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【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
第5章 決戦編

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第81話 光る古地図

 地図の記号は、朝になっても光っていた。


 夜中に一度、明け方にもう一度、確認した。


 消えていなかった。


 テーブルに広げると、青みがかった細い光が、紙の上に残っている。


 強い光ではない。


 窓から入る朝の光に紛れそうな、小さな点だった。


 でも、そこだけが沈まなかった。


 採取Sを動かす。


 意味を聞くためではない。


 行けと言わせるためでもない。


 指先に残る反応を確かめるためだった。


 光る記号の上に触れると、紙の冷たさの下に、古い熱があった。


 B2の苔とも、B4第三採石エリアの岩壁とも違う。


 もっと乾いて、もっと奥で眠っていた熱。


 分かるのは、それだけだった。


 場所の名前も、行き方も、何があるかも分からない。


 だから、俺は地図を畳んだ。


 ゲン爺に見てもらう。


 昨日の手帳に書いたとおり、まず再確認する。


* * *


 源田屋へ向かった。


 朝の商店街は、まだシャッターの下りている店が多かった。


 通りの端に、掃除をしている人がいる。


 昨日より、足は重くなかった。


 軽いわけでもない。


 ただ、目的地があった。


 引き戸を開けると、ゲン爺は帳簿に向かっていた。


 俺を見ると、帳簿を閉じた。


「光ったか」


「まだ光っています」


 俺は地図をカウンターに置いた。


 ゲン爺は茶を出すより先に、地図を開いた。


 紙の上の細い光を見て、しばらく黙った。


「昨日よりはっきりしているな」


「これ、何の記号ですか」


「ワシ一人では読めん」


 ゲン爺はそう言って、棚の奥へ行った。


 古いファイルを持って戻る。


 黒い表紙の端が白く擦れていた。


「健次郎に教えてもらった記号の控えだ。全部じゃない。あいつは、最後まで全部は見せなかった」


 ファイルの中には、手書きの対応表が挟まっていた。


 △。


 ◎。


 ▽。


 父の地図に散っている印と同じ形が、何種類も並んでいる。


 ゲン爺は、対応表と地図を横に置いた。


 太い指が、紙の上をゆっくり動く。


 光っている記号の前で止まった。


「▽の右に短い線。これなら、採掘区画の印だ」


「採掘区画」


「今のJAGL地図で言うなら、B5第六採掘エリア。北側の突き当たりに近い」


 B5。


 言葉だけで、背中が固くなった。


 B4より下。


 父の事故の記録よりも、さらに奥へつながる場所。


 ゲン爺はすぐに続けた。


「ただし、古い地図だ。今の通路名や警戒区分と完全に一致するとは限らん。光がそこを示しているのか、そこに関係する何かを示しているのかも、まだ分からん」


 その言い方に、少しだけ息が戻った。


 分からない。


 でも、候補は出た。


 それで十分だった。


* * *


「父は、そこへ行こうとしていたんですか」


 聞くと、ゲン爺は目を細めた。


「行こうとしていた。少なくとも、調べようとしていた」


「行けたんですか」


「分からん」


 また、分からないだった。


 でも昨日と同じように、その答えは正直だった。


「健次郎は慎重だった。ワシにも、必要なところまでしか話さなかった。話すと巻き込む、と言ってな」


「巻き込む」


「そういう顔をしていた。怖がっている顔じゃない。守るために黙る顔だ」


 父の顔を思い出そうとした。


 六歳の俺が覚えているのは、台所で笑う顔と、ザックを背負って出ていく背中だけだ。


 守るために黙る顔は、思い出せなかった。


 それが少し悔しかった。


「行きたいです」


 口に出すと、ゲン爺はすぐに首を振った。


「行きたいだけでは駄目だ」


「分かっています」


「B5はF級単独で行く場所じゃない。今の坊主にはピコもいない。採取Sは壁や素材の反応を拾えるが、シャドウバットの攻撃を止めてはくれん」


「はい」


「戦えないことを忘れるな」


 その言葉は痛かった。


 でも、必要だった。


「忘れません」


「なら、手順を踏め。JAGLへ申請する。採取なし、撮影なし、確認範囲は入口側から北側壁面まで。巡回員同行。活動時間は短く。異常があれば即撤退」


 昨日、B4へ行ったときの条件に似ていた。


 でもB5は、もっと重い。


 俺はスマホを出した。


 JAGLアプリを開く。


 特殊スペシャリスト確認枠。


 申請理由の欄で、指が止まった。


 父の地図、と書くべきか。


 ピコの光、と書くべきか。


 どちらも、そのまま書くには足りなかった。


 ゲン爺が言った。


「古地図の記号反応確認。B5第六採掘エリア北側。採取なし。撮影なし。同行希望。まずはそれでいい」


 俺はそのまま入力した。


 送信する前に、深く息を吸った。


 送信。


 画面に、審査中の文字が出た。


* * *


 申請結果は、昼過ぎに届いた。


 条件付き承認。


 翌朝十時。


 B5第六採掘エリア、北側壁面の入口側まで。


 JAGL巡回員同行。


 活動時間二十分。


 採取なし。


 撮影なし。


 戦闘発生時は即撤退。


 シャドウバットの活動が強い場合は中止。


 そのあと、支部職員から確認電話が来た。


「佐々木さん、今回の確認は通常採取ではありません。現地で光や記号を見つけても、壁面を削る、持ち帰る、配信に映す、位置を公開する行為はできません」


「分かっています」


「戦闘Fであることを前提に、巡回員の停止指示が出たら即時撤退です。緊急ビーコンと位置共有は常時オン。ご家族にも帰還予定時刻を共有してください」


 淡々とした確認だった。


 だからこそ、胸に入った。


 B5へ行くという言葉が、冒険ではなく手続きになる。


 それは少し冷たい。


 でも、冷たい手続きがあるから、俺は自分の熱だけで奥へ進まずに済む。


「母には、出発前に送ります」


「お願いします。帰還報告が遅れた場合は、支部から確認連絡を入れます」


 電話を切ると、手のひらが汗ばんでいた。


 怖くないわけではない。


 むしろ、怖いから条件が必要だった。


 表示された条件を、俺は一つずつ手帳へ写した。


 写すたびに、胸の中の熱が少し落ち着いた。


 行ける。


 でも、勝手には行けない。


 その二つが同時にあることが、今は大事だった。


 カナメに連絡するか、しばらく迷った。


 A級の彼女なら、B5の危険を知っている。


 でも、今の俺は、まだ彼女に助けてと言える形に戻れていなかった。


 言い訳だと分かっている。


 それでも、今日のところは手帳に一行だけ書いた。


 御崎カナメへ相談すること。


 逃げるためではない。


 忘れないためだった。


 出発前に送る文面だけは作る。


 送れるかどうかは、まだ分からない。


 それでも、何も書かないまま行く選択だけは消した。


* * *


 アパートに戻り、部屋の電気を消した。


 B5へ行く準備ではない。


 採取Sだけで全部できると思い込まないための確認だった。


 目を閉じる。


 部屋の空気が暗くなる。


 指先をゆっくり前へ出す。


 壁の位置は、少し分かった。


 机の角も分かった。


 椅子の背も、近づくと分かった。


 でも、足元の小さな紙片には気づけなかった。


 踏んで、音で分かった。


 俺は電気をつけた。


 手帳に書く。


 壁は読める。


 机は読める。


 床の小物は見落とす。


 生き物は別。


 戦闘はできない。


 書いてみると、できることより、できないことの方が大事に見えた。


 それでいい。


 できないことを見落としたら、B5では戻れない。


* * *


 台所に立った。


 冷蔵庫に、グリーンモスが残っている。


 袋のラベルを見る。


 B2グリーンモス。


 JAGL食用登録済み。


 加熱用。


 フライパンを熱し、バターを落とした。


 じゅっと音が立つ。


 黄色い泡が端から広がる。


 刻んだグリーンモスを入れると、青い香りが立った。


 昨日のスープより強い。


 バターの甘い匂いと混じって、台所が少しだけ明るくなる。


 パチパチと音が鳴る。


 水気が抜け、色が濃くなる。


 塩を振る。


 皿に盛る。


 一人で食べた。


 焦がしバターの甘さのあとに、グリーンモスの青さが来る。


 噛むと、細い繊維がほどけた。


 苦味はほとんどない。


 うまい。


 ピコがいたら、たぶんカウンターの端で羽を震わせた。


 半音上がる声で、鍋の方を覗き込んだ。


 その声はない。


 でも、俺は覚えている。


 忘れないことは、戻る保証ではない。


 それでも、戻る場所をなくさないことにはなる。


 皿を洗い、布巾を畳んだ。


 カウンターの端に置く。


 ピコがいつも座っていた場所だった。


 地図はまだ、テーブルの上で光っていた。


 明日、B5第六採掘エリアの入口側へ行く。


 許可条件を守って、光っている記号が何を示すのかを確かめる。


 登録者:三万六千六百十二人。

ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。

楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!

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