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【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
第4章 対立編

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第66話 監修一時停止の正式通知

 最浅層の苔を鍋に入れていた朝、有希さんから連絡が来た。


 昨夜のメッセージに「朝なら出られます」と返していた。


「電話できますか。十分で大丈夫です」


 俺は火を止めて、スマホを取った。


* * *


 有希さんの声は落ち着いていた。


「ユウトさん、今日の夕方か明日、葉山食品から正式な連絡が来ると思います」


「北条さんから縮小の話は聞いています」


「そうですか。では、私から伝えたいのは別のことです」


 俺は立ったまま、スマホを持ち直した。


「私は葉山食品の業務窓口として連絡する立場ではなくなります。ただ、個人として、ユウトさんの採取記録の研究を私費で続けたいと思っています」


「……個人でですか」


「はい。祖父が最浅層に関心を持っていた理由を私は今でも探しています。ユウトさんの採取記録は、その手がかりの一つになると思っています」


「会社の資料は使いません。葉山食品で得た未公開データも持ち出しません。公開動画と、ユウトさんが同意してくれた範囲の記録だけです」


 そこまで言われて、胸の奥が少し熱くなった。


 有希さんは、逃げ道を作ったうえで続けると言っている。


「……それは有希さんにとって、負担じゃないですか」


「負担は構いません。続けたいんです」


 俺は少し間を置いた。


「……わかりました。俺も続けます」


「ありがとうございます」


 電話を切った。


 鍋にもう一度火を入れた。


 ことことと再び音が立ち始めた。


 苔の青い香りがまた立ち上がってきた。


 さっきより深くなっていた。


 煮込まれた時間のぶん、味が出てきている。


 火を止めていた間も余熱でゆっくり火が入っていたのだ。


 指先で選んだ苔は、急がなくてもちゃんと出汁が出る。


 そのことが今、妙に腑に落ちた。


 有希さんが「私費で続けたい」と言った。


 葉山食品が縮小しても有希さん個人は続けたいと言った。


 その言葉の重さを俺は電話の間に受け取れていたか、自信がなかった。


 落ち着いた声だったから。


 感情をあまり出さない人だから。


 でも、「続けたいんです」という一言だけは少し違う温度があった。


 俺はそれを信じたいと思った。


* * *


 夕方。


 葉山食品からメールが来た。


 件名は「監修業務に関するご連絡」。


 本文を開いた。


 読んだ。


 要約すると。


 監修業務を当面、縮小する。


 月次のサンプル分析は継続する。


 レシピ開発への関与は一時停止。


 文面は丁寧だった。


「今後もご関係を続けたい」という言葉もあった。


 でも、「一時停止」の二文字がそこにあった。


 俺はメールを閉じた。


 スマホをテーブルに置いた。


 予想通りだった。


 でも、来ると違う。


 北条さんが反論してくれた。


 有希さんが個人で続けると言った。


 そのことは分かっていた。


 でも、実際に「一時停止」という文字を目で見ると、別の感覚が来た。


 積み上げてきたものが外側から圧力を受けている感覚。


 自分の手が届かないところで動いている何かがある感覚。


 胸の中に鈍い重さがあった。


 怒りというより何かが詰まったような感触。


 ここしばらく、監修してもらっていた。


 北条さんとグリーンモスの出汁の粘度を一緒に計ったことを思い出した。


 シンプルすぎてログを取るのが難しいと笑い合った。


 レシピ開発の一部が、今日で止まった。


 吐き出す言葉もなく、俺はスマホを裏返しにした。


 喉の奥が細くなっていた。


 台所に行って、水を一杯飲んだ。


 冷たかった。


 少しだけ胸の詰まりが緩んだ。


 でも、消えはしなかった。


 俺は立ち上がった。


 B2に行くことにした。


* * *


 JAGLアプリには通常採取の入場ログを残した。


 父の地図も、葉山食品のメールを写したメモも持ち込んでいない。


 苔の間を歩いた。


 ピコがバッグから顔を出した。


「ぴこ」


 一声。


 いつも通りの一声だった。


 岩盤に触れた。


 指先に、よく育った株の張りが返ってきた。


 苔の繊維の密度が手のひらに伝わった。


 冷たい岩の感触。


 指先で張りを確かめた場所を丁寧に採った。


 葉山食品のメールの内容が頭の中に浮いていた。


「一時停止」。


 北条さんが反論してくれた。


 有希さんが個人で続けると言った。


 でも、会社の決定は変わらなかった。


 槇原という姓が出た。


 東和グループ側の面談もあった。


 槇原という名前が頭に来た。


 俺は苔を採り続けた。


 急がない。


 でも、何かが動いている。


 B2の岩盤を一つずつ回りながら、指先の感触を確認した。


「ここ」「ここじゃない」「ここ」。


 指先が岩の縁を丁寧に読む。


 苔の根元に密度のある場所を採る。


 根を傷つけないように。


 その繰り返しをしながら、頭の別の部分が動いていた。


 葉山食品に、槇原という姓の担当者が来たという話。


 黒葉のコメント欄の動き。


 まだ一本の線とは言えない。


 ただ、別々の場所から同じ方向の風が吹いているように見える。


 でも、どこに向かっているのか、まだ分からない。


 B2の奥三番目の岩盤の前に来た。


 ピコが羽を開いた。


 何かを思い出したような仕草。


 指先の奥が低くうずいた。


 今日も、あの違和感はある。


 俺は立ち止まった。


 岩盤に指先を当てた。


 電気に似た、細い感覚。


 変わらず、そこにあった。


 何が起きても。


 会社の決定が変わっても。


 岩盤の下へ引かれるような感覚は、変わらずそこにある。


 俺は深く、息を吸った。


 B2の空気が冷たく、肺に入った。


 苔の気配がある空気だった。


 岩の湿った匂いが混じった空気だった。


 この場所は変わらなかった。


* * *


 帰って、今日採った苔でシンプルなサラダを作った。


 グリーンモスとパープルモスを合わせた。


 パープルモスは軽く茹でてから。


 歯応えを残すくらいに。


 鍋に水を入れて、沸かした。


 シュウシュウと湯気が立ち始めた。


 塩を少し入れた。


 パープルモスを一分ほど茹でた。


 茹でると青みがかった紫が鮮やかな色に変わった。


 熱が入るほどに色が濃くなる。


 紫が深くなって、澄んだ青紫になった。


 熱を入れすぎると崩れる。一分が限界だ。


 紫が鮮やかになりきる手前で火を止めた。


 取り出した。


 ざっと冷水に取った。


 ざるに上げると水滴が落ちる音がした。


 細かく、続く音だった。


 水気を切って、グリーンモスと合わせた。


 グリーンモスの青と茹でたパープルモスの鮮やかな紫。


 器の中で色が混ざった。


 ドレッシングはオリーブオイルと塩と、前にJAGL食用リストで確認しておいた酸味液。


 合わせた。


 ピコが鼻をひくつかせた。


「ぴこぴこ」


 半音、上がった。


 尾の光が小さく跳ねていた。


 俺は分けた。


「ぴこぴこぴこ」


 三声。


 俺も食べた。


 ……うまい。


 シンプルだからこそ、素材が出た。


 グリーンモスの青みのある風味とパープルモスのほのかな甘みが一緒になった。


 食感が違う。グリーンモスは歯切れよく、パープルモスはしっとりしている。


 その対比が一口の中に入っていた。


 これをずっとやってきた。


 外から何か言われてもこの味は変わらない。


* * *


 夜、動画を投稿した。


 動画タイトルは「二色の苔サラダ、今日の気分で作った」にした。


 概要欄には、グリーンモスとパープルモスはJAGL資料を確認済みで、パープルモスは加熱推奨のため茹でてから使ったことを書いた。


 酸味液も食用確認済みのものだけを使っている。


 真似するなら生食せず、JAGL資料を確認できる素材だけにしてほしい、とも添えた。


 コメントが来た。


「今日の佐々木さん、なんか静かな感じがする」


「ピコ可愛い」


「二色の苔サラダ、色がきれい」


「tanuki_yamaより:苔サラダ、いつも参考にしています。今日のも作ります」


「何があったか知らないけど、応援しています」


「グリーンモスとパープルモスの食感の違いが面白い」


「最浅層なんで急がないんでってコメントが好きで毎回見てる」


「佐々木さんの動画、見るたびに落ち着く。なんでかな」


 俺はコメントを読んだ。


「今日の佐々木さん、なんか静かな感じがする」。


 見えるのかと思った。


 カメラに映るのか。


 返信はしなかった。


 でも、見てくれているのはわかった。


 葉山食品の「一時停止」は来た。


 でも、コメント欄には今日も百件以上の言葉があった。


 見てくれている人は変わらず、いる。


 それだけのことだ。


 でも、今日はその「それだけ」が重かった。


 レシピ開発への関与は一時停止になった。


 それでも、動画を見てくれる人はいる。


 俺はスマホを置いた。


 台所の灯が、静かに鍋を照らしていた。


 登録者:三万七千九百八十八人。

ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。

楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!

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