと躍起になった。こっそり息子の脇腹を指でグサッと突き刺し、土下座でもして謝れという強迫に涙を滲ませたジェレミア公子に、深く頭を下げさせることまでした。


「ご、ごめんらさい。かくれんぼをして遊んでただけなのに……」


『いや、誰が見てもお前が私に手を上げたんだろうが』


悔しそうに、ジアは皇后のドレスの裾をぎゅっと握りしめた。ミエリア皇后もまた、唇を強く噛みしめ、沸き上がる怒りを抑えているように見えた。

気持ちとしては、あの公子の髪を引っ掴んで天井にぶら下げ、ビンタの雨を降らせてやっても気が済まないというのに! 表情を必死に取り繕い、皇后は冷静を装って振る舞った。


「もちろん、遊んでいれば誤ってぶつかることもあるでしょう。ですが、公子は腕を振り回したではありませんか。幼い子供を虐めているようで、あまり見栄えの良いものではありませんね」


訓育を交えた皇后の言葉が、公爵夫人の耳にはよほど障ったようだ。公爵夫人の顔が怒りで真っ赤に染まる様子は、まるで噴火前の火山のようだった。


「私からよく言い聞かせておきます、皇后陛下」


ぎりぎりと歯を食いしばり、殺すような目でミエリア皇后を睨みつける公爵夫人だった。

ジアを抱き上げたミエリアは、そんな公爵夫人からクルリと背を向けて部屋を出た。


何歩歩いただろうか。


「ドカーン!」


強力な爆発音が後ろから聞こえてきた。爆発とともに、部屋の中にいた人々は皆外へ飛び出し、修羅場と化した。爆発の衝撃で意識でも失ったのか、ジェレミア公子の目はグルグルと渦巻き状態になり、気絶したまま公爵夫人の腕に抱えられて引きずり出されてきた。


『魔法?!』


僅かながらも感じられるマナの香りに、ミエリア皇后は慌ててジアを見た。


『悪いことをちたなら、罰を受けなきゃれちゅよねぇ。ひよっこのおチビちゃんたちが……』

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