第125話 二兎を一度に得る方法
ヘゼルの冷徹な分析を聞いているうちに、ルセテリの頭の中に素晴らしい作戦が一つ浮かび上がった。
この群れの隊長の首はカルが吹き飛ばしてしまったのだから、ニルマンというカードを使って帝国を交渉のテーブルに引きずり出すというものだ。
少なくともアウレリア公爵本人とはいかないまでも、公爵派の重要人物の一人くらいは送ってくるだろう。
それに、腐っても鯛と言うように、婚外子とはいえそれなりに子爵家の子息なのだから、完全に知らんぷり決め込むってことはないだろうし。
ああ見えても、ニルマンが着ている鎧はかなり腕のいい職人が作った高価なプラニュム合金の鎧だった。
どうやらヘゼルもその部分に気づいたのか、流し目でニルマンをチクチクと刺激しては挑発しているのだろう。
「公国騎士団が到着したそうだ」
「え、もう? 早く来たね?」
ん? 公国騎士団?
帝国に一泡吹かせてやろうという考えでいっぱいで幸せ回路をフル回転させていたルセテリの耳が、カルがヘゼルに近づいて囁く声にピクッと反応した。
「公国騎士団……ですか? 騎士団がどうして?」
それでも一番最初に反応を示したのはカイランだった。
なぜか騎士団が自分の後をつけてきたような気がしたのか、声に少々の戸惑いが混ざっている。
「帝国側がしきりにプラヤ川の向こうへ軍を移動させているのが気になっていたし、何より頻繁に川を越えてきてはピスタチャを盗もうとするので、テランカナに騎士団を派遣してほしいと公文を送っておいたんです」
結果としてはまあ、カイランの勘違いだったってわけだ。
バツが悪かったのか、カイランの顔がパッと赤くなった。
「よお~ 久しぶりだな、カル」
ヘゼルとカルに向かって手を振りながら、アークが騎士団を率いて近づいてきていた。
唐突なアークの登場に、カイランの瞳孔が激しく揺れ動いた。
まるで、『なんでアークがここから出てくるんだよ!』と言わんばかりに……。
「アーク様が直接いらっしゃったのですか?」
ヘゼル自身も、アークの登場までは予想していなかったようだ。
「うむ、シェイク・ミルザ様がついでに行ってこいとおっしゃってな」
ヘゼルの疑問に答えるアークの目が、チラリとカイランに留まっては離れた。
『ついでに』という言葉の中に込められたシェイク・ミルザの意図が分かる気がした。
よほど心配だったみたいだな?
「アーク様が後からいらっしゃるとは思いませんでしたよ」
「ル先生。それが……シェイク様がティシャールの方がどうも怪しいから行ってこいとおっしゃられましてね」
後頭部をポリポリと掻きながらそっと顔色をうかがうアークを見ると、その腹の内が透けて見えた。
この男もまた、人を騙すのはこの上なく下手くそだった。
「なるほど、だからついでに~」
「アハハ、ええ。そのついでですよ」
なんだよ、カイランが心配で送ったって素直に言えばバチでも当たるってのか?
とにかく親父も息子も揃って素直じゃないところはそっくりだ。
ルセテリは頭を掻いて気まずそうにしているアークに近づき、耳打ちをした。
「まったく、ただカイランの考えが変わったかどうか気になったから気になったって素直に言えば、バチでも当たるんですか?」
「ゲホッ!」
核心を突かれて慌てたのか、突然アークは連続して咳き込んだ。
「そのためにこの騎士たちを全員引き連れていらっしゃったんですか?」
「いや、まあ……それだけってわけじゃないがな」
「ほう? 何事ですか?」
「フォンテンの森を挟んだ北東側で武力衝突があったそうなんだ」
北東側……!
ゴクリと、無意識に生唾を飲み込む音が大きく聞こえてきた。
驚きのあまり慌ててジアに目を向けると、ジアも同じだったのか目を丸くしていた。
「一般的には帝国軍側が先に武力を行使したと報告されてはいるんだが……」
「いるんだが?」
「予想外にコーセン公国の反発が相当なものらしいんだ」
やはりコーセン公国側だった。
平然を装ってかなり落ち着いた顔をしていたが、今ジアの唇がヒクヒクと動いているのを見ると気になっているようだ。
「予想外ですか?」
「ああ。帝国軍が攻め込めばそのまま崩れ落ちるだろうと誰もが予想していたのに、ゲリラ戦で粘り強く戦っているらしい」
おお、オーギュストやラバンダの連中が何か準備しているように見えたが、まさにこれだったのか!
ルセテリはオーギュスト一行の行動が、なぜあんなにも慎重にならざるを得なかったのかがすぐに理解できた。
考えてみれば、あちらも帝国がどう動くか一挙手一投足をすべて把握していたのだ。
この状況でただ帝国だけが状況を読めていなかったと言うべきか、それとも皇室転覆にばかり血眼になっていたと言うべきか。
とにかく、中途半端な成功に欲張りすぎているように見える。
皇室転覆と領土拡張か……アウレリア公爵もかなり無理をしたものだ。
分際も弁えずに二兎を一度に得ようとするとは。
あの欲張り野郎なら考えそうな手だ。
一石二鳥ってやつだろ。
皇帝への即位にブレーキがかかったから、貴族たちの目を外へ向けようってわけか……実に見事な作戦だ。
もちろん、あくまで帝国軍の内実がしっかりしていればの話だが。
プッ。
自然と笑みがこぼれる。
「ル先生?」
訳が分からないというように、アークが首を傾げた。
「いいえ。なるほどですね」
積極的に手まで振るルセテリが少しばかり怪しかったが、アークはすぐに他の考えを頭から振り払うことにした。
「以前から帝国軍の移動が怪しかったんです。もちろん我々は農場を襲ってピスタチャを盗んでいく泥棒どもを捕まえに来たんですけどね」
片目までウィンクするアークの姿が非常に怪しかった。
「帝国がどうしてピスタチャを盗んでいくの?」
帝国軍がわざわざ国境を越えて盗んでいくほど貴重な物なのか?
皇宮にいた時でさえ見たことがない物だったため、ジアは純粋に気になった。
「今リバーピルの社交界で一番流行っている食べ物が、まさにこのピスタチャなんだが、知らなかったのか?」
ピスタチャを知らないという言葉に、アークはひどく驚いたような反応を見せた。
首都では今『食べる緑の宝石』だと言って大流行しているのに、そんなピスタチャをリバーピルから来たというジアやルセテリが知らないという点が意外だったようだ。
しかしすぐにコクンと頷いて納得した。
食べる宝石と呼ばれるほど高価なピスタチャを、スラム街で過ごしてきたプーが知る由もないという事実が頭をよぎったのだ。
アークは気づくや否や、すぐにジアに謝った。
「うむ、悪かった。公国ではピスタチャが簡単に手に入るから分からなかったんだ」
もちろんスラム街で育てば簡単には知らなかったであろう代物だが、皇宮でさえ簡単には見られなかった物だという点がほろ苦いというか。
結局のところ、皇室に納品されるべき品目すらまともに供給されていなかったってことじゃないか、アウレリア公爵の野郎。
ギリッ。
歯ぎしりの音が、ルセテリの横に立っていたジアにまで聞こえるほどだった。
「帝国ではとてつもなく高い値段で売られていると聞いた。それを分かっているから、帝国軍の中でこういう風に時々盗みに来る連中がいるってわけさ」
「だからってアーク様が直接いらっしゃるほどですか?」
重要なのはそこだった。
公国第1騎士団長が下りてくるほど、帝国軍の泥棒が重要なことなのかと。
見たところ、ここの農場民たちだけでも十分に帝国軍のチンピラごとき、拳ではなく指一本でも防げそうなんだが。
「いや、元々プラヤ川の警戒に当たっていた帝国軍の連中はそんなことしないんだよ。公国との実力差がどれくらいかよく分かってるからな」
「ということは、最近泥棒をしに川を渡ってくる帝国軍は、元々いた軍人たちじゃないということですね」
アークまで出動した理由、それは帝国軍の移動が大規模にあったということだ。
それも第1騎士団が出動しなければならないほど、問題になるだけの人員が。
「北西側であった衝突もそうだし、尋常じゃないってことさ。それにピスタチャ泥棒は悪いことだ。プレシア商団とすでに取引を終えた商品だからな」
「収穫中じゃないですか?」
「収穫して金が支払われるまで、その間農民たちには何の所得もないだろう。だから一種の契約ってやつさ。一定の金額を毎月支払う代わりに、この農場で生産するすべてのピスタチャはプレシア商団を通してのみ取引できるってな。そういうのを契約栽培って言うとか言ってたな、ナビルが」
アークの話を聞いていたジアの目が輝いた。
本を通しては触れることのできなかった新概念の方式に、ジアの好奇心が発動したのだ。
「それなら、農場の人たちは安心して働けますね?」
「そうらしいな。毎回一定の金額が保証されるから質が変わってくるってナビルが言ってたぞ。俺にはそういうのはよく分からんが」
自分の知る限り誠心誠意答えてやろうと冷や汗を流しているアークのために、聞いていたヘゼルが口を開いた。
「ええ、確かに収入が安定するから農民たちの生活が安定して、この近辺の生活水準がグンと上がったんです。その分犯罪率も下がりましたし」
「だけどピスタチャをシェイクが独占することになるじゃないですか。それなら他の商団には不公平なことじゃありませんか?」
「そう考えることもできるでしょうね。ですがその分プレシア商団で投資をしているんですよ。ここにある機械、水路、すべてシェイクが作ってくださったんですから」
ヘゼルの説明を聞いたジアは、顔を上げて農場を詳しく観察し始めた。
彼の言う通り、昨夜見た収穫機械は新品のようにピカピカと光っており、木と木の間の畝には滞りなく流れている澄んだ水流が見えた。
ジアがリバーピルを発ち、テランカナから公国でも外郭にある小さな都市であるティシャールまで、確かな違いが肌で感じられた。
路地裏が暗くて汚かった帝国とは違い、公国はどこへ行っても明るくて華やかで、その上街並みはこの上なく清潔だった。
おまけにいちいち人間が直接畑を耕して収穫するのに対し、ここでは機械を使って手軽に働いているのを見て、ジアには大きな衝撃として迫ってきた。
「結局今の帝国は、名前だけが残ったボロボロの虎の威を借る狐(名前ばかりの虚仮威し)だということですね」




