第124話 一触即発
「なんだ、このガキは?」
「ここにある品物、地面に落ちたものまで一つ一つすべてがプレシア商団の物だ。帝国民を捜索するという口実で入ってきて、お前たちが持っていけるものじゃないってことだ!」
見かねたカイランが前に出たのだろうが、たかだか十歳の子供が止めたところで止まるような帝国軍ではなかった。
むしろ鼻で笑いながらカイランに近づき、威圧的に剣を振り上げて斬り捨てるかのように脅迫することも辞さなかった。
「ハッ、ちんちくりんのガキが何を言ってやがる。おい、これはあくまで捜索だ。公国は帝国民を捜索する時、帝国軍に協力する義務があるんだよ。それが条約ってやつだ」
指でカイランの額をグイグイと押す帝国軍の顔には、嘲笑が満ちていた。
お前ごときに何が分かるというようにカイランを刺激していた。
「だからって、わざとピスタチャの袋ばかり突っついているのがか?」
「ハッ! 何が問題か分からねえな。どこに隠れているか分からないから確認してるんじゃないか。どうせ地面に捨てられるものを掃除までしてやるってのに、感謝もしねえで」
我慢できなくなったカイランが、帝国軍の手をパッと払いのけた。
「わざとピスタチャだけを選んで突っついてるだろ!」
「ほう、こいつ生意気に?」
反抗するカイランの姿に呆れた帝国軍は、すねを狙って足を伸ばしたが無駄だった。
強張った騎士の蹴りよりも、一歩後ろに下がるカイランの動作の方がはるかに速かった。
それに何より、帝国軍の足が短かった。
むしろ不自然に膝に食い込もうとして空中で空振りし、ウンウンと唸っている姿はコメディも同然だった。
「お前、もっと近くに来ないのか?」
かなり腹を立てた男はフンフンと鼻息を荒くしながらカイランを手招きして呼び寄せようとしたが、バカじゃあるまいし……行くわけないだろ。
「なんで俺が?」
「大人が話してるのにどこで口答えしてやがる? おまけに俺は帝国軍だぞ?」
肉に埋もれたその短い手足を振り回し、男はカイランの胸ぐらでも掴まなければ気が済まないというように飛びかかった。
「いくらなんでもこれは見過ごせないな」
「なんだ、お前らは?」
見かねた農場民たちが、カイランの前に立って男を遮った。
それぞれ手に持った棍棒をパンパンと叩きながら。
筋骨隆々な人々に瞬く間に取り囲まれた男は、一瞬怯えたのかビクッと後ろに下がったが、すぐに正気を取り戻したのか声を荒げた。
「なんだって、当然ここで働いてる者たちだ。目が節穴か?」
農場民の言葉に一歩後ずさりしていた帝国軍の肩が再びそびえ立ち(偉ぶり)、再び声が大きくなった。
声だけが。
「帝国の仕事に、どこぞの卑しい者どもがむやみに口を挟んでやがる!」
何か頼みの綱でもあるのか、ピクピクと波打つ筋肉の塊を見ても、かえってさらに大きな声で怒鳴りつけた。
『どうせ後ろにいる奴らも大して変わらない似たり寄ったりの奴らじゃないか』
ルセテリは黙ってジアの手を握り、一歩下がってとりあえずもう少し見守ることにした。
意外にもわざわざルセテリが手を下さなくても、これまで密かに溜まっていたものが多かった農場民たちにこってり絞られるかもしれないし。
「ここが公国領だということを分かって言っているんでしょうね?」
「ハッ、やっぱり無学な奴らは。俺たちはあくまで公国との条約に従って……」
「だからその条約に従って泥棒をするのは合法だと? 何のクソみたいな理屈だい?」
女だてらにたくましい体格のミルネが、両手を腰に当てたまま帝国軍の前に出た。
気迫に押された帝国軍たちがビクビクしているのを、ルセテリは見逃さなかった。
「どこの未開な公国民ごときが、偉大なる帝国軍のやっていることに口出しするってんだ?」
理屈が通じないとすぐに権威を振りかざして言い張るのが非常に典型的だ。
『どうしてあの国は、上から下までやることがあんなにそっくりなんだか……』
『ああ、上が手本を見せるから下も同じように真似するってわけね?』
「ああ、その偉大なる帝国ではこんな風に堂々と泥棒をさせるみたいだねえ?」
「泥棒だと! あくまで俺たちは帝国民の捜索を……」
「なら捜索は最後までやって、地面に落ちても何の問題もないんだから袋に入れたそれは下に置きなさいよ、それなら」
ミルネの理屈に阻まれ、言い張ることも通用しないと感じた男は、腰に差していた剣を抜きカイランに向けて突きつけた。
あのな中で一番弱そうに見えるカルに剣を向けるなんて、やっぱり肝っ玉が小豆くらいの人間らしいというか……。
でも正直言って、剣を突きつけている帝国軍よりカイランの方が強そうだっていうこと、あいつは分かってないだろうな。
「ハッ、どこぞの誰が偉大なる帝国軍のやっていることに口出ししようってんだ。お前ら全員覚悟しろ!」
悪に染まったように男が喚き散らすのに合わせて、一斉に帝国軍たちはシャキンと剣を抜き、カイランへと向けた。
「先に剣を抜いたのはそっちだぞ」
腰に差していた半月刀を抜き放ったカルが横から飛び出し、帝国軍たちの前を遮った。
カル一人でどうにかなると思ったのだろうが、カルの後ろにゾロゾロと筋肉質な人々が立っているのを見て怯えた帝国軍たちが、ズルズルと後ろに下がりながら指揮官の顔色をうかがった。
理性を失った指揮官はそんなことお構いなしに真っ赤な顔で剣を振り回し、大声を張り上げていた。
もちろん、ただの力任せに振り回す剣でも剣は剣だから斬られれば痛いだろうが、それも避けられないカイランではなく、じっと剣の軌跡を追ってせっせと目を動かしていた。
『はあ』
これがジアとルセテリが言っていた帝国軍のレベルというやつなのか……。
隙だらけの剣を見ていると、カイランはこれまで悩んでいた時間がもったいなく思えてきた。
ルセテリの言う通り、指揮官がダメならその下も同じだという言葉が、これほど身に染みることはなかった。
「サッー」
むやみやたらに振り回された剣が、どういう偶然かカイランの頬をかすめていった。
ツーッと、やがて頬が切れたのか赤い血が流れ落ち、それを見た男はさらに得意げになって剣を掲げて叫んだ。
「俺の言葉に逆らえばどうなるか、思い知らせてやる! ガッハッハ!」
くしゃくしゃに首の上までせり上がった肉に埋もれた頬肉がピクピクと波打つほど大笑いする男とは対照的に、カイランを囲んでいた人々の反応はむしろ急速に冷ややかになっていった。
まさに一触即発の状況。
「貴様、自分が今何をしたのか分かっているのか?」
絶対零度のように冷ややかな声で、カルが男に向かって尋ねた。
空気も読めない男は、何がどうしたというように声を荒げ、さらに大笑いしながら人々を見下すような態度を崩さず傲慢だった。
「どうせもう少しすれば植民地の身分に転落することになる卑しい奴らが何を……グフッ!」
容赦のないカルの月刀は、さすがの鋼鉄の鎧でも守りきれなかった首筋に向かって伸びた。
厚い脂肪のおかげか間一髪で急所を避けたように尻餅をついて地面に座り込んだ男の目が、あっという間に恐怖に染まった。
「き、きき……!」
「喋れ、喋れよ。いや、人間のクズだから言葉が喋れないのか?」
男の鈍らな剣とは違い、鋭く研ぎ澄まされたカルの月刀が男の首に近づいた。
「な、何をしてる? 早くこの暴徒どもを捕らえんか!」
「暴徒とは、言葉が過ぎるんじゃないか? これでも公国騎士団長に定期的に引きずり回されて訓練を受けた身なもんでね」
そこでようやく男は何か間違っていることに気づいた。
すでに男が気づいた時には、男が引き連れてきた帝国軍たちは農場の人々の筋肉に押され、全員捕縛されてひざまずかされた後だった。
逃げ道がすべて塞がれると、男は薄毛が進行しているテカテカの額から汗を玉のように流し始めた。
「な、何を望む? 望むものは何でもしてやる」
何度も言うが、たかが帝国軍のチンピラごときが与えると言ったところで、どれだけ大層なものだって言うんだよ。
ルセテリは指で顎の下を撫でながら、この面白い見世物を一つも見逃すまいとハラハラしながら超集中した。
「望むもの? そうだな、帝国の騎士団長のポストでも譲ってくれるか?」
「そ、それは……それは無理だが、後で帝国が公国に入ってきた時にお前だけは特別に俺の下に入れてやろう!」
うん、言わない方がマシだったな、あれ……。
おまけに帝国が公国を侵略する準備をしているというのは機密事項のはずなのに、あんな風にペラペラと漏らして歩いてもいいのか?
男の提案はカルの怒りをさらに逆撫でするだけだということに、男は気づいていないようだった。
これ以上聞く価値もないとばかりに、カルは月刀を振り回し男の首をスパーンと斬り落としてしまった。
悲鳴を上げる暇もなく、瞬く間に男の首から血が噴き出した。
その壮観な光景に、人々に囲まれて鼻息を荒くしていた帝国軍たちの顔が青ざめ、口を塞いだように黙り込んでしまった。
「こ、こんな真似をして無事で済むと思っているのか?!」
しばらくポカンと見つめていた兵士の一人がハッと我に返り、ピーピーと騒ぎ始めた。
血一滴ついていない月刀を輝かせていたカルは、鋭くピーピーと騒いでいた兵士の方へ振り向いた。
「それで、お前は俺に何を提案するんだ?」
「望むものなら何でもお聞きします」
カルの冷ややかなオーラに怯えた兵士はブルブルと震え、すぐさま口調から正した。
鈍い頭でも、生きて帰るためにはとりあえず下手に出なければならないという事実を悟ったようだ。
「別に望むものなんてないんだが? ああ、一つあったな」
カルの合いの手(言葉)に、真っ青だった帝国軍の顔に赤みが差した。
やっと話が通じると思ったのか、食いついてきたのだ。
「あったな。ここの俺の血の代償だ」
カルの後ろにいたカイランが前に出ると、かすり傷と言ってもいいほどの頬にできた傷を指差し、帝国軍に突きつけた。
「シェイク・ミルザ・ナセル・ビン・プレシアの息子、シェイク・カイラン・ビン・ミルザ・プレシアだ」




