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第13話 豚に真珠

皇帝がわざわざジアのために気を配って用意したという部屋は、あっという間に焼け野原と化した。

いくら侍従や侍女たちが片付けて掃いて拭いたとしても、部屋の状態が元に戻るにはかなりの時間を費やさなければならないだろう。

部屋の惨状を確認して見回したルセテリの口からは、ため息しか漏れなかった。


「一刻も早く、再び皇女様のお部屋をご用意させていただきます」


侍従長がルセテリに近づき、頭を下げた。

正確には皇女であるジアに向けられたものだろうが、どのみち同じことだ。


『私の大切な本たちが、全部ダメになっちゃった』


ジアの怒りは容易には収まらなかった。

未だにメラメラと燃え上がるようにジアの周りに集まっているマナの様子は、簡単に消えそうにはなかった。

ところで、怒るポイントって本がダメになったことだったのか?


『あれ、もう手に入れるのも難しい本なんだよ』


悔しい気持ちを抑え、必死に目に溜まった涙をこらえながら、ジアはルセテリの胸に顔をうずめた。

来る日も来る日も資料調査までして作成し、皇帝に渡したリストだった。

それを一瞬にしてダメにするなんて……許せるレベルを超えていた。

ジアの泣きじゃくる姿に、ルセテリは胸が痛んだ。


「あのダメになった本たちはどうするんですか?」

「ああ、あれですか? すでに修復不可能なほどひどく損傷しているようですので、捨てるしかありませんな」


侍従長の言葉が終わるやいなや、ジアは部屋に響き渡るほどの大声で泣き出した。

侍従長から見れば、ただの幼い皇女が遊び半分で読んでいた本だと思ってか、大して価値のないものだと考えているようだった。

今まで無表情で感情を表に出さなかった皇女の感情の爆発に驚いた人々の視線が、一斉にジアを抱きしめているルセテリへと集まった。


「あ、皇女様? いかがなさいました……?」


一向にジアの泣き止む気配が見えないため、侍従長が慌てた。


「本は捨てずに、余さず私のところへ持ってきてください」


はぁ、魔法ってのはこういう時のために存在するんだ。

泣いているジアをトントンとあやしながら、ルセテリは侍従長にお願いした。


「必ず、紙切れ一枚残さず私のところへ持ってきてください」

「あ、はい。かしこまりました」


理解できないというように侍従長は首を傾げたが、本棚の周りでほうきを使って本を掃き集めていた侍女たちに近づき、彼らに何か命令を下しているのが見えた。


『うっ、私の本……高くて手に入りにくいやつなのに』

『うんうん、分かったからもう泣き止んで。ドラゴンの名にかけて全部直してあげるから、もう泣かないの』

『ほんと? ほんとに全部直せるの?』


いつの間にか涙の跡でいっぱいの顔を上げ、ジアはルセテリをじっと見上げていた。


『ドラゴンがなぜドラゴンなのか、教えてあげよう』


その時ようやく、ジアの顔にパッと笑顔の花が咲いた。


『ロッ様、約束できる? 約束だよ!』

『さっき、ドラゴンの名にかけてって言っただろ。心配しなくていいよ』

『わあ〜ロッ様! ほんと大好き!』


ジアは嬉しさのあまり、ルセテリにガバッと抱きついた。

おかげでルセテリは口角がピクピクと上がり、表情管理ができなかった。

まあ、この快感があるからシッターもやってられるんだよな。


「当面、皇女様に必要なものは全てまとめました」


頼んでもいないのに、いつの間にかロアンはジアに必要な荷物をまとめ、音もなくルセテリに近づいていた。

いや、本当に一体どうやって人間がこんなに気配一つ出さずに歩き回れるのか、不思議でたまらなかった。

ルセテリは不思議そうな目でロアンをあちこち観察してみたが、あの平凡な体のどこからこんな非凡な動きが出てくるのか、実にミステリー極まりなかった。


「侍従長様が皇帝陛下のお隣の部屋を用意してくださったのですが、どうしましょうか?」


ロアンの言葉に、ルセテリは少し考え込んだ。

このまま皇帝の隣の部屋で過ごすのも悪くはなさそうだったが、問題はジアがこの部屋『も』嫌がっている気配が歴然としていたため、ひとまずジアの意見から聞いてみないと決められない気がした。


『ママといる』


聞くまでもなく、自分から答えてくれるジアだった。


『名ばかりとはいえ、皇帝の隣の部屋で何か仕出かす奴がいるか?』

『それがもっと危険なんだよ、ロッ様。油断は大敵だって言ってた』

『むしろ、だからこそもっと怪しまれる可能性もあるんじゃないか?』


確かに、その確率が全くないとは言い難かった。

特に皇宮内のあちこちに張り巡らされた目(監視)を考えれば、むしろ北の宮に行く方が災いとなって返ってくる余地もありそうだった。

ジアは拗ねたのか唇をツンと尖らせて不満そうな表情を浮かべたが、ルセテリの言葉もあながち間違っていなかったため、黙って頷いた。


『わかった。そうする、じゃあ』

『どうしても不便なら、秘密の通路で北の宮に行けばいいしな』


ジアに新しい部屋を与える時、皇帝が言っていた。

本宮の全ての部屋には監視するための道具があるにはあるが、それほど優れた性能ではないため、部屋から聞こえる音をうっすらと拾える程度だという。

いやそれなら、なぜわざわざそんな道具を設置するのかという叱責混じりのルセテリの質問にも、皇帝は薄い微笑みを曖昧に浮かべるだけで答えなかった。

秘密の通路はその時、皇帝が教えてくれたものだ。公爵派の秘密兵器が盗聴器だとしたら、皇帝の秘密兵器は公爵に内緒で作っておいた秘密の通路だった。

だから、疑われる余地を与えない方が賢明な処置だろう。


「では、隣の部屋へ荷物を運びます」


ルセテリが口を開く前に、ロアンは先に素早く荷物をまとめ、皇帝の隣の部屋へと向かった。

どう見てもあの動き、アサシンも顔負けの俊敏な動きなんだけど?


侍従長が用意してくれたジアの寝室は、部屋中がまるで黄金で埋め尽くされているかのようにピカピカに輝いており、華やかというより目が眩んで到底人間が休めるような場所ではなかった。

これってまさに、アレなんだけど……。


「皇宮というより、これってどこかの成金の趣味みたいですね?」


聞こえるか聞こえないかくらいの声で、ドアを開けて入ってきたロアンの言葉にルセテリも同感だった。

いくらドラゴンの祝福を受けたという帝国の金の埋蔵量が、これから千年間掘り続けても減らないと言っても、これはいくらなんでもやりすぎだった。

まさに誰かさんの顔が浮かぶような趣味なんだけど……。


「はぁ、これだから金に目が眩んだ公爵家の趣味と言われるんですよ」


やっぱりアウレリア公爵だったのか。

それに比べて、皇帝とジアの趣味が100パーセント反映されたジアの部屋は、お金をたくさん使った痕跡はあったものの、もう少し落ち着いていて優雅で洗練された印象だったので、余計に比較してしまった。

どうやらただ荷物だけ放り投げて逃げるのが正解のようだ。


「ククク、しばらくあのムカつく顔を見なくて済むので、それは良いですね」


いや、いくらなんでもそんなに露骨に?


狂ったように険しい笑みをこぼすロアンを見て、ルセテリとジアはギョッとした。

二人の視線を感じたロアンはすぐに笑みを引っ込めたが、表情だけはまるで高利貸しのように卑劣だった。


「脚が折れたんですから、少なくとも1ヶ月は外出するのが難しいんじゃないでしょうか?」

「いや、それはそうなんだが、いくらなんでも……」


チラリとルセテリは盗聴器がありそうな場所を探してキョロキョロと見回し、慎重に尋ねた。


「知ったことですか。大声で話しているわけでもないし、こんな声を拾えるほど正確に拾い上げられるような代物じゃありませんよ」

『一言で言えば、ポンコツってこと。監視したってちゃんと聞こえやしないんだから』


ジア、お前まで……。

ルセテリは手を額に当てた。


「でも、一度くらいは公爵が来て何か文句を言いそうじゃないですか?」

「ん? 公子が悪いんだろ?」

「あの公爵がそんな理屈を気にしますか。ただ自分のガキが怪我したことしか目に入らないはずですよ。馬だけが気の毒でしたね。聞いたところでは、名馬の直系子孫だとかで、ものすごく高いお金をかけた馬だと聞きましたが」


名馬という言葉に、ルセテリの耳がピクッと動いた。

上乗せしてでも手に入りにくいものがあるとすれば、血統の良い名馬の子孫という言葉がある。

それほど個体数も希少で手に入れるのも難しく、いくら大金を積んだからといって運が伴わなければ簡単に手に入れられないのが良い馬だった。

ルセテリは一瞬良い妙案を思いつき、ニヤリと顔に笑みが広がった。


「ロアン。もしかして、公子が乗っていた馬、これからどうなるか調べてきてもらえるか?」


あの公爵のことだ、絶対そのままにはしておかないはずだ。


『ロッ様、馬がどうしたの?』

『上手くいけばカモ、いや福の神が転がり込んでくるかもしれないぞ?』

『福の神? もしかして、ジェレミアが乗ってたあの綺麗な馬のこと?』

『フフフ。そう、その馬だ』

『綺麗な馬、可哀想。きっと、ジェレミアを落として怪我させたって殺処分にされちゃったらどうしよう』


そんなもったいないことを。

まさにあの公爵がやりそうなことではあったが、あの公子が乗るにはあまりにももったいない馬だった。

チラッと見ただけだが、がっしりとした太ももの筋肉とか骨格が、いかにも額に「私は名馬です」と書いてあるかのようだったのに。


「ええ、お安い御用です。すぐに調べてまいります」


やはりロアンは矢の如く外へ飛び出していくのが、並の身のこなしではなかった。


『あの子の正体、一体何なの?』

『ロアン? ただの皇宮の侍女だよ』

『普通の皇宮の侍女みたいに見えないから言ってるの』

『ロアンはロアンだよ』


くりくりとした瞳で何か言いたげな表情を浮かべ、ジアはルセテリを見つめた。

そうだな、ロアンはロアンだ。味方なんだから何だって……。

ルセテリはこれ以上、ロアンの正体について考えることを諦めた。

うん、諦めれば楽になる。その通りだ。

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