第129話 衝撃の帝国第1騎士団
「それはそうとして、帝国軍人たちはどうするんですか?」
もはやジェレミアのことなどどうでもよく、ジアはただ関心を切ってしまいたかった。
重要な会談におまけでついてきたところで、結局はおまけだ。
メインにはなり得ない。
だとすれば重要なのは、会談の内容と捕虜になった帝国軍が証言する内容だった。
間違いなく帝国軍側は、自分たちに有利になるように嘘を並べ立てるに決まっているのだから。
「ちゃんと方法があるさ。フフフ」
ジアが言わなくてもすべて分かっているというように、ルセテリが腹黒く笑みを漏らしていた。
その姿にジアはゾクッと寒気を感じた。
無駄に捕虜になった帝国軍人たちが哀れに思えてきて、静かに冥福を祈った。
少なくとも五体満足で生きて帰ることはできるだろうけど……。
あ、でも帰ったら帰ったで状況はあまり良くないかもしれないわね?
もちろん、当然ジアが気にするようなことではなかった。
ただ帝国軍たちがどんな言い訳を並べるのか少し気になるくらいか?
それ以上でもそれ以下でもなかった。
***
プラヤ川を挟んだティシャール外郭の要塞城の城郭の上からは、川の向こうがとてもよく見えた。
どれくらいかと言えば、川の向こうで馬に乗り、屠殺場に引きずり出された子豚のように眉間を思い切りひそめて嫌な顔で文句を言っているジェレミアの表情一つ一つが、非常によく見えるほどだった。
「おおっ! あれ帝国第1騎士団じゃないか? 皇帝直属の騎士団まで引っ張ってきたぞ?」
表向きは驚いたように感嘆の声を上げたが、ルセテリの目つきだけはこの状況が楽しくてたまらないというように興奮で輝いていた。
「帝国第1騎士団ですか?」
皇室直属の騎士団という言葉が気になったカイランが、背伸びをして望楼から川の向こうを盗み見た。
ピカピカのプラニュム合金の鎧に黄色い房がついたマントをなびかせ、自分と同年代の男の子の後ろでピシッと整列している騎馬兵たちが目に入った。
一目で見るからに、ティシャールでピスタチャを盗もうとしていた帝国軍たちとは姿勢からして違った。
「あれが帝国第1騎士団……」
気迫に魅了されたようにカイランは目を輝かせたが、騎士団を観察していたルセテリはとりあえずため息からついた。
第1騎士団の全員を連れてきたわけではないだろうが、一部だとしても大々的な人員入れ替えは避けられなかったようだ。
何人かは皇宮で見かけた顔ではなかった。
だからといって実力が優れているようにも見えないので、公爵あるいは公爵派の騎士たちだろう。
ルセテリは望楼にぶら下がって騎士団を見物しているカイランの頭をガシッと掴んだ。
「帝国の騎士団が全員尊敬に値する実力を備えていると勘違いしたら困るぞ」
「第1騎士団じゃないですか。じゃあ帝国で一番優れた騎士たちが集まるところじゃないんですか?」
「優れてはいるだろうさ。別の方向でな。もちろん公国騎士団の実力に比べればお粗末なもんだろうが」
「どういう意味ですか?」
「お前がまだガキだっていうことさ」
この世のすべてが純粋に見えているような目を輝かせているカイランを見て、ルセテリは首を振った。
片方はあまりにも純真無垢で、
「当然、何らかの取引があったに決まってるでしょ? 裏金とか、政治的な取引とか」
もう片方は年齢に似合わず世の理に明るすぎた。
「どうしてそんなものが必要なんですか?」
「それが大人の政治ってやつよ」
ジェレミアは非常に機嫌が悪かった。
公爵の命令で仕方なく引きずられてくるようにして来たものの、つまらなかった。
道は整備されておらず馬の蹄がズブズブと泥水にハマってぐちゃぐちゃだったし、食事として出されたものは最悪だった。
今頃なら城で最高級の食材で作られたありとあらゆる料理を毎食食べながら、社交活動に余念がなかった時期なのに、無理やり背中を押されるようにこんな田舎の片隅まで来させられたのが気に入らなかった。
「こんな所にわざわざ来る必要までありますか? ただ適当に誰か出しておけばいいじゃないですか」
「公子、ずっと説明してきたではありませんか。国家間の重要な取り決めをする場だと」
諭すようにルロア伯爵がジェレミアの顔色をチラチラとうかがいながら、適当にご機嫌をとった。
「国家だと? こんな未開な場所が?」
気分を害したように、ジェレミアは眉間を思い切りひそめた。
「帝国に忠誠を誓った公国だというのに。お二人が適当にやるでしょうに、僕までわざわざ来る必要があったのかということです」
不満げなジェレミアの態度に、ルロア伯爵とアングロ子爵は困ったように互いの顔を見合わせて囁き合った。
『公子は、プレシア公国に関して何もご存知ないのか?』
『いや、ここまで来る道中にあのようにご説明申し上げたのですが……上の空で聞いておられたので、ご存知ないようです』
『はあ、こりゃ大変だ』
プレシア公国は、同じ公国であってもコーセン公国とは立場が違いすぎた。
まず帝国に流通する品物、特に貴族たちが好む贅沢品のほとんどがプレシア商団を通じて取引されている。
今回問題になったピスタチャもまた、プレシア商団が独占して供給しているため、もし商団から取引を切られてしまえば、貴族たちからの激しい抗議の嵐が吹き荒れるだろう。
それならまた、力で押し潰せばいいじゃないかと言われるかもしれないが、実際に戦ったことはないものの、公国の騎士団の実力が侮れないという噂も頻繁に耳に入ってきていた。
誰もが口を閉ざして隠してはいるが、その噂の出処は騎士団内部であり、何人かの血気盛んな騎士たちが喧嘩を売りに行き、無残にボコボコにされたらしい。
現在、予想以上に激しいコーセン公国の反発を抑えるだけでも手一杯なのに、そこにプレシア公国まで敵に回す余裕はなかった。
そのためには今回のピスタチャ事件を上手く揉み消さなければならず、ジェレミア公子のご機嫌をなだめるしかなかった。
「これから帝国を導いていかれる公子ではありませんか。公国のような小さく未開な国にも、公子のようなお方が気を配っているという認識を植え付けて悪いことはありませんよ」
ルロア公爵の言葉が通じたのか、ジェレミアの耳がピクッと動いた(興味を引かれた)。
「まあ、確かに。僕の人望が知れ渡って、伯爵の言う通り悪いことはないだろうね」
「その通りです! アルメニア帝国を統治するにおいて、公爵家でこれほどまでに小さく未開な公国のために気を配ってやっているということが重要なのですよ」
アングロ子爵もそうだそうだと横で一生懸命ヨイショしながら、ジェレミアの機嫌を取った。
そのおかげで一段と機嫌が良くなったジェレミアは、ニヤリと笑みを浮かべて川の向こうの城壁を睨みつけた。
「大したことない奴らに僕の姿を見せてやるだけでも光栄だということですね」
「もちろんです。その通りでございます」
アングロ子爵は必死だった。
それもそのはず、今回の会談が少しでもこじれようものなら、即座に飛ぶのは自分の首だけだったからだ。
「奴らにとってそれほどの光栄がどこにありましょう。一生かかっても尊い公子様の御尊顔を拝し奉る機会など訪れるでしょうか?」
両手を揉み手しながら卑屈にさえ見えるアングロ子爵が、伯爵はあまり気に入らなかった。
あのヨイショする技術だけでもこの地位まで上り詰めた彼の手腕は称賛に値するものだったが、純血の貴族を支持する彼としては、子爵家など使い捨てのポーン(駒)の一つに過ぎず、さして重要な存在ではなかった。
「とにかく、公子が出席されるだけでもこの会談の格が上がるということです。結果は分かりきっていますが、その結果は完全に公子のご手柄になるのですから、損することはありませんよ」
「確かに、伯爵の言う通りですね。これから帝国を治める僕がこの程度の功績くらい持っているのも悪くないでしょう」
ある程度納得したのか、満足げな顔のジェレミアは手綱を握り、馬の頭を川岸へと向けた。
城壁からゆっくりと跳ね橋が下り始めたのだ。
やがて「ドスン」という大きな音と共に、川の上には城へと繋がる橋が完全にかかった。
「チッ、僕たちが到着する前に前もって準備しておくべきだろう。無駄な時間の浪費だ」
公国の態度が気に入らなかったジェレミアは、ブツブツと文句を言いながら馬を駆って城内へと入っていった。
城内はジェレミアの予想とは全く異なる緊張感に包まれ、ゾクッと張り詰めた気分さえして全身に鳥肌が立った。
ジェレミアが予想していた城内の風景は、少なくとも紙吹雪を舞い散らすことまではしなくとも、公国の人々が皆出てきて歓迎の波でごった返しているだろうと、すっかり自分が帝国人であることを誇らしく思っていた。
しかし返ってきた現実は想像していたものとは大きく異なっていた。
立ち並ぶ公国軍の雰囲気は鋭く、何よりも冷ややかに自分たちを睨みつける視線を感じた。
「なんだ、これどうなってるんだ?」
「ご心配なさらず。ただ野蛮な者どもが無駄にプライドを張っているだけです」
「僕たちが何かそこまで大きな過ちを犯したっていうのか。まったく、チッ」
公国の騎士たちの態度が気に入らず舌打ちをしたが、実際ルロア伯爵やアングロ子爵は背中から冷や汗を流していた。
それはおそらく、後ろからついてくる帝国の騎士団も同じだろうと思う。
公国軍は彼らの予想に反して、組織的で一糸乱れぬ動きを見せていた。
しっかりと引き締まった軍紀と張り詰めた緊張感、行動一つにも角が立った公国軍の雰囲気は、最近すっかり緩みきっている帝国軍の比ではなかった。
このまま帝国の騎士たちと衝突でも起きようものなら、これは無条件に帝国側に甚大な損害が生じるのは目に見えていた(手痛い損害が生じる各だ)。
アングロ子爵は恐怖で目をキョロキョロと動かしたが、隙はおろか針一本刺しても通らないような公国軍の気迫に圧倒されていた。
『これは、下手をすると終わる(滅びる)!』
そっとジェレミアを横目で見た子爵は、両目をギュッと閉じた。




