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第11話 やっぱり陰口は蜜の味

ロアンが開けてくれた扉の向こうの部屋は、これまでの皇帝の努力を物語っていた。

温かい薪が燃える暖炉が中央にあり、ジアが好きそうな様々な動物の形をしたぬいぐるみと、大きくて可愛らしいドラゴンのぬいぐるみ。飾り棚を埋め尽くすように並べられた、華やかな模様が描かれたティーセットの数々。壁を彩る色とりどりの絵の額縁。

天蓋には透明な布が垂れ下がったふかふかのベッドがあり、片方の壁一面の大きな本棚には、ジアが好きそうな本がぎっしりと並んでいた。

その周りにはクッションがあちこちに置かれており、どんな姿勢でも本が読めるように配置されているところから、皇帝らしくない細やかな配慮がうかがえた。


『うわぁ、お部屋、すっごくいい』


部屋に入るなりジアの顔には満面の笑みが咲きこぼれ、トコトコと真っ先に本棚へ走っていった。声に出して言わなくとも、その表情一つで皇帝がニコニコと口角を下げられずにいるのを、ルセテリは見ることができた。


「少しは気を使ったようだな」

「もちろんです。私の娘の部屋ですから」


ルセテリは、ロアンが静かに扉を閉めて外へ出て行くのをチラリと横目で見た。

意外と勘の良いロアンは、自ら空気を読んで静かに気配を消して立ち去ることが多く、ルセテリでさえロアンの動きにすぐには気づけないほどだった。


「ミエリアは随分と気の利く子をつけてくれたな」

「はい、良い子ですよ。最精鋭でもありますし」


最精鋭という言葉に、ルセテリは不思議そうに皇帝の顔を見たが、皇帝はただニッコリと意味深な笑みを浮かべて言葉を濁すような様子だった。


『ロッ様、ロッ様。ここ、私の好きな本がいっぱいあってうれしい』


なかなか感心な言葉に、ルセテリは本棚へ近づき、並んでいる本たちのタイトルに目を通した。

間違いなくジアの年頃の子供たちが好きそうな絵本や童話がたくさん並んでいるだろうと思っていたルセテリは、少し戸惑った。それもそのはず、


『大陸の毒キノコ&毒草大百科』

『隠された毒殺の歴史』

『呪いの発祥と起源』


といった不穏な気配に満ちたタイトルの本や、


『革命の歴史』

『和合物質の材料と秘方』

『新爆薬と爆弾の製造設計』


といった、とても子供が読むような本のタイトルではなかったからだ!


「ははは、うちの子は少し大人びておりまして」


少しじゃなくて、かなり心配しなきゃいけないタイトルじゃないのか?


疑わしげな目でルセテリは皇帝を見たが、親バカな皇帝はただハハハと人の良さそうな笑みを浮かべているだけだった。


『チッ、だから案山子皇帝なんて言われて座ってるのよ』

『ロッ様、うちのパパの悪口言わないで。ジアにとっては良いパパなんだから』


気分を害したように、ジアは見ていた本をパタンと閉じてルセテリをジロッと睨みつけた。その眼差しがあまりにも殺伐としていたため、ルセテリは思わずジアに嫌われるのではないかとヒヤッとした。


「それにしても、これ、二束三文で済んだ額じゃなさそうだが?」

「そうでしょう? 希少な蔵書で揃えたので、それなりにかかりました。おかげで予算会議では少し小言を言われましたが、ジアのためなら何だって惜しくありませんよ」


本棚に並んでいる本はどれも古い希少な古書であったり、最新の技術書であったりと、高価で貴重なものばかりで埋め尽くされていた。

あの本の中身を計算しただけでも、ざっと1億ベラはくだらないだろうに……。


「アウレリア公爵家からの反対が激しいと思っていたんだが、意外とあっさり出してきたんだな」


意外とあっさりと? その部分でなぜか得体の知れない違和感を覚えた。

皇帝はいつの間にか人差し指を唇に立てて片目をつぶり、片方の壁に向かって目立たないように手で指し示していた。


「父親として、子供にはできる限りのことをしてやりたいという親心が通じたようです」


そっと皇帝が指し示した方へ目を向けると、壁には何人かの天使が女神像の周りを囲んでいる浮き彫りが目に入った。


『私、あれ気持ち悪い。好きな本がいっぱいあって嬉しいけど、ここにずっといたくない』


本棚に本を戻しながら、ジアは竜言でルセテリに文句を言った。

ジアが感じた通り、そこからはどす黒い悪意が流れ出しているのがルセテリの目には見えた。

おそらく人間の中でジアを除いては、あれに気づく者はほとんどいないだろう。

あ、ミエリアはすでに気づいているか?

だから皇帝はすでに知っていたのかもしれない。

どう見てもただの人間である皇帝が、あんなものを先に見抜けるはずがなかったのだから。


「皇女様に良いお部屋をありがとうございます、皇帝陛下」


両手でドレスの裾をつまみ、ルセテリは優雅に皇帝に向かってお辞儀をした。

今のところ、あれがどのような監視装置なのか分からなかったため、ルセテリは言葉だけでなく行動でも慎重になる方を選んだ。


「これからのジア皇女をよろしくお願いしますね、ルシア」


思ったよりも皇帝は勘が良いのか、うまく話を合わせた。

まあ、その程度の才能でもなければ、このハイエナの巣窟のような帝国で生き残っていくことはできないだろう。


回廊で初めて出くわしたあの日以降も、ジェレミア公子はしつこくジアとルセテリに出くわすたびに喧嘩を吹っ掛けてきた。

もちろん、それがまともなカウンターの一撃に繋がるようなことはなかったので、1ヶ月が経った今頃はおそらく相当腹を立てていることだろう。

それもそのはず、仕掛けてくる攻撃というのが、ただ通りすがりに足を引っ掛けて転ばせようとする、その年頃の子供がやりそうな古典的な手法で喧嘩を売ってくるのだ。

ジアが大切にしている物を盗んで壊すとか、上から下を通り過ぎる時に石を投げつけるとか、そういった低次元な嫌がらせだった。

その度にルセテリが先回りして効率的な方法で元から遮断させていたおかげで、成功したことは一度もなかった。

そのせいか、今宮中では大掛かりな賭けが行われているらしかった。

果たしてジア皇女のシッターはいつ頃宮中から追い出されることになるのかを巡って、掛け金がかなり膨れ上がっているとロアンが教えてくれた。


「みんな、1ヶ月も経たずに逃げ出すと思っていましたから」


温かい日差しを浴びながら、皇后のガラス温室の中でカチャカチャと音を立てながら、ジアはクマトとスピナッチ、チーズがたっぷり入ったフリッタータを、爽やかなクマトソースにたっぷりつけて一口で大きく頬張っていた。


「どうして?」

「だって、今までアウレリア公爵やジェレミア公子に喧嘩を吹っ掛けられて、追い出されなかった人はいませんからね」


皇宮で働く侍女にしては、かなり荒っぽい口調のロアンだった。

皇帝がくれたヒントを口実に、これまでロアンをずっと観察していたルセテリは、ロアンがアウレリアに肩入れする貴族派に属さない、少数派の皇帝派に属する貧しい貴族の家の娘であることを見抜いていた。

おかげで彼女は皇宮内でほとんど存在しない扱い(?)であり、静かに動くことにかけては右に出る者はいなかった。


チョロチョロと、ジアの子供用ティーカップにお茶を注ぐロアンを見つめながら、ルセテリは口を開いた。


「ロアンもお金賭けたのか?」


ルセテリの質問に、ロアンはビクッとお茶を注ぐ手を震わせた。

まさかルセテリがそこまで見抜いているとは思ってもみなかったようだった。


「ははは、な、なんのことですか?」

「今のオッズはいくらだ? 俺も賭ければ結構稼げそうだが?」

「ゴホッ……」


何か変なところに入ったのか、突然ロアンは激しく咳き込み始めた。


『私、聞いたよ。今、ロッ様が追い出される方にほとんど全ツッパされてるってロアンが言ってたもん』

『ほう、なら追い出されない方がオッズ9倍か?』

『ううん、8倍くらい。ロアンがお金賭けたよ』

『ふむ、そうなのか?』


ルセテリの目がスッと細くなり、ポケットからゴソゴソと何かを取り出してテーブルの上に置いた。

精巧に細工された数カラットのダイヤモンドだった。

ロアンの目は丸くなった。


「ル、ルティア様?」

「これも賭けてくれ。ざっと100万ベラくらいにはなるか? 一攫千金のチャンスを逃すわけにはいかないからな」


ルセテリははっきりと見た。今、ロアンの後頭部から冷や汗が流れ落ちているのを。


「あ、えっと……はい、ルティア様」


目を白黒させていたロアンは、慌ててテーブルの上に置かれたダイヤモンドを目にも止まらぬ速さでポケットに突っ込んだ。


「ところで、あの親子はなんであんなに頻繁に皇宮に出入りしてるんだ?」

「はぁ、だからですよ。みんな、疲れて死にそうだって愚痴ってますからね。公爵が言うには、聡明な公子の帝王学教育のためだとか言ってましたけど、聡明だなんてとんでもない。通りすがりのワンコロにも劣るんじゃないですか」


ブッ!


皇室の侍女らしくないロアンの口調に、思わずルセテリは飲んでいたお茶を口から吹き出した。

ワンコロとは、斬新な発想だった。


「将来、ジア皇女様の婚約者になる公子なのだから、幼い頃から教養を積む必要があるとか何とか。全く、皇宮を自分ちの居間だとでも思ってるんですよ。剣術の練習をするという言い訳で練習用の木剣を宮中で振り回しては貴重な皇室の芸術品を壊したり、ちょっとでも食事が気に入らないと投げつけるせいで、高価な食器はもちろん、掃除するメイドたちの仕事が増えるってみんなすごく嫌がってるんです」


典型的な、甘やかされて育ったわがままな『問題児』がやりそうな行動と言えよう。


「それだけじゃありませんよ? 皇宮を何だと思ってるのか、広すぎて歩くのが面倒だからって、宮中を馬に乗って移動するんですから!」

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