第110話 体力補給は肉パーティー
「収穫期はどうしても仕事がきついので、仕事が終わったら毎日肉パーティーが開かれるんですよ。体力補給しなきゃいけませんからね」
体力補給。
なんて美しい言葉だろうか。
合法的に肉を食べても、誰にも文句を言われない自由。
早くもルセテリの口の中には唾が溜まり始めていた。
働きたくないからといってバーベキューを避けるなんて、そんなのルセテリじゃない。
肉が遥か遠くから手を振って自分を呼んでいるのに、断るはずがない。
「とんでもないです。私も率先垂範せねば。やります、仕事」
ニヤリ。
ジアは見た。
ヘゼルとカルが間違いなく、何か企みがいっぱいの笑みをこっそりと浮かべているのを。
その笑みが向けられた先には、肉に釣られて鼻先を引かれた(まんまと乗せられた)ルセテリがいた。
[あの二人、本質をよく見抜いているわね]
[ルセテリ様が肉をお好きなのを、どうして分かったんでしょうね]
[好きなだけじゃないわよ。ルッ様が世界の代行者の一人であるドラゴンだなんて、誰が信じるっていうのさ]
「世界の……代行者?」
ベッチーとの竜言を聞いていたカイランの呟きに、ジアはしまったと思った。
ルセテリがカイランに禁制をかけたおかげで、竜言が聞き取れるようになったという事実をすっかり忘れていた。
「静かに、口を閉じてて」
「は、はいっ」
カイランの肩に手を置きながら、ジアが威圧的な口調で脅迫(?)した。
ルッ様は禁制にそんな重要な副作用があること忘れちゃってるみたいだし、面倒くさいったらありゃしない。
正直ジアとしては、代行者だと知られようが知られまいが大きな違いはないと思っていたが、意外にもルセテリはその部分に関しては徹底して口止めをしてきた。
ルセテリの話では、代行者だという事実が世間に知れ渡ったところで面倒なだけだとか?
その割にはかなり気にしている部分のようだった。
まるで、知られた日には世の中の上下がひっくり返るかのように。
「あの機械が木を掴んで揺さぶると実が地面に落ちるんですが、実の表皮が開いていて、皮の間に赤い内皮が見えるものをこの袋に入れてくだされば結構です」
すでに目は肉を食べるという考えでキラキラしており、実の収穫を手伝う気満々のルセテリに、ヘゼルが収穫方法を説明しているのが見えた。
あの耳の良いルセテリの耳にも、カイランの呟きは聞こえていたに違いない。
それなのにこっちには見向きもしないのは、ジアを信じているからなのか、それともカイランだから最初から眼中にないということなのか、ルセテリはよそ見を一度もすることなく、ひたすらピスタチャの実にだけ関心を寄せていた。
「おお、色が鮮やかですね」
「でしょう? 伊達に青い宝石と呼ばれているわけじゃないんですよ」
こうなれば、今日ここで徹夜で作業するのは確定したも同然だった。
おまけにカイランも、密かに逃げ道ができて浮かれている様子ですでに救いようがなかった。
おそらくカイランは、これ以上荷車を引かなくて済むという考えだけでルンルンのようだったが、どうなることやら。
もしかしたら後になって、荷車を引く方がはるかにマシだったと思う時が来るかもしれないってこと、誰が分かる?
「あ、でも選別作業は手に馴染んだ人がやる方が早いですね。お三方は、こちらの農場の方々が実を選別して入れた袋を荷車まで運んでいただくお仕事をしていただくというのはいかがでしょうか?」
浮かれて大急ぎでピョンピョンと走っていたカイランの足がピタリと止まった。
ギギギギッ。不自然に首が回り、視線が大きな袋がいくつも積まれている荷車に突き刺さった。
だから早とちりするなってことよ。
こうなると、カイランと荷車は一心同体なんじゃないかって気すらしてくるんだけど?
ジアは深刻な悩みに包まれた。
それもそのはず、荷車と同格ならそれは訓練にならないじゃない。
元々やっていた仕事をそのままやるだけなんだから。
どうやら新しいプランが必要になりそうだ。
(だからといって、本当に信じられたら困りますけど?)
***
人々が実を拾って袋に入れ、地面に積み上げていくと、調子に乗ったカイランがあちこちピョンピョンと跳ね回りながら袋を肩に担ぎ、荷車へと運び続けるのを繰り返した。
ルセテリは……働いていた人々が皆、一度ずつチラチラと見つめながら通り過ぎていた。
その理由を問うならばおそらく、普通の人間だとは到底信じられないほどの力で、とてつもない重さの袋を両肩に担いで運んでいたからだろう。
一袋でおよそ50キロの重さだから、ルセテリの両肩にぶら下がっている重さだけでもざっと一つ、二つ、三つ……全部で6袋分の重さを足せば300キロが乗っかっていた。
それも全く物足りなさそうなルセテリの表情に、通り過ぎる人々は皆、驚異の目で彼を見つめていた。
さらには疲れた素振り一つ見せずにベッチーが引く荷車を往復しているのに、汗一滴流れていなかった。
ジアから見れば当然といえば当然だが、農場で働く働き手たちから見れば、人間の限界を超えた怪物のような体力だと言っても過言ではない。
いや、実際に人間じゃないんだけどね、ドラゴンだから。
[そんなことしてたら人間じゃないってバレちゃうんじゃないですか?]
[それが何だって? 俺の知ったことか?]
[後でソル様に怒られるのは私じゃなくてルッ様ですよ? 大丈夫なんですか?]
[大丈夫も何も、ただ怪力な美青年に見えるだけだろうから気にするこたないさ。それに早く仕事が終われば、それだけ肉を食べるのも早くなるだろ?]
ルセテリの言う通り、仕事を早く終わらせれば短縮された時間だけご飯を食べる時間も前倒しにはなるだろうが、あれじゃあ……。
[怪力イケメンじゃなくて、あれはもう魔獣レベルですけどね]
[魔獣だなんて、そんな不敬な……!]
荷車にピスタチャの袋を運び込んでいたルセテリがベッチーの竜言にカッとなったようだったが、さすがに魔獣という言葉に全面的に反論することはできなかった。
帝国で通用している意味では、ドラゴンも魔獣のカテゴリーに入るらしいから。
あ、でもこの場合はドラゴンは幻獣でしょ。
幻の魔獣。
「今のル先生の姿を見たら、誰がどう見ても魔獣と同等の怪力を持った人間にしか見えないですけどね」
珍しくカイランが的を射たことを言った。
ルセテリがどう思おうが関係なく、後ろでヒソヒソ話している人々は皆そんな考えを抱いているに違いなかったからだ。
実際に、
「人間がどうやってあんな力を!」
「バケモノだ、バケモノ」
「見た目はひょろっとしてるのに……」
「力じゃ誰にも負けない裏の家のゴツイホセさんより力がありそうに見えるぞ!」
などとヒソヒソ噂しているのが、ジアの耳にも聞こえてくるほどだった。
それにしても、その裏の家のホセさんという方が誰なのか本当に気になるわね。
「あんた、仕事がよくできるな」
再びピスタチャを運び込もうとしていたルセテリの前に、ガタイのいい筋骨隆々とした男がドンッと立ちはだかった。
筋肉がピクピクと波打つ男は、両腕を交差させたまま彼を見下ろしていた。
「ハ、ハハ」
ドラゴンに勝るとも劣らない圧倒的な迫力に、ルセテリの顔色が青ざめた。
今まで汗一滴流れていなかった額からは、冷や汗がツーッと一滴流れ落ちた。
あ、何て言い訳すればいいんだ。
突然男は豪快な笑い声を上げながら、ルセテリの肩をバンバンと叩き始めた。
「ガッハッハ。やはり見かけによらず大したもんだ。先生の仕事をしていると言ったか?」
人間の握力と言うにはドラゴンでさえ片目をしかめるほどの力がルセテリの肩に乗せられ、何度も強打された。
「見た目はただの堅物の先生のように見えたが、やはり男だな。それも男の中の男だ。先生にしておくにはもったいない」
「あ、ありがとうございます?」
これを褒め言葉として受け取るべきか。
そっとルセテリは自分の肩をバンバンと叩き下ろしている男の顔をうかがった。
悪意はなさそうな純粋な笑顔だった。
褒められることに不慣れだったルセテリの顔に、不自然な笑みが浮かんだ。
どう反応を示すべきか、人間ではないルセテリとしては困惑した。
「もったいない、実にもったいない。あのシェイク・ミルザ様の下で先生として働いてるそうじゃないか? それさえなければ、ここで働いてくれとすがりつきたくなるほどだが、それは無理だろうな?」
これ、褒められてるんだよな?
自分より一回り大きな男を、ルセテリは顔を上げて見上げた。
非常に男に対して失礼な考えかもしれないが、目の前の男は全身に濃い毛がモジャモジャと生い茂っていた。
もしも山の中で出くわしてでもいたら、間違いなく山賊だと勘違いして魔法をぶっ放していたかもしれない。
「アハハ、お褒めいただきありがとうございます?」
「気になって聞いてみるんだが、普段から筋トレ(쇠질/鉄いじり)は少しやってるのか?」
ん? 筋トレ(鉄いじり)?
何だそれ?
千年を生きてきても、鉄いじりという言葉は初めてだった。
純粋に頭に最初に思い浮かんだ意味は、鉄を扱う鍛冶屋のことか? と思った。
もちろん前後の状況を考えれば、そんな意味ではないだろうが。
「参考までに、俺は全部合わせて700はいけるぞ」
数字がそこでなんで出てくるんだ?
依然として何の話か全く理解できず戸惑っているルセテリの前に、何人かの体格の良い働き手たちが現れた。
「お前はすぐ、少し仕事ができる奴が現れたら聞くのがいつもそれなのか?」
「いや、いいだろ別に。ちょっと聞いてみたって」
「誰もがお前と同じじゃないと何度も言ったじゃないか」
「それに鉄いじりだなんて……シェイク・ミルザ様が名付けた『ヘルス』という立派な名前があるじゃないか。なんでしきりに鉄いじりなんて言うんだ?」
「鉄の塊ぶら下げて上げたり下げたり曲げたり伸ばしたりを繰り返すのが、鉄いじりじゃなきゃ何だって言うんだ?」
男を取り囲んでああだこうだと言い合っている隙を突き、ルセテリは袋を荷車に下ろし、トコトコと走って行こうとしていたカイランの服の裾を掴んだ。
「一体あのヘルスっていうの、正体は何なんだ?」




