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第12話 暴れ馬に乗った暴れん坊

なんだって? 馬?」


ロアンの愚痴に、ルセテリは思わず大きな声を上げてしまった。宮中に馬だなんて……そんなことが可能なのかと疑った。

いや、それよりも馬に乗って皇宮の中を我が物顔で歩き回っているのに、誰も止める者がいなかったということか?

到底理解しがたいことだが……。


『あの子、歩くの面倒くさいからって、毎日馬に乗って入ってくるんだよ』


器用にフォークでイチゴをプスッと刺し、白くてふわふわの生クリームをつけて口に運びながら、ジアが教えてくれた。


「おそらく、この皇宮内でジェレミア公子が入れない場所はほとんどないと思いますよ?」

「皇帝……陛下はご存知なのか?」


危うくルセテリは頭に血が上り、「皇帝の野郎」と言いそうになった。

かろうじて失言を防いだルセテリは、震える唇を抑え、ティーカップを口元に当てて口を隠すことができた。


「ご存知でもどうすることもできませんよ。アウレリア公爵があれだけ庇っているんですから。皇女様があまりにも大人しいので私たちはほとんど仕事がなかったんですが、ジェレミア公子が一度来ると地獄の門が開くんですからね、本当に。誰が好き好んで相手にしますか」

「ロアンの話だけ聞いていると、公子ではなく皇子様のようだな」

「だからですよ! 本当の皇子様だとしても、あそこまでクソッタレではありませんよ!」


よほど溜まっていたものがあったのだろう。

持っていたティーポットの蓋がカタカタと揺れるほど激怒したロアンは、これまで鬱憤としていたものを一気に吐き出すかのようにぶちまけた。

それにしても、公爵家の一人息子に向かってクソッタレだなんて……周りに聞く耳がなくて幸いだった。

もし聞かれていれば、収拾をつけるのは困難だっただろうから。


「私が皇女様の専属の侍女になれてどれほど嬉しいか、ルティア様には分からないでしょう! これからあのクソガキの尻拭いをしなくて済むだなんて! 背中に羽が生えたような気分ですよ!」


顔から光ではなく、まさに後光がギラギラと輝いているロアンだった。

掃除の無限ループに陥らずに済むということがどれほど幸せなことか、経験したことのない者には分からない。

実際、皇宮で働く侍女たちの中で一番敬遠される持ち場が、本宮の掃除担当だった。


「ルティア様!」


温室のドアを開けて、誰かが慌てふためきながら飛び込んできた。

白髪交じりの皇帝の侍従長だった。


「急ぎ本宮にある皇女様のお部屋へ向かわれた方がよろしいかと存じます」


高齢の侍従長は、今にも息絶えそうなほど顔面が真っ青になっていた。


『はぁ、分かりきってるね……ジェレミア公子がまたやらかしたみたい?』


お灸を据えてからどれだけ経ったというのに、もう?

ジアはため息をつくと、持っていたフォークをおとなしくテーブルの上に置き、椅子から降りた。


『ロッ様、抱っこして』

『ん? ジアも行ってみるのか?』

『私も行く。私のお部屋だもん』


両腕を広げて近づいてきたジアを見て、侍従長は戸惑いながら首を横にブルブルと振ったが、ルセテリは見て見ぬふりをして彼女を抱き上げた。


「行ってみましょう」


北の宮から本宮へ向かう途中、ルセテリは何度となく掃除用具を持って慌てて走り去る皇宮の侍女たちの姿を目にした。

一様に彼女たちの顔には、困惑と面倒くささ、そして苛立ちが混じっていた。


「狂ってるんじゃないの?」

「本当よ。皇宮をなんだと思ってるのかしら、馬小屋じゃあるまいし」

「それにしても、どんな家庭教育を受けたら皇宮の中を馬に乗って入ってこられるわけ? それもポニーじゃなくて」

「それな……あの泥と馬糞を全部片付けないと怒られるのは私たちだけなのに」


すれ違う侍女たちの言葉を総合するに、ロアンの言う通り、馬に乗ったまま宮中に入ってきたようだった。

そして馬に乗った公子が向かった先がまさにジアの新しい部屋だったため、侍従長が青ざめて慌てて走ってきて知らせたのだろう。

まあ、行ってみたところで大して変わることはなさそうだったが、ひとまずルセテリはジアを連れて皇女の部屋へと歩を進めた。


「公子様! ここでこのようなことをされては困ります!」


開け放たれたドアの外まで警備兵が叫ぶ声が、複数の人間の悲鳴や馬のいななきと入り混じり、騒然としていた。

数日前まで可愛いウサギとリスが跳ね回る彫刻が飾られていたドアは粉々に砕け散って床に転がっており、馬が暴れでもしたのか壁の一部も崩れて土埃が舞っていた。


「私はこの帝国にただ一つしかない公爵家の跡取りだ! よくも私の行く手を阻もうというのか!」


ルセテリの腕に抱かれていたジアは、呆れるのを通り越して言葉を失った。

外から眺める自分の部屋の光景は、まさに「木端微塵」という言葉がどういう意味なのかをよく物語っていた。

床に転がっているぬいぐるみやクッションには大きな蹄の泥が踏みつけられ、ひらひらとトンボの羽のように掛かっていたベッドの天蓋のカーテンは、どこに引っかかったのかボロボロに破れていた。

手綱をあまりにも強く握っていたせいで、馬が前後に興奮して暴れ回りながら後ろ足で蹴りでもしたのか、本棚は壊れ、本が床に散乱していた。


「皇帝陛下がいらっしゃる宮殿です。ここで騒ぎを起こされては我々が困ります!」

「お前が困ることなど私に関係あるか!」


ルセテリを呼びに走ってきた侍従長は、相変わらず真っ白な顔色ですぐに馬の手綱を引いて止めさせようと駆け寄ったが、逆に公子は怒鳴り声を上げ、侍従長が近づけないように大声で喚き散らした。

公子の5歳の太った体には似つかわしくない、血統の良さそうな巨大な白馬の上で、危なっかしくも傲慢な姿勢のまま、一向に降りる気配はなかった。


「皇帝陛下にご覧になられでもしたら大変なことになります。早く降りてください」

「私が行けない場所など、この帝国にはどこにもない!」


喚き散らすジェレミア公子は、馬から落ちそうになりながらも危なっかしく手綱を握っていた。


『あいつ、狂ってもまともに狂ってるみたいだね?』


せっかくパパが心を込めて作ってくれた部屋を、一瞬にして台無しにしてしまった公子に向かって、ジアの目からは怒りの火花が散っていた。

特に、床でなかなか興奮を鎮められない馬が踏み躙り、無惨に破れた本たちが目に入った瞬間から、すでに怒りは制御できるレベルを超えてしまっていた。

唇を噛み締めているジアの周りに、マナが徐々に集まってきた。


『ジ、ジア? 何をする気だ?』

『何って。あの角の生えたクソガキに、女神様が罰を下してあげるの!』


馬は気配に非常に敏感な動物だ。

いくら目に見えないからといって、マナの動きを馬が感じ取れないはずがなかった。

ジアの怒りのゲージを感じ取った馬の両目に、恐怖が滲んだ。馬の大きさに比べて小柄だったジェレミアが手綱を短く持っていたため、後ずさりして恐怖に抵抗しようとした馬はそのまま前足を高く上げ、鐙から足が外れた公子はそのまま地面へと真っ逆さまに転落した。


「うぎゃあっ!」


悲鳴を上げて馬から落ちたジェレミアは、なかなか興奮を鎮められずに前後に暴れ回る馬の後ろ足の蹄によって、実に無惨に踏み躙られてしまった。

涙と鼻水を垂れ流しながら悲鳴ばかり上げているせいで馬はますます暴れ回り、部屋の中にいた人々は皆、これ以上公子が怪我をするのを防ぐために手綱を掴もうと駆け寄ったが、容易に興奮を鎮めることはできなかった。


『自業自得だよ。私の部屋は馬小屋でもないのに、どうして馬に乗って入ってくるの?』

『あ、それはそうだが……馬が悪いわけじゃないだろ?』

『それはそうだけど、それでも入ってきちゃダメ』


ジアは断固としていた。ジアに集まっていたマナは消えることなくそのまま彼女の周りを旋回し、いつでも攻撃を浴びせる準備を終えていた。

そのマナの凝集力は、ルセテリでさえ冷や汗を流すほど恐ろしいものだった。

やろうと思えば皇宮をすべて吹き飛ばしてもお釣りがくるほど威力の大きなものだった。


『それでもやりすぎじゃないか? 馬じゃなくて飼い主が怒られるべきだ。馬が可哀想なほど怯えてるじゃないか』


ルセテリの説得に、ジアは少し怒りを鎮めたように見えた。

そう言われてみれば、馬に何の罪があろうか。ただ飼い主が悪かったという罪しかない。


『わかった。ロッ様の言う通りにする』


今止めたところで状況が大きく変わることはなさそうだったが、ひとまず人々によって手綱を引かれた馬は、徐々に落ち着きを取り戻していくようだった。

問題があるとすれば、後ろ足で踏まれたジェレミア公子の脚が、前回ルセテリがポキッと折った箇所と同じ場所が折れていることだろう。

当然のことながら、ルセテリには治してやる気など微塵もなかった。ジアの言う通り、すべて自分のカルマとして返ってきたのだ。


「ハァッ、ハァッ。い、痛い!」


荒い息を吐きながら、ジェレミアは折れた脚を抱えて大声でわんわんと泣いていた。


「公子様、もう少しの辛抱です。すぐに皇宮医の元へお連れいたします!」


ジェレミアの状態を確認していた侍従長は、素早く隣にいた警備兵に担架を持ってくるように命じた。


「侍従長も公爵側の人間ですよ」


いつの間にかルセテリの背後にぴったりと寄り添っていたロアンが、誰にも聞こえないような小さな声で耳打ちした。


案の定、やはりか。


担架に乗せられて運ばれていくジェレミア公子を見ながら、ルセテリはチッチッと舌打ちをした。


だからあんなワンコロみたいなクソガキが、後ろ盾を信じて皇宮でやりたい放題できるってわけだ!

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