第133話 誰がために尋問するのか
「では、そろそろ白黒はっきりさせましょうか?」
「コホン。そ、そうだな」
思ったより血色が良さそうな帝国軍の状態に、伯爵の勢いが一段と削がれた。
一方、顔いっぱいに笑みを浮かべているナビルは、ゾッとするほど殺伐としたオーラを放っていた。
その雰囲気の中でも大あくびを連発しているジェレミアを見ていると、あいつも意外と肝っ玉が据わっている。
「では、私から先に尋問を始めても構いませんね?」
ルロア伯爵が出るより先に、ナビルが先手を打った。
先手を取られた伯爵の表情が苦虫を噛み潰したような顔になったが、どうしようもない。
ツバをつけた(目をつけた)もん勝ちだ。
「まあ、好きになさい」
不満そうに唇をギュッと結んだルロア伯爵が、プイッと顔を背けた。
その横で焦ったようにアングロ子爵は拳を固く握りしめ、ブルブルと震えていた。
ほう、何か後ろめたいことでも?
今にも爆発しそうな帝国側の状況を、ルセテリが興味深そうな視線でじっと見つめた。
「公国の国境はなぜ越えたのだ?」
帝国軍の中でも地位がそれなりにありそうな、銀色のプラニュム鎧を着た騎士に向かって、ナビルは一寸の迷いもなく単刀直入に尋ねた。
「各領地から逃げ出した領地民たちを炙り出すという理由もありますが……」
「ありますが?」
「それよりはピスタチャが目的です」
「今、何をほざいているのだ!」
答えを終えるよりも早く、アングロ子爵の顔色が悪くなり、怒り狂って暴れ始めた。
敏感な部分を正面から突かれたせいで、少なからず慌てたことは間違いなかった。
もちろんそういう理由もあるだろうが、険悪になるルロア伯爵の顔色をうかがったのだ。
「これは間違いなく公国の差し金に違いない。でなければ、こいつが帝国軍ではないかだ!」
子爵のあり得ない強引な主張には、尋問を受けていた帝国軍でさえ呆れたような表情を浮かべるほどだった。
「では、我々がすり替えたとでもおっしゃるのですか?」
ナビルの顔には依然として呆れ果てた様子の嘲笑がたっぷりと含まれていた。
「私の知ったことか! そちらでどんな魂胆を企てたかなど分かるものか?」
「ほう、そうですか?」
子爵が指差している帝国軍をナビルがチラリと見た。
拳を固く握りしめ、唇をギュッと噛んでブルブルと身を震わせている姿は、まるで妻の不倫でも目撃した夫のようだった。
腕を組んだナビルは、もう一度子爵に尋ねた。
「アングロ子爵。本当にあなたはこの帝国の騎士を知らないとおっしゃるのですね?」
「そうだと言っているだろう、何度言わせる気だ! 私は知らん」
しらばっくれて、最初からその騎士の顔から目を背けてしまう子爵だった。
横から見ても縦から見ても、上から見ても下から見ても、どうしてあんなにも血走った目で必死に否定している子爵の姿に瓜二つ(生き写し)なのか……。
最初から視線を逸らしてしまった子爵の顔と間違いなくそっくりな帝国軍の顔は、青ざめていった。
いや、言い張るにしても適当に空気を読んで言い張らなきゃ。
目に見える明白な証拠の前で、自分は知らない顔だと言えば証拠がなくなると思ってるのか?
「ああ、そうですか? この帝国の騎士は自分をこう紹介していましたが……。自分はニルマン・フォン・アングロで、アングロ子爵の三男だと」
ルセテリは見た。
ナビルの言葉が終わるや否や、両目をギュッと閉じて顔を背けてしまうアングロ子爵の姿を。
「わ、わ、私は、知らん!」
「では、この騎士は我々が公国法に従って処分しても全く構わないのですね?」
「構わん!」
「本当に構わないんですね? 公国法で泥棒は罪の重さによって、最低でも手首切断の刑から最高で斬首刑に処されることもありますが」
斬首刑という言葉を聞くや否や、帝国軍、つまりニルマンの顔が真っ青になった。
泣きそうなのか肩をブルブルと震わせさえしたが、子爵は言葉を翻す気はないのか黙りこくったままだった。
「そういえば、アングロ子爵様とおっしゃいましたか? アングロ子爵様の三男だと主張していましたが……。違うようですね?」
人間が見せ得る最大限の残酷さをたっぷりと含んだナビルの微笑みに、ルセテリはゾクゾクと鳥肌が立った。
「そ……コホン。わ、私は知らない人間だ」
必死に、そして切実な思いで自分を見つめるニルマンの視線を避け、アングロ子爵はそうやって自分の血筋を無理やり見ないふりをした。
見捨てられたと思ったのか、ニルマンはガクッと首をうなだれたかと思うと、やがて唇をギュッと噛み締め、何かを決心したようにパッと頭を上げた。
「チッ、もういい。こんな親、俺だってごめんだ!」
爆弾宣言のような叫びに、アングロ子爵を除く全員の視線がニルマンへと集まった。
[これもルッ様がやったことですか?]
[まさか]
[でもどうして急にキレた(急発進した)んですか?]
[さあな……今まで溜まってたものが多かったとか?]
それもそのはず、本当に帝国軍たちが部屋に入ってくる時までは、ルセテリは彼らの精神を制御するのに必死だったが、今は違った。
少なくとも、先ほどナビルが公国にはなぜ越えてきたのかと質問して以降は、全く手を出していなかった。
だから今のニルマンの状態は完全に本人のもの、まさに自分の意志だった。
「おい、あんた」
悪に染まりメラメラと燃え上がる目で、ニルマンはナビルの方へ顔を向けた。
「この国の首相だと言ったか?」
相変わらず礼儀の欠片も(目を洗って見ようとしても)見当たらないニルマンの生意気な態度は癪に障ったが、ナビルは落ち着いて笑顔で応対した。
「シェイクから全権を委任された代理人ではありますね」
「そうか、それであの横にいるガキが、そのシェイクだか何だかいう公国のトップの息子か?」
顎で自分を指差したニルマンの不遜な態度は気に入らなかったものの、カイランは渋い顔をしながらも頷いた。
なぜか雰囲気的にそうしなければならないような気がしたからだ。
「正直に話せば、命だけは助けてくれるんだよな?」
「誰にでも機会は開かれているものです」
「俺たちが国境を越えたのは、全部子爵に命令されたからだ」
「無礼者! 誰の御前だと思って嘘をつこうとするのか!」
すかさず子爵はどうにかしてニルマンの口を塞ごうと、首に青筋まで立てて怒鳴りつけたが、無駄なことだった。
決心を固めたように覚悟を決めたニルマンの眼差しは、絶対に折れないとばかりにメラメラと燃え上がっていた。
「子爵の領地から出発する前、子爵が俺たちにピスタチャを盗んでこいと指示した。リバーピルでかなり高く売れる絶好の機会だと言ってな」
「ほう、そうですか?」
ニルマンの自白に興味があるというようにナビルが関心を示すと、子爵はほとんど発作でも起こしたように口から泡まで吹いた。
「こいつが私を欺くのか! 何が不足して小国の農作物などを盗んでこいと命じようか!」
「間違いなくあんたがそう言ったじゃないか! 帝国のためになる道だと言って。盗んできたピスタチャの重さに応じて褒賞金までかけたじゃないか!」
「私はそんなことはしておらん!」
「俺には正式に子爵家の息子として認めてやると言って、国境の向こうの公国にある農場の場所まで教えたのが、まさにあなただろうが?」
「コホン!」
ニルマンの燃え盛る視線を努めて避けようと顔を背けた子爵だったが、青ざめるを通り越して土気色になった顔色にブルブルと震えている固く握りしめた拳まで、少し前まで傲慢だった帝国貴族の威厳など微塵も見当たらないほどに惨めに見えた。
たかが青い豆に過ぎないピスタチャだというのに。
天下に泥棒をしろと暴露された子爵の権威が、リアルタイムで底辺へと墜落していく最中だ。
ルロア伯爵は怒りが頭のてっぺんまで込み上げ、顔を真っ赤にして頭のフタが吹き飛ぶ(ブチギレる)寸前のようだ。
「あー、なんだ。うるさいな……たかがその豆の欠片一つで何の大騒ぎだ。もう面倒だ、伯爵。こんなことで時間を無駄にする必要がありますか?」
「はい? 公子? それはどういう……」
「あいつら、帝国軍じゃないって言ってたじゃないですか? じゃあ何の関係があるんですか」
ジェレミアの言葉に、ルロア伯爵は焦り始めた。
少し前まで頭のてっぺんまで怒っていた人間と同一人物かと思えるほど、伯爵は真っ青になった顔で額からは冷や汗がダラダラと流れ落ちていた。
誰が見ても子爵とそっくりな顔をした帝国人の標準規格であるニルマンを、帝国人ではないと主張することからして無理があるという考えには至っていないようだ。
「なるほど。ジェレミア公子様からご覧になれば、この者たちは帝国軍でもなく帝国人でもないということですね?」
「そうだ。何か問題でもありますか?」
何ともないというように頷くジェレミアの背後で、顔面蒼白になりオロオロとどうしていいか分からない子爵と伯爵の顔が、一つの画面に収まった。
こんな興味津々の場面を見逃すはずがないルセテリは、食べていたフライドポテトをジアに渡し、首をスッと前に突き出した。
[あのバカはいつも変わらないな]
[天地がひっくり返っても、あいつが変わることは絶対にないわよ]
[犬がクソを食うのをやめるようなもんだしな(三つ子の魂百まで/死ななきゃ治らない)]
ボリボリ。
今度はジアがサクサクのフライドポテトを噛みながら、鷹の目で黙って状況を見守った。
「では、この者たちを公国法に従って処理しても、帝国には関係ないということ、ですね?」
「帝国人でもないのに、僕たちが出る幕があるのか分からないね。そちらで勝手にやればいいことで、僕たちにわざわざ聞く理由は?」
肩まですくめて知らぬ存ぜぬを貫き通すジェレミアのおかげで、突然血と汗の結晶である自分の騎士団を失う羽目になったアングロ子爵は、呆れ果てたように口をパクパクさせながら何か言いたげな様子だった。
もちろん、その望み通りに子爵に発言権が与えられることはないだろうが。
「者ども! ここの罪人たちをすべて引きずり出して、牢獄へ再び投獄しろ!」
帝国側に比べて一段と余裕のある態度で笑みを浮かべながら、ナビルは鼻にかけた眼鏡をクイッと押し上げた。
「裁判を開き、刑を執行する」
この世のすべてが崩れ落ちたかのように絶望的な表情の子爵を、ナビルは見逃すことなく叫んだ。




