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【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
第4章 対立編

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第67話 それでも、美味いから

 DungeonTubeのコメント欄が今日も更新されていた。


 翌朝、スマホを確認すると昨夜の動画に二百件近くのコメントがついていた。


「今日の佐々木さん、なんか静かな感じ」


「ピコが最後にバッグに戻る時の仕草が好きです」


「苔サラダ、概要欄見て下処理済みで作りました。好きな味でした」


 批判コメントは昨夜から変わらず一件だった。


 俺はスマホを置いた。


 二百件近くがそこにいた。


 それだけのことだ。


 そのコメントには、固定コメントで短く返した。


 生食せず、JAGL資料と加熱条件を確認してください。


 詳しい採取場所は書かない。


 昨夜、カナメには葉山食品から正式通知が来たことと、槇原という姓がまた出たことだけLINEしていた。


 北条さんや有希さんから聞いた細かい話は送っていない。


 今日もB2に行く。


* * *


 午前中、B2に潜った。


 JAGLアプリには通常採取の入場ログを残した。


 父の地図は持っていない。


 北条さんや有希さんの話を写したメモも置いてきた。


 動画にするのは、今日の採取と今日のスープだけだ。


 今日は、いつもの採取範囲を歩く。


 岩盤エリアをいつも通りに回った。


 指先で岩の感触を読む。


 グリーンモスのよく育った箇所は、岩の表面にしっかり張りついている。


 水気が多すぎない。


 根元の繊維が締まっている。


 そういう場所は、だいたい美味い。


 今日は四か所から採れた。


 指先で確かめた箇所をすべて回った。


 根を傷つけないように丁寧に。


 来週のために取り残しも考えながら。


 B2の奥三番目の岩盤の前も通った。


 ピコが羽を静かに開いた。


「ぴこ」


 一声。


 指先の奥に、電気に似た細い感覚があった。


 葉山食品の決定が来ても、この場所の空気は変わらない。


 俺は少しだけ立ち止まって、岩盤に指先を当てた。


 冷たい岩。


 その下へ引かれるような違和感。


 それだけ確かめて、先へ進んだ。


* * *


 午後、B2から戻ったところでカナメが来た。


 玄関に袋を持って立っていた。


「……ご飯、食べた?」


「まだ」


「そう思って」


 袋の中におにぎりとスープが入っていた。


 俺は黙って受け取った。


「上がる?」


「十分だけ」


 二人でテーブルに座った。


 カナメはスープを温め直してくれた。


 おにぎりを一つ差し出してくれた。


 食べながら、カナメが言った。


「葉山食品のこと聞いた?」


「うん」


「……大丈夫?」


「大丈夫」


「それだけ?」


 俺はおにぎりをもう一口食べた。


「北条さんも有希さんも続けたいと言ってくれた。有希さんは個人で動くって言ってる。だから、大丈夫じゃないとも言えないし、大丈夫とも言いきれない。でも、やることは変わらない」


 カナメはスープを飲んだ。


「……そう」


 少し間があった。


「ユウって、なんで続けるの」


「なんでって」


「葉山のレシピ開発が止まって、黒葉側も動いているように見えて、東和も絡んでいるかもしれない。それでも続ける理由、何?」


 俺は考えた。


 スープを一口飲んだ。


 温かかった。


 カナメが持ってきたスープだった。


「……美味いからじゃないか」


「え」


「B2の苔で作ったスープが美味い。それをカメラで撮ったら、コメントが来た。見てくれている人がいた。それだけだと思う」


 カナメは俺を見た。


 じっと見ていた。


「シンプルすぎない?」


「シンプルでいい気がする」


 カナメはしばらく黙っていた。


 おにぎりの包みをゆっくりと開いていた。


 俺の答えを何度か頭の中で繰り返しているような間だった。


「……うん」


 少し表情が変わった。


 クールな顔のまま、でも、目の奥が少し和らいでいた。


「それがユウらしい」


 喉の奥がかすかに温かくなった。


 胸の奥で何かが静かにほぐれた。


 カナメが言ったその言葉に少し照れる自分がいた。


 批判でも同意でもなく、ただそのまま受け取ったという感じだった。


 俺のことをちゃんと見て言っている言葉だった。


 でも、言い返す言葉もなかった。


 カナメはおにぎりを一口食べた。


「……ゲン爺とも話した?」


「まだ」


「話してみて。何か知ってるかもしれない」


「何を」


「槇原って人について」


 カナメがその名前を出した。


「昨日、俺が送ったからか」


「うん。名前だけ。詳しい話は聞いてない」


 カナメはそこで言葉を切った。


 未公開の話には踏み込まない。


 その線を、カナメも分かっていた。


 カナメが「気をつけて」と言いたそうな顔をした。


 でも、今日は言わなかった。


 代わりにおにぎりの包みを一つ、俺に渡した。


「食え」


「もう食ってる」


「もう一個食え」


 俺は受け取った。


 塩加減がまた、ちょうどよかった。


 カナメが作ったおにぎりじゃなくて、コンビニのものだったけど、カナメが持ってきたという事実が何か別の味を添えていた気がした。


* * *


 カナメが帰った後、台所に立った。


 今日採ってきたグリーンモスを出した。


 鍋に水を入れた。


 昆布を入れた。


 グリーンモスを後から。


 ことことと鍋が鳴った。


 苔の青い香りがゆっくりと立ち上がった。


 この香りが漂い始めると体が落ち着く。


 B2の岩の匂いが台所に来る気がした。


 指先で選んだ素材が、静かに香りを出していた。


 美味いからやってる。


 見てくれている人がいるからやってる。


 それだけのことだ。


 鍋がことこと鳴った。


 ピコがバッグから顔を出した。


「ぴこ」


 一声。


 俺は「もうすぐだ」と言った。


「ぴこぴこ」


 嬉しそうな声。


 ピコの声に半音の上がりがあった。


 鍋の香りを嗅いでもうすぐ食べられると分かったサインだった。


 俺は火加減を見ながら、木べらでスープをゆっくり回した。


 苔の繊維がほぐれて、出汁に溶け込んでいく。


 昆布の旨みとグリーンモスの青みが混ざっていく。


 塩を少し入れた。


 一口飲んだ。


 ちょうどよかった。


 もう少し煮て、完成にした。


 ピコに分けた。


「ぴこぴこぴこ」


 三声。


 俺も飲んだ。


 ……美味い。


 カナメの「それがユウらしい」がまだ頭に残っていた。


 昆布の旨みと苔の青みがちょうどいいバランスで溶け合っていた。


 塩の量が今日は少しだけ多かった。


 次は減らすと思った。


 今日の素材は急いで煮込むより、じっくり火を入れた方がいい。


 その「じっくり」を今日も守った。


 スープが出来上がる間のその時間が、俺には必要だった。


 鍋の前に立っている間は葉山食品のことも東和のことも頭の外に出ていった。


 木べらを持った手がスープの中を一定のリズムで回す。


 出汁の色が少しずつ深くなる。


 苔の繊維が溶けて、出汁に沈む。


 葉山食品が動いていても東和が動いていても鍋の前に立つ時間は変わらない。


 火加減を見ながら、素材が変わっていくのを待つ。


 それが今日もあった。


* * *


 夜、動画を投稿した。


 動画タイトルは「今日のグリーンモスのスープ、普通に美味かった」にした。


 概要欄には、JAGL食用登録済みのグリーンモスを使い、加熱調理していることを書いた。


 B2に入るならランクと入場条件を確認し、異変を感じたら引き返すことも添えた。


 コメントが来た。


「このタイトルが好きで」


「ピコのスープ待ちの顔が笑える」


「tanuki_yamaより:今夜のスープもほっとしました!」


「普通に美味かった、って言い方がなんか好き」


「毎回見てます。応援しています」


 批判コメントは今日は来なかった。


 俺はスマホを閉じた。


 スープの温かさがまだ体に残っていた。


 今日も最浅層に行って、苔を採って、料理を作った。


 カナメが来て、スープが美味かった。


 それだけで今日は十分だった。


* * *


 寝る前にゲン爺から電話が来た。


「坊主、時間があったら源田屋に来い。話したいことがある」


「何ですか」


「来てからだ。急かしたりしないが、早い方がいい」


 電話が切れた。


 ゲン爺が早い方がいいと言う。


 その言葉だけで、背筋が少し伸びた。


 登録者:三万八千百五十二人。

ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。

楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!

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