表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
第5章 決戦編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
97/118

第85話 継承者

 翌日、源田屋に行った。


 白い石板は持っていない。


 JAGL晴海支部の一時保管室にある。


 俺が持っているのは、昨日の確認済み範囲だけを写した紙と、自分の手帳だった。


 源田屋の引き戸を開けると、ゲン爺は店の奥にいた。


 いつものカウンターではなく、奥の畳の部屋に通された。


 棚には古いファイルが詰まっている。


 壁には、擦り切れた採取袋が一つ掛かっていた。


 父のものではない。


 でも、父と同じ時代の匂いがした。


「座れ」


 ゲン爺は低い机に、二冊のファイルを置いた。


「先に言っておく。今日話すことは三つに分ける。JAGLで確認済みのこと。第一世代の記録に残っていること。ワシの推測だ」


「分けて聞きます」


「分けて覚えろ。混ぜるな」


 その言い方だけで、今日の話が軽くないことは分かった。


* * *


「戦闘F、採取S、料理S」


 ゲン爺が言った。


「冒険者適性の偏りとしては、ほとんど異常値だ。JAGLの現行記録では、お前を含めて三例しか近いものがない」


「三例」


「ただし、完全一致ではない。戦闘が極端に低く、採取と料理が極端に高い。そこに、古い遺物への反応が重なる」


 ゲン爺はファイルを開いた。


 古い紙に、三角形と点の印がいくつも書かれている。


「第一世代は、仮にこれを継承者体質と呼んだ」


「継承者」


「正式な学名じゃない。古代文明の記録を読める者、扱える者、そういう意味で便宜的に呼んだだけだ」


「俺が、それだと」


「可能性が高い」


 ゲン爺は即答しなかった。


 断定しない。


 そのことに、少しだけ救われた。


「昨日の石板は、お前が保護膜越しに触れた時だけ発光した。JAGLの数値でも、近づいた時だけ反応が上がっている。これは確認済みだ」


「はい」


「そこから先は、まだ確認中だ。ただ、第一世代の記録に似た反応がある」


 ゲン爺は別の紙を出した。


 古い字で、採取、調理、記録、保管という単語が並んでいる。


「採取Sは、今の制度では採取物を見つける力だ。だが、最浅層の古い遺物に対しては、素材の状態や用途の気配まで拾うことがある。料理Sは、ただ上手いだけじゃない。素材を壊さず、食える形に戻す力として記録されている」


「戦闘Fは」


 言うと、喉が少し細くなった。


 ゲン爺は俺を見た。


「欠落とは限らん」


 短い言葉だった。


「戦うための体じゃない。そう考えた方が、古い記録とは合う」


 胸の中で、何かが一度、止まった。


 六年間、戦えないことは穴だった。


 どれだけ採取Sがあっても、料理Sがあっても、戦闘Fという穴が真ん中にあると思っていた。


 その穴に、別の名前が置かれた。


 すぐには信じられない。


 でも、完全に否定することもできなかった。


* * *


「槇原は、このことを知っているんですか」


 俺が聞くと、ゲン爺は一度、ファイルを閉じた。


「ここからは、JAGLが確認した記録と、ワシの推測が混じる。気をつけて聞け」


「はい」


「槇原総一の部署は、過去に最浅層遺物と適性偏差に関する照会をしている。お前が東和プロモから誘われた時期、その部署から黒葉レンの事務所へ接触があった記録も、JAGL側で確認された」


 息が浅くなった。


 黒葉の嫌がらせ。


 カメラが壊れた日。


 コメント欄が荒れた日。


 全部が、一本の線になりそうになる。


 でも、ゲン爺がすぐに言った。


「まだ、動機までは確定じゃない」


「……でも、線はある」


「ある。かなり太い線だ」


 太い線。


 その言葉は、断定より怖かった。


「槇原総一は、父親の槇原太郎が残した事業を継いでいる。太郎は第一世代の頃から、最浅層の古代遺物を企業管理下に置こうとしていた」


「継承者を手元に置けば、遺物を読める」


「そう考えた可能性がある」


 ゲン爺は言った。


「だから、東和はお前を囲おうとした可能性がある。囲えないなら、配信を潰す。そういう流れとして見れば、この一連の出来事は説明がつく」


 胃の奥が冷たくなった。


 怒りより先に、冷えた。


 俺は、誰かの事業計画の中に置かれていたのかもしれない。


 最浅層で、グリーンモスを炒めていただけの時間まで。


「父は」


 声が少し掠れた。


「父も、それで」


 ゲン爺はすぐには答えなかった。


 畳の部屋に、古い紙の匂いがあった。


「健次郎は、継承者ではなかった」


「はい」


「だが、この記録に近づいていた。石板そのものか、その前段階かは分からん。ただ、B5へ向かおうとしていたことは確かだ」


「事故じゃないんですか」


「ワシには断言できない」


 ゲン爺の声は、低かった。


「東和側の人間が、同じ時期に最浅層エリアへ入っていた記録はある。だが、それが健次郎の事故とどう繋がるかは、まだ証拠が足りん」


 まだ。


 その言葉を、俺は手帳に書いた。


 まだ断定しない。


 でも、忘れない。


* * *


「坊主」


「はい」


「お前が今日知ったことは、まだ公開するな」


「分かっています」


「継承者という言葉も、槇原の線も、父の事故の疑いもだ。動画にもコメントにも出すな。御崎の子に話すなら、相手を選んで、場所を選べ」


「今夜、話す予定です」


「なら、まず事実と推測を分けろ」


 ゲン爺は、机を指で軽く叩いた。


「石板が反応した。これは事実。戦闘F、採取S、料理Sの偏差が三例しかない。これは記録。継承者体質という呼び名は第一世代の仮称。槇原の部署と黒葉の事務所に接触記録がある。これは調査記録。槇原の狙い、父の事故の真相は、まだ推測だ」


 俺は一つずつ手帳に書いた。


 書いている間、指が震えた。


 それでも、書く。


 書かなければ、怒りが全部を一つに混ぜてしまう。


「俺は、どうすればいいんですか」


「急ぐな」


 返ってきたのは、いつもの言葉だった。


「でも、止まるな。JAGLの確認、第一世代の記録、御崎の子との話。順番にやれ」


「順番に」


「そうだ。戦わないなら、順番を間違えるな」


 その言葉が、胸の奥に落ちた。


 戦わないなら、順番を間違えるな。


 たぶん、それが今日の答えだった。


* * *


 帰り道、スマホが鳴った。


 カナメからだった。


「話せる?」


 画面の文字を見た瞬間、足が止まった。


 俺は返信した。


「話せる」


 三秒後に返事が来る。


「今夜、いい?」


「いい」


 送ってから、しばらくスマホを握ったままだった。


 話すことが増えすぎている。


 でも、ゲン爺の言葉がある。


 事実と推測を分ける。


 順番を間違えない。


 俺はコンビニに寄って、おにぎりを二つ買った。


 歩きながら一つ食べた。


 普通の米だった。


 ダンジョン産でも、古代遺物でもない。


 塩気と米の甘さが口に広がる。


 うまかった。


 口の中で米粒がほどけるたびに、肩の力が少し抜けた。


 情報は重い。


 でも、噛んで飲み込むことは単純だった。


 継承者体質と言われても、腹は減る。


 戦闘Fが欠落ではないかもしれないと言われても、食べれば少し落ち着く。


 その当たり前さに、助けられた。


 もう一つは、家で食べることにした。


 カナメが来るなら、何か温かいものも出せるかもしれない。


 そう考えた自分に、少し驚いた。


* * *


 帰宅して、テーブルに手帳を置いた。


 白い石板は家にはない。


 JAGLの一時保管室にある。


 でも、指先の奥には、昨日触れた温かさがまだ残っている気がした。


 手帳を開く。


 事実。


 記録。


 仮称。


 推測。


 四つに分けて、今日聞いたことを書き直す。


 継承者という言葉は、一番下に書いた。


 まだ自分の名前の横には置けなかった。


 戦闘F。


 採取S。


 料理S。


 その三つは、初めて冒険者登録した日に見た並びと同じだ。


 でも、今日は少しだけ違って見えた。


 欠落ではなく、役割かもしれない。


 まだ、かもしれない。


 それでも、六年間ずっと穴だと思っていた場所に、細い橋がかかった気がした。


 母に帰宅したと送り、カナメを待つ。


 ピコのいないカウンターに、布巾を畳んで置いた。


 今夜、カナメと話す。


 全部を分かってもらうためではない。


 まず、黙らずに話すために。


 登録者:三万八千二百十三人。

ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。

楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ