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【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
第5章 決戦編

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第86話 カナメへ話す

 夜、カナメが来た。


 玄関先に立って、コートのボタンを全部留めたまま、俺を見た。


「入れる?」


「どうぞ」


 カナメは部屋に入った。


 ソファを見て、椅子を引いて、テーブルに座った。


 ピコがいないカウンターを一瞬見た。


 何も言わなかった。


 俺はコーヒーを入れた。


 カナメの分も入れた。


 カナメはカップを受け取って、両手で持った。


 しばらく二人とも黙っていた。


 コーヒーの湯気が二人の間で上がっていた。


 俺は手帳を開いた。


「先に、俺から話す」


 カナメの目が、手帳へ落ちた。


「今日、ゲン爺から聞いた。白い石板は今、JAGLの一時保管室にある。俺の部屋にも、源田屋にもない」


「うん」


「石板が俺に反応したことは確認済み。でも、何なのかはまだ未確認。継承者体質って言葉も、第一世代が仮にそう呼んでいたってだけで、正式な名前じゃない」


 言いながら、手帳の四つの見出しを指で押さえた。


 事実。


 記録。


 仮称。


 推測。


「槇原の部署が最浅層遺物と適性偏差を調べていた記録がある。黒葉の事務所へ接触していた記録もある。でも、父さんの事故と直接つながる証拠はまだない」


「混ぜないようにしてるんだ」


「ゲン爺に言われた。公開するなとも言われた。動画にもコメントにも出さない」


 カナメは頷いた。


「分かった。今聞いたことは、ここから外へ出さない」


 その短い返事で、肩の力が少し抜けた。


* * *


「ユウ」


 カナメが先に口を開いた。


「私がずっとユウの近くにいた理由、言っていなかったことがある」


「……聞く」


「言いにくいから言ってなかったわけじゃない。ただ、言うタイミングをずっと見つけられなかった」


 カナメはコーヒーのカップをテーブルに置いた。


「ユウの父さんが亡くなった事故のとき、私も現場にいた」


 俺はカナメを見た。


「……知ってる。父の死んだ場所に御崎家も居合わせたと」


「じゃあ、その先は、知らないと思う」


 カナメが顔を上げた。


「父たちが救助に向かって、現場が混乱していた。ユウ、当時何歳だった?」


「六歳」


「私も六歳だった。親同士は救助で動いていて、子供は待機させられていた。ユウも来ていたんだ、あの場所に」


 俺は思い出そうとした。


 父の事故の記憶は薄い。


 事故の報せを聞いて、母が泣いた。


 それだけしか残っていない。


「俺が、あそこにいた記憶はほとんどない」


「そうかもしれない。でも、ユウはいた。そして、待機していた子供たちの中でユウだけが、ユウの父さんの採取袋からグリーンモスを少し出して、食べさせていた」


「……何を」


「グリーンモスだった。避難場所に簡易ストーブがあって、火も鉄皿も大人が見ていた。その端で、ユウが小さな鉄皿にグリーンモスをのせて温めていた。炒めた、というより、焦がさないように何度も動かしていた」


「俺が」


「うん。大人たちにも渡していた。私にも」


* * *


 俺は黙った。


 記憶にない話だった。


 でも、カナメが嘘をつく理由はなかった。


 父の事故の現場に俺もいた。


 六歳で。


 父さんの採取袋の小さい方を抱えて。


 父が死にかけていた、あるいは死んだその時間に俺は、父さんの採取袋に残っていたグリーンモスを温めていたのか。


 胸が息をしなくなった気がした。


 一秒か、二秒か、呼吸が出なかった。


 喉の奥が詰まったように動かなかった。


 それからゆっくりと息が戻ってきた。


 悲しいとか、怖いとか、そういう言葉が当てはまらなかった。


 ただ、事実として、そこにある。


「父さんの採取袋を抱えてたんだ、あのとき」


「うん。ユウの父さんたちの付き添いで、B2入口側の見学通路から戻ったあとだって、あとで聞いた」


「……父さんが、その日の朝に見学用で採っていたのか」


「たぶん。何もできなかった子供たちの中でユウだけが何かした。食べさせるという行動をした」


 カナメの声が静かだった。


「私は、あの日のことをずっと覚えていた。あのグリーンモスを食べたことを。あそこで食べた味を今でも覚えてる」


「……美味かった?」


「塩もなかったのに、美味かった」


 カナメが俺を見た。


「それが(ユウの料理の一番最初だ。私が見たやつ。だから)配信を見たとき、すぐに気づいた。ユウが炒めたグリーンモスだ、って」


 俺はテーブルに肘をついた。


 カナメが「懐かしい感じがする」と言っていた理由が分かった。


 寒い日に外で温かいものを食べさせてもらった記憶。


 誰かが一緒にいた記憶。


 それが俺だった。


「……なんで今まで言わなかった」


「言えなかった。ユウの父さんの死と私の一番最初の記憶が同じ場所にある。言い方を間違えると、傷つけると思った」


 俺はカナメを見た。


 カナメは視線を外さなかった。


「……怒ってないか?」


 声のトーンが少し低くなった。


「怒ってない」


「そうか」


 カナメはそれ以上、聞かなかった。


 怒っているかどうかを確認したらもう確かめない。


 それがカナメだと思った。


「……知れて良かった」


* * *


 コーヒーが冷えていた。


 カナメが立ち上がった。


「ユウ」


「何」


「前に言い方が悪かった。ごめん」


「俺も言い方が悪かった」


「……そうだな」


「一つ、聞いていいか」


「何」


「一緒に潜れるか」


 カナメが俺を見た。


「B2か?」


「明日はB2。先は、B5まで行く申請が必要になるかもしれない」


 カナメはしばらく黙った。


「……いつ」


「まだ決まってない。B5はJAGLの申請と同行枠がないと無理だ。でも、一人では次の一手が見えないものがある」


「分かった。言えばいい」


 カナメがコートのボタンを外した。


 また、座った。


「コーヒーもらえる。温かいやつ」


「今入れる」


 俺はコーヒーを入れ直した。


 カナメがピコのいないカウンターをもう一度見た。


「ピコ、いつ帰ってくるかな」


「……分からない。でも、B5で青緑の光を見たとき、ピコを思い出した。関係があるかは、まだ分からない」


「じゃあ帰ってくる」


 カナメはそれだけ言った。


 断言だった。


 俺はコーヒーをカナメの前に置いた。


* * *


 カナメはコーヒーを両手で包んで飲んだ。


 ゆっくりと一口ずつ。


 俺も自分のカップを手にした。


 部屋が静かだった。


 コーヒーの香りが広がっていた。


 少し前までこの空気が重かった。


 カナメと言い合いをして、互いに何かを持ったまま距離ができていた。


 今は違った。


 同じ部屋でコーヒーを飲んでいた。


 それだけのことが今夜は思った以上に大きかった。


「カナメ」


「何」


「あの日の話、初めて聞いた」


「そうか」


「父の事故の現場に俺もいたとは知らなかった」


 カナメがカップを置いた。


「覚えていないのか」


「ない。本当に何も残っていない」


「そうかもしれない。子供の頃の記憶は強い衝撃で欠落することがある」


 俺はテーブルを見た。


 父が探していたものを見つけたという事実はここにある。


 父の事故の現場に俺もいた。


 父が死んだ日に俺はグリーンモスを炒めて、人に食べさせていた。


「……記憶がなくても、やっていたんだな」


「やっていた」


「料理することが俺にとってそういうものだったんだな。意識する前から」


 カナメが俺を見た。


「だからユウの料理は、ただ美味しいとか、ただ上手いとか、そういうことじゃないと思う」


「何かを伝えようとする料理だ。あの日も今日も変わってない」


* * *


 カナメが帰った後、台所に立った。


 冷蔵庫から、JAGL食用登録済みのグリーンモスを少し取り出した。


 水気を拭いて、フライパンにのせた。


 油はほんの少し。


 塩もほんの少し。


 火を入れると、青臭さの奥から、見慣れた甘い匂いが戻ってきた。


 六歳の俺が、同じように動かしていたのかは分からない。


 覚えていない。


 でも、今の手は覚えている。


 焦げないように動かす。


 苦味を飛ばす。


 食べられる形にする。


 小皿に盛って、一口食べた。


 シャキッとした食感が歯に当たり、塩気のあとに淡い甘さが残った。


 カナメと一緒にコーヒーを飲んで、カナメが帰った後に食べるグリーンモスの味だった。


 父の事故現場の話を聞いた夜に食べるグリーンモスの味だった。


 どちらとも言えない、今夜の味だった。


 指先がかすかに温かくなった。


 採取Sは、味の正しさも、心の整理も告げない。


 ただ、火の通ったグリーンモスの水分と、皿の底に残った熱だけを拾っていた。


 窓の外が暗くなっていた。


 明日、カナメとB2に潜る約束をした。


 久しぶりに一緒に潜る。


 最浅層で採取しながら、カナメと隣にいる。


 それが今、少し楽しみだった。


 グリーンモスをもう一口食べた。


 温かい食感が口の中でほどけた。


 うまかった。


 ピコがいたら「ぴこぴこ」と言いながら、横から手を伸ばしていた。


 いない。


 でも、カナメが「帰ってくる」と言った。


 断言だった。


 胸の奥がかすかに温かくなった気がした。


 カナメの断言はいつも確かだった気がした。


 登録者:三万八千九百四十一人。

ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。

楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!

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