第22話 競売
「アウレリア公爵殿下ならびに公爵夫人のお成りです」
入り口の警備兵が叫ぶ声が聞こえた。
皇宮でもないのに、まるで皇宮であるかのように、自分の庭であるかのように横柄な態度の公爵と公爵夫人が並んで競売場に入ってきた。
見ない間に公爵の恰幅はさらに良くなり、顔にはテカテカと脂が浮いており、領地で美味いものを食べてよく遊んできたようだ。
辺りを見回していた公爵の視線がルセテリと交差したが、姿を変えた彼に公爵が気づくはずもなかった。
ただ、公爵の視線に込められた不快感に腹が立つだけだった。
おそらく、どうせルセテリがどこかの金持ちの貴族夫人のツバメ(愛人)くらいに思っているのだろう。
一方、公爵夫人の視線はもっと露骨だった。
公爵の隣をついて歩いていた彼女は、ルセテリの容姿を見るやいなや、一目惚れでもしたかのように顔を赤らめ、チラチラと彼を見つめていた。
わざと見せつけるように、ルセテリは輝く銀髪を耳の後ろに流すふりをしながら、ツンとした表情で公爵夫人と視線を合わせ、プイッと目をそらした。
焦れったくなったのか、公爵夫人はそばにいた警備兵に近づき、ルセテリについて尋ねているようだった。
しかし、警備兵だからといって大したことを知っているわけがない。
彼はただ、ルセテリが提示した招待状を確認して中に通した罪しかないのだから。
特別に用意された二階のボックス席に公爵夫婦が座ると、舞台のカーテンが開き、司会者が登場した。
司会者は公爵夫婦に向かってまずお辞儀をしてから、競売の開始を告げた。
「さあ、お待ちかねの競売を始めます」
皆、目は節穴か。
いくら出来レースの競売だからって……これはあんまりだ。
物がないじゃないか?
ささやかどころか、しょぼいとさえ言える競売に、貴族たちが熱狂的に飛びついて入札している光景が到底理解できなかった。
出品される品物ごとに、ルセテリは一度も入札の札を上げなかった。
ただ腕を組んで座り、競売を傍観しながら、帝国貴族たちの眼力がお粗末であることをリアルタイムで観察しているだけだった。
彼の隣に座っていた貴族の夫人の一人が、扇子で口元を隠して囁きながらルセテリに話しかけてきた。
「どうしたの? 令息のお気に召す品がないようね?」
妙にギラギラとした目つきに嫌気がさしたルセテリは、自分に寄りかかろうとする夫人の反対側へとそっと体を傾け、その手を避けた。
「いいえ。良い品はいつも最後に登場するものですから」
ルセテリの言葉が終わるや否や、本日のハイライトが始まった。
「本日の最後の一品! 『女神の涙』をあしらったネックレスです。ラタナ鉱脈で発見された10カラットのブルーダイヤモンドのネックレスで、皇室に納品される予定でしたが、費用問題により競売にかけられた品です。一億二千万ベラから開始します!」
競売人の力強い掛け声を皮切りに、待っていたとばかりにルセテリの入札札が上がった。
「そちらの紳士に一億二千万ベラ! 受け取って一億三千万!」
何人かの人々が形式的に入札しようとするような動きが見えた。
一億七千万ベラあたりで公爵の番号札が上がると、こっそりと入札札を下げるのがルセテリの目に留まったからだ。
たった一人の番号を除いては。
「八千万、九千万、二億ベラ!」
ルセテリの札が一向に下がる気配を見せないため、競売人は公爵の痛いほどの視線を浴びながらも、入札を続けるしかなかった。
千万単位で上がっていた価格は一気に跳ね上がり二億ベラになったが、ルセテリは札を下ろさなかった。
二億になった時点で、仕方なく競売人は金額を倍で呼び始めた。
「二億二千万、四千万、六千万!」
三億に近づいているにもかかわらず、ルセテリの番号は下がる気配を見せず、競売人は焦り始めた。
鋭く自分を睨みつけている公爵の顔色をうかがい、競売人も競売など放り出して終わらせたかったが、大勢の人が見ている中で堂々と入札札を下ろす気がないルセテリがいるため、競売を打ち切ることもできなかった。
「三億!」
ギリッ!
どこからか、歯が折れないか心配になるほどの音が聞こえてきた。
結局、ネックレスは三億まで跳ね上がってしまった。
「どこの家門の令息かは知らぬが、三億なら十分な金額ではないか。私の慰謝料は弾んでやるから、そろそろ私に譲ってはどうだ」
見た目だけは寛大に諭しているように見えたが、今の公爵の腹の中は黒焦げになっているはずだ。
二億程度で十分価格を吊り上げたと思っていたのに、突然どこから現れたとも知れぬ馬の骨のような奴に競り負けているのが気に入らなかったのだろう。
おそらく公爵は最初から、ルセテリを慰謝料狙いで落札価格を吊り上げようとする詐欺師くらいに誤解しているのだろう。
「10カラットのブルーダイヤモンドに、周囲はホワイトダイヤモンドで装飾された縁取り、そしてプラチナで鋳造されたネックレスに三億ベラだなんて……安すぎますね。十億ベラ!」
そんな公爵の考えを嘲笑うかのように鼻で笑い、平然とした顔でネックレスの入札価格を一気に倍以上に引き上げるルセテリだった。
十億!!
突然跳ね上がった競売価格に、口から泡を吹いた公爵は後ろにひっくり返る寸前だった。
競売場の人々は、思いもよらない巨額にどよめき始めた。
いや、どうして?
十億以上の価値は十分あるじゃないか?
もちろん、今の公爵の無様な姿を見る対価が含まれた金額であれば、ルセテリはその倍でも支払う意志があった。
おそらく公爵は、皇帝がミエリアのために買い取ろうとしていた「女神の涙」が欲しかったのだろう。
だから、代金を支払う金がないという口実で皇帝がネックレスを注文しても受け取れないようにし、競売に流れるようにわざと手を回したに違いない。
自分が牛耳ることができる競売場なのだから、おそらく職人が泣く泣く宝石代を支払うために競売に出すだろうし、そうすれば法外に安い価格で合法的にネックレスを所有できると考えたのだろう。
もちろん、一緒に入札した連中は皆、公爵が雇ったサクラだったはずだ。
ルセテリは、その見え透いた手口に絶対に乗ってやるつもりはなかった。
すでにネックレスの価格は二億ベラの数倍である十億ベラになっており、公式に公爵がネックレスを落札するには十億を超える金額を支払わなければならない。
ここで公爵がネックレスを諦めたとしても、ルセテリにとってその程度の金など……。
「君、本当に十億ベラを全額支払えるというのか?」
お前ごときが、という視線で公爵がルセテリの頭からつま先までを舐め回すように見た。
そういう態度に出るわけか?
「公爵は今、私が十億ベラという巨額を支払えるかどうかを疑っておられるのですね?」
「コホン、そうではないか。見ず知らずの若い男にそんな巨額を融通してやる者が、一体どこにいるというのだ」
どうやらこの公爵は、自分を男娼程度に考えているようだが、不届き千万だった。
「君の依頼人のところに行って伝えなさい。君のその若気の至りが過ぎたとな……」
しかし、公爵は最後まで言葉を言い終えることができなかった。
なぜなら、ルセテリはフロックコートの内ポケットから、正確にそれぞれ一億ベラの価値がある白金貨三十枚を取り出し、入札が進行しているネックレスの前に並べ始めたからだ。
すでに公爵は、目の前に並べられた三十億ベラという途方もない金額を前に、窒息しそうなほど顔面蒼白になっていた。
「十億ではなく、三十億ベラに価格が上がっても構いませんよ。これでも私、東方貿易で結構稼がせてもらいましたからね」
「そ、そ……」
公爵は今にも息を引き取りそうにゼイゼイと喘いだ。
「ああ、もしよろしければ、現物での支払いも可能です」
袋を一つ取り出したルセテリは、それを競売人に投げ渡した。
袋を受け取って中を確認した競売人は、ヒッ! と驚きの声を上げ、拳で口を塞いだ。
袋の中には、現金に換えたとしても途方もない金額になるであろう様々な種類の宝石がぎっしりと詰まっていたからだ。
「どうなさいますか?」
競売人は公爵の顔色をうかがいながらルセテリに尋ねた。
公爵は十億はおろか、二億すら払いたくない様子だったが、どうなることやら。
競売人の立場としては、公爵に落札されるよりも、ルセテリに渡して落札価格のパーセンテージで手数料を受け取った方がはるかに得だった。
思い通りにいかないと分かると、公爵はギリッと歯を食いしばった。
あらゆる手を使って奪い取ろうとした宝石を、目の前で強盗のような優男に横取りされるのが気に入らなかったが、どうしようもなかった。
二億ベラで競争者たちが全員降りるように仕組んでおいたため、公爵の手元には二億がすべてだった。
無理やり二億で叩き落として奪う方法もあったが、今は見ている目があまりにも多すぎた。
顔をしかめた公爵が、競売人に向かって指をクイッと動かした。
「『女神の涙』は、前にいらっしゃる若い紳士に十億ベラで落札されました!」
競売人は素早く場の締めくくりを告げ、競売を終了させた。




