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第121話 権力の真の意味

あんなに凄まじい剣の手合わせをしておいて「どうだった?」だなんて、カイランは身震いした。

あれは、人間ができる訓練量ではなかった。

公国の騎士たちでさえ、カルの訓練を終えた後は吐いて倒れたり気絶したりするのが関の山だったのに、それを何食わぬ顔でこなしていたジアが、カイランにはカルを超える魔物のように思えた。


いや、魔物というより魔王に近かったな。


ブルッ。

競い合うように訓練していたジアとアークを思い出し、カイランは体を震わせた。


「あの訓練量についてこられた奴が一人もいないくらいきつかったからな。何しろ、帝国を脱出してきた時と比べてもはるかにきつかったって言う奴まで続出したくらいだから。俺も死ぬかと思ったよ。目の前で先に亡者の川を渡ったお袋が手を振ってるのが見えるくらいだったからな……」


アークとの訓練を思い出したのか、かなり渋い表情でカルは言葉を濁し、顔を横に向けた。


なんだか、涙ぐんで鼻をすすってるみたいに見えるんだけど?

あそこまでしんどいものなのか?


一度もカルと訓練をしたり剣を交えたりした経験がないルセテリとしては、知る由もなかった。

カルとの訓練が「地獄の大魔王しごき訓練」という名で呼ばれているという事実を。


「じゅ、十分に理解できますよ」


顔を背けて鼻をすすっているようなカルの腕をポンポンと叩き、その気持ちはよく分かるとばかりにカイランが慰めた。


「いつだってどこだって、強い者が上にいれば苦労するのはその下にいる者たちだからな」

「アーク様だけじゃなかった。ナビル様も恐ろしかったぞ」


ん? ナビル?


「肉体的な筋肉だけじゃなく、脳の筋肉も鍛えなきゃならないって言って、山のような基本教材を投げつけてきては毎日試験を受けさせられたこと、覚えてないのか?」

「覚えてないわけ……。地獄の方がまだマシだっただろうってことさ」


二人とも思い出すのもうんざりだというように顔をしかめ、嫌気がポタポタとこぼれ落ちていた。


「あの二人がそうなら、シェイク・ミルザ様はどうだったんだろうな?」

「当然、シェイク・ミルザ様もそれ以上ならまだしも、それ以下ってことはないってことですよね?」


突然質問の矛先が変わった。

唐突な方向転換にカイランは不思議に思ったが、ジアは質問の意図を正確に読み取った。


さすがうちのジアだ!


答えたのはジアなのに、なぜか得意になっているのはルセテリの方だった。


「そうね。聞くところによれば、シェイク様があの二人をこき使ってるって言ってたわ」

「だから個人の強さも強さだが、その強さが地位になれば国力が変わるっていう言葉、どうだ? 理解できるか?」


あまりにも生々しい例えに理解できすぎてしまうカイランは、首を縦に振った。

理解を通り越して、ヘゼルとカルの心情に百パーセント共感して余りあるほどだった。


「だからだよ、若君。一人で強いだけじゃ意味がない。その強さを責任を負う立場で率いてこそ、真の強さというものさ」


骨のあるカルの答えは、カイランに深く考えさせた。

これまでシェイクの後を継ぐことよりも商団にばかり関心があったカイランだったが、果たして考えが変わるのかどうかが気になった。


いくらカイランがシェイク・ミルザを憎み、あの座にはつかないと言っても、あのミルザの息子だった。

誰よりも負けず嫌いなその性格は、間違いなく父親であるシェイクから受け継いだ性格のはずだ。

ルセテリはカイランが口を開かなくても、結果が分かるような気がした。


「若君はどうして商団主になりたかったんだ?」

「ただ、俺が愛する人たちを守りたくて……?」

「商団主が誰かを守れる立場だと思うか?」

「お金、たくさん稼げるじゃないですか? それに誰かが俺を必要とする時にそばにいてやれるし」

「ふむ。商団主にそんな余裕があることもあるようだな?」

「え?」


口に出したことのないカイランの夢をどうしてヘゼルが知っているのか、皮肉るような彼の態度に半信半疑で考え込んでいたカイランがハッと驚いた。

カイランの顔に、どうしてそれを知っているのかという疑問がよぎった。


「商団主という座が簡単なものだと思っているようだな?」

「……簡単じゃないだろうけど、シェイクの座よりはマシじゃないですか?」

「じゃあ、お前は権力というものをどう考えているんだ?」

「くだらない力比べや派閥争い?」

「プッ! まだ子供だな。そんな風にしか見えないとは」


カイランの答えに、カルがこらえきれずに吹き出した。

ルセテリも笑いたかったが、さすがに笑えずククッと笑いを堪えてやり過ごした。

実に十歳らしい答えだったと言おうか。


「まあ争いは本能みたいなものだから頂点に立ちたいというのも理解はできるがな……。それだけなら、あれほど多くの人間が権力闘争をする理由にはならない」

「じゃあ何なんですか? その権力って一体何なんですか?」

「それぞれ違うだろうが、俺の場合、権力とは正当に自分の力を発揮できる地位だと思うね」

「俺は自分が望む通りにできることをやる立場かな? だから上に行けば行くほど、より多くのことができるようになるのが権力だと思うな」


二人の権力に対する定義から、ルセテリは一つの共通点を思い浮かべることができた。

権力とはすなわち、責任を負う立場だということ。

正確に言うなら、責任を負うというよりは「責任を負わなければならないもの」と言う方が正しい表現かもしれない。

その答えから、ルセテリは権力に対する二人の考えを垣間見ることができた。

この答えをカイランがどう考えるかは分からないが。


「じゃあ、商団主よりも権力がもっと大きいシェイクの座の方がいいってことですか?」

「さあな? それぞれの考えは違うんじゃないか?」


未だにカイランには理解しがたい言葉だった。

これまで一度も考えたことのなかった「権力」という言葉は、カイランの決心を根こそぎ揺るがしていた。


商団主になってお金をたくさん稼げば、愛する人たちを守れるだろうという考えは、ただの子供だからこその夢だった。

ヘゼルやカルの言葉を借りるなら、権力というものは持てば持つほど発揮できる力が大きいというではないか。

それなら当然、商団主という地位よりはシェイクの方がはるかに高く、そして大きな権力を持つことができるということだ。


これだけでも、カイランの夢を完全にひっくり返すには十分だった。


「高いところへ上れば上るほど、力を使える権限は高くなり、その分できることも多くなるのが権力というものだと思います。ただ、誰がそれを使うかによって良くもなり、そして悪くもなるということです」

「ほう?」

「そしてそれだけ責任が伴う重いものが権力、ということではないでしょうか?」


どこかの君主論のような本でしか見られないような答えに、周りにいた大人たちは皆、口をポカンと開けてしまった。


『カイラン様より年下だと言ってなかったか?』

『七歳だと言っていたが?』

『天才じゃないか? あれなら。君主論を暗記しているレベルじゃないぞ?』


天才という言葉に、無駄にルセテリの肩がそびえ立つ(誇らしくなる)。


[ルセテリ様が誇らしげにするようなことじゃないのでは?]


あまりにも見ていて恥ずかしかったのか、見かねたベッチーが前に出て一言投げかけた。


[別にいいだろ? 俺が誇らしく思ったからって何か問題でもあるのか?]

[誇らしく思うにしても、皇帝陛下ご夫妻が誇らしく思われるべきでしょう]

[まあ、いいじゃないか。俺が代わりに誇らしく思ってやってるんだから]


思いもよらないルセテリの真剣な答えに、ベッチーはしばらく言葉を失ってしまった。


ある意味、急いで皇宮を脱出し、ブリトルの城門を抜け出した時から覚悟していたことだった。

もしかすると、あの二人は永遠にジアの成長を見守る機会を失ってしまうのではないかと。

だからこそ、遠ざかっていくルセテリとジア一行を見つめながら、切なそうに互いの手をギュッと握りしめたまま、一瞬たりとも逃すまいと必死に追いすがっていた瞳の行方を……分かっていたのだろう。


[そういうことも……あり得るかもしれませんね]

[だろ?]


顎を撫でていたルセテリは、前髪をぐしゃぐしゃにかき回した。

ジアにどんな風に話を切り出すべきか分からず、一日二日と先延ばしにしていたことが、まさかこんなに難しいことになるとは思わなかった。

どうせルセテリが口を開くより先に、勘の鋭いジアが気づかないはずがないというのに。

考えが浅かった。


「もしかして、マキャベリナの『君主の基本』という本を読んだことがあるのかい?」

「基本の必読書じゃないんですか?」


必読書と言うには、十歳にも満たない子供が読むには難しく、厚さもまた大人であっても簡単に読めるような厚さではなかった。

ナビルが渡したリストの中で唯一ヘゼルが一番手こずった本が、まさにこのマキャベリナの本だった。

厚さだけでも抱いて眠るのにぴったりのサイズだったと。

カルには、ヘゼルの内なる叫びが彼の耳にまで聞こえてくるようだった。

あんな代物を基本の必読書だとは。


「アハハ、そ、そうか。そうなんだな」


ヘゼルは目の前にいる子供を小生意気と言うべきか、それとも世情に明るすぎると言うべきか、複雑な心境だった。

なぜなら、最後のあの言葉は間違いなくカイランに向けられた言葉だったからだ。

間違っているとも言えないし。


ヘゼルはルセテリの横で、ヒィッと青ざめた顔で今にも涙をポロポロこぼしそうなほど震えている小鳥のようなカイランをチラリと見た。


「すべての力には責任が伴うものだとありました。それなら当然、使う前に正しい使い方を知っておくべきではないでしょうか?」


実にはきはきと的確ではないか。

君主論に出てくる理想的な君主の姿が、この小さな子供から見えた。

さすがシェイク・ミルザがカイランのそばにつけただけの理由が分かる気がした。


生唾がヘゼルの喉の奥をゴクリと通り過ぎた。


もしかすると、本当にできるかもしれない……!

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