第130話 やられたらやり返すのが痛快さ
会談場の中の雰囲気は凍りついていた。
約束していた時刻よりも随分と遅れて帝国軍が到着したためだった。
それに加え、望楼から見ていた帝国軍の態度が気に入らなかったナビルとアークは、顔から不快なオーラを隠そうともしていなかった。
その間で居心地が悪そうに、カイランはしきりに体を動かしていた。
「なあ、俺、絶対ここにいなきゃならないんですか?」
もじもじと顔色をうかがうのに忙しかったカイランの肩が、すっかり萎縮してしまったのかガックリと下がった。
そんな状態で目だけをチラリと覗かせ、切実な目でルセテリを見つめて囁いた。
「向こうも公子を代表として出してくるっていうじゃないか。俺たちがそうしちゃいけないって法でもあるのか?」
「そうですよね? いくら公国の立場とはいえ、これは明らかに我々を欺いているのです」
ナビルの目が帝国の欺瞞にメラメラと燃え上がっていた。
アークはそんなナビルの言葉に同意するように腕を組んで座り、目を閉じたまま静かに頷いた。
「お前はそこでじっと座って、喧嘩の見物でもしながらお菓子でも食ってりゃいいんだよ」
「喧嘩の……見物ですか?」
「喧嘩だろうさ。本気で戦争を起こそうと飛びかかってくることはないだろ? 帝国だって今そんな状況じゃないだろうし、目に見えているリスクを背負おうとはしないはずだ」
ナビルとアークもまた、ルセテリと同じ考えのようで頷いていた。
どう見ても戦争を起こしに来たようには見えないが、だからといって抗議書簡を受け取って素直に謝罪してくるようにも見えないんだよな?
「じゃあ、一体何のために会談に出席しに来たんだよ?」
ナビルはじっとカイランを見つめた。
それでも、少しはル先生やプーがいるから変わると思っていたのだが……。
「捕虜がいるではありませんか」
特に、あのアングロ子爵の三男だと言い張る帝国軍兵士が一人いたじゃないか。
尋問し調査した結果、三男は三男だが、放置されているも同然の婚外子だった。
まさかあのニルマンのためだとは思えなかった。
「捕虜も捕虜次第だし……私が見る限り、公爵が知恵を絞ったんじゃないでしょうか?」
じっと状況を見守っていたジアが口を開いた。
「公爵が自ら出向くのは嫌だけど、かといって伯爵や子爵だけを送るのは体裁が悪いから、だから公子を送ったんじゃないでしょうか?」
予想以上に鋭く核心を突く指摘に、一瞬会談場の中に静寂が流れた。
この中で最もあの公爵が考えそうな話だったからだ。
「確かに……あり得そうです」
あり得そうどころか、あのアウレリア公爵なら十分にやりかねない。
ナビルの言葉に同意しながらも、さすがに口に出して言うことはできないルセテリは、代わりに指でギュッと結んだ口をトントンと叩いた。
「じゃあ、俺まで出席する必要はないじゃないか。無礼な真似は向こうが先に始めたんだし」
珍しくカイランが的を射たことを言う。
これまで適度な(?)しつけを交えた教育が効果を上げているようだった。
なかなか鋭く状況を分析できるようになってきているし、随分と成長したものだ。
「無礼には無礼で応じるものだと、シェイク様が耳にタコができるほど強調されていましたからね。あ、もちろんカイラン様にとっても良い経験になるだろうというお言葉も忘れておられませんでしたよ」
さすがナビル、いやシェイクらしいと言うべきか。
誰の意見かは重要ではなかったが、相手の出方によって態度を変えるというその一点だけは、ルセテリの心にぴったりとハマった。
その一言で、カイランを見るナビルの目つきが変わった。
「少し前に望楼で帝国の騎士団を呆然と見つめていたという報告がありましたが……事実ですか、カイラン様?」
変わるや否や告げ口するアークの一言に、再びナビルの目つきがあっという間に冷ややかに冷めていった。
「呆然としてなんかないぞ。ただ公国騎士団と違って見えたから珍しかっただけで、それ以上でもそれ以下でもないっての!」
「おやおや、誰が何と言いましたか? そのような話を聞いたので事実確認のために伺っただけですが」
イタズラっぽさいっぱいの目でアークがカイランをからかった。
実はアーク自身も、呆然とするほど見とれていたわけではなかったが、しばらく帝国の騎士団を穴が開くほど観察してはいたのだ。
アークが知っている第1騎士団の団員構成とは大きく変わっているようで、騎士一人一人の実力を推し量る必要があったからだ。
結論としては、既存の第1騎士団の構成とは質的に大きく劣っているということだった。
この部分はナビルも同意する部分だった。
間違いなく皇室内で大きな変化があったことは明らかだった。
「アルメニア帝国の使節団、入場されます」
会談場を守っていた門番が大声で叫んだ。
重厚な扉がゆっくりと開き、その中にはルロア伯爵とアングロ子爵、そしてその真ん中でジェレミアがふんぞり返りながら会談場の中へと入場してきた。
その後ろを、まるで威圧でもするかのようにフランネルの鎧を光らせながら、第1騎士団が次々と中へ入ってきた。
いや、会談だろ。
なのに騎士たちを引き連れて会談場の中に入れるなんて、常識的に考えてあり得るか?
ルセテリは呆れ果てたあまり、しばらくルロア伯爵を睨みつけた。
爵位の低い子爵がやったはずはなく、間違いなくジェレミアが強引に連れて入ったことは明らかだった。
無駄にプライドだけが高くて誇示したかったのだろう。
護衛として数人連れて入ったわけでもなく、見たところ1個分隊を引き連れて会談場の中へ入ってくる頭のおかしい使節団がどこにいるって言うんだよ。
少なくとも一番正気を保っていそうな伯爵だけでも止めるべきじゃないのか?
かなり痛い視線を感じたルロア伯爵が、ルセテリの方へ顔を向けた。
初めて見る顔だった。
それなのになぜか見覚えがあるような不思議な感覚に、しきりに彼は首を傾げた。
『間違いなくどこかですれ違ったことがあるような気がするのに、記憶にない人物だ』
男の横に立っている男の子もまた、同様に不思議な感覚を覚えた。
自分の見間違いだろうかと思い、伯爵は子爵の腕をポンポンと突いた。
「もしかして、あそこのあの男と男の子、見たことはあるか?」
「はい? 分かりませんが?」
間の抜けた子爵の答えは予想していたが、一言一句違わぬ予想通りの答えに、伯爵は短く舌打ちをして首を横に振った。
「あの男が重要人物ですか?」
ジェレミアが不意に二人の間に割って入った。
「いいえ。どこかで見たことがあるような人物だったので、子爵に尋ねてみただけです」
「ふむ……確かに、僕もどこかで見たことがあるような気はするけど、知らない顔ですね」
ルセテリとジアを巡って、帝国側がざわついている。
[まさか、バレるんじゃないでしょうね?]
[俺の実力を知らないのか? そんなこと絶対にあり得ない]
[そりゃそうなんですけど……]
万が一という不安から、ジアはルセテリの手をギュッと握った。
手のひらの側にはしっとりと汗まで滲んでおり、ジアであっても相当緊張しているようだ。
[人が醸し出す雰囲気まではどうしようもないが、外見だけは完璧だ。だから心配するな]
ルセテリはジアの手をギュッと握り返した。
何しろ、誰一人として気づかないほど自分の魔法は完璧だ。
たった一人、ソラレティ様を除いてはな。
「随分と、遅かったですね?」
吐き捨てるようなナビルの一言には、かなりの冷ややかさが漂っていた。
確かに、帝国軍が城内に入ってからもかなりの時間が流れていた。
入ってくる時間に合わせて会談場で待っていたことを考えれば、随分と時間が経過していた。
ナビルの態度が生意気だと思ったルロア伯爵が、まず声を荒げた。
「無礼者! 畏れ多くも一介の公国の下っ端ごときが出る幕ではないわ!」
はっ! 突然、公国の宰相であるナビルを下っ端扱いする伯爵のクラス(レベル)たるや!
ルセテリは静かに、しかし冷たく燃え上がっているナビルの瞳を見た。
ギリギリと唇まで噛み締めている様子を見ると、そう簡単には見過ごさないつもりのようだった。
「では、誰が出るべきだと言うのですか?」
「公国だと言うなら、当然シェイクくらいは出てくるべきではないのか! なのに何だ、この烏合の衆は!」
顔を真っ赤にしてキーキーと怒鳴り散らすだけの老人が、瞬く間に帝国の宰相と騎士団長、そして公国の後継者を烏合の衆にしてしまった。
これじゃあ帝国は、揃いも揃って人を見る目がないにもほどがあるんじゃないか。
伯爵が並べ立てる無礼な騒ぎに、とりあえずナビルは落ち着くためにも大きく深呼吸して息を吐き出した。
無駄にあんな言葉に振り回されて一緒に声を荒げたりすれば、人間性が同じになってしまいそうだった。
「なら、そちらこそ皇帝とまではいかなくとも、公爵くらいは出てくるべきではないのですか」
「なんだと! 貴様!」
『そちら』という言葉がかなり癪に障ったのか、伯爵は今にも爆発しそうな火山のように顔が赤くなったり白くなったり、熱湯と冷水を往復していた。
そして他に返す言葉がないからと、すぐに『貴様』呼ばわりだ。
「何か勘違いをされているようですが、この場は帝国が公国に被害を与えた件に対する謝罪を受け取るために設けた場です。言動にはお気をつけください」
「謝罪だと! むしろ公国側が帝国に百回謝罪しても足りないというのに! コホン!」
いやはや、帝国の特性か?
厚かましいにもほどがあるだろ、どうしてああもアウレリア公爵の生き写しみたいに全員同じなんだよ、まったく?
怒り狂って暴れるルロア伯爵を見て、ルセテリはチッチッと舌打ちをし、情けないものを見るような目を向けた。
「では、謝罪する気は毛頭ないと?」
「悪いことは何もしていないのだから、謝罪する理由も必要もあるわけがなかろう」
怒り狂う伯爵の調子に合わせて、横で子爵が相槌を打つ様子が実に絶妙だった。
どうしてああも似た者同士でよく合わせて、よく遊ぶ(息がぴったり)ものか……。
見たところ、アークは今すぐにでも月刀を抜いて斬り捨てそうな勢いで二人を睨みつけており、まさに一触即発の状況だった。
「シェイク・ミルザ・ナセル・ビン・プレシアの息子、シェイク・カイラン・ビン・ミルザ・プレシアだ」
カイランが一歩前に出た。




