第27話 興行団
保守的な傾向が強いルロア伯爵は、アウレリア公爵に次いで常に先頭に立ち、「アルメニアの血統を守らなければならない」と泣き喚く、白髪交じりの気難しい老人だった。
当然のことながら、コーセン公国出身のミエリアと、その血を引くジアが、伝統と格式ある皇室の血を汚していると目の上のたんこぶのように疎ましく思っていたため、ある程度予想可能な動きではあった。
「伯爵家だけでなく、他の貴族家の私兵たちの動きも怪しいです。全員ではありませんが、少人数で動きながら現在皇都に集まってきています」
暗殺者として備えるべき能力は最低だったかもしれないが、センティの情報収集能力はすさまじかった。
その影響力がリバーフィルだけでなく、帝国全体にわたって緻密に収集され、漏れなくルセテリに伝えられていたからだ。
ある意味、皇宮の中はロアン、外はセンティというように役割分担がなされていると言えるだろうか?
切り捨てようとしていたルセテリが、その情報収集能力を高く評価し、そのまま側に置いて様子を見ることに決めたのだから、推して知るべしだ。
昔から情報とは何だ?
力である。
「ひとまず動向は引き続き探り、特異な点があればその時知らせることにしよう」
「はい、承知いたしました。それでは……」
空になった風呂敷を懐にしまい、言うべきことを終えたセンティが小屋を出て行った。
あらかじめ備えておいて悪いことはないだろうが、ルセテリは鼻先に何故か得体の知れない火種が近づいているのを感じた。
大きくため息をついたルセテリは、テーブルの上に置かれたパンを手に取った。
『ロッ様、薬草はどうする?』
『ああ、新しく持ってきたものは束ねて壁に掛けておこうか?』
『うん、分かった』
ジアがカゴに入っていたラバンドの花とラバンデュラの束を手に取り、窓辺に掛けた。
パッと広がる生花の瑞々しい香りが小屋を満たした。
7歳になるジアは、3年前に初めて会った時よりもすくすくとよく育っていた。
背丈もパパとママに似て、同年代の子供たちに比べると一回りほど大きかった。
ルセテリの手を握ってよちよちと散歩をしていたのが、つい昨日のことのようなのに……。
ジアを見つめるルセテリの目元が潤んだ。
『ロッ様、何してるの?』
片付けを終えたジアが近づいてきて、目元を拭っていたルセテリをじっと見つめた。
突然の柄にもないオジサンくさい行動を不思議に思ったのだ。
時間が無限に等しいドラゴンにとって、瞬きすれば消えてしまう人間の時間を眺めることほど感動的なことがあるだろうか。
いつの間にか、太陽が山の向こうへと沈みかけていた。
「はぁ、これさえ片付ければ終わりなのに……」
名残惜しそうに、カラカラに乾いたハーブのブーケを壁から外し、箱に詰めて片付けているジアの手から未練がぽたぽたとこぼれ落ちていた。
「これ以上遅くなったら、ロアンが怖い顔して飛び出してくるぞ」
「あー、それは嫌。そういう時のロアン怖いもん」
一秒でも食事の時間に遅れようものなら、いつかの時のように狂人のように城内をひっかき回して二人を探し回る可能性が高かった。
そんな時のロアンは半分正気を失っているかのようだったが、その勢いはドラゴンであるルセテリでさえ跪いて反省させられるほど奇妙な力があった。
あんな屈辱、二度はご免だ。
暗くなる前に皇宮へ戻るため、二人が小屋を出て元来た道を引き返している時のことだった。
スラム街から皇宮へ向かう道が、なぜかやたらと大勢の人がざわめきながら道を塞いでおり、全く前へ進めなくなっていた。
人々の歓声と共に音楽が聞こえてくるのを見ると、どうやら噂のあの興行団が通りかかっているところのようだった。
いくつあるのか分からないほど長く続く荷馬車の行列の周りを、子供たちがついて回り、そんな子供たちのために興行団は楽器を演奏し、簡単なジャグリングやカード手品などを見せているせいで道が塞がっていたのだ。
皆が浮き足立って興行団の周りを取り囲み楽しんでいる中で、ひときわ行列の最後尾にある馬車の周りだけは閑散としていた。
荷馬車の中には頭巾を被った一団の姿が見え、ヒソヒソと話す人々の言葉を拾い聞きするに、魔法使いの一行だから人々が恐れて近づきがたいということらしかった。
笑い、騒ぎ、互いに楽しんでいたのも束の間、行列が突然立ち止まった。
「お前たちが今回、皇都に入ってきたというあの興行団か?」
どこかの貴族のように見える少年が馬にまたがり、横柄な態度で行列の前に立ち塞がっていた。
騎士団まで動員して興行団の行く手を阻んだ貴族の少年は、スラム街特有の悪臭にハンカチで口を覆い、顔をしかめた。
貴族にとって、この場所の匂いは耐え難いものだろう。
遠くから首を伸ばして見物していたルセテリの目に、とても見覚えのある貴族の少年の姿が飛び込んできた。
「喜べ。お前たちのような者に、皇宮で公演する機会を与えてやる」
「え?」
突然の皇宮公演の提案に、馬車から降りてきた中年男性の顔に戸惑いがよぎった。
「今回の皇女の誕生宴で公演できる栄光を授けてやろう」
「私たちがですか? 皇宮の宴でですか?」
中年男性がちょこちょことその貴族の少年の前に近づき、両手を揉み手しながらしきりに腰を低くした。
「お前たちが来るという噂を聞きつけ、もうすぐ私の婚約者となる皇女のために、このジェレミア・アウレリアが自らお前たちを迎えに来たのだ」
どうりで遠くからでもやたらと目障りな金髪金眼の、時が流れても相変わらずはち切れそうではち切れないフロックコートを着た姿が、いかにもジェレミアだと思った。
「そ、それは……」
興行団の関係者らしき男性が何か弁明しようと口を開いた瞬間、騎士団の一人が彼の髪を掴み、泥だらけの地面に顔を押し付けて答えられないようにした。
断ろうとするかのような男の態度が気に入らなかったジェレミアは、「身の程知らずめ」と言わんばかりの目で男を睨みつけた。
「皇宮での公演だぞ! 貴様らのような者には夢にも見られないような。お前たちはただ、命令に従えばよいのだ!」
さすがはろくでなしのジェレミア、やることは相変わらずだった。
たかが興行団一つを皇宮に入れるために騎士団まで引き連れてくる振る舞いとは、実に情けないことこの上ない。
ルセテリは思わずチッチッと舌を打った。
「ひっ、ルー先生。気をつけてください」
ルセテリに気づいた近所の住人の一人が、静かに彼の袖を引いた。
「貴族の旦那に目をつけられて、何をされるか分かりませんよ……ルー先生が連れて行かれでもしたら、俺たちが困りますから」
首を伸ばして見物しようとしていたルセテリを捕まえ、頭に頭巾を被せて二人を隅っこに隠そうと必死になっていた。
その心配が理解できないわけではないが、実際には顔認識阻害魔法もかけているため、ジェレミアがジアとルセテリに気づく確率は0.00001%もなかった。
「大丈夫ですよ、心配しないでください。これくらいなら、あそこまでは聞こえませんよ」
もちろん、男がそれを知る由もないが。
「たぶん、そんな余裕もないでしょうから、あまり心配しなくていいですよ」
ジアの言葉に、ルセテリは怪しさを感じた。
お前、何やったんだ?
考えを巡らせる暇もなく、突然ジェレミアが乗っていた馬がブルルルッと鼻息を荒くし、前足を高く持ち上げた。
なんだかさっきから手綱を強く引きすぎていると思っていたが、案の定だった。
馬の上でバランスを崩し、手綱ばかりを引っ張っていたせいで、ジェレミアは馬の首にしがみついて落ちまいと必死になっている姿が、滑稽な道化師のようだった。
むしろ興行団の公演より、こっちの方がずっと面白いじゃないか?
前科があるからか、辛うじて落馬は免れたようだが、足が鐙から外れたせいで体が馬から滑り落ち、スラム街のドブ水を頭から思い切り被ってしまった。
かなり見苦しい姿に、騎士団は笑いを必死にこらえて見ないふりをして顔を背けたが、あちこちからクスクスと噴き出す音を抑えきることはできなかった。
スラム街の人々は不敬罪で捕まりたくはないので、最初から顔が見えないように深くうつむいてはいたが。
ああ、いい気味だ。
どこの馬の骨とも知れない奴が、誰が婚約者だって? 恐れ多い!
おそらく、今のジアの様子からして、何か手を下したに違いない。
ニコニコと楽しそうにしている顔が、完全にクロだった。
『お前、魔法使っただろ? あの馬に』
『ダメなの? ムカつくじゃん。魔法使ってもあいつには分かんないんだから、いいじゃん?』
正論ではあるが、教育的な観点からは良くないんじゃないか?
本人は落ち着いて行動していると勘違いしているだろうが、恥ずかしさで顔を真っ赤にしたジェレミアは、再び鐙を踏んで馬の背に上がり、姿勢を直した。
「皇室で開かれる公演だ。お前たちのような者には夢にも見られない栄光なのだから、このまま皇宮へ向かうぞ」
すでに勧誘ではなく命令だった。
ジェレミアの言葉が落ちるや否や、騎士団が興行団の行列を取り囲み始めた。
興行団の意思や貧民たちの気持ちなど、ジェレミアが気にするような問題ではなかった。
彼はただ、早くこのドブ臭い吐き気のする場所から抜け出したかっただけだった。
一瞬人々の間に動揺が走ったが、騎士団の冷ややかな監視に気圧され、口を固く閉ざした。
特に期待に胸を膨らませていた子供たちの頬が、不満でいっぱいになったようにぷくっと膨らんだが、慌てて大人たちがそんな子供たちの口を塞ぎ、騎士団の顔色をうかがった。
それでも良心はあったのか、騎士団はそんな子供たちを見ないふりをして、ジェレミアの後を追って興行団を引き連れ、皇宮の方へと消えていった。




