第24話 懐柔には金を惜しまぬこと
第24話 懐柔には金を惜しまぬこと
その日暮らしの裏路地のならず者たちにとって、一千万ベラは大金だった。
それほどの金があれば、しばらくは何の心配もなく家族と暮らしていけるだけの額だったので、慣れない仕事であったが引き受けたのだ。
少なくとも帝国の公爵ともあろう人物が自分たちを騙すとは考えてもみなかったため、ルセテリの言葉はかなりの衝撃だった。
公爵の立場からすれば、三十億ベラのネックレスを十分の一にも満たない価格で手に入れられるのだから、競売場よりずっと得だったはずだ。
平凡な人間が相手であれば、このような浅はかな手口でも公爵の望み通りに品物を奪い、ついでに警告を一つ与えて終わっていたことだろう。
イレギュラーが一つあるとすれば、それは相手がルセテリだったということだ。
まさかドラゴンを相手にするとは、想像だにしていなかっただろう。
「お前たちが犯したミスは、一つ、依頼品に関する情報不足。二つ、襲撃すべき相手に対する情報不足。そして最後に、お前たち、本当にこれで飯を食ってるのか?」
チッチッと舌を打ちながら、ルセテリは余裕たっぷりに捕まえている男の腕をさらにひねり上げた。
「ぎゃああっ!」
「これ以上近づいてきたら、お前たちの親分がどうなっても知らないぞ?」
ジリジリと二人の男がリーダーらしき大男に近づいてくるのを見て、目ざといルセテリは見逃さずに掴んだ腕をひねったのだった。
「選べ。暗殺者だろうが強盗だろうが、このまま公爵の下で働き続けるか、それともこの足で行方をくらまし、新しい仕事を探すか。ああ、警告しておくが、公爵を選んだらお前たちはその場で私に殺されるか、さもなくば公爵に殺されるだろうな」
にっこりと笑みを浮かべて話すルセテリの声は、全く親切ではなかった。
事実上、後者を選ぶしかない二者択一だった。
「ぐっ、仕方なく選んだ仕事だったんです。俺は死にたくねえ」
鎖鎌を持った痩せこけた男が、武器を投げ捨てて真っ先に降伏を宣言した。
「俺も、俺だけを頼りにしてる家族が五人もいるんだ」
続いてもう一人の男もクナイを投げ捨て、命を惜しむ方を選んだ。
残るは、ルセテリに腕を掴まれている大男一人だけ。
こいつはそう簡単には降伏を叫ばないように見えた。
他の二人とは違い、この稼業を始めてからそれなりに長いようだから、今すぐ足を洗うのは難しいだろう。
ルセテリは、少し大目に見てやろうかと頷いた。
「俺にも、キツネみたいな女房とウサギみたいな子供たちがいます」
おや、意外?
予想に反して、男はあっさりと降伏を宣言した。
「俺たちも食っていくのが大変でこんな仕事をすることになりましたが、持ってる奴らの方がもっと汚いですね。ケッ!」
うなだれた男は唾を吐き捨て、自嘲気味に笑った。
スラム街で生まれ、学もなく技術もない彼が選べる道は多くなかった。
暗殺者ギルドに名前を連ね、公爵に呼び出されてはあちこちの裏の汚い仕事をほとんど引き受けて後始末をするのはいつも自分だったが、まともに依頼料が支払われたことなど数えるほどしかなかった。
それでも気が進まなくても仕事を続けていたのは、帝国、それも帝都で公爵の機嫌を損ねて生きていくのが難しいと分かっていたからだ。
今更公爵に忠誠を誓ったところで何も変わらないだろうし、依頼が失敗した状況で公爵の元へ戻っても命の保証はないだろう。
いっそ逃げたとしても、命の保証はないかもしれないが、わずかでも生き延びる確率は上がる。
どうせ死ぬなら、逃げるだけ逃げてから死ぬ方がはるかにマシだった。
「旦那の言う通り、アウレリア公爵がネックレスを奪ってこいと命令しました。旦那の命を奪ってでも、と。俺たちみたいな下っ端に、その価値がどれほどのものか分かるはずありません。俺たちはただ、その日その日を食いつなぐだけで精一杯の身分なんです」
諦めたように、大男がスラスラと白状し始めた。
「俺たちのように都市の外から入ってきた貧民が都市の中で生きていくためには、金になることなら何でもして食っていかなきゃなりません。だからこんな危ない仕事もするようになったんです。別に公爵を尊敬して従っているわけじゃなく、帝国で生きていくためには仕方がなかったんです。ありとあらゆる汚い仕事やきつい仕事をやってきましたが、その中でも公爵が命じる仕事が一番汚かったです」
聞いてもいない身の上話が次々とこぼれ出た。
よほど公爵に不満が溜まっていたようだ。
「じゃあ、食っていけるならこんな仕事から手を引くことはできるのか?」
「そんなの、言うまでもありませんよ! ここでこんなこと好きでやってる奴なんて、頭のイカれた狂人だけでしょうよ」
待っていましたとばかりに、三人の男は同時に激しく頷いた。
「助けてさえくだされば、旦那に忠誠を誓います!」
「いや、お言葉さえいただければ、いっそ死んだように生きていく自信があります!」
男たちはルセテリのズボンの裾を掴み、切実な表情ですがりつき始めた。
「命だけはお助けいただけるなら、いつでも旦那が必要な時にお駆けつけします」
「死にたくないって言ったよな? 私が死ねと命じたら、その時はどうするつもりだ?」
「そ、それは……命以外にできることなら何でもします!」
もはやあからさまに、三人は地面に跪いて頭をこすりつけながら、ルセテリに平謝りし続けた。
「生まれが路地裏なもんで、この裏社会は俺たちが牛耳っているようなもんです。裏の仕事が必要な時は、いつでもお手伝いします」
「旦那の腕前なら、俺たちみたいなゴロツキを一瞬で片付けられることは分かっています。俺から見ても只者ではないお方ですから、取るに足らない命ですがどうかお助けください」
必死にズボンの裾を掴んで哀願されると、さすがに見捨てるのも難しかった。
自分がこいつらの助けを必要とする日が果たして来るのかとも思ったが、あまりにも哀れっぽく乞うものだから不憫にも思えてきたし。
それに、万が一先のことはいくらドラゴンでも分からないものだ。
もしかしたら、いつか助けを借りる日が来るかもしれない。
ルセテリは懐から小さな袋を三つ取り出し、それぞれの前に投げた。
「それだけあれば、当分は食っていくのに困らないだろう。お前たちがあまりにも素人すぎてこの道で食っていくのは無理そうだから、別の仕事を探せ」
三人は素早くそれぞれの前に置かれた袋を拾い上げた。
中を確認した瞬間、誰からともなく三人の目が丸くなり、やがて涙ぐんだ。
「旦那! 本当にありがとうございます! このご恩は死んでも忘れません!」
涙ぐむのも無理はない、袋一つにつき一億ベラずつ入っていたのだから。
他のことはともかく、やはり人を一人前(?)にするには金融治療に勝るものはなかった。
しかも公爵が提示した金額の十倍の数字だが、これで人を買えるなら悪くないだろう。
特にあの公爵が雇った掃除屋(始末屋)たちなのだから、公爵がこれまでやってきた汚い後始末や不正についても、かなり詳しく知っていそうだし。
人は使い道があってこそ存在するのだ、うん。
ルセテリは堂々と三人に向かって肩をすくめた。
「私は命を懸けて働けとは言わない。だが、裏切ったり私の背後を狙ったりすれば、その日のうちにあの世へ送ってやる」
「はいっ! もちろんでございます!」
金の前では暗殺者もへこん張るものだった。
三人の腰が見事なまでに90度に折れ曲がった。
「お前たちが公爵の元へ戻らないとは言ったが、まだその言葉を信じることはできないから、担保としてこれを一つずつ持っておけ」
「これは何ですか?」
ルセテリは三人の手に小さな通信石を一つずつ握らせた。
見た目はただの小さな小石のようで、三人の男は用途が分からないというように首を傾げた。
「通信石って知ってるか?」
「通信石……ですか? すみません、俺たちには初耳の代物なんですが……」
ありふれた道具ではないにしても、初めて聞く珍しい代物に、三人は通信石を手に持って隅から隅まで観察していた。
「通信石といって、私がこれで呼び出せば振動が鳴り、私の声がお前たちの頭の中に響くはずだ。そうしたらお前たちが返事をすれば、遠くにいても私にその声が聞こえるようになる道具だ」
ありふれた道具ではなかったが、何しろこの時代には新しく生まれる道具が多いため、三人ともそのような新技術が組み込まれた道具だと思っているようだった。
「まあ、必ずしもそうじゃなくても、助けが必要な時はいつでも連絡してこい」
「ありがとうございます、旦那! 必ず旦那のお役に立つ人間になります!」
だからといって、大の大人が泣きじゃくりながら感激のあまりキラキラした尊敬の眼差しで見つめてくるのも、かなり負担なんだが。
止まることを知らない感謝の言葉を繰り返す三人を背に、ルセテリはクールに路地から立ち去った。
あろうことかドラゴンの命を狙うとは、公爵は確実に一線を越えた。
人の命を狙ってまで物を欲しがるなど、優雅であるべき貴族のやることではなかった。
ただ大人しくネックレスだけを横取りするつもりだったルセテリは、考えを改めた。
この機会に、こってりと痛い目に遭わせてやるのも悪くないだろう。
ニヤリと、冷ややかな笑みがルセテリの顔に浮かんだ。




