第141話 密かに拒絶します
「え……? 何かご用でしょうか?」
ジリジリと距離を詰めてくるナビルが非常にプレッシャーだったルセテリは、ビクッと一歩後ずさりした。
「毎回……申し上げていることですが、お見事です」
「いや、一体何が……」
「カイラン様のことですよ。あんなに素直に他人の言葉に従うようなお方ではなかったのに……。何度見てもお見事としか言いようがありません」
「は、ははは……?」
ナビルの称賛が、なぜかルセテリの背筋をゾッと冷たくさせた。
この次に続くセリフはいつも決まっていた。
ルセテリとジアがこのテランカナに滞在した一年余り、ずっと同じだった質問。
「市民解放軍にお入りになるおつもりはありませんか?」
そう、この市民解放軍に入ってくれという勧誘だった。
似た者師弟と言うべきか、しつこく食い下がってくるところだけは二人ともそっくりだった。
もちろん毎回ああだこうだと理由をつけて断ってはいるが、巧妙に毎回新しい理由をひっさげて迫ってくるので、今では少し不気味なほどだ。
「ですから、我々はフォンテンの森へ向かう旅の途中なので……」
「その後でも構いませんよ? どうかその優れた指導力を、我々にも振るう機会をくださいよ」
これは脅迫か、それともお願いか?
図々しく迫ってくるナビルの行動力には、ルセテリでさえ両手両足を上げる(お手上げの)状態だった。
そのたびにふと降参してしまいたい気持ちは山々だったが、どうにかこうにかジアが上手くシールドを張ってくれたおかげで、うやむやにしてやり過ごしてきたのに……。
どうも今日に限って執拗に食い下がってくるのが尋常じゃないぞ?
「あくまでカイラン本人の能力ですから。私がやったことなんて何もないって言ってるじゃないですか」
本心100%を込めて答えてやっても、ナビルは信じていない様子だった。
むしろそんなはずがないという不信感に満ちた目でルセテリを見つめていた。
「それは、ル先生が上手く導いてくださったおかげではありませんか」
いや、あれはマジでジアにいいところを見せようとカッコつけてるだけで……。
「横でナビル様が手助けしてくださったおかげじゃありませんか。私はただうちのプーをくっつけて少し対抗心を煽っただけで、基礎はナビル様がすべて築き上げられたものです。私はそこにスプーンを一杯乗せただけで、何もしていませんよ」
どうにかナビルの魔の手(?)から逃れるため、ルセテリは持てる限りの力を振り絞って言い訳を捻り出した。
いや、でも本当にルセテリがやったことといえば、ジアに指示して一生懸命いびったこと以外、何もないんだから。
全部ジアがゲンコツを食らわせながら勉強させたのがすべてだというのに。
もちろん、そんな事実を知っているジアだけが遠くから情けないというような目でルセテリを侮蔑しているのが見えた。
とにかくこの場からは早く逃げることだけが生き残る道だ。
それでも幸いだったのは、ルセテリの強い否定にナビルが一歩引いたという点だ。
何か名残惜しさが顔からダラダラと溢れ出ているような表情だったが、舌打ちをして姿勢を直した。
「それだけでも十分ですよ。今日の会議には出席されますよね?」
いや。
今まで一度も出席したことがないのに、今更?
思いがけないナビルの提案に、ルセテリは首を傾げた。
これまでルセテリとジアが公国の会議室に出席したことは一度もなかった。
帝国出身だという問題もあるが、何よりもルセテリ本人が複雑な政治的な問題に巻き込まれるのを嫌ったためでもあった。
それなのに準備の最終段階である今になって出席してほしいとは、当然疑問を抱くしかなかった。
「我々が出たところで、何の役に立つというのですか」
婉曲な拒絶だ。
ルセテリやジアを知るシェイクやナビル、あるいはアークは二人を固く信じていたが、一部の公国貴族の中には疑いの目を向ける者も存在した。
彼らが悪いというわけではなく、ある意味当然のことではないか。
特に帝国との全面戦争を控えたこの時期に、二人は彼らにとって非常に厄介な存在だった。
それを分かっているルセテリが、自ら進んでその火の粉の中へ飛び込むはずが……。
「カラヒの美味しいお店の紹介」
「……はい?」
「カラヒというカレーがあるんですが、美味しいお店があるんですよ。そこのフルコースはいかがですか。私のおごりで」
「乗った」
何のことかは分からなかったが、とりあえず食べ物だという言葉に二度悩むこともなく、コロッと騙されてしまうルセテリだった。
まるで「ご飯ちょうだい」とハアハア言いながら、見えもしない尻尾を嬉しさのあまり千切れんばかりにブンブン振っている犬の姿が見えるようだった。
おまけに後先考えずに「乗った」だなんて……。
間違いなく戦争に関する会議に決まっているのに、前後の考えもなしに出席すると言うルセテリに、ジアは呆れてしまった。
「ル先生? ちょっと待ってください??」
止まる気配もなく突進しそうなルセテリを、ジアが首根っこを掴んで引き止めた。
危ない、危ない。
一歩間違えればそのままナビルの策にハマるところだったじゃないか。
それなのに感謝するどころか、なぜ止めるんだというように不満げなルセテリの表情を見て、ジアは時々修道者たちが口にする解脱の境地というのがどんなものか分かるような気もした。
[私たち、そろそろフォンテンの森へ発たなきゃならないじゃないですか]
[あー、まあ、なんでだよ。数日遅れたからって文句言う奴なんていないさ]
[ソラレティ様は大丈夫なんですか?]
ビクッ。
ソラレティという名前を聞くや否や、ルセテリの背中が細かく震えた。
[しばらく連絡なかったじゃないか。大丈夫だろ]
ルセテリの竜言の通り、かれこれ一年近くソラレティからの連絡は来ていなかった。
だからといって、これからも連絡が来ないという保証はどこにもなかった。
[大丈夫だろじゃないでしょ、大丈夫だろが!]
[別に大したこと起きないだろ?]
新しい食べ物を食べることで頭がいっぱいのルセテリは、ソラレティへの連絡くらい一日二日先延ばしにしてもいいと考えているようだった。
それでも……なんだか不安なんだけど?
渋い表情でジアはルセテリをそのまま放すしかなかった。
仮にソラレティ様からの連絡を今すぐ受けなかったとしても、怒られるのはジアではなくルセテリの役目だったのだから。
「私は知らないですからね」
「分かったよ。全部俺が責任取ればいいことだろ」
曲げていた腰をグッと伸ばし、堂々とルセテリがジアに囁いた。
一抹の不安は残っているが、ルセテリが全部責任を取ると言ったのだから、ジアは最後に残った小さな不安をパタパタと振り払うことにした。
今までのように会議に入っても、隅っこで大人しく見物だけしていれば何の問題もないだろう。
それが最終結論だった。
***
とりわけ今日の会議場の雰囲気は殺伐としていた。
戦争の準備が最終段階に差し掛かっていることに加え、しばらくの間南西部国境地帯で大小の騒動が起きているため、動いていなかった帝国軍の一部が南部へ向かっているという諜報があったためでもあった。
大小の怒声がしばらく飛び交い、その中にはカイランも一役買っていた。
他のことはともかく、あれだけでも誇らしいよな。
遠くからルセテリはカイランを見守りながら、微笑ましい笑みを浮かべていた。
もちろんその横には、会議など興味ないというように分厚い本をパラパラとめくっているジアが座っており。
バカなカイランは、会議室に入ってきているジアに自分のカッコいい姿でもアピールするつもりなのか、普段よりも積極的に会議に参加する姿を見せていた。
「新兵器の開発は現在どの程度進んでいるのですか?」
だとか、
「現在の軍事訓練の状況から見て、配置はティシャールを中心に南東と南西に分けて送る方が良いのではないでしょうか」
といった具体的な軍事計画にまで積極的に参加している最中だった。
会議中、時折ジアの方をチラチラと盗み見ているので、その意図は十分すぎるほど分かったが、あくまでジアにはここで男の子にしか見えていないっての。
ルセテリはチッチッと舌打ちをしながら壁にもたれかかり、白熱する討論会場を無言でただ見つめているだけだった。
この会議に口を挟むつもりは微塵もないため、非常に余裕のある表情で会議に出席している貴族一人一人の顔を観察している最中だった。
「資格のない者が会議室に入っているとは……不快ですな」
うん、誰か一人くらいはそう言うんじゃないかと思ってたよ。
綺麗に整えられた口髭をいじりながら、貴族の一人が不満そうにルセテリをチラチラと見ていた。
「そなたの言う資格のない者とは、あそこにいるル先生のことか?」
「部外者ではありませんか。それも帝国人。このような敏感な時期には、どうしたって慎重になるべきではないでしょうか」
シェイクの問いにも全く怯むことなく、自分の言いたいことをはっきりと言うのはなかなかの肝っ玉だった。
そうでなければ、貫禄があるとか。
一言で言えば、ただの貴族ではないということだろう。
「では、市民解放軍の半分は追い出さなければならないとおっしゃるのですか、叔父上」
やはりただ者ではない人物だと思っていた。
叔父上だなんて……シェイクの親戚ということではないか。
それも先代の。
「それとは訳が違うではありませんか。彼らは兵士であり、今ここは指揮部です。公国の中枢である場所に、誰彼構わず出入りさせて良いものでしょうか」
誰彼構わず、か……。
指で唇をトントンと叩きながら、ルセテリは気を悪くしたオーラをプンプンと漂わせた。
しかし、ただそれだけでルセテリは何も言わなかった。
正直言って、彼の言う通り自分たちはここでは異邦人だった。
それに、特に何かをするために出席した席でもなかったし。
「ル先生は、カイラン様の師匠です。師匠が弟子の成長を見守ることも問題になりますか?」
「ナビル君。私はそのようなことを言っているのではない。ここは公国の中枢首脳部だ。頻繁に公国の機密が飛び交う場なのだ。そのような場所に部外者が出入りするのが妥当だと言うのかね」
間違ってはいない叔父という男の言葉には、ナビルでさえも安易に口答えすることができなかった。
気分は少し悪かったが、論理的には彼の言葉も正しいからだ。
ルセテリは大きくため息をついた。
「おっしゃる通りですね。我々が公国の貴族様方の目から見れば部外者であることは間違いありません。まあ、信じるか信じないかは各自の自由ですが……ところで」
わざとルセテリは一呼吸置いた。
「それ、シェイク様を信じられないとおっしゃっているのですか?」
騒がしかった会議場は、瞬く間に冷ややかに凍りついた。




