第25話 他人の家の火事見物は面白いものだ
ルセテリの足取りは、先ほど立ち去ったばかりの競売場へと向かっていた。
頭の中で競売場の構造を思い浮かべ、どの部分を狙うのがより効率的かを計算し、見極めていった。
どうせやるなら最高に劇的でスリリングな瞬間を待つべきだと、ルセテリは競売場がよく見える路地の近くに身を潜め、入り口を見張った。
ちょうどしばらくして、顔に隠しきれない満足感を浮かべた公爵が、公爵夫人と共に競売場の入り口に姿を現すのが見えた。
おそらく公爵は、ほとんどタダ同然の費用で手に入れた『女神の涙』を思い浮かべて悦に浸っているのだろう。
巨大なバルコニーを支えている大きな石造りの柱の横を、公爵夫婦が通り過ぎようとした時だった。
ルセテリは息を潜め、数を数え始めた。
「一つ、二つ……エクスプロージョン(爆発)」
小さく呟いたわりには、競売場の入り口は突然の巨大な爆発音と共に、バルコニーを支えていた二本の柱が崩れ始めた。
突然の爆発に、バルコニーの下に集まっていた人々は悲鳴を上げ始め、入り口は瞬く間に阿鼻叫喚と化した。
競売場の中に残っていた人々まで爆発音を聞きつけ、我先に入り口から逃げ出そうと体面も何もかも投げ捨て、押し合いへし合い、互いを踏み台にして外へ出ようとする修羅場が繰り広げられた。
そしてその後方で、最初よりは少し小さな音だったが、あちこちで爆発音が弾け、あっという間に人々が入り口に押し寄せてきた。
公爵夫婦は押し寄せる人々をかき分けて先に出ようと身悶えしたが、彼らの力だけで抜け出せるはずもなく、人波に押されて転倒までしてしまった。
「ドガガガーン!」
柱が崩れ落ちる音と共に黒い煙が立ち上り、炎が燃え上がった。
路地で腕を組んで見守っていたルセテリは、ニヤリと笑った。
「昔から一番面白い見世物は、他人の家の火事って相場が決まってる」
公爵が聞いていたら、またしても口から泡を吹いて卒倒しそうなセリフだった。
「聞きましたか?」
今日も巨大なパンケーキを前にしたルセテリとジアの朝食の席で、ロアンがさりげなく話を切り出した。
普段と違って手に新聞を持っているロアンをちらりと見やり、ルセテリはわざと知らないふりをして尋ねた。
「何をですか?」
「昨日、競売場で原因不明の爆弾が爆発したそうですけど、ご存知ありませんでした?」
あれ絶対、全部知ってるくせにわざと知らないふりをして聞いてくる様子が、完全に楽しんでいる。
「爆弾ですか? そんなことがあったんですか?」
「はい。昨日、競売の直後に起きたらしいですよ。幸い競売が終わった後だったので、建物の中にほとんど人がいなくて人命被害はなかったそうですが、避難する時に怪我をした人たちが結構いるみたいですね」
「そうですか。昨日は急用ができたせいで残念ながら競売に参加できなかったんですが、運が良かったですね」
「あら、そうでしたの。本当に良かったじゃありませんか。ルティア様がお怪我でもされたら大変ですもの」
しらばっくれているのか、それとも演技が上手いのか、ロアンの切り返しは見事なものだった。
「手に持っているのは新聞ですか?」
「ええ〜、これ、最近帝国の市民たちの間でホットな『リバーフィル・タイムズ』っていう……帝国のニュースを一番早く載せる新聞なんですけど、一度ご覧になります?」
わざと見せつけるように持ってきたのであろう新聞を、ルセテリに差し出した。
広げるやいなや目に飛び込んできたのは、大きく燃え上がっている競売場が描かれた挿絵だった。
堂々と見出しになっているところを見ると、相当な話題になっているようだ。
「ん? 帝国市民解放軍??」
記事を読み進めていたルセテリの眉が、何か気に入らない部分でもあったかのようにピクッと動いた。
記事の末尾に、競売場の爆発は「帝国市民解放軍」の仕業であるかのように書かれていたからだ。
違うんだけど? 私がやったことなんだけど??
いや、もちろんルセテリが自ら名乗り出るというわけではないが、苦労して丁寧に下準備をして仕掛けたのに、手柄を他人に丸ごと持っていかれたような気分というか。
少しばかり腹立たしかった。
「ああ、最近あちこちでよく見かける団体の名前ですけど、お気になさらないでください」
素早くロアンがルセテリの手から新聞をひったくるのが、どうにも怪しいんだが?
しらばっくれながらルセテリの目を避け、低く口笛を吹きながらロアンは別の場所へと視線を逸らした。
いつでも早くて正確なロアン通信がどうしたのかは分からないが、なんだか故障でもしたかのようにギクシャクしていた。
だからといって、ロアンを追及するつもりはないが。
「ああ、そうだ。競売場は公爵家の事業じゃないですか。昨日の爆発のせいで当分競売の進行が難しくなって、公爵がショックのあまりそのまま倒れたそうですよ?」
それ、今日聞いたニュースの中で一番嬉しい知らせなんだけど?
つまり、当分の間、皇宮で公爵の顔を見ることはないというのと同じではないか。
今日に限って付け合わせで出たアスパラガスが、とても太くてシャキシャキと新鮮で、最高に美味しかった。
『ロッ様、アスパラガスみたいな野菜、嫌いじゃなかったっけ?』
『違うぞ、私は野菜も好きだ。野菜もしっかり食べなきゃな。ふふっ』
『そんなに公爵が倒れて気分いいの?』
「ゲホッ!」
突然突っ込んでくるジアの事実攻撃に、ルセテリは思わずむせてしまった。
これ、否定することもできないし、かといって肯定するのも教育上良くないし……。
『いいよ。私も公爵家の顔を見なくて済むから嬉しいし』
どことなくジアの顔もスッキリとした表情をしているのを見て、ルセテリは自分の教育に何か問題があるのではないかと真剣に悩んだ。
「当分の間、あの三人の家族の顔を見なくて済むなんて、最高じゃないですか?」
だから、ロアン、お前まで……。
せいせいした表情を浮かべるロアンの前で、ルセテリはそっと額に指を当て、周囲をキョロキョロと見回した。
いくら公爵家が帝都を離れたとはいえ、彼らの目と耳は至る所にあるはずだ。
あまりにもあからさまに喜んでいるロアンが少し心配だった。
「ご心配なく。ここまで来る人は、私たち以外誰もいませんから」
自信に満ちた明るい声でロアンが言葉を続けた。
「誰が北宮の隅にある温室まで、わざわざ来る労力をかけるもんですか」
ロアンの言うことも間違ってはいない。温室に入る前、あらかじめルセテリが不穏な気配はないか徹底的に探ってから入ってくるため、心配はないのだが。
……それより、それを知っているのか? まさか??
もしかして、皇宮内のことなら何でも知っているロアンの情報網に、自分も引っかかっているのではないかと半信半疑になったルセテリは、丸い目でじっとロアンを見つめた。
まさか、ルセテリがドラゴンであるという事実をすでに知っているのではないかと、ひどく疑わしかった。
なぜだか、ロアンならすでに知っているのかもしれないというのは、ただの錯覚だろうか?
『ロアンなら、そうかもしれないね』
『ジアもそう思うか?』
『たまに、ロアンも念話ができるんじゃないかって思うことがよくあるもん』
『なんだそれ……怖いな』
実際、たまにそう感じることもあって、本当にそうなんじゃないかと考えたことは一度や二度ではなかった。
その時はただ勘が鋭いだけだと思って流していたが。
『マジで……?』
『うん。そんなはずないけどね』
ジアが頷いた。
それもそのはず、ルシネル家の血を引いていない限り念話ができるはずもないのだから当然だ。
それだけ、ロアンの空気を読む能力が並外れて優れているという反証でもあるのだろうが。
いやマジで、あの子、スパイをやらせたらすごく優秀だと思うんだけど……?
この皇宮で一番気をつけるべき人物は、おそらくロアンであることに間違いなかった。
どこで聞いてくるのか、ありとあらゆる話がすべてロアンを通じてルセテリに筒抜けになっているのだから、ある意味、公爵よりもすごいルートを構築しているのではないだろうか。
皇宮から公爵の姿が消えたことで、日に日に薄くなっていたジョセフ皇帝の頭頂部の脱毛が、目に見えて遅くなり、少しずつ髪の毛が戻ってきているだとか何だとか。
公爵家のいない皇宮は平和そのもので、しばらくの間、ロアンの噂話通信も「皇宮の侍女の誰と従者の誰が秘密の恋愛をしている」といった平和なニュースで埋め尽くされる日々が続いた。
しばらくの間、ショックがかなり大きかった公爵が皇宮のあるリバーフィル近郊に寄り付かなくなってから、3年の歳月が流れた。
もちろんショックだけでなく、出血(金銭的損失)もかなり大きかったせいもあるだろうが、重要なのはそこではない。
ジェレミアの妨害がなくなったからか、口に出して話す方法を習得したジアの話術が、日に日に上達していった。
最初から念話を使っていたからではなく、ジェレミアが原因だったのではないかと疑いたくなるほど、一日一日が異なる成長スピードだった。
たまに少しだけ舌足らずになることはあったが、今では同年代と比べても決して引けを取らないほどに成長した。
「今日は薬草だけ置いて帰るの?」
フードを深く被った茶色いボサボサ髪に茶色い目をした少年が、同じくフードを被った中年男性の手を握って尋ねた。
男性はフードがなければ、すれ違う人々が漏れなく一度は振り返るであろう美貌を誇っていた。
ツンと一筋こぼれ落ちる銀青色の髪がキラリと光った。
「うむ、ついでにな」
髪と同じく深く青い銀青色の瞳は、よく見なければ分からない縦に長く裂けた瞳孔で、素早く通り過ぎる路地を見極めながら歩を進めた。
言うまでもなく、男性はルセテリが男性型にポリモーフ(変身)した姿だった。
そして傍らでカゴを持ち、ルセテリの手を握ってついていく茶色い髪の少年は、ルセテリの染色魔法で髪と目の色を変えたジアであった。




