第23話 奪い奪われ
結局、ネックレスを落札できなかった公爵は鼻息を荒くして会場を後にし、公爵夫人も悔しかったのかルセテリを一度睨みつけてから公爵の後に続いた。
だから、何。どうしろって?
ルセテリは公爵に一泡吹かせてやったようで、非常に胸がすく思いだった。
残りの金は再びポケットにしまい、進行係の案内に従ってネックレスを受け取るため舞台裏へと案内された。
「落札された『女神の涙』です。ご確認ください」
進行係は目の前でネックレスの箱を開け、神秘的な光を放つ10カラットのブルーダイヤモンドのネックレスを見せてくれた。
疑う余地のない本物のブルーダイヤモンドのネックレスだった。
ひとまず、このように人目が多い場所ですり替えの手口は通用しないと考えたのか、意外にもすんなりとネックレスを渡してきた。
これを持って無事に競売場を抜け出せるかどうかという疑問は二の次として、ひとまずルセテリはネックレスを受け取り懐にしまった。
いや、それに万が一何かあってもどうってことない。
すべてが面倒になれば、その時はただここを更地にしてしまえばいいだけではないか?
ルセテリは考えるのすら面倒になった。
競売場の外に出ると、案の定……四方からルセテリに向かう視線を感じた。
チラリと周囲を見渡すと、正面の煙突に一人、右の路地に一人、地面を掃いているふりをしている左に一人。
計三人がルセテリの跡をつけていた。
競売が終わり、人々が潮が引くように競売場から出ていく瞬間を狙っているようだった。
もちろん、それにやられるようなルセテリではなかったが。
間違いなく奴らを差し向けたのはアウレリア公爵に違いないが、ひとまず確認してみるのが順序だろう?
少しの間馬車にでも乗って移動しようかとも思ったが、都合よく行き止まりの路地が目に入った。
わざとその場所へ足を踏み入れるやいなや、息を潜めてついてきていた暗部たちが次々と姿を現した。
「随分と肝が据わっているようだな。馬車も護衛もつけず、そんな金を持っていそうな身なりでこんな路地を通り抜けようと考えるとはな」
全身黒ずくめの全身タイツのようなものを被った真ん中の奴が飛び出し、ルセテリの行く手を阻んでナイフで脅してきた。
暗殺者にしてはかなりお茶目な姿にルセテリは鼻で笑ってしまったが、行く手を阻んで立っている三人の表情は極めて真剣だった。
真ん中からルセテリに近づいてくるガタイのいい奴の手にはショートソード、後ろの痩せこけた二人はそれぞれクナイと鎖鎌を手にし、少しでも反抗する素振りを見せればすぐに攻撃するといった真剣な様子だった。
でも、どうも武器の構え方が全くの素人っぽく見えるんだが?
まだしも三人の中で少しは武器を扱い慣れているように見えるのは真ん中の大男だけで、後ろに屏風のように立っている二人に至っては、まるで「今日初めて武器を握りました」と言わんばかりのお粗末さだった。
一瞬、アウレリア公爵の悪ふざけかと思った。
前にこんな素人たちを送り込んでおいて、油断させた隙に背後を突くつもりか? と思い、見間違いかともう一度周囲を探ってみたが、最初から自分を狙っていたのはこの三人がすべてだった。
アウレリア公爵が自分を舐めてこんな奴らを送ってきたのか、それともケチな公爵様が単に金を出し渋って素人を雇ったのか、判断に迷うところだった。
「持っているものをすべて出せば、命だけは助けてやる」
はいはい、お決まりのテンプレ台詞の登場だな。
突然の強盗ごっこでもするつもりなのか、それとも本物の強盗だったのか?
あまりにもリアルに見える強盗の演技に、一瞬ルセテリは自分が何か勘違いしているのではないかと、少しの間真剣に悩んで考え込むほどだった。
そのくせ、三対一の喧嘩で負けるとは爪の垢ほども思っていない三人の男は、ニヤニヤと気味の悪い笑みまで浮かべて余裕ぶっているあたり、間違いなく二流どころか三流のチンピラに見えた。
本当に公爵が差し向けたものなのか、真剣に悩んでしまうほど……。
「持っているもの? 何も持ってないけど?」
「何も持ってないわけないだろう。お前がさっきあそこから出てくるのを、俺たち全員でばっちり見てたんだぞ」
左側にいる痩せこけた男が、震える声を隠そうとしているのか、わざと大声で叫んだ。
「見たところ、どこかの貴族の奥様のお使いでもして食い繋いでるんだろう。大人しくポケットの中身を全部出せば、命だけは助けて帰してやる」
「ポケットだけ?」
「ええい、持っているものを全部出せと言っているんだ」
ルセテリの挑発にムキになった真ん中の男が、ドスドスと足音を立てて近づいてきた。
いや、おじさん。
あっちにいるおじさんの瞳、激しく泳いでますけど?
おっと、反対側で鎖鎌を握っているおじさんに至っては手がブルブル震えてまでいるし。本当に大丈夫なのか?
ルセテリは相手をからかって弄びたい気持ちでいっぱいだったが、ぐっとこらえた。
ひとまず知らないふりをして、奴らの要求通りに合わせてやるのも悪くないと思ったからだ。
なぜなら……今のルセテリには持っているものが一つもなかったからだ。
頭の上に両手を上げ、降伏の意思を示したルセテリのポケットというポケットを次々と裏返してみたガタイのいい男の顔が険しくなった。
予想に反して何も出てこないことに苛立っているようだった。
ポケットから出てきた物といえば、ホコリ少々と、1ペナの銅貨一枚がすべてだったのだから。
「金や貴重品は全部どこへ隠した、この野郎!」
「俺たちはお前を競売場からずっと見張ってたんだ、どこにやった!」
うん、そうだろうな。
無言のまま、ルセテリは彼らに向かって肩をすくめた。
改めて公爵の底なしの強欲さを見くびっていたようだった。
おそらくネックレスはもちろんのこと、さっき見せつけた袋の中に入っていた宝石たちも欲しくなったのだろう。
強盗に偽装してすべてを奪い取る魂胆だったに違いない。
「お前ら、全員でかかって身体検査だ!」
前でショートソードを振り回してイキっていた大男が、ルセテリを探っても何も出てこないことに腹を立て、すぐに飛びかかってきて彼の胸ぐらを乱暴に掴んだ。
もしかして服の内側にでも隠しているかと思ったようだが、見当違いも甚だしかった。
ルセテリは胸ぐらを掴まれる前に素早く男の手首を掴み、後ろへグワッと捻り上げた。
そして反対の足でナイフを持っている手を蹴り上げ、ショートソードを地面に落とさせた後、そのまま一回転して内股蹴りで奴の膝の裏を強打し、そのまま地面に膝をつかせた。
あまりにも一瞬の出来事だったため、自分がどうやってやられたのかも把握できていない大男は、間抜けな顔で呆然とルセテリの顔を見つめた。
「この野郎!」
一歩遅れて状況を把握した残りの一人が叫びながら飛びかかってきたが、無駄骨だった。
軽々と横に身をかわしたルセテリが、彼の手刀で首筋を打ち下ろし気絶させたからだ。
「素人にも程がある。もういい加減にしたらどうだ?」
クナイを持っていた残る一人は、まだ状況が理解できていないのか、間抜けな顔で周囲を見回してオロオロしていた。
地面でうめき声を上げながら転がっている大男に、ルセテリは足を乗せてグッと踏みつけながら尋ねた。
「公爵がお前たちにネックレスを奪ってこいと命令したのか?」
「そ、そんなの俺の知ったことか!」
ビクビクしながら瞳孔が開いて泳いでいるのを見ろよ。
幽霊は騙せても、このドラゴンを騙そうとするとは身の程知らずな。
「それから、ついでに俺のポケットの中身も奪ってこいと命令したんだろ?」
「俺は知らない!」
男はギャーギャーと叫びながら否定したが、そうすればするほど、かえって質問を肯定していることに気づいていないようだ。
「まあ、この方法が一番金がかからないからな。それで、いくらもらう約束だったんだ?」
「何の話だ」
「百万? 一千万?」
コロコロと泳いでいた男の目が一千万で止まった。
「まさか、たった一千万? それっぽっちで動くことにしたのか? 安すぎる」
「そんなの俺は知らない」
シラを切って知らないの一点張りだが、まあ、こういうクラシックな仕事には必ず欠かさず登場するお決まりの展開が一つあるものだ。
「じゃあ、それぞれ一千万ずつで三千万ベラか? それで採算が合うのか?」
言葉が終わるや否や、三人の瞳孔が容赦なく揺れた。
ふっ、ビンゴ。
「公爵がお前たちに奪ってこいと命令したネックレスの価値が、いくらなのか分かっているのか?」
まあ、公爵がわざわざそんなことまで教えるはずもなかったが、この素人の暗殺者たちは相場も何も知らずに、一千万ベラという大金に目がくらんで飛びついた時点で、自分たちがド素人だと広告しているようなものだった。
ベテランの暗殺者であれば、いくら安く見積もっても品物の価値の30%は吹っかけたはずだ。
「あのな、あれの相場は三十億ベラくらいするんだぞ。それをお前たちを雇った雇用主は、三千万ベラで丸め込もうとしてお前たちを雇ったんだ。いくら馬鹿でも、算数の計算くらいしてから依頼を受けないと食っていけないぞ」
「さ、三十億!」
億という言葉に、無事に立っていた痩せこけた男が口を塞いでウッウッと呻きながら座り込んだ。
想像以上の巨額だった品物のせいでしゃっくりを始める奴までいる。
ルセテリに腕を掴まれ地面に突っ伏していた大男も、想像以上の価値に静かに口を閉ざした。




