第126話 罠を掘ってみましょう
「え? まあ……似たような、もんか?」
子供らしからぬ、今回もまた核心を突くジアの言葉に戸惑ったのはヘゼルだった。
虎の威を借る狐(名前ばかりの虚仮威し)、その一言に含まれる意味が絶妙に適切だった。
アークもまた、ナビルがプーを欲しがる理由がこの一言だけでも分かる気がした。
後日カイランがシェイクの座を継いだ時、彼を補佐する人物として打ってつけだった。
無言でアークとヘゼルは視線を交わした。
「おやおや、それでも名ばかりでも帝国なんですから、そう簡単なはずがありませんよ」
視線に気づいたルセテリは、努めて笑みを浮かべながらジアの頭の上に手を乗せた。
柔らかく風になびく短い茶色の髪をわざとくしゃくしゃにかき回し、自然に話題転換を図った。
ジアは不満そうに見えたが。
[何するんですかっ!]
[何って。お前、今そんなこと心配してる場合か?]
[じゃあどうしろって? いくらなんでも私の国のことなのに?]
私の国、か……。
栗みたいなジアの小さな頭が、ルセテリの大きな片手にすっぽりと収まった。
ルセテリは無言で、すねたように唇をツンと突き出し、両頬をプクッと膨らませたまま悔しそうにしているジアをしばらく見つめた。
[もっと飯食って、さっさと大きくでもなるんだな]
[私、子供じゃないですけど]
[はあ? 七歳ならまだ子供だろ、じゃあ大人かっての]
[心配くらいしたっていいじゃないですか]
[だから、なんでお前が心配するんだよ?]
[皇女ですから]
[皇女だろうが何だろうが、子供だろ? 悔しかったらさっさとすくすく育つんだな]
[チッ。いつ大きくなるっていうのよ……]
いつ大きくなるって、時間が経てば自然に大きくなるもんだろ。
頭に乗せた手に自然と力が入った。
「それで、これからどうされるおつもりですか? シェイク・ミルザ様は」
ニヤリと笑みを浮かべるルセテリの表情から、ヘゼルとアークは彼に何か黒い企みがあることを察した。
「このまま見て見ぬふりをして済ますのは難しいでしょうね、どうしても?」
「向こうからカイランが口実を作ってくれたんですから、利用しない手はないでしょう?」
二人の視線がスッとカイランに向けられた。
斬られたわけでもなく、ただかすり傷に過ぎなかったため血はすぐに止まったが、それでも頬には赤い痕がそのまま残っていた。
「俺? 俺が何か?」
やっぱりなんだかんだ言ってもカイランと言うべきか……本当に鈍いな。
「じゃあ、これもシェイク・ミルザ様の計算に入っていたのですか?」
ルセテリがカイランの頬の傷を指差した。
「まさか……でも十分に可能性はあると思えますね」
「そうですよね? カイランですから」
「だから俺が何を……」
何か不満そうにムッとするカイランだったが、全員あっさりと無視した。
「最初から抗議するつもりではありましたが、これは予想外の収穫ですね」
「確かに……。これで帝国との交渉でこちらが有利な立場に立てそうですね」
「公国レベルで賠償も要求できるんじゃないですか?」
頭を突き合わせた三人は、モクモクと黒い煙を噴き出しながら(腹黒い考えを巡らせながら)、帝国の後頭部をどうやって派手にぶん殴ってやるかについての計画を議論し始めた。
カイランが少々鈍いのはともかく、割り込むべきタイミングをしっかり心得ているおかげで、話がスムーズに進んだ。
「何がどうなってるんだ?」
そっとジアに近づいたカイランが耳打ちで囁いた。
「……見れば分からない? あんたのおかげで帝国を骨の髄までしゃぶりやすくなったってことじゃない」
「俺のせいで?」
「そうよ。あんた一体、自分の地位がどんなものだと思ってるわけ?」
「地位って? ただの公国シェイクの息子?」
「だからその地位っていうのが……はあ、いいわ」
答えようとしてやめたジアは、カイランをじっと見つめた。
正直言って、これくらいになるともう説明するのも面倒だ。
一体どれだけ叩き込めば理解するって言うのよ……。
いやもう、頭で考えるより体で直接ぶつかって覚える方が早い。
「だから、俺の地位が一体どうだっていうんだよ?」
そういうくせに、何か一つ引っかかることがあるとすぐに執拗に食い下がってくるのよね。
面倒くさいったらありゃしない。
「あんただったら、アウレリア公爵家のご子息を連れてきて怪我をさせたとして、公爵が黙ってると思う?」
「……うーん、うちの親父は黙ってたけど?」
カイランの答えは、言葉を失わせるものだった。
一体どんな問題を起こして回っていたら、シェイク・ミルザがほぼ半ば諦めたように何ともない顔をしてるのよ?
「ええ、公国では何事もなかったでしょうね」
「シェイクはシェイクで、俺は俺だろ」
それはあくまで公国での話よ、このバカ。
ジアは頭をカチ割ってやりたいのをかろうじて我慢した。
「帝国でそんなことしたら、即座に首をチョンパされても言い訳できないわよ」
「え? そうなの?」
「地位がすなわちすべてだから。あんたの地位も、両親が誰かによって変わるの。でもあんたは公国シェイクの息子じゃない? 一言で言えば、帝国の皇室か、それ以外なら帝国であんたに手を出せる人間はいないってことよ」
「へえ」
へえ、じゃないわよ、へえ、じゃ。
それでもどうにか理解はさせたのか、カイランが指を組んで頭の後ろに持っていき、一段と余裕のある姿勢でゆらゆらと揺れた。
「今日捕まえた帝国軍たちは、じゃあ人質として使うのですか?」
「当然使わなければ。あのニルマン・フォン・アングロとかいう、自称アングロ子爵の三男、良いカードじゃありませんか?」
「見たところ、どうせアングロ子爵家所属の騎士たちのようですが、アングロ子爵は直接来るでしょうか?」
「直接来て連れて帰らなければならないでしょうね。息子が本物であれ偽物であれ」
なら、アングロ子爵が出席するのは一応確定ということで。
ルセテリが指をパチンと鳴らした。
規模を大きくするには、何かもっと必要に思えた。
「ところで、帝国軍は素直に吐くでしょうか?」
「素直に……とおっしゃいますと?」
「これまでの帝国軍の行動から見て、奴らが図々しくも農場で泥棒をしていたと正直に吐くでしょうか?」
ルセテリの知る限り、正直に陳述するような帝国軍は数えるほどしかいなかった。
ましてや泥棒をするためだけに国境を越えた帝国軍なのだから、言うまでもない。
「そうでしょうね。名ばかりでも帝国軍という名札はつけているのですから、泥棒をしに来たとは自白しないでしょう」
ヘゼルは少し考えるようにした後、ルセテリの意見に同意した。
彼が考えても、体裁があるからこそ帝国軍が泥棒をしたという事実を打ち明けることはなさそうだった。
そうなれば、下手をすると会談は公国側が無理やり帝国の軍人たちを抑留しているという方向に流れる可能性もあった。
最悪の場合、これを口実に帝国から公国に何か無理難題を押し付けてくる可能性もあり得る。
「自白剤みたいなものはないかな……? 飲めばすぐに事実だけを吐き出すような」
じっと考え込んでいたアークの口から、思いもよらない単語が飛び出した。
自白剤?
自白剤という言葉を聞くや否や、ヘゼルはプッと吹き出した。
「そんなものが本当にあれば、拷問なんて必要ありませんよ」
「拷問も拷問次第でしょう。それに拷問で証言を引き出したとしても、それを帝国が受け入れますかね?」
そうだな、しらばっくれるだろうな。
そんなこと指示していないと。
バカやマヌケじゃあるまいし、堂々と軍隊が泥棒をすると言いふらして回るイカレた奴がどこにいる?
「それでも一番いいのは、目の前で他の人たちみんなが見ている席で吐き出させることでしょう?」
「まあ、そう……ですね?」
なぜか楽しそうなルセテリを、ヘゼルは不思議に思った。
自分が思いつかないような何か別の良い方法でもあるのかと気になり、そっとアークの脇腹を突いた。
「何か良い方法でも?」
「俺が知るわけないだろ……ナビルじゃあるまいし」
「ですよね? もちろんナビル様が出馬されるでしょうが、自白を引き出すのは簡単じゃないはずですよ?」
「そうだな。ただシェイクの息子にやむを得ず怪我をさせてしまった、だから悪かったで終わるだろうさ」
だから、気になった。
ルセテリがどんな手札を持っているのか。
「自白剤、それ、作れますよ」
「はい?」
「ブフッ、じ、自白剤ですか?」
ルセテリの爆弾発言に、ヘゼルとアークは一瞬ポカンとした。
今さっき、何て言葉を聞いたんだ?
ちゃんと理解できたのか?
ありとあらゆる考えが二人の頭の中を駆け巡り、答えるタイミングを逃してしまった。
「私、元々薬師なんですけど?」
平然と、自分の本来の職業が薬師だということを忘れたのかととぼけているルセテリを見るジアの目は冷ややかだった。
あのドラゴンがまた何を仕出かすのか見当もつかなかったからだ。
「自白剤くらい、簡単ですよ」
簡単だというルセテリの言葉に、ヘゼルとアークは信じるべきか信じざるべきか、見当がつかずにいた。
本当に自白剤という薬が存在するのか?という疑問が浮かぶ前に、あまりにも堂々としたルセテリの姿に言葉を失った。
「会談の場に連れて行く前に飲ませて、目の前で吐き出させればいいんじゃないですか?」
それがそんな言葉通りに簡単なことなのか?というように、今度はカイランが目を丸くしてジアの腕を引っ張った。
「あれ本当か? 自白剤なんてものが本当にあったのか?」
なんだか少しビビっているように見えるのは気のせいだろう。
ジアはそっと自分の腕を掴んでいるカイランを押し退けた。
「そんなわけあるわけないでしょ」
「じゃ、じゃあ?」
「決まってるでしょ。魔・法」
魔力調節が繊細に必要な精神操作系なので、ルセテリがまだジアには教えていない魔法だった。
それほどまでに気難しく高度な集中力が必要なのに、それをあんな風にニヤニヤ笑いながらピーナッツでも割るように簡単に話すのは、ちょっとどうかと思うけど?
頭がズキズキと痛んできたジアは、額を指で押さえながら首を横に振った。
***
アルメニア帝国、リバーピル皇宮の皇帝執務室。
濃い茶色のツインテールの侍女が、ティーカップとティーポットの乗ったお盆を持ち、ちょうど扉を入った時だった。
「バンッ!」
「調査しろと送っておいたのに、なんだと? 泥棒だと? 公国の後継者に傷害を負わせただと?」
フンフンと鼻息を荒くするアルメニア公爵の前に、紙切れが一枚ヒラヒラと落ちた。
「この件、どうやって責任を取るつもりだ!」




