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【最浅層×料理配信】戦闘F判定を喰らった俺、誰も採らないスライムゼリーで配信はじめたら、気づけば最浅層の億り人になってました  作者: いなばの青兎
第4章 対立編

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第64話 黒葉レンと鉢合わせる

 B4の入口回廊を歩いていたら、黒葉レンと鉢合わせた。


 金曜日の午後。


 北条さんへの返信を送った直後、JAGLのB4入口同行枠でホタルトンボを探しに来ていた。


 返信には、電話できる時間だけを書いた。


 有希さんから聞いた話や、東和の名前は入れていない。


 申請範囲は入口から銀の広間手前まで。


 同じ枠のD級二人組が少し先の分岐を確認していて、俺はその後ろを離れすぎないように歩いていた。


 予定時間を過ぎるか、ホタルトンボ以外の魔物反応が出たら撤退。


 今日はその条件で入っている。


 B級の黒葉は単独だった。


 銀髪のトレードマーク。


 鍛えた体躯に高そうな探索装備。


 俺を見て、足を止めた。


* * *


「まだやってんのか」


 黒葉が言った。


「……何をですか」


「最浅層ごはん。くだらないコンテンツ」


 俺は立ち止まった。


「続けてます」


「奇特だな。あれだけコメントが荒れても?」


 荒らしたのはお前の側だろ。


 俺はそう思ったが言わなかった。


「コメント欄は今も普通です」


「今の間はな」


 黒葉は俺を上から下まで見た。


 装備を確認するような目だった。


 俺のカメラケースを一瞬見て、また顔に戻ってきた。


「東和を断ったって聞いた」


 俺は止まった。


 胸の中で何かが固まった。


 喉の奥が細くなった。


「……なんでそれを知ってるんですか」


 黒葉は答えなかった。


 少しだけ目を細めた。


 アイスブルーの目が回廊の光を反射していた。


「馬鹿な選択だと思うか、それとも正しいと思うか、どっちだ」


「……正しいと思ってます」


「そうか」


 黒葉は踵を返した。


「もったいないなと思うだけだ。俺はそれだけ言いたかった」


 それだけ言って、回廊の奥へ歩いていった。


 足音が遠くなった。


 石畳の上を革底の靴が叩く音が壁に当たって、少し遅れて消えた。


 俺はその場に立っていた。


 B4の空気はB2より乾いていた。


 微かに発光する壁が薄青い光を落としていた。


「東和を断ったって聞いた」という一文だけ、胸に引っかかった。


 黒葉自身の感想というより、どこかから渡された情報に聞こえた。


 そう考える方が自然だった。


 腹は立つ。


 それでも、黒葉は腹が立つだけの相手じゃなかった。


 そこに気づいた自分に少し驚いた。


 腹が立つというより——引っかかるという感覚だった。


「もったいないな」は——黒葉自身の言葉のように聞こえた。


 振り返らずに歩いていった背中が頭に残った。


 走り抜けた嫌がらせの数々の中であの一言だけが別の温度を持っていた。


 なぜそう感じたのか、俺には説明できなかった。


 ただ——感じた。


* * *


 B4を切り上げた。


 ホタルトンボの採取はまた今度にした。


 帰り道、頭の中を整理した。


 東和を断ったことを黒葉が知っていた。


 その情報はどこから来たのか。


 東和側から流れた可能性がある。


 有希さんや北条さんの名前を、ここで口にするつもりはなかった。


 誰かの立場を確認前の言葉で傷つけるのは違う。


 黒葉は東和プロモーションの所属配信者だ。


 黒葉の投稿と、同じ型のコメントと、今日の一言。


 全部が同じ方向を向いているように見える。


 でも、まだ証拠ではない。


 今日の黒葉の言葉で、疑いが濃くなっただけだ。


「急がない」と思った。


 ただ——確かめることは確かめる。


 B4から連絡階段を上がり、B3側の出口を通り過ぎた。


 B4は空気が違う。


 B3より壁が低く、天井も低い。


 光る苔の色がB2やB3の青緑じゃなくて、薄紫に近い。


 ホタルトンボはその薄紫の光に集まる習性があって、だから採取に来ていた。


 今日は出会えなかったが——岩の陰の気配はあった。


 岩陰で、小さな光が一度だけ揺れた気がした。


 次に来たときには会えるかもしれない。


 急がない。


 でも——来週また来る。


* * *


 帰宅して、北条さんに電話した。


「佐々木さん、すみません急に」


「いえ。話を聞かせてください」


 北条さんの声が少し硬かった。


「先日、うちの上の方から監修業務についての確認が入りました。内容は——佐々木さんとの契約を継続する意向に変わりはないかという確認です」


「……それは外部からの圧力ですか」


 少し間があった。


「正式に言えるのは、継続意向の確認が入ったということだけです。経緯の詳細は言えません。ただ、私個人は佐々木さんとの仕事を続けたいと思っています」


「ありがとうございます」


「こちらこそ」


 北条さんの声がわずかに低くなった。


 プロとしての距離を保ちながら、個人として伝えているという感じだった。


「それと——もう一つ、あります」


「何でしょう」


「それは次にお会いした時に直接お話しできますか。電話では伝えにくい内容で」


 俺は了承した。


 電話を切った。


 スマホをテーブルの上に置いた。


「もう一つ」が気になった。


 北条さんが「電話では伝えにくい」と言う内容。


 葉山食品の社員が「電話では話せない」と判断する情報。


 胸の奥が鋭く冷えた。


 聞き流していい話ではない。


 俺は台所に立った。


 B4から持ち帰った荷物はほぼなかった。


 ホタルトンボを採れなかったから。


 でも冷蔵庫に昨日B2で採ったグリーンモスが残っていた。


 取り出した。


 鍋に水を入れた。


 昆布を入れた。


 グリーンモスを後から。


 ことことと音が立ち始めた。


 苔の青い香りがゆっくりと台所に広がった。


 B4から戻ってきた体がその匂いで少し落ち着いた。


 ピコがバッグから顔を出した。


「ぴこ」


 一声。


「ぴこぴこ」


 半音、上がった。


 鍋の匂いに、目が丸くなっていた。


「もうすぐだ」


「ぴこ……」


 低い声で返事をした。


 スープができた。


 グリーンモスと昆布でシンプルなスープ。


 塩を少し。


 それだけだ。


 鍋の上に湯気が細く立ち上っていた。


 苔の青い香りと昆布の潮の気配が台所に漂っていた。


 ピコに一口。


「ぴこぴこぴこ」


 三声。


 俺も飲んだ。


 昆布のうまみとグリーンモスの青みが溶け合った出汁が舌の上に広がった。


 温かさが喉を通って、腹の底に落ちていく。


 B4の乾いた空気がまだ体の中に残っていた。


 スープの温かさがそれを押し出していった。


 B4の薄紫の光とスープの温もり。


 同じ日に両方があった。


* * *


 夜、動画を投稿した。


 動画タイトルは「B4のホタルトンボ、今日は遭遇できなかった話」にした。


 失敗談の動画だった。


 採取しながら喋っている動画で「今日はいなかった」「でも気配はあった」「次来る」という内容をゆっくり話した。


 黒葉と鉢合わせたことは入れない。


 D級二人組の姿も、申請番号も映さない。


 概要欄には、B4入口は条件を満たした同行枠でのみ歩いたこと、申請範囲内だけ歩いたこと、予定時間で撤退したことも書いた。


 コメントが来た。


「出会えない日もあるんですね」


「次回に期待!」


「ピコが帰り道で元気なのかわいい」


「tanuki_yamaより:失敗談も好きです」


「この動画みたいに空振りでも話してくれると安心する。うまくいく日だけじゃないよな、って」


 批判コメントは今日は一件。


 報告して、閉じた。


 黒葉の「馬鹿な選択だと思うか、それとも正しいと思うか」が頭に残っていた。


 俺は正しいと思っている。


 それは変わらない。


 でも——「もったいないな」と言ったときの黒葉の目が頭から離れなかった。


 あれが本音に近いものだとしたら、黒葉は何を「もったいない」と思っているのか。


 東和を断ったことか。


 それとも俺が別の道を行こうとしていることへの何か別の感情か。


 答えは持っていなかった。


 ただ、今は追いかけない。


 黒葉の言葉も、北条さんの「もう一つ」も、まだ確認前だ。


 葉山食品の社員が「電話では話せない」と判断する情報。


 どんな内容なのか、まだ分からない。


 週明けに、直接聞く。


 B4の薄紫の光が頭の奥に残っていた。


 ホタルトンボには会えなかった。


 黒葉には会った。


 それだけで、今日は十分だった。


 登録者:三万七千四百二十一人。


ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。

楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!

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