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第15話 盗んだ馬はユニコーンだった

ホワイトユニコーン。

暁の光の愛を受け、純粋に全身が真っ白に輝く夢の中のユニコーンであり、すべての馬の始祖とも言える存在。

決して外の世界へは出ないはずのその一族が、なぜか角を失い、フォンテンの森の外で人間の手によって飼育されていた。

それも、殺処分を目前にして。


「ホワイトユニコーンの一族がなぜここにいる?」

「ヒヒィィィィン」


何かを懸命に訴えかけるような馬の鳴き声に、ジアは何か違和感を覚えた。


『ロッ様。ユニコーンの角』


あ、そうだった。ユニコーンは角を通して能力を発揮するんだった。

角のないユニコーンは、ただの平凡な馬も同然だった。

ルセテリが馬の額をなでおろすと、パッと光が輝き、やがて光が収まると、こんもりと盛り上がっていた額にいつの間にか小さくとも角が生えていた。


「ないと不便だろうから、とりあえず少し早く成長させてみた。これで言葉くらいは話せるようになっただろ?」


優しいようで優しくないルセテリの脅迫めいた言葉に、馬は口を開いてみた。


「ヒヒ……せ、世界の代行者様にお目にかかります」

「よしよし。これで少しは話が通じるようになったな」


すぐに馬はルセテリの正体に気づき、礼儀をわきまえた。魔法が消え去った世界で、絶対的な魔力を用いて魔法を操る者がいるとすれば、それはドラゴン以外にはほとんど存在しなかった。

そんなドラゴンに逆らおうと考えるような、命知らずな生き物はこの世界にいるはずがなかった。


「それで、まずは名前だ」

「あ、とりあえず人間どもは私のことをホワイトと呼んでいました」

「それじゃなくて、本名を聞いているんだろ? なぜフォンテンの森の一族から離れてこんなところにいるんだ?」

「……それをお話しするには少々長くなりまして」


いななきの代わりに突然飛び出した言葉のせいで、全く適応できていなかったホワイトと名乗る馬は、これまで強張っていた舌をほぐすためにしきりにペロペロと舌を出して忙しそうだった。


『そんな時間ないよ。今、外から馬飼いのおじさんがこっちに向かってきてるんだから』


ルセテリの服の裾を引っ張りながら、ジアが彼を急かした。

窓の外を見ると、ジアの言う通り、馬飼いが小さな倉庫から出てきているのが見えた。


「とりあえずお前、ポニーに変身しておけ」

「えっ? ポニーですか?」


ルセテリはためらう隙を与えず、キョトンとしているユニコーンに向かってポリモーフの魔法をかけた。

大きな体がみるみるうちに小さく変わり、やがてジアにぴったりのポニーサイズに変わった。

白いタテガミはそのままだったが、体にはところどころに茶色のブチ模様があり、先ほどの馬だとは全く見当もつかない姿だった。


『この子をポニーにしちゃったら、馬がいなくなったのすぐバレちゃうじゃん』


再び襟首を引っ張ってくれたジアのおかげで、最も重要な部分を見落とさずに済んだ。

辺りを見回して適当なものを探していたルセテリの目に、古い飼い葉桶が一つ入った。


『とりあえず時間がないから、これでも使ってみるか』


無生物を生物のように見せかける魔法は難しい部類に入るが、ルセテリが誰だと思っている。

ドラゴンにできないことなど、この世に存在しない。

飼い葉桶に魔法をかけ、白い馬のように見せかけることくらい造作もないことだった。

ただ、問題というか副作用というか……。


『体に傷でもついたらすぐに元の姿に戻っちゃうけど、大丈夫かな?』

『知るかよ。俺たちが立ち去った後でなら、誰が気にするってんだ?』

『だよね? 関係ないよね?』


普通なら無責任だと小言の一つでも言われそうなものだが。

見事にルセテリが古い飼い葉桶をホワイトとすり替えた途端、タイミングを見計らったかのように馬飼いが馬小屋の中に入ってきた。


「そこで何をしておる?」


見慣れないブチ模様のポニーの手綱を握っているルセテリを見るなり、馬飼いは首を傾げながら近づいてきた。


「夜分遅くに申し訳ありません。皇帝陛下がジア皇女様にプレゼントされるポニーを連れてきたとおっしゃるので、受け取りにまいりました」

「それがそのポニーか?」

「はい。明日の朝、皇女様がお目覚めになったらすぐにご覧になれるよう、北の宮へ連れてくるようにとの仰せでしたので」


ニコニコと笑みを浮かべ、ルセテリが馬飼いにも丁寧な態度を見せると、男はチラリとルセテリの横にいるポニーを見た後、やがて面倒くさそうに手をシッシッと振った。


「わかった。連れて行け」

「夜遅くまでご苦労様です。ありがとうございます」

「いやいや、苦労も何も、それがワシの仕事だからな。面倒な仕事というのは、まさにこういうことを言うのさ」

「何かあったのですか?」


わざと何も知らないふりをして白を切るルセテリが、馬飼いに尋ねた。


「何かあったとは……公爵家で金を持て余しているからか? 一度騒ぎを起こしたくらいで、こんな名馬を処分しろとここへ送りつけてくるのが、まさに面倒な仕事ってやつさ」

「処分ですか?」

「殺せってことだよ。いくら獣だとはいえ、自分の子供のように世話した奴を自分の手で送らなきゃならないのが、どれだけ辛いことか分かりゃしないんだ」

「そうですね」


男を理解するようにルセテリが頷くと、待ってましたとばかりに馬飼いは愚痴をこぼし始めた。


「あんなに血統が良くてバランスの取れたハンサムな馬が、そうそういると思うか? 金があっても手に入らない名馬中の名馬だよ。皇室でさえ簡単には手に入らない血統を、一度悪さをしたからってそう簡単に殺してしまうだなんて? しかも、公爵家にだって馬小屋がないわけじゃないし、ここよりずっと立派なのを建てたっていうのに、わざわざここに預けておいて、面倒な雑用は全部ワシに押し付けてくるんだからな」


これまで溜まっていたものがよほど多かったのか、簡単には解放してくれそうになかった。

ルセテリとしては、馬飼いが馬を殺処分する前に抜け出せさえすれば何の問題もなかったが、夜遅い時間……目には見えないが、ルセテリの服の裾を掴んでいるジアのまぶたがスルスルと閉じていく時間だった。


「そうですか。本当にお疲れ様です」


適当に相槌を打って、早くこの場を立ち去らなければ!

ルセテリは顔を引きつらせながらも、適当に話を合わせるための努力を惜しまなかった。


「特別にお前さんにだけ言うがな、あの公爵家。いっそ滅んでしまえばいいのにって思うよ。ワシらみたいな人間のことなんて、全く人間扱いしてくれないんだからな。皇帝陛下ご夫妻は、ワシみたいな者にもどれだけ親切によくしてくださることか……」


公爵が聞いたらひっくり返るような言葉を。

内心ルセテリも同意見ではあったが、あえてその言葉に同調する表現は控えた。

無駄に尻尾を掴まれるような真似はしたくなかったし、それにこの馬飼いが公爵家と繋がりのない人間だという確証もないではないか。

早くここを抜け出すことだけが正解だった。


「ははっ。私のような者に何が分かりましょうか。ただ言われた通りにするだけです。私も早くこのポニーを北の宮へ連れて行って休みたいです」


うぶに見えるようにわざと後頭部を掻きながら、困ったような作り笑いを浮かべてみせた。

その姿に男はチッと舌打ちをし、ルセテリが通れるように片側へ退いた。


「やれやれ、見ず知らずの人間を捕まえて、長く身の上話をしてしまったな。さあさあ、早く帰って休むんだな」

「へへっ、ご理解いただきありがとうございます。おじさんも早く戻って休んでくださいね」

「はぁ、ワシはあいつを見送ったら酒でも一杯やらなきゃ、素面じゃやってられんよ」

「そうでしょうね。それでは、お先に失礼します」


馬小屋を出て、しばらく手綱を引いて歩いた。

慎重に慎重を期しても足りないくらいだったため、何も言わずに北の宮へ向かって歩き続けた。


『ロッ様、私足痛いし眠い』


まだ透明化を解いていないため姿は見えないが、ジアがあくびをする音が聞こえてきた。


「王女様がお疲れでしたら、私の背中に乗って行かれますか?」

「お? お前、竜言がわかるのか?」

「あ、はい。私、昔ルセテリ様を遠くから一度だけお見かけしたことがありまして」


何事もなかったかのように平然と言葉を続けるホワイトを、ルセテリはしげしげと観察した。

ポリモーフの魔法で姿は変わっていたが、本質を見抜くドラゴンであり、魔法の詠唱者であるルセテリの目には、ホワイトの本来の姿がはっきりと見えていた。


「私がまだ幼い仔馬だった頃のことです」


自分に会いに来たほどなら、ただのその辺を歩いていたユニコーンの一族ではなく、かなり高い地位を持つ一族の構成員なのではないか?

不思議に思い、自然と首が傾いた。


「ところで、どうして人間の世界に追い出されることになったんだ? その角のせいで?」


ユニコーンの序列は、その角の大きさと強さから格付けされる。

おそらくこのホワイトというユニコーンは、角が折れた後で一族から追い出されることになったのだろう。


「我々は代々、ソラレティ様にお仕えして回っていた一族の分家でした。私はその中でも、有力な次期指導者の一人として数えられたこともありました」


やはりただの馬ではなかったか。


「角は、私が長に逆らってしまって……」


性格はそれほど良くはなかったようだ。

たいていユニコーンの性質は温順で純粋の結晶そのものだと言うのに、こいつは見込みがなかったらしい。

だから長に逆らって角を折られ、一族から追い出されたのだろう。

ルセテリは舌打ちをした。


『あのね、じゃあ君、私の馬になる?』


少し前まで眠い目をこすってあくびをしていたジアの瞳が、キラキラと輝き始めた。

嬉しそうに顔にはパッと笑顔まで浮かべており、透明化していてもはっきりと分かるほどだった。


「おっ、ドラゴン様のご加護を受けられる方であれば、当然従いますとも」


怪しいな、こいつ?

疑わしげな目で、ルセテリはホワイトの目をまっすぐに見つめた。

フォンテンの森から追い出され、酸いも甘いも噛み分けてきた奴だ。疑ってかかるに越したことはない。


『じゃあね、ホワイトじゃなくて、ベッシーはどう?』

「ベッ……シー、ですか?」

『うん、ベッシー。ロッ様はロッ様だから、ベッシーはベッシーだよ』


そうしてあっという間に、ホワイトの名前がベッシーに変わった瞬間だった。

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