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第2話 ペシャワール港の絶品ブイヤベース

アメリア帝国。


自らを世界の中心と称し、女神に愛されし代行者である太陽のドラゴンの選択を受けたと、その証拠である金色の髪と瞳を笠に着て、人が人を抑えつける場所。


そういえば最近、危険な魔物の退治を理由にフォンテンの森へ軍隊を送ったものの、森の入り口あたりでボコボコにされて逃げ帰ってきたんじゃなかったか?


もちろん帝国軍が弱いというわけではなく、森の端に住んでいた可愛らしいペットたちの力が少し強すぎただけだが。何しろ全大陸の3分の2を植民地にしている国だ。弱いはずがない。


今、錨を下ろそうとしているこの港にしても、かつてフレシア公国の関所であったペシャワール港だ。現在は帝国領となり帝国第一の関所を担っている、帝国最大の港湾である。


そのおかげで、




『ああ、この新鮮なシーフードの香り』




ペシャワールの特産品は何だったか。確かサフランをたっぷり使った、新鮮なクマトソースベースの海鮮スープのようなものだったはずだ。ルセテリは想像しただけで口の中が新鮮な魚介と花の香りで満たされるような気がして、生唾を飲み込んだ。




「おい、兄ちゃん。錨を下ろしたから、そろそろ降りる準備をしな」




先ほどルセテリに話しかけてきたあの老船乗りが、海に錨を下ろしながら入港の準備を急いでいた。




「確か、ペシャワール港から首都のリバーフィルまでは馬車で3、4日ほどかかるとおっしゃいましたよね?」


「ああ。他の都市より近いってわけじゃないが、ここペシャワールから皇城までは道路がよく整備されてるからな。何もなけりゃ普通はそのくらいだ」




その言葉にルセテリは耳をピクッと反応させた。3、4日か……。




「近道はありませんか? もう少し早く行かなければならない用事がありまして……」


「俺も通りすがりで耳に挟んだ話だが、空を飛んでいけりゃ直線距離で3、4時間くらいだそうだよ。だがそいつは貴族様たちだけが使える代物だと聞いた。俺たちみたいな平民が利用できるようなもんじゃないってな」




ふっ、そうか。空を飛んでいく方法があったのか。……ちょっと待て、なんだって? 空を、飛んでいく?


目を丸くして自分を見つめるルセテリを見て、老人はガハハと笑いながら答えてくれた。




「最近、どこぞの中央貴族様がそういう事業を始めたって話だ。なんだ、気球と言ったか? とにかく大きな風船みたいなものに乗って飛んでいくらしい」




瞬間、ルセテリは耳を疑わざるを得なかった。遊戯に出るためにあれほど情報を収集し、最新ニュースというニュースはすべて目を通してきたのに、聞いたこともない空飛ぶ移動手段だと? これでは、




「計画が狂っちゃうじゃないか……」




思いがけず老人が教えてくれた情報に、ルセテリは爪を噛んだ。遊戯中に本体ドラゴンに戻ることはタブーであったが、何にせよペシャワール港まで来たのだから、その海鮮スープだか何だかを食べていくのが道理というものではないか。


ルセテリはソラレティに内緒でここに滞在し、その有名だという海鮮スープを味わえるだけ味わってから『飛んで』行くつもりだった。要はバレなければいいのだ。人間たちの目さえ誤魔化せれば。そう考えて気楽に楽しむつもりだったのに。




「まあ、値段が値段だから、そう頻繁に運行しているわけじゃないらしいがね」




老人の付け加えた言葉に、ルセテリは心の中でセーフと叫び、ドキドキしていた胸をなでおろした。


やはり女神は私を見捨てなかった!


ルセテリは女神ガエリアへの祈りを捧げることを忘れなかった。憂鬱な気分を吹き飛ばしたルセテリは、ルンルン気分で船を降りた。




港はいつも活気に満ちていた。荒くれ者の船乗りたちは船から大きな箱を上げ下ろしながら、賑やかに大声を張り上げていた。長旅の割に比較的簡単な荷物だけを持って船を降りたルセテリは、先ほどの老人から聞いていたペシャワール港最高の海鮮レストランを探して道をキョロキョロと見回した。


鼻が指し示す方向に従ってクンクンと匂いを嗅ぎながら路地を歩いていくと、潮の香り漂う市場に出た。露店には水揚げされたばかりの新鮮な魚や海産物が所狭しと並び、市場は活気に溢れていた。


ピチピチと跳ねる魚を掴んで人々に見せている商人の前を通り過ぎると、紹介されたレストランの看板がすぐに目に入った。




『ヴィトネ・ママン』




小さな木の板に書かれた素朴な食堂だった。看板がかかっているところを見ると、まだ営業中の時間ではないのだろうか?




「あれ、お客さん?」




ルセテリの後ろから、両手いっぱいに海鮮が詰まったバケツを持って立っている男が、店の中を覗き込んでいるルセテリに向かって話しかけた。




「もしかして、うちの店にいらしたんですか?」




この世のどんな音楽がこれほどまでに美しいだろうか!


目に涙を浮かべながら、ルセテリは男を振り返り目を輝かせた。




「お店、開いてますか?」


「え? ああ……どうしましょう。うち、今内部の改装工事中でして」




ガクッ。


男の言葉が終わるや否や、ドラゴンの体面も何もかも投げ捨てて、ルセテリは地面にへたり込んでしまった。


これほど待ち望んでいた初めての食事なのに!




「私のブイヤベース……」




ルセテリの呟きが聞こえたのだろうか。両手に持っていたバケツを下ろした男がルセテリのそばに近づき、とても申し訳なさそうな表情を浮かべた。




「数日前から店を閉めていたんですよ。聞いていらっしゃらなかったんですね」


「ブイヤ……ベース?」


「カーッ、カーッ」




しばらくの間、二人の間を暇そうなカラスが一羽、空気を読まずに鳴きながら通り過ぎていく。いつの間にか地面にへたり込んでいたルセテリは、何事もなかったかのように平然とした表情でパンパンとズボンの埃を払い、その場から立ち上がった。




「あの、もし失礼でなければ、この近くでブイヤベースを味わえるお店はあるでしょうか?」


「ああ、それを召し上がりに来られたんですね。あれはうちの店のスペシャルメニューなので、この辺りにはないと思いますが……」




男の言葉が終わるや否や、再びドサッと、ルセテリは絶望的なポーズで地面に突っ伏し、涙をポロポロと流してしまった。


お店のスペシャル。つまりそれは、他のお店では売っていない品だということではないか。




「もしかして、ジャクソン爺さんの紹介で来られたお客さんですか?」




名前がジャクソンかどうかまでは分からないが、状況から見て、先ほどの船の老人の名前がジャクソンだったのだろう。




「はい、グスッ! お名前は伺えませんでしたが、私が乗ってきた船の老船乗りがここを推薦してくれまして」


「ああ、やっぱりあの人だったんですね」




男の顔はパッと明るくなり、その老人を知っているようだった。




「この前いらっしゃった時、試作品を一度お出ししたことがあったんですが、とても美味しく召し上がってくださったんですよ。時間があればまた来るとはおっしゃっていましたが、お客さんを遣してくださるとは」




そうですね。よりによって運悪く、今日ね。


ルセテリは目元に流れる涙を袖で拭った。




「その後、商売がうまくいきましてね。店を広くする改装に入ることになったんですが、よりによってまだ店も開けられない時にお客さんがいらっしゃるとは思いませんでした」




男は後頭部を掻きながら、とても申し訳なさそうな表情をしていた。よく考えてみれば男のせいでもなく、ただルセテリの運が悪かっただけで、遊戯はまだ始まったばかりなのだから焦る必要はなかった。ただ、せっかく掴んだチャンスを逃したことが心苦しかっただけだ。




「いいえ。商売が繁盛してお店を大きくされることになったのですから、喜ばしいことですね」


「はい。私たちもありがたく思っています。港の人たちならうちの店が工事中だということを皆知っているだろうと思って、特に案内文を貼っていなかったんですが……申し訳ありませんでした。次に立ち寄られる機会がありましたら、その時は必ずお返しさせていただきます」




幾度も謝る男を背にして振り返るルセテリの肩は、力なくガックリと垂れ下がっていた。船の中で聞いていた老人のブイヤベースに対する説明があまりにも素晴らしかったせいで、期待に胸を膨らませていたというのに。




サフランの雌しべの芳醇で甘酸っぱい香りが、クマトの酸味と出会って海の生き物の生臭さを甘美なものに変え、プリプリに太った魚とエビが口の中で踊る恍惚境をもたらす、五感を刺激する新しい味。




考えただけでもルセテリは口の中によだれが溢れ、ドラゴンの威厳も忘れて口元からダラダラと垂れ流してしまうほど、老人のブイヤベースに対する描写は新鮮、そのものだった。


それほど大きな期待を抱いてここまで来たというのに。仕方なかった。代わりと言うにはアレだが、先ほど市場を回った時に見た、いくつかの露店で焼いて売っていた焼き魚でも食べていこうと考え、足早に歩みを進めた。無駄な時間を浪費している暇はなかった。




「ジイイイイン」




ルセテリの上着の懐を鳴らす通信石の振動音に、早歩きしていた彼の足がピタッと止まった。




『途中で道草食ったら、私、拗ねるわよ?』




メッセージが一行、通信石に残されていた。メッセージを確認した瞬間、ルセテリは全身に鳥肌が立った。ソラレティ様からのメッセージだった。




なんだ、どこかで見てでもいるのか?




ギギギギギッ。不自然にルセテリの首が後ろに回った。まさか、自分の後をつけているわけではないだろうな? 不安だった。




『心配しないで。まだフォンテンの森にいるから。でも寄り道するなら拗ねるからね』




タイミングよく再び鳴るメッセージ着信の振動音に、ルセテリはすべてを諦めた。恐ろしいお方だ。

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